【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
ヒーローが勝った。
高架の上で怪物の体が崩れ、砂になって落ちていく。逃げていた人たちから拍手が上がった。俺も、ほっとして肩の力を抜いた。
それから道路を見た。
怪物がまき散らした紫の泥に、砕けた盾の白い火の粉が降っている。右を見ても、左を見ても、べったりだ。
「……これ、俺が全部やるんだよな」
拍手はまだ続いていた。
俺は車から、予備の缶をもう一本下ろした。
「清掃の方、お願いします!」
市の人に呼ばれ、長い棒を担いで道路へ入る。先っぽで危険な力を集め、缶に入れるための道具だ。うちでは普通に『回収具』と呼んでいる。
かっこいい名前は付いていない。壊れたら母さんに怒られる。
空には、公式配信のドローンが浮かんでいた。
今日の配信は、戦いが終わってもまだ続くらしい。俺としては、勝ったところで終わってくれても構わない。
「すみません、こんなに広がるとは思わなくて……。向こうの道まで行ってますよね」
白い装甲のヒーローが、申し訳なさそうに声をかけてきた。
スクリーンこと相良真白だ。何度か同じ現場で仕事をしている。
今日は右肩の装甲が割れていて、脇腹も大きくへこんでいた。
「怪我は、大丈夫ですか」
「ええ、歩くのは大丈夫です」
「歩けるかじゃなくて、痛いところを聞いてるんですけど」
大丈夫だと見せるつもりだったのか、真白が右腕を上げかけた。肩の割れ目で白い光が跳ね、彼女は顔をしかめる。
「あ、そのまま。その光、取りますから」
「お願いします」
砕けた盾の光が、肩にくっついている。
盾としてはもう使えないのに、熱だけは残っていて、本人まで焼こうとしていた。こういうのが、戦ったあとにはよく残る。
道路の泥だって、怪物が倒れたからといって普通の泥にはならない。さっきから、触れた小石をふわふわ持ち上げている。
俺には、その力が細い筋に見える。ほどいて缶にしまえば、危なくなくなる。
ただし、できるのは持ち主の制御を離れた残りかすだけだ。飛んでくる攻撃まで吸えるなら、俺も車で勝つのを待っていない。
銀色の防護面を下ろし、回収具を構えた。
真白がぴたっと止まる。
その向こうで、ドローンのレンズが俺を向いた。
念のため、胸の社名を確かめる。
橙色の防護服にある『三枝環境サービス』の文字は、泥で見えなくなっていた。
まずいな。
これだと、顔を隠した男がヒーローに棒を突きつけている。
「顔は映さないでもらえますか。作業する手元ならいいので」
「撮影班、聞こえましたか。肩と手元だけでお願いします」
真白が頼むと、ドローンは横へ回った。
棒を突きつけているところだけ、よく映るようになった。
……帰ったら、母さんに社名の場所を相談しよう。
「ちょっと引っ張りますよ」
「はい」
肩から白い筋を引き出す。ばらけた光が針みたいに細くなり、防護面にぱちぱち当たった。
缶の弁を開くと、光は回収具を通って中へ流れていく。肩の割れ目から最後の一本が抜けたところで、弁を閉じた。
真白が、そっと肘を曲げる。
「あ……軽い。さっきまで、肩だけ重りをつけてるみたいだったのに」
「でも、怪我まで治ったわけじゃないですからね。あとは救護の人に見てもらってください」
「……はい。分かりました。ちゃんと診てもらいます」
少し間があった。言っておいてよかった。
熱を集めた黄色い缶を閉じ、青い缶へつなぎ替える。泥に残った、物を浮かせる力は、こっちに入れる。
二つの力を混ぜると、缶の中で暴れだす。車で持って帰る俺が、いちばん困る。
さて、次は道路だ。
泥の中にある紫の筋を追っていくと、倒れた売店の屋根へ続いていた。
「そこ、まだ触らないで!」
真白に呼び止められ、手を止める。
屋根が斜めに浮いていた。泥の力で持ち上がっているらしい。
下から、こつ、と音がした。
「……誰かいる?」
こつ、こつ。
屋根と地面の隙間から、小さな指が出てきた。
慌てて泥の力を抜けば、屋根が落ちる。
俺は回収具を引っ込めた。
「中に人がいます」
