東方三重殺 ~Take me out to the Barrage Game   作:akadashi

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 ねこかわいいよね。


1球目

 一年目は二軍戦の出場はなし。「まだまだ身体が出来ていないから」と言われた。

 二年目も出場なし。「三年目までは大丈夫だから」と言われた。

 三年目にようやく二軍戦にぽつぽつ出始めた。11試合に出場して、ヒットは2本。「やっと第一歩を踏み出せた、まだまだこれから」と言われた。

 四年目には二軍でレギュラーを掴んだ。ほぼ全試合に出場して、打率は.280を超えた。「来年は一軍に呼ばれるよ、間違いない」と言われた。

 五年目は――二軍戦の出場は、なかった。「運が悪かったんだよ、また出直しだ」と、苦々しく、言われた。

 そして、六年目――。

 

 コーチは、なにも言ってはくれなかった。

 

 

 

「んむ」

 なんて、間抜けな声を出して僕は目を覚ます。視界がぼやけている。あまり眠れなかったのか、目の奥がずっしりと重い。無理くりベッドから身体を引き起こし、欠伸を漏らしながら大きく伸びをした。

「……あぁ、そうか」

 周囲を見渡す。板張りの床はいいのだが、壁一面に張り巡らされた白黒のタイルは、まるでギンガムチェック模様の布を上から被せたような装いだった――触ってみる。硬質な手触りに、改めてちゃんとしたタイルだと解る。その壁に掛けられている絵画も、その後ろのタイルによって著しく存在感が失せているようにも見えた。部屋の隅に置かれている観葉植物など、もはや置かれている意味を成していない、そういうふうに見えた。

 そして、窓である。

 この部屋の照明は、天井から吊り下がったランプ一つのみ。外光は全く入ってこない。外を覗いても、今が朝だとは思えないほど暗い。

 ひと通り部屋の中を観察して――本当は昨日の夜も見たのだけれど、疲労があってすぐ寝てしまったのだ――ぽつりと、呟く。

「……やっぱり、夢じゃないんだよな」

 試しに頬を抓ってみる。痛い。当たり前だ、こんなリアルな夢があってたまるものか。

 

 球団事務所で、戦力外を通告されて。

 とりあえずロッカーを整理しないと、と思って、家に帰ろうとして。

 その道中、車に撥ねられて。

 

 そこまでは覚えている。昨日の昨日だ、忘れるはずがない。まして、車に轢かれた感覚なんかは、忘れられない。

 

 けれども、である。

 どうしてそこから、こんな見たことも聞いたこともないような場所に僕は居るのだろう。

 確かあの少女――古明地さとり、といったか――は、ここは「幻想郷」という所の、「地霊殿」という場所だということらしいが……。

 ふと、傍らに置いてあるドラムバッグが目に入った。中にはグローブやらグラブオイル、替えのアンダーウェア、ソックスにテーピングなどが入っている。とりあえず持ち帰ることの出来る分だけ、と思ってロッカーから持ち出してきたものだ。別に、戦力外を通告された日にロッカー整理をしなければならないわけではない、のだが。

「樫田」のネームプレートが外されたロッカーを目にすると、もうそのロッカーには、僕の居場所はなかったような、そんな気がしたのだ。

「……まあ、今は野球どころじゃない。ここが日本のどのあたりなのか、家までどのくらいの距離なのか。それを聞き出さないと」

 頭を切り替える。

 今、自分の身に何が起こっているのか。何故僕は、こんな場所にいるのか。帰り道はどちらの方向か。その辺りの問題をオールクリアーにしなければ。自分が置かれている状況を把握することが、最善の行動だ。

「とりあえず昨日の彼女に会わなきゃ。結局、昨夜はまともな話ができなかった」

 

「さとり様に会いたいのなら、あたいが案内してあげるよ?」

 

 ?

 どこからか聞こえる声。

 人影はしかし、どこにも見当たらない。

「……幻聴かな」

 どうもクビを宣告されてから、おかしなことが続くものだ。現役の時はこんなこと考えることはなかったのだけど。

 

「幻聴じゃないよー、お兄さん。下、下」

 

 またも聞こえてくる声――下?

