【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

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廃材一覧を持ってきました。捨てる物は、まだ一つも決まっていません。


第12話 ここを捨て場と呼ばないで

「湊。石、増えた!」

 

 翌朝、閉鎖工場のシャッターをくぐると、カサネが顔を上げた。

 灰色の甲殻に覆われた体。二本の角。厚い手には、青みがかった丸い石を持っている。

 

「それ、新しいやつ?」

「うん。濡れると、もっと青い。こっち――」

 

 伸ばしかけた腕が止まった。

 今日初めて来た管理担当が、半歩下がっていた。抱えた赤い札の束を、胸の前へ寄せている。

 カサネの手が、体の後ろへ隠れた。

 さっきまで俺へ伸びていた石も、見えなくなる。見せる続きを待っていたのに、