「私が支えます」
真白は撮影班に、公開用の音声を止め、カメラも離すよう頼んだ。音声を止めたとの返事を聞くと、左手を突き出し、白い盾を屋根の下へ差し込んだ。
屋根の揺れが止まる。
「真白さん、そのままお願いします」
車から支柱を持ってきて、盾の隣へ立てた。これでも屋根を支えられると確かめてから、俺は隙間をのぞく。
砂だらけの男の子が、こっちを見ていた。
「もうちょっと待ってね。上が落ちないようにするから」
男の子が、こくんとうなずいた。
真白が救援隊を呼んでいる間に、青い缶をつないだ。
「少しずつ抜きます。三、二、一」
弁を開けると、泥から紫の筋が伸びてくる。屋根がゆっくり下がり、盾と支柱に載って止まった。
隙間はちゃんと残っている。
「足は挟まってない? 動かすと痛いところは?」
男の子は首を振り、膝を動かしてみせた。俺は回収具を置き、手を差し出す。
「こっちへおいで。ゆっくりでいいから」
小さな指が、俺の手袋をつかんだ。手を引くのに合わせて、男の子が這って出てくる。
右の靴は脱げかけていて、左は靴下だけだった。星の絵に、砂がびっしり付いている。
「お母さんは?」
「あっち」
避難している人たちのほうを指したので、真白が救援隊へ伝えてくれた。
俺は右の靴を直し、靴下だけの左足を自分の膝に乗せる。地面にはガラスも落ちていた。靴を探すより、先にこの子を渡したほうがいい。
やってきた隊員が男の子を抱き上げる。ほかの隊員が屋根を引き受け、真白もようやく左手を下ろした。
「おじさん、ありがとう」
「二十四です」
つい口から出た。
真白が、左手で口元を隠している。
今、言わなくてもよかったな。
母親と会えたと聞いてから、残りの泥を片づけた。
青い缶がいっぱいになりかけたら、予備へ替える。拾いきれなかった力がないか、道路をもう一度見て回った。
石もガラスも、もう浮いていない。道路の穴や倒れた売店は残っているけれど、これなら次の人たちが片づけに入れる。
男の子の左の靴は、見つからなかった。救援隊に靴と靴下の特徴を伝え、出てきたら、危険な力が残っていないか確かめて届けてもらうことにした。
真白は救護の人に診てもらい、椅子に座っていた。
俺が缶を運んでいると、申し訳なさそうに道路を見る。
「あの、やっぱり大変でした? 私の盾まで散らかしてしまって」
「泥の上に、盾の欠片まで降ってきましたから。缶を替えながら、もう降ってくるなよと思ってました」
「すみません。あのときは、倒すので精いっぱいで……」
「いや、責めてるんじゃないです。余裕があるときだけ、欠片を一か所に寄せてもらえると助かるなと」
「それなら、できるだけ一か所に寄せておきますね。片づけるの、少しは楽になります?」
それで十分だ。戦っている最中に、ごみのことまで考えてほしいわけじゃない。
「見積もりは市に送りますね」
「隊の経理にも見せていいですか。片づけてもらった分も、ちゃんと伝えますね」
「それは助かります。ぜひお願いします」
真白が、俺の持っている二本の缶を見た。
「こうして並べると、ずいぶん違いますね。熱いのと、物を浮かせる力で、別々なんですね」
「はい。この二つは、混ぜないでください」
「……さっき、道路で混ざりましたよね」
「だから俺が呼ばれたんです」
真白が道路を見た。俺も見た。
そんなにしょんぼりしなくてもいい。勝ってくれなかったら、俺だってここに立っていられない。
「次は、もう少し散らかさずに勝ちたいです。……できる範囲で、ですけど」
「無事に勝ってくれれば、それでいいです。あとは仕事なので」
缶を持ち直すと、真白が少し笑った。
「ふふ。そう言ってもらえると、頼みやすいです。次もよろしくお願いします」
「予備の缶、多めに積んでおきます」
彼女は通信機で、二種類を分けて回収したと担当に伝えてくれた。
公開用の音声は、まだ止まっている。
そこで撮影班から、音声を戻すと連絡が入った。
再開の合図を聞いた真白は、カメラのほうを向いた。
「次からは、引き継ぎまでが必殺技だと思います」
