ハーメルン初投稿です。よろしくお願いします。
オーレリラ王国の北の最果てにエクソン村という村がある。
人口百人くらい、ドラゴンもおらず、財宝もない、もちろん王様もお姫様もいない、つまらない村だ。
その村の村長の息子として、俺は生まれた。
五歳にして俺は気がついた。
ここで、毎日農作業をして、税を納めて、夜には少し酒を飲む。
そんな人生を送るのが俺の運命だと。
なんでかって?
俺が天才だからだ。
周りの子は誰もできないのに、もう自分の名前を書けるし、二桁同士の足し算もできる。
神殿の経典の一節を諳んじることもできる。
そんな天才だから、俺がどんなふうに生きていくのかが想像できるのだ。
ああ、つまらない人生だ。
別にそうは思わないって? 村の外に出ればいいって?
ふん、どうやって生きてくのか教えてほしいね。
周りは森だ。
どれほど続くのかわからないのに、どうやって越えればいい?
森には危険な魔獣も出る。勝てるわけがない。
仮に越えて、街についたとして、どうやって食べ物を得る?
俺はただの農民の息子。
農民の息子が、いきなり都市についたとして、まともに働けるはずがない。
だから俺はこの村で一生を終えるんだ。
「ミルディン、部屋から出てきて挨拶をしなさい」
二階で勉強をしながら世界へ呪いの言葉を吐いていると、居間にいる父上から呼ばれた。
俺には母親がいない。俺を産んだ時に亡くなったと聞いている。
まあ別に困っていないからいいんだけど。
それにしても、まだ文字の練習が終わっていないのに。
俺はため息をつくと、立ち上がって石板を置く。
羊皮紙なんて便利なもんもあるらしいが、インクと羊皮紙の値段はとても高い。
そのため俺の文字の練習は、家でもできる石板と石筆を使って行われていた。
とたとたと足音を立て階段から降りる。
「父上、きましたよ。なんの用でしょうか?」
階段を隠すための布をくぐると、俺は目を大きく開いた。
そこには王子様がいたのだ。
俺と同じ五歳くらいだろうか?
少しカールした金髪に、クリクリとした青い目。
ここら辺では見たことのない、ふっくらとした頬。
「……な、なんでおうじさまがいるの?」
王子? が俺の方を向いて、にっこりと笑った。
「僕は王子じゃないよ」
なんて返せばいいかわからない俺は、父上の方を見た。
父上はため息をついた。
「ミルディン、騒いでいないで、あっちでこの子と遊んでくるんだ。ローガン老もそれでいいか?」
「ザイル殿。それで問題ございません」
父上の横には、白髪に白髭の老年の男性がいた。
ローガンと呼ばれているその老人は、村の外れに住んでいる男性だ。
確か魔法使いらしいとか。
けど王子様の父親であるとは聞いたことがなかった。
「君の名前はミルディンと言うんだね。僕の名前はアレン。よろしくね」
「よ、よろしく」
これが俺とアレンの出会いだった。
♦︎
アレンと知り合って一ヶ月が経った。
アレンはふと気がついたら、この近くの森にいたらしい。
そこをローガン爺に拾われたとか。
それまでどこに暮らしていたのかなど聞いたが、覚えていないそうだ。
難儀なこった。
そんなアレンは何でもできた。
この村に来たときは一文字も読めなかった文字を、すぐに全種類書けるようになったし、四桁と四桁の掛け算も割り算もできるらしい。
……別に悔しくない。
俺だって本気を出していなかっただけで、すぐにできるようになる。
だから別に劣っているわけじゃない。
でも村の女子どもはそう思わないらしい。
今まで俺のことばかり見ていたはずの女子達は、アレン様すごい! だの、お嫁さんにして! だの、みんなアレンばかり見ている。
アレンは微笑んで、大人になったら考えるねとか言って、そんな女子達を華麗に受け流している。
これじゃ言い寄られた時に、鼻の下を伸ばしていた俺がバカみたいじゃないか。
全く面白くない。
そんな俺を面白くさせないのがもう一つ。
「ローガン爺、これでいいんですか?」
「おう、アレン様。見事なウォーターボールですぞ」
俺の目の前には、魔法の練習をするアレンとそれを見守るローガン爺がいる。
アレンが、ローガン爺が魔法を使えると聞いて、習いたいとお願いしたのだ。
ローガン爺はそれを了承した。
そんな、言ったら教えてくれたのかよ!
