そのラスボス、本業は清掃員です。   作:シラヌイ321

11 / 13
第10話 戦う前に、道を空けてください

「なぜ、まだ動いている」

 

 答えを探す前に、黒い腕がしなった。

 投げつけられた鉄の棒が、まっすぐこちらへ飛んでくる。俺はほうきの柄を、反射的に前へ出していた。

 

 かん、と硬い音がした。

 棒は柄に弾かれて向きを変え、そこへ相良さんの光の板が割り込んだ。二度目に弾かれた棒は、誰もいない壁際へ落ちて転がった。

 

「湊さん、大丈夫ですか!」

「大丈夫です!」

 

 黒い怪人は、倒れた足場の向こうに立っていた。こぶの浮いた肩で、荒く息をしている。俺の後ろの梁と、横倒しの容器とを、交互に見ていた。

 

「十二年ぶりだな」

「……え?」

「まさか、まだ生きていたとは」

 

 どういう意味か、考える暇はなかった。

 梁の向こうには、まだ人がいる。作業着の背中を丸めて、顔を伏せている。こちらへ来ようにも、足場の部材が床をふさいでいた。

 

「すみません。そこ、空けてもらえますか」

 

 俺が言うと、怪人の足が止まった。

 

「……俺に言っているのか」

「はい。そこを通って、あの人を運び出したいので」

 

 ほうきの先で、人のいない床を示した。怪人は俺を見て、それから、ほうきを見た。

 

「おまえは、何をしている」

「救助です。手を出さないでもらえると助かり」

 

 最後まで言えなかった。

 黒い腕が、横から振られた。

 

 俺は作業員の人との間に踏み込んで、ほうきの柄を縦に立てた。

 腕が、柄に当たった。

 押し飛ばされると思って足を踏ん張った。でも、靴は床から一ミリも動かなかった。

 

 代わりに、怪人の方が前のめりになった。

 

 このまま倒れてこられると、後ろの人に当たる。俺は、ほうきを押し返した。

 怪人の足が、床から浮いた。

 

 すぐ横の空いた場所へ落ちて、床の上を滑っていく。倒れていた空の台車に背中から突っ込んで、ようやく止まった。

 

 俺は、手の中のほうきを見た。柄も、穂先も、曲がっていない。

 

「湊さん、こちらを!」

 

 相良さんの声で、我に返った。梁の向こうの作業員の人が、両腕で頭を抱えていた。

 

「当たってませんか!」

「だ、大丈夫……大丈夫です」

 

 返事を聞いて、ようやく息を吐いた。

 この装備の力は、俺が思っていたよりずっと大きい。押す先を見ていないと、守るつもりで誰かを怪我させる。

 

 怪人が、ゆっくり起き上がった。背中に引っかかった台車の枠が、がしゃんと床に落ちる。

 俺に向けていた腕を、そろりと引いた。

 

「その姿で……なぜ、そいつらを庇う」

「まだ、外に出られていないので」

 

 半歩、横へ動いた。怪人と、人の間から外れないように。

 

「ここで戦われると、運べないんです。道を、空けてください」

 

 怪人の目が、俺の肩から手元へ下がった。ほうきを、じっと見ている。俺が柄を握り直しただけで、片足が一歩さがった。

 

 その踵が、横倒しの容器に当たった。怪人は振り返って、こぼれた黒い塊に腕を突っ込もうとする。

 その間に、相良さんの光の板が立った。

 

「それ以上、持ち出させません」

 

 怪人が板を叩いた。びくともしない。板の向こうに残った黒い塊に、手は届かなかった。

 俺は、板の向こうの容器を指した。

 

「それも、あとで回収しますので」

 

 その瞬間、怪人の全身が、目に見えて強張った。

 

「……回収」

「はい。残留物なので」

 

 怪人は、俺を見た。容器を見た。もう一度、俺の手のほうきを見た。

 そして、くるりと背を向けて走り出した。

 

「裏へ出ます!」

 

 相良さんが手首の端末に叫ぶ。奥で扉の開く音がして、外にいた別のヒーローの声が重なった。

 追いかけようとして、足が止まった。梁の向こうから、細い声がしたからだ。

 

「……行かないで」

 

 振り返ると、作業員の人が、こちらに手を伸ばしていた。

 

「ここにいます」

 

 ほうきを下ろした。相良さんが端末で追跡を外の人に引き継ぎ、俺に頷いた。

 

「湊さん。こちらを、お願いします」

「はい」

 

     *

 

 作業員の人は、片足を引きずったまま動けなくなっていた。梁が、その手前を斜めに横切っている。足を挟んではいないけれど、担架に寝かせて運ぼうとすると、梁の下では高さが足りない。

 しゃがんで、目の高さを近づけた。

 

「後ろから、救助の人が来ます。そこまで出られるようにしますから」

 

 作業員の人が頷いた。額の汗が、頬の粉を筋状に溶かしていた。

 

 ほうきを戻して、また掃除機を出した。梁までの足元に残った破片を、手前へ寄せるように吸っていく。人のいる向こう側へは、吸入口を入れない。

 通路が伸びた。救助隊の人が二人、こちらへ来た。

 

「この梁を上げれば、通れますか」

 

 一人が、梁の向こうを覗き込んだ。

 

「通れます。ただ、上とつながってますね」

 

 梁は、斜めに折れた足場の一部だった。持ち上げれば、上に載っている床板まで動く。相良さんが、ずっと光の板で受け止めている部分だ。

 

「相良さん。俺がここを持てば」

 

 梁のいちばん太いところに手を当てた。相良さんが、俺の手元と頭上の部材を見比べた。

 

