太陽が地平線の向こうへと沈んだ瞬間、タトゥーイーンの砂漠は一転して凍てつくような闇に包まれる。
昼間の強烈な熱気は嘘のように消え去り、極寒の夜気が容赦なく肌を突き刺してきた。
地下室の古びたバーナーに点火すると、不完全燃焼を起こした古い燃料が独特の重い匂いを立ててくすぶる。
その心もとない揺らめきが、壁に映し出されたイラーの大きな影をまるで生きているかのように不気味に、だが温かく踊らせていた。
外の悪天候から隠すようにスピーダーを作業場へ押し込み、イラーは手際よく戸締まりを済ませる。
荒涼とした砂原で生き抜くための術――夜の冷気を遮断し、わずかな熱を逃がさないための手順。それは頭で考えるまでもなく、かつてここにいた頃の肉体が、まるで呼吸をするように自然と思い出していた。
(……案外、身体ってのは覚えてるもんだな)
身を潜めた毛布の感触は驚くほど粗末で、クワットの寮にあった防音の効いた寝台とは比べ物にならない。だが、その布の重みと、染みついたオイルや埃の匂いが妙に心地よかった。
冷え切った手足を縮こまわせ、ざらついた毛布のなかに深く沈み込む。
帝国や巨大企業の歯車としてすり潰されていた日々から切り離されただ風の音だけが響くこの場所で、強張っていたはずの唇の端がいつの間にか微かに緩んでいた。
世界が凍りついたと想起させるような静寂。
その暗闇の底でその幻聴は幾度も繰り返された、乾ききった砂漠の夜に水滴が石を打つ清らかな響き。
現実のはずがない。
そんな奇跡が、このデューンシーの地下深くに眠っているわけがない、イラーは何度も寝返りを打って眠気の中に逃げ込もうとした。
だが、乾いた脳裏にこびりついたその音は、まるで呪いのように意識を覚醒させ続ける。
「……っく」
しびれを切らしたように毛布を跳ね飛ばし、イラーは起き上がった。
手探りでランタンの芯に火を灯す、揺らめく黄色の光が舞い上がる埃を黄金色の粉のように照らし出す。
荒れ果てた地下室をくまなく見渡し、壁や床の継ぎ目を叩いていく。
何気なく足を踏み入れた一角で、床の石畳がわずかに沈んだ、ざらついた砂の感触に混じり不自然な隙間に指先がスリと滑り込む。
そこには意識しなければ決して気づかないような、小さな鉄の引っ掛かりが隠されていた。
息が詰まる。鼓動が急激に早鐘を打つ。
全身の力を込め、錆びついた取っ手を引いた瞬間。
重い金属音とともに床の一部が沈み込み、ぽっかりと黒々とした闇への穴が口を開けた。
ランタンを恐る恐る差し入れる。
しかし、吹き出す冷気と闇は光を呑み込み、その奥底がどうなっているのかを容易には教えてくれない。
(まさか……爺さんの言ってたことは……)
眠気は完全に吹き飛んでいた。
イラーは躊躇うことなく、その暗い穴へと足を踏み入れた。
狭く、岩肌が剥き出しになった地下通路。
天井や壁に肩をぶつけ、掠れた喉から思わず低い呻き声が漏れる。埃と湿り気を帯びた空気を肺に満たしながら進んだその先で、視界が開けた。
ランタンの小さな灯りが、幾重にも連なる無数の石瓶へと投げかけられる。
――ポチャン。
静まり返った地下空間に、澄んだ音が響く。
天井の岩肌から染み出したわずかな水滴が、ぽつりぽつりと土甕を満たし、波紋を広げていたのだ。
光を反射してきらめくその水面は、見渡す限りの砂の世界において、何よりも美しく、残酷なまでの現実だった。