【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

10 / 11
写真を持って、窓口へ来ました。説明するのは、撮った場所です。


第10話 その缶は、うちの物ではありません

「三枝さん。今日は床のほうですか?」

 

 市の受付で、最初にそう聞かれた。

 足元を見た。俺の靴は、会社を出る前に拭いてある。

 

「床は、汚してないと思いますけど」

「いえ、床の清掃に来られたのかと。三枝清掃さんですよね」

「三枝環境サービスです。今日は写真を持ってきました」

 

 昨日、集会所へ忘れ物を取りに行った、その翌朝。

 母さんと俺は、市の後処理窓口に来ていた。工場で見つけた規格外の缶について、撮った場所もその場で説明してほしいと連絡を受けている。

 回収具も缶も、車に積んでいない。午前は写真を出し、午後の現場へ行く前に会社で道具を積む予定だ。

 

 母さんが名刺を差し出した。

 

「よく似てるんですけど、こちらです。今朝も、床の洗浄剤を買わないかって電話が来まして」

「申し訳ありません。担当を呼びますので、少々お待ちください」

 

 受付の人が電話を取った。母さんは俺の袖を引いて、横の椅子へ向かう。

 

「洗浄剤、断ったの?」

「うん。でも電話の前に床を見たら、そろそろ買わなきゃと思っちゃって」

「向こう、半分合ってたな」

「会社は間違えてたけどね」

 

 呼出音が、待合の端から聞こえた。

 名札を着けた女性がこちらへ歩いてくる。片手に薄い本を持ち、指で挟んでいたページへしおりを入れた。

 

「三枝環境サービスの方ですね。工藤朝帆です。こちらでお話を伺います」

 

 名札にも、同じ名前がある。

 朝帆さんは受付へ戻り、会社名を最後まで伝えた。電話で略された名前が、そのまま清掃業者の来訪欄へ入っていたらしい。

 

「今日の件は、缶を発見した方の説明です。床の作業とは分けてください」

 

 受付の人が直すのを待ってから、俺たちへ向き直った。

 

「お待たせしました。写真と、場所を確認します」

 

 案内された小さな面談室で、俺は端末を机に置いた。

 朝帆さんの本は、閉じたまま鞄へ入る。

 

「本、読んでたところでした?」

「始業前に少し。昨日買ったので、続きが気になって」

「すみません、途中で」

「しおりは入れました。戻る場所が分かれば大丈夫です」

 

 椅子を引く音が、三つ続いた。

 俺も、今日の仕事へ戻れるよう、選んだ写真を先に開いた。

 

 缶の側面を拡大すると、朝帆さんが顔を寄せた。

 

「この番号の物ですね。もう一本は、市の別の保管場所にあります。そちらも現物で同じ番号を確認しています」

「うちで使った青い缶とは、別ですよね」

「はい。今日伺うのは工場のほうです」

 

 母さんが会社の持出し記録を出す。

 朝帆さんは、照合する分だけ自分の机へ寄せた。

 

「場所の写真もお願いします。缶の右側、どこですか」

「壁です。入口から入って、右の奥に」

 

 画面の右を指したつもりだった。

 朝帆さんの指は、写真の反対側にある。

 

「こちらが入口ですね?」

「あ、それは窓です。入口は撮ってる俺の後ろで」

 

 端末を自分のほうへ回した。

 入口は背中。缶は右前。窓は左。

 朝帆さんへ見せるため、もう一度回す。

 

「この左が、俺から見て右で――」

 

 母さんが、俺と端末を交互に見た。

 

「湊、今、どっち向いてるの?」

「工場の入口から、中を見てる」

「私は、あなたの顔を見てるんだけど」

 

 俺も母さんの顔を見ていた。

 これでは、工場の入口が母さんになる。

 

「向きを合わせたほうが早いですね」

 

 朝帆さんが机の端へ移り、画面を俺と同じ方向からのぞいた。

 ようやく左右がそろったので、俺は写真の窓を示す。

 

「ここです。缶は、この下。撮ったときは、こう、少ししゃがんで」

 

 椅子から腰を浮かせ、机の脇で膝を曲げた。

 高さも合わせれば、もっと伝わるはずだ。

 

「低い位置から撮ったんですね」

「もう少し下です。番号も撮りたかったので」

 

 右膝を床につける。

 机が邪魔で、腕を伸ばせない。横へずれ、端末を両手で構えた。

 朝帆さんもしゃがみ、写真と俺の目線を見比べている。

 

「そこから窓が見えたんですね」

「はい。窓の前に、台があって。この机ぐらいの高さで」

 

 ちょうど机がある。

 反対側へ回れば、台の向こうへ缶を撮ったときと同じになる。

 

「少し回っていいですか」

「お願いします」

 

 椅子を押し込んで通る。

 机の向こうでしゃがむと、端末の高さに天板が来た。

 朝帆さんから画面が見えなくなったので、下から差し出す。

 

「ここで、こうです」

 

 俺の手と端末だけが、机の下から出た。

 母さんが椅子に座ったまま、こちらをのぞく。

 

「……湊、何してるの?」

「撮った場所を説明してる」

 

 朝帆さんが、床へ近づけていた顔を上げた。

 

「あ。撮った姿勢は、そこまで同じにしなくて大丈夫です」

 

 俺は端末を出したまま止まった。

 

「姿勢は、いらない?」

「入口と窓に対して、どこに缶があったかを確認したくて。写真に印を付けてもらえれば」

 

 母さんが、机の上の持出し記録を寄せた。

 空いた場所へ、朝帆さんが位置を書き込むための図を置く。

 