 つつつ、と視線を下にむけていく。そこにいたのは――。

 

 

 

「あにゃ、やっと気付いてくれた。もー、お兄さんってばちょっと遅いよー」

 

 

 

 猫だった。

 上から炭でも被ったように真っ黒な、猫。

 首に巻いた赤いスカーフがやけに目立つ、猫。

 にゃんこ。

「………………」

 僕は何も言えなかった。

 なぜかって――わかるだろう。

 こんな、こんなことは。

「んにゃ? あー、そっか。お兄さん、『外来人』なんだっけ。あたいが喋ってるの、ちょっとおかしく見えちゃうかな?」

『猫が何かを喋っている』。

 が、が、しかしだ。

 そんなことはどうでもいいのだ。

 一言、呟く。

 

「…………いい…………」

 

「にゃん?」

 

 僕の呟きが理解できなかったのだろうか――猫はかくん、と首を傾げた。

 その行動で。

 僕の自制心はもう、限界に達していた。

 

 

 

「かわいいいいいいいぃぃぃぃぃぃよおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

「あにゃああああん!?」

 あぁもう可愛い可愛すぎるぎゅってしたいというかぎゅってしちゃうああんもうこの毛がゾワゾワっとした感じが痛気持ちいいなあもう痛気持ちいいなあもう! 罪! この可愛さは罪! 罪状、ほっぺたすりすりするの刑! あー、やばい。もうやばい。このにゃんこはCoolだね。オゥ、ホットにゃんこ。このにゃんにゃんの前には紛争だとか貧困だとかもうどうでも良くなるね。そうだいっそのこと、一国の長は全て猫にしようじゃないか。にゃんこサミット、開幕! 議題は「近年の『深刻なまたたびを使う飼い主現象問題』」! そんなこと言ってくれればいくらでもあげるのになあ! ハァハァ! 猫の前に舌なめずり! ぺろぺろ! ぺろぺろしたい! いいなあやっぱり猫はいいなあ! ぐうの音も出ないほど可愛い! ぐうかわ! ぐうかわ!

「僕は目の前の猫を抱きかかえ、思わず頬ずりする。猫は驚いたのか、毛を逆立てて威嚇してくる。しかし僕は負けない。なぜなら、目の前に猫がいるのに愛でないのは、僕のポリシーに違反するからである。こればっかりは先輩もコーチも監督も球団幹部もコミッショナーもJPBLにも文句は言わせない。野球をするのが野球選手の義務ならば、猫を愛でるのが人類の義務なのである。それなのに、目の前に猫がいるのに、愛でないという選択肢があるだろうか? いや、ない。断言できる。だからこそ僕は、僕自身の持つ精一杯の力を利用して、この猫を愛でるのだ。ぐうかわ! ぐうかわ!」

「お兄さん! お兄さん! 本音と建前が逆になってるというか最終的に本音駄々漏れになってる! というか頬ずりしないで気持ち悪……くは、ないけど! 気持ち悪くはないどころか逆にちょっぴり癖になっちゃいそうな気持ちよさだけど! でも、なんか、なんか精神的にアレだから! ね! ちょ、や、そこだめ、あ、あ、あ、あにゃああああん! た、助けておくうー!」

「大丈夫、ちょっと『ギブミー銀のさら』って言ってくれるだけでいいから。大丈夫、先っぽだけだから! 先っぽだけだから!」

「うにゃああああああああ!!!! お空ー! はやく来てくれー!」

 

 

 

「……なにやってるのー、お燐?」

 

 またも新しい声が耳に届く。にゃんこ。僕はそちらに視線を向ける。にゃんこ。今度の声の主はにゃんこではなく人間らしい。背中に大きな翼が生えているようにも見える。けど今の僕にはにゃんこしか見えない。あああ、猫派に生まれて良かったー。ああ、この子飼いたいなあ。うちで飼った暁には、チームメイトも呼んで盛大ににゃんこフェスティバルを開演するんだ。うちさあ、にゃんこフェスティバル、やるんだけど……見て行かない? あぁ~、いいっすねえ。そうだ、飼うからには名前が必要だな。そういえばさっき『お燐』、と呼ばれていた。ならその名前でいい。にゃんこさんサイドもどうせなら呼ばれ慣れた名のほうがいいだろう。

 

 そうと決まれば。

 

 僕は猫を高く掲げ、面と向かってこう言い放った。

 

 

 

「お燐! 僕は君が欲しい! 一緒に住もう!」

 

 

 

 

 

「変態だーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

 

 翼の生えた少女の、そんな絶叫とともに。

 

 強力な猫パンチが僕の顔面にクリーンヒットして。

 

 僕の意識は、一瞬の内に沈んでいったのであった。

 

 ただ僕は言える。

 

『愛でて悔いなし』と。

 

 

 

「……一体何をやっているのかしら、全く……」

 

 暗闇の中で、かの少女の呆れたような声が、微かに届いた。




(第一話からこんなのじゃ)いかんでしょ

(次回からはシリアスに)切り替えていく



 なお、まにあわんもよう。
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