それを知った俺もお願いした。
そうして毎日少しずつ魔法の授業が開催されていたのだ。
アレンの手から丸い形をした水球ができて、しばらくしてばしゃりと形が崩れて地面に落ちた。
俺はぎりりと歯を噛み締める。
俺はまだ魔法を発動させることができない。
魔法を使うまでに、まずは体内の魔力を感じて、さらにはそれを体外に出力することが必要らしい。
その感覚が一ヶ月経っても俺は掴めていない。アレンが三日くらいでできていたことが!
この天才の俺が!
俺がそんなことを考えながら、魔力を感じようと格闘していると、ローガン爺がアレンに魔法理論の基礎を教えていた。
「おさらいですが、魔法の基本属性はいくつあるんですかな?」
「五つです。ローガン爺」
「その通りです。火、水、土、闇、光。これが基本属性ですな」
もちろん、俺もそんなことくらい知っている。三日前に知ったことだけど。
ローガン爺が杖を前にして、つぶやく。
「ウォーターボール」
そう言うと二つのウォーターボールが杖から浮かび上がる。
「私の属性は水ですな。人は属性を一つ持ちます。基本は、火、水、土のどれかになります。光と闇は珍しい」
そう言いながら、ウォーターボールを少し離れた地面に向かって発射する。
水球が崩れて、地面に水が染み込んでいく。
「このように慣れれば魔法を発射することもできます」
「おお!」
アレンが目を輝かせながら見ている。
もちろん、俺も目を大きく開いて見ていた。やっぱり格好いい。
「では、次はこれをやってみましょうか」
「はい!」
クソっ。どんどんアレンは前に進んでいくのに、俺は止まったままだ。
俺は必死に両手を前に出して、火属性の初級魔法であるプチファイヤを発動させようとした。
けれど、何も出てこない。
「くそっ!」
俺は両手を下げて、天を仰いだ。
……もしかしたら、俺には才能がないのかも知れない。
この俺が? なんでもできるはずの俺が?
俺はぎりりと歯軋りをした。
目の前を向くと、一生懸命に魔法を制御しようとするアレンが見えた。
俺に魔力があることはわかっている。
魔力木という特殊な木に触れることで、魔力を持っているか・どの属性なのかがわかるのだ。
その検査の結果、俺は魔法を使えるはずだった。
けど、まだ使えない。
アレンは使えるのに!
「ねね、どこで詰まっているの?」
そんなことを考えていると、アレンが話しかけてきた。
俺は仏頂面を隠さずに言う。
「……魔力が感じられないんだよ。俺にもあるはずなんだけど」
そこにあった小石を俺は蹴った。
地面に何回かバウンドして、飛んでいった。
「あー難しいよね」
アレンがそんな俺の様子に気がついていないのか、にっこりと笑いながら言う。
その余裕そうな表情。
あーむかつく。
「あのさ、目をつぶってみたら?」
「は?」
なんか言い出したぞ、こいつ。
俺がぽかんとしていると、アレンがまた笑った。
「何かを見ていると、脳が視覚情報を処理しようとリソースを割くから、体内の魔力に集中しづらいんだよね。だから、まずは目をつぶって、体内の魔力に集中してみるのはどうかな?」
なんか難しいことを言っている。
こいつ本当に五歳なのか?
まあ、とりあえず言っていることをまとめると、要は目を閉じろってことだろ?