「そのまま、支えていられますか」

「さっきの板よりは重そうです。でも、持ってみます。まだ、離さないでください」

「はい」

 

 掃除機を戻して、両手で梁をつかんだ。先に足の位置を決める。人のいる方へ動かないよう、真上にだけ力をかけた。

 

 重さが、腕から肩へ乗ってきた。

 梁が、浮いた。

 

 相良さんが、光の板をほんの少しだけ下げる。上の重さが、一気にこちらへ移ってきた。

 でも、手の位置は下がらなかった。

 

「持ちました」

「こちら、移します」

 

 上を支えていた光の板の一枚が、梁の下へ滑り込んだ。床に散らばった部材を覆って、奥からこちらまで、平らな通り道ができる。救助隊の人が、その上に膝をついた。

 

「今、乗せますね」

 

 二人がかりで作業員の人を担架に移し、俺の腕の下をくぐらせる。担架が通る時、作業員の人の顔が、ちょうど真下に来た。目が合ったので、仮面の中で頷いた。

 

「入口まで、もう通れます」

 

 作業員の人も、小さく頷いた。担架が梁の下を抜け、引きずっていた足の先まで向こうへ越えた。救助隊の人たちは、止まらずに外へ向かっていった。

 

「湊さん。支柱を入れるので、そのままお願いします」

「分かりました」

 

 支柱が運び込まれて、梁の下に据えられるまで、俺はその場に立っていた。合図をもらって、指示された位置へ少しずつ梁を下ろしていく。

 最後に、手の中から重さが抜けた。

 

「大丈夫です。離れてください」

 

 指を開いた。梁は、動かなかった。

 

     *

 

 外に出ると、空がやけに明るかった。

 救急車の横で、最初に運び出した人が手を上げている。その隣に、二人目の担架が運ばれていく。

 

「倉庫内、全員の退避を確認しました!」

 

 救助隊の声がした。相良さんの肩が、ようやく下がった。俺も、握ったままだった手を開いた。

 

 黒い怪人は、裏の塀を越えて、川沿いの方へ逃げたらしい。外で待機していたヒーローが追ったけれど、途中の排水路で見失ったそうだ。

 

 バックルを操作して、装甲を解除した。作業着の袖に、最初にかぶった白い粉がまだ残っている。払おうとすると、相良さんが水のボトルを差し出してくれた。

 

「先に、飲んでください」

「相良さんも、ずっと支えてたので」

「私の分もあります」

 

 もう一本を掲げてみせる。俺は受け取って、二人で柵から離れて蓋を開けた。冷たかった。

 

 ライトハウスの職員の人が、端末を持って近づいてきた。救助中の記録映像を確認しているらしい。

 

「中で怪人を押し返した方ですね。お持ちだった武器も記録に入れたいんですが、名称は」

「ほうきです」

「……形状の名前、ですか?」

「いえ。掃けます」

 

 相良さんが、水を飲むのをやめた。

 俺は入口の台車を指した。あそこには、普通のほうきも立ててある。

 

「あれと、同じ用途です。大きさは違いますけど」

 

 職員の人は、何とも言えない顔で端末に何かを打ち込んでいた。相良さんは、ずっと顔を横に向けていた。肩が、小刻みに揺れていた。

 

 会社に電話をかけると、母は最初に、二人とも外に出たのかと聞いた。出たと答えると、受話器の向こうで、短く息を吐く音がした。

 

『よかった。道具は?』

「入口の台車まで、引き出してもらえた」

『じゃあ、それを積んだら帰っておいで。今日は、もう何も追加しないから』

「分かった」

 

 台車のところへ戻ると、相良さんが反対側を持ってくれた。少し浮かせると、車輪に挟まっていた破片がぽろりと落ちた。

 普通のほうきで、それをちり取りに入れた。

 

 十二年ぶりだな、と、あの怪人は言った。

 十二年前、俺は十二歳だった。父が、まだあの装備を着ていた頃だ。

 

     *

 

【ヒーロー総合掲示板】

【清掃用ラスボス】三枝環境サービスについて語るスレ その3

 

204:名無しの観測者 ID:hako8

ライトハウスの救助記録、一部公開されたぞ

川沿いの倉庫のやつ

 

205:名無しの観測者 ID:7qB0ss

見た

変身して最初にやったのが瓦礫の吸引

人のいない方から順番に

 

206:名無しの観測者 ID:nagi4

片づけの順番だ……

 

207:名無しの観測者 ID:Qe31

そのあと怪人の腕をほうきで止めてる

 

208:名無しの観測者 ID:7qB0ss

>>207

記録の武器欄「ほうき」

備考「掃ける」

 

209:名無しの観測者 ID:hako8

備考いる?

 

210:名無しの観測者 ID:mop6

いる

大事

 

211:名無しの観測者 ID:old4

先代もほうきで怪人止めてたぞ

こっちは懐かしくて泣いてる

 

212:名無しの観測者 ID:Qe31

怪人、最後「回収」って言われた瞬間に逃げてない?

 

213:名無しの観測者 ID:nagi4

回収されたくはないだろ

 

214:名無しの観測者 ID:Yd0m1

あれは本当に十二年前と同じやつか

 

215:名無しの観測者 ID:hako8

>>214

またお前か

 

216:名無しの観測者 ID:7qB0ss

>>214

十二年前って何

答えてから消えろ

 

217:名無しの観測者 ID:old5

十二年前……高架下の件か?

いや、まさかな

 

218:名無しの観測者 ID:Qe31

おっさん側も意味深になるのやめろ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。