俺は二本の缶を荷台へ置いた。
そこまで大げさにしなくていいんだけど。
「必殺技は、分別して捨ててください」
真白は真面目な顔でうなずいた。
ヒーローの勝利配信が、ごみ出しのお願いで終わった。
夜、洗濯を始めようとしたら、真白からリンクが届いた。
防護服は会社で洗ってきた。家で洗うシャツを片手に、スマホを開く。
昼間の俺が、銀の面でヒーローに棒を向けていた。
その下に、動画を切り抜いた人が付けた文字がある。
「出勤です」
再生したら、当時のコメントまで出てきた。
動画の下には、市の説明が載っている。
三枝環境サービスの清掃員です。持ち主の制御を離れた、残った力を回収しています。生物や攻撃中の力は回収できません。
治療や建物の修理をするわけでもない、と続いていた。
「こっちを、あの大きさで書いてほしいな……」
真白から、もう一通。
『こっちは、ちゃんと清掃員だって分かってくれてますよ』
掲示板のリンクだった。
1:名無しの視聴者 ID:q7N2
公式見た
清掃の人だったわ
敵増えたとか言ってすまんかった
2:名無しの視聴者 ID:p8K4
俺も最後の敵来たと思ってた
3:名無しの視聴者 ID:g2R6
説明は読んだ
でも勝った直後に銀の仮面が来るのはラスボスだろ
登場するとこだけもう一回見てくれって
4:名無しの視聴者 ID:d9H3
>>3
出勤するなってかw
5:名無しの視聴者 ID:q7N2
「その光、取りますから」「お願いします」
普通に仕事頼んでるだけだった
昼は俺も身動き取れなくされたと思ってたわ
6:名無しの視聴者 ID:j6T8
>>5
見た目に引っ張られすぎて草
7:名無しの視聴者 ID:u8M5
肩から抜いてたやつ放っとくと危ないの?
倒したら全部消えるもんだと思ってた
8:名無しの視聴者 ID:q7N2
>>7
公式の説明それだった
戦ったあとにも力が残るんだと
9:名無しの視聴者 ID:n4B7
これ会社名どこに書いてあるんだ
泥で何も見えねえ
10:名無しの視聴者 ID:g2R6
最後スクリーンが引き継ぎまで必殺技って言ってるぞ
やっぱこの人から何か教わる流れじゃん
勝って終わりじゃないんだよ
11:名無しの視聴者 ID:d9H3
>>10
お前まだ最後まで見てなかったのかw
12:名無しの視聴者 ID:g2R6
今見てる
缶二つ置いた
何言うんだこれ
13:名無しの視聴者 ID:p8K4
14:名無しの視聴者 ID:g2R6
15:名無しの視聴者 ID:j6T8
分別で締めるなww
16:名無しの視聴者 ID:d9H3
>>10
ちゃんと教わったな
17:名無しの視聴者 ID:g2R6
ラスボス倒したらゴミだけ残るのか
18:名無しの視聴者 ID:n4B7
>>17
倒すな
帰してやれ
俺はスマホを伏せた。
清掃員だと分かってから、もう一度ラスボスにしている。
真白さん。分かってもらえてるって、そういうことですか。
洗濯機にシャツを入れると、仕事用の端末が鳴った。母さんだ。
うちの会社の代表でもあるので、この時間の電話はだいたい明日の仕事の話になる。
「三枝湊さん、ご指名ですよ。今、ちょっと話せる?」
「何その言い方。洗濯してるだけだからいいけど、誰から?」
「生きてる怪物。それでね、私も最初は聞き返したんだけど」
洗剤のふたを落としかけた。
「……何を片づけるの?」
「片づけてほしい場所があるんだって。市には連絡したよ。明日の朝、担当の人と救援隊にも一緒に来てもらう」
もう、話を聞くところまで決まっていた。
「生きてる本人は、缶に入らないよ」
「うん、それは伝えた。本人を片づける話じゃないって」
「じゃあ、まず何を捨てたいのか聞いて。道具も、それが分からないと積めないし」
「そうだね。向こうも、それを話したいんだって。明日、一緒に聞こう」
明日の予定を入れ、洗濯機のスタートボタンを押した。
客が怪物になっても、やることは片づけらしい。
とりあえず、シャツは今のうちに洗っておこう。
最後に現れた人を倒すと、誰も片づけてくれなくなります。