【古代樹の森・エリア8――未明】
「……来たか、紅い暴君」
ザクIIの狭いコクピット内。ノエル・アンダーソン中尉はメインモニターに映し出された巨躯を見つめ、操縦桿を握り直した。
全高十数メートル。鋭い牙がびっしりと並ぶ巨大な顎と、興奮時に背中から展開される扇状の放熱膜。蛮顎竜(ばんがくりゅう)アンジャナフだ。
この数日、ノエルが設営した簡易拠点(ポイントAlpha)の周囲を荒らし回り、貴重な現地資材の回収を阻んできた脅威である。
そして、そのアンジャナフの足元――執拗な噛みつき攻撃をすんでのところで転がり回避しているのは、先日食料と資材を交わしたあの「ハンター」だった。
ハンターの大剣はアンジャナフの頑強な脚部に弾かれ、追撃のブレスの予兆である黒煙が竜の鼻腔から噴き出している。窮地だ。
――ドォォン!!
古代樹の森を震わせる駆動音と共に、巨木を押し分けて緑の巨躯が姿を現した。
「そこまでだ、トカゲ野郎!」
ノエルはペダルを強く踏み込んだ。
ザクIIの右足が豪快な蹴りを叩き込み、アンジャナフの巨躯を力任せに横転させる。地響きと共に吹き飛ぶ土煙の中、ノエルはマニピュレーター(手首)を地面へ向け、手のひらを上にして開いた。
ハンターは一瞬目を見開いたが、すぐに意図を理解した。
素早くザクの手のひらに飛び乗ると、ノエルは慎重かつ迅速にアームを押し上げ、彼をアンジャナフの手が届かない高台の岩場へと逃がした。
ハンターが胸の前で拳を握り締め、深く頷く。
ノエルもまた、キャノピーの向こうで応えるように操縦桿を引き絞った。
言葉は交わせない。だが、互いに「命を預け合える戦士」であることは、その一瞬で理解できた。
「連携といくぞ、相棒!」
ズババババババッ!
ザクの120mmマシンガンが火を吹く。
残弾を惜しみ、ノエルは単発に近いバースト射撃でアンジャナフの頭部と喉元を的確に牽制する。大口径弾の直撃を受け、アンジャナフは狂乱したように咆哮し、目標をザクへと変更した。
怒りに満ちたアンジャナフが、足元を爆発させながら猛烈な勢いで突進してくる。巨体に見合わぬ恐ろしいスピード。
だが、ノエルは慌てない。
(……今だ!)
高台から、一筋の影が宙を舞った。
ハンターだ。ザクが引きつけた隙を見逃さず、頭上から大剣を両手で構え、アンジャナフの背中へと豪快な一撃(ジャンプ斬り)を叩き落とした。
「グオオオッ!?」
背頭部を切り裂かれたアンジャナフが大きく体勢を崩す。
ハンターは大剣の柄を固く握り直し、叫び声を上げながら渾身の力で「溜め斬り」を竜の脚関節へと叩き込んだ。研ぎ澄まされた大剣の刃が、硬質な肉を断ち切る。
「見事な側面支援だ……! ならば、こちらは力で制す!」
立ちくらむアンジャナフに対し、ノエルはマシンガンを背部のウェポンラックへ叩き込むと、両腕で暴れる竜の顎を正面から受け止めた。
ガギィィィン!!
金属と生体が激突する凄まじい質量音。
アンジャナフの強力な顎がザクの左腕装甲に喰らいつき、超油圧のシリンダーが「ギギギ……」と悲鳴をあげる。コックピット全体に激しい振動と警報音(アラート)が吹き荒れた。
「くっ……力だけなら本物の連邦のモビルスーツ以上か……! だがな、ジオンの装甲は伊達じゃない!」
ノエルはサブ・ジェネレーターの全出力を左アームにバイパス。アンジャナフの開いた口を力任せにこじ開けると、右腕に構えたヒート・ホークを起動した。
オレンジ色に発光する高熱の刃。
その刃先には、ノエルがこの数日で研ぎ澄まし、リオレウスの爪の鋭利さを応用して現地改修を施した特製のチタン刃が光っていた。
「これで……沈め!!」
ズバァァァン!!
高熱を帯びたヒート・ホークの一閃が、アンジャナフの頑強な首筋を完璧に捉えた。
超高熱によって肉と骨が一瞬で溶断され、激しい蒸気と閃光が森を満たす。
最大の威力を誇った「紅い暴君」は、短い悲鳴を残し、そのまま力なく大地へと崩れ落ちた。
静寂が森に戻る。
熱気を吐き出すヒート・ホークの出力を落とし、ノエルは深く息を吐き出した。
ザクのコクピットハッチが「シュー」という減圧音と共に開放される。
ノエルはヘルメットを脱ぎ、外の生暖かい風を胸いっぱいに吸い込んだ。
足元では、大剣を血振りしたハンターがこちらを見上げ、大剣を背中に収めると、胸に手を当てて静かに一礼した。
ノエルもまた、ザクの肩の上に立ち、ジオン公国軍の敬礼をビシッと返した。
巨大な鉄の巨人と、一本の剣を携えた狩人。
異なる世界、異なる文明から来た二人だったが、そこには確かに、過酷な自然を生き抜いた者同士の深い絆と信頼が芽生えていた。
「いい狩りだったな、ハンター」
ノエルの呟きは、古代樹の風に乗って静かに消えていった。