目を閉じただけでどう変わるってんだ。
俺は目の前のアレンを睨みつける。
アレンは微笑むばかりだ。
しばらく黙ってそうしていたが、俺はため息をついた。
どうせこのままだと手詰まりなのだ。そして目の前のこいつは、俺と違ってすでに魔法を発動できている。
だったら、言うとおりにしてみよう。
俺は目を閉じた。
真っ暗闇の中、体がグラグラするのを感じる。
両手を前に出して、つぶやく。
「プチファイヤ」
その時、体の中から何かが動くのを感じた。
腹の中心の少し上くらいだろうか? そこが僅かに熱を帯びて、そこから何かが出てきたように感じた。
俺は思わず目を開けた。
「どうしたの?」
アレンが首を傾げながら聞いてくる。
「……なんでもない」
もう一度目を閉じて、つぶやく。
「プチファイヤ」
また体の中から何かが動こうとしているのを感じる。
それを意識的に動かそうとする。
うげえ! なんか動いた。
俺はモゾモゾする気色悪い感触を我慢しながら、その何かをそのまま手の方まで移動させて、指先から出そうとしてみる。
「ミルディン!」
アレンの声で目を開ける。
……俺は息を忘れた。
両手の間に小さな炎が浮いていたのだ。
弱々しく、風が吹けば消えそうな小さな炎だったが、それは紛れもなく炎だった。
気がつくと、口がぽかんと開いていた。
「ほう、ミルディン様も成功しましたか。たった一ヶ月で魔法を使えるようになるとは、素晴らしい才能だ」
ローガン爺がにっこりと相好を崩して褒めてくる。
炎が消えた。
「ああ、もう消えちゃった……」
「そんなものです。魔法を維持するのはなかなか難しいのです」
ローガン爺が俺に優しく微笑みかける。
「……思いつきでアドバイスしただけなのに、本当にできちゃうなんて、ミルディンは天才だ」
アレンがしみじみと言う。
どっちが天才だ。
俺は思わず悪態を吐こうとする。
けど、出てきた言葉は、俺が思っていたのとは違った。
「……ありがとな」
ぽかんとするアレンとローガン爺。
しかし二人はすぐに笑い出した。
なんだこいつら!
俺は真っ赤になる顔に気がつかないふりをしながら大声を出した。
「笑うな! 余裕そうにしてるけど見てろ、ここからすぐに追い抜いてやるからな!」
二人の笑い声はよく響いた。
この時、俺はこんな日々がずっと続くと思っていた。
♦︎
俺がプチファイヤを安定して発動できるようになった頃、アレンはウォーターボールを発射できるようになっていた。
速度は遅いけど、ある程度離れたところに当てることができるようになっていたのだ。
今日こそ追いつく!
文字の練習を終えた俺がそう決意して、魔法の特訓のために村の外れに行こうとすると、いつもと村の様子が違うのに気がついた。
村の広場で大人たちがざわめいているのだ。
どうしたのだ。
俺が広場に走っていくと、そこには立派な馬に乗った全身鎧に顔だけを出した女騎士がいた。
流れるように長い茶髪を後ろで結んでいる。
美人ではあるものの、人を寄せ付けない雰囲気だ。
まあそんな雰囲気であるのは当然だろう。
馬に乗れるのは騎士以上の身分の者だけ。
平民の、しかも最下層の農民は跨ることすら許されない。
だから必然的にこの女性は貴族になる。我々平民とは違うオーラであって当然だろう。
それにしても、何しにきたんだろう?
みんな怯えているみたいだ。
俺は周囲の空気を読んで黙っていることにした。
「まだ来ないのか!」
「すみません! もうすぐ来るかと!」
女騎士が怒鳴ると、父上が出てきた。
ペコペコと頭を下げている。
この女性は本当に偉い人らしい。
そんなことを思っていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「女騎士様、連れて参りました」
人混みがさっと分かれ、ローガン爺の姿が見えた。
その傍には、アレンがいる。
アレンは顔を顰めている。
どうしたのだろうか。
まさか。
アレンを見た瞬間、女騎士が目を大きく開いた。
そして次の瞬間、馬から飛び降りて跪いた。
「アレンディル様! 見つけるのが遅くなり大変申し訳ございません! 処罰は如何様にも」
なんか泣いてるんだけど。
みんなドン引きしているのか、場が静まりかえった。
あ〜そういうことね。
天才である俺はすぐにわかった。
つまりアレンは本当の貴族、しかもかなり偉い地位の子どもらしい。
あれだけエクソン村の村人に偉そうにしていた女騎士が、感涙しながら跪くくらいだからな。
そしてアレンは嫌そうな顔をしている。
うん、なんだか複雑な事情がありそうだ。
黙っておいた方がよさそうだ。
「……レギーヌ。大義であった」
「はっ! ありがたきお言葉」
あの女騎士はレギーヌというのか。
アレンの言葉に頭をさらに深く下げている。
俺がアレンの方を再び見ると、こちらを一瞬見て、その顔をくしゃっとさせていた。
なんだ?
よくわからん。
「……戻ることになるのか?」
「はい、すぐに本家へ使いを出します。三日ほどで、迎えが来るかと」
なんてこった、本当に貴族らしい。
俺、これまでの言動を不敬罪で咎められて、殺されたりしないよな……?
