香水の甘ったるい匂いが、錆びついた記憶を強引に引き剥がしていく。
クワット・システムズ・エンジニアリング――銀河の心臓部で巨艦の骨組みを組んでいた日々、ドックの喧騒、レーザー溶接の青白い閃光、そして自分の手で銀河の秩序を支えているという奇妙な自負。
そのすべてが、今やこの窮屈なエコノミークラスの座席の狭間に溶けて消えようとしていた。
『まもなく…』
アナウンスの途中で雑音が混ざり機内が微かに揺れる、隣の乗客が不快そうに肩を揺らし窓の隙間から覗く視界を遮った。
だが、そのわずかな隙間からでも、あの星の輪郭は嫌でも目に飛び込んでくる。
眼下に広がるのは、何重ものヴェールをまとった故郷の星。
宇宙の絵の具を無造作にぶちまけたような、あるいは誰かが丹念に油絵のキャンバスへ塗り重ねたような、深く、そしてどこか冷たい美しさ。
宇宙の暗闇に浮かぶその姿は、外から眺める者にとっては息を呑むほどの光景なのだろう。
だが、この青年:イラーは知っている。
その絵の具の厚い層の下にあるのは灼熱と荒涼が広がる砂原、そして終わりのない労働と抜け出せない階層の澱みだということを。
「……ここから見るから、美しいのか」
呟きは、誰に届くこともなく機内の低いエンジン音にかき消された、着陸体制に入った機体が高度を下げ船内のメイン照明が落とされる。
窓のシェードを下ろすようにという自動音声と共に天井のシグナルが昏い赤へと変わった、薄暗い光の中隣人の眠たげな寝息だけがやけに鮮明に響く。
光が奪われた窓ガラスに、自分の冴えない顔がうっすらと映り込む。
解雇の通告書を手渡されたときの冷ややかな上官の目、手元に残るわずかなクレジット、そしてあの時、あの上層部の決定に一言でも異議を唱えていればという、遅すぎた澱のような思考。
星の引力が、機体をゆっくりと、しかし確実に捉えていく。
逃げ出すように飛び出したはずの故郷へ、敗者として引き戻される重力が、イラーの胸を締め付けていた。
エンジンが熱を帯び、乾いたうなり声を上げる。
タトゥーイーンの双子の太陽が容赦なく頭上に照りつけ、荒涼とした砂の世界を白銀色の光で焼き付けていた。
機体のボディに括りつけたわずかな荷物が、振動のたびに乾いた音を立てる。
アウターリムのさらに周縁、法も秩序も届かないこのデューンシーでは、剥き出しの錆と暴力だけが現実だった。
遠くで聞こえるかすかな地響きは、この砂漠の支配者であるクレイトドラゴンの影か、あるいは生活圏を襲うレイダーの襲撃か、どちらにせよ、長居は死を意味する。
イラーはスピーダーの操縦桿を握り締め、記憶の糸を手繰るように地平線の歪みを見つめた。
コルサントの巨大なドックで冷徹な効率を叩き込まれるずっと前、機械の油と埃の匂いにまみれていた幼い日々。
身寄りもなかった自分をこま使いのようにこき使い、罵声を浴びせながらも、最後には有り金のすべてを握らせてこの星の外へと押し出してくれた「爺さん」の姿が脳裏に蘇る。
――「機械の声を聞け、イラー。この乾いた砂の下にはな、まだ生きてる血が眠ってんだ」
周囲からは変わり者のホミステッド(開拓者)として笑われ、冷遇されていた老人の言葉。
奴は狂ったようにデューンシーの奥底を掘り続け、この不毛の地の大地の下には隠された水脈があるのだと豪語していた。
どこまでが老人の戯言で、どこからが真実だったのか。当時、子供だったイラーには確かめる術もなかった。
砂埃を巻き上げながら、スピーダーは記憶の目的地へと滑り出していく。
すべてを失い、逃げ帰るように戻ってきたこの場所で、かつて狂人と蔑まれた爺さんの残した廃墟が、今は唯一の隠れ家であり、錆びついた過去と向き合うための道標だった。