「そういう図、あるんですか」

「あります。先にお見せすればよかったですね」

 

 俺の頭の上で、紙がとん、と鳴った。

 最初から、机の上だけで済む仕事だった。

 

「どうぞ、戻ってください」

 

 机の縁に頭をぶつけないよう、横へ出た。

 朝帆さんが椅子を引いてくれる。母さんは俺の膝についた、白いほこりを払った。

 

「受付の人、合ってたじゃない」

「会社は違っただろ」

「床のほうですか、って」

 

 床を見た。

 右膝をついていた所だけ、白いほこりが薄くなっていた。

 

「俺で床を拭く予定は、入ってなかった」

 

 朝帆さんが口元を押さえ、図を俺へ滑らせた。

 

「床は別の方にお願いします。三枝さんは、こちらへ」

「はい。今度は指だけで」

 

 入口から壁まで、指を動かす。

 朝帆さんがそれを図へ書き、窓の位置を俺に確かめた。

 こんなに楽なら、最初に座ったままでいたかった。

 

 図ができると、朝帆さんが写真の受取先を端末で示した。

 母さんと宛先を読み合わせ、選んだ発見時の写真を送る。

 朝帆さんの端末が、短く鳴った。

 

「届きました。番号の写真と、周囲が分かる写真。図と一緒に調査担当へ渡します」

 

 画面の写真を、俺も一緒に確かめた。

 これで提出できた。

 母さんは会社の記録へ戻り、正規の缶の番号と、持ち出した先を朝帆さんへ伝える。

 

「工場のこれは、うちの在庫ではありません。あの場所で見つけて、市の担当へ渡した物です」

「市の受取記録とも一致しています。三枝環境サービスが持ち込んだ缶という扱いは、直します」

 

 朝帆さんが、会社名を省かずに書き直した。

 俺が渡した物と、俺の会社の物は、別だった。

 

「同じ番号なのは、どこかで記録を間違えたからですか?」

 

 母さんが聞く。

 朝帆さんは、二本分の記録を並べた。

 

「それだけでは説明できません。現物が二本あります。どちらに、いつ番号が付いたのか。まず運ばれた経路を調べます」

「中身は?」

「調査担当が確認しています。今、同じ物だとは言えません」

 

 端末の写真だけでは、俺にも分からない。

 同じ番号の二本を一つにして、話を終えるわけにはいかなかった。

 

「今日は、ここまででいいですか。午後、別の倉庫を見に行くので」

 

 朝帆さんのペンが止まった。

 

「次の予定があったんですね。何時に出れば間に合いますか」

「会社で道具を積んでからなので、十一時には」

「では、今日聞くことはここで終わりにします。照合の途中経過は、明日の午後三時に会社へ連絡します。分からなかった所も、その時にお伝えします」

 

 母さんが予定を入れた。

 俺も、午後の仕事へ戻る時間を確かめる。

 

「ありがとうございます。分からないまま待つの、どこまで準備しておけばいいか迷うので」

「はい。先にご予定を聞けばよかったです。次は、膝をつかなくても済むようにします」

「そこは俺も気をつけます」

 

 朝帆さんが立ち、鞄から本を取り出した。

 俺たちを見送ったあと、別の部屋へ届けるのだという。

 

「貸すんですか。その本」

「隣の係の人に。私は昼に続きを読みます」

「先に貸しちゃって、大丈夫ですか」

「昼までには返してもらいます。そこは、最初に聞きました」

 

 母さんが俺の膝を見た。

 もう何も言わず、廊下へ出た。

 

 会社で弁と空き容量を点検した。空缶の留め具を閉じると、かちり、と鳴る。緩みがないことを確かめ、道具を車へ固定した。

 午後の依頼は、幹線道路側の倉庫で、搬出前に残った力がないか確かめる仕事だ。桜通りを片づけたから、ほかの場所まで安全になったわけではない。

 

 倉庫に着くと、入口の金網が風で鳴っていた。

 担当者の案内で、立入線の外から荷物を見る。まだ発生源の停止など、現場の確認を待っている。回収具は車に残した。

 

「先に、こっちを返しておきたかったんです。清掃の会社の物じゃないかと」

 

 倉庫の人が、台の上を指した。

 黒っぽい円筒が一本ある。細い首と、脇へ張り出した口。

 工場で見つけた、あの規格外の缶とよく似ていた。

 

「その缶は、うちの物ではありません」

 

 午前に言った言葉を、もう一度言った。

 台へ近づかず、倉庫の人にも動かさないでほしいと頼む。

 

「いつ、ここへ来たんですか」

「運搬の人が置いていったと聞いたんですが、私が受けた物ではなくて。引取りに来るそうなので、返していいのかと思って」

「受け取った方と、運んだ方に確かめてもらえますか。市にも、俺から連絡します」

 

 車へ戻り、朝帆さんへ電話をかけた。

 似た外見の缶を、別の倉庫で見つけたこと。番号はまだ読めておらず、触っていないこと。倉庫の人が受取りの経緯を確かめていることを伝える。

 

『場所を教えてください。現場の担当へつなぎます。缶はそのままでお願いします』

 

 住所と倉庫の連絡先を、許可を得て伝えた。

 向こうで、朝帆さんが復唱する。

 会社名も、今度は最後まで合っていた。

 

『今は、立ってお話しされていますか』

「立ってます」

『分かりました。位置の図が必要なら、こちらから先にお送りします』

 

 俺は車の窓に映った、自分の膝を見た。

 今度は、そのまま立って返事を待った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。