「……わかった。では帰還の準備を進めておく。レギーヌも準備を進めておけ」
「はっ! 承知いたしました!」
そう言って、レギーヌは立ち上がると、馬に乗る。
「では、失礼します」
一礼すると、駆けて行った。
俺たちはそれをぽかんとしながら見ていた。
レギーヌの姿が見えなくなると、俺たちに対してアレンがぺこりと頭を下げた。
「すみません、帰ることになりました。今までお世話になりました」
♦︎
三日はあっという間に過ぎた。
その間、俺は一度もアレンと会わなかった。
体調が悪いふりをして布団にこもっていた。
別に寂しいわけじゃない。
けど、なんとなく顔を合わせるのが嫌になっただけだ。
俺は布団の中で寝返りを打った。
アレンが帰れば、今までと同じような日常が戻ってくる。
天才と持て囃され、チヤホヤされる日常が。
……別に虚しくなんてない。それでいいんだ。
再び寝返りを打って、そう小さくつぶやいた時。
「ミルディン! 今すぐ降りてこい!」
父上が慌てたような調子で声をかけてきた。
「……体調悪いから放っておいて」
そう言って掛け布団を被ったその時。
「ミルディン!」
俺を呼ぶ声と共に、俺の掛け布団が剥がされた。
「……え?」
そこにはアレンがいた。
「……ア、アレン様。このような汚いところに、なにとぞ、なにとぞ……」
父上がアレンに頭を下げている。
俺がぽかんとしていると、アレンが口を開いた。
「見送りに来ないの? 不敬なやつがいるって父上に告げ口しちゃおうかな」
そう言ってアレンがにっこりと笑った。
後ろの俺の父上が、顔を青くしているのが見えた。
こいつの爵位が何なのかはわからないが、少なくとも俺のような平民を好き勝手できるのは間違いない。
俺は渋々だが従うことにする。
「……今見送りに行かせていただきます。それよりもアレン様、わたしになんの用でしょうか?」
布団から起き上がり、頭を下げる。
アレンの表情は見えない。
「そんな言葉が聞きたいわけじゃないんだけどね。まあいいや。顔を上げて」
俺は顔を上げた。
「いてっ」
顔を上げた瞬間、額を指でデコピンされた。
何しやがるんだこの野郎。
俺が額を押さえながら、アレンの方を睨みつけると、アレンがニヤリとしていた。
「その顔の方がミルディンっぽいよ」
「……何しやがるんだこの野郎」
俺はむくれながら答える。
父上が青い顔をさらに青くしているが知ったことか。
このクソガキにわからせてやらないと。
俺が拳を握りしめていると、アレンはにっこりとしてすぐに手を顎に当て考え込むような顔をした。
そして口を開いた。
「これでお別れだからね。最後にひとつお願いがあるんだ」
アレンがニヤリと口の端を歪めた。
嫌な予感がする。
「僕はミルディンのことが気に入った。これだけの才能を腐らせておくのは勿体無いと思っている」
何がこれだけの才能だ。本当の天才はお前だろうが。
そう言いたいのをグッと堪えた。
まだ話が続いていたからだ。
「だから、なんとか父上に頼んで、君の才能を発揮できるようにするつもりだ」
俺はゆっくりと口を開いた。
なんて返せばいいかわからなかったからだ。
「……へいへい、そうかい。ありがとうな」
アレンがにっこりと笑った。
「それは了承したってことでいいんだよね?」
「ああ、はいはい。わかったわかった了承した」
投げやりに答えた。
くだらない。
天才の俺は知っている。
こんな子供がどんな権力を持っているってんだ。
親は持っているかもしれないが、こいつはまだガキ。
何言ったって無駄なはずだ。
俺は今決めた。
身の丈をわきまえて、この村で一生を過ごす。
そしてテキトーに村長やって、テキトーに稼いで、普通の女の子と結婚して、子供を何人か作る。
そんな人生を歩むんだ。
「じゃあそれだけだから」
くるりとアレンが振り返って家から出て行こうとする。
「アレン!」
俺は思わず声を出していた。
アレンが振り返る。
「……なんだい?」
俺は言葉につまった。何を言うか考えていなかったのだ。
「……またな」
俺の喉から出てきたのはそれだけだった。
「じゃあね」
アレンが満面の笑みを浮かべた。
これが俺とアレンの別れだった。
俺はこの時まだ知らなかった。
こいつがどれだけ権力と金を持っていたのかを。
俺の元にヘルヴィムとかいう爺さん執事が送られてきたのは、それから三ヶ月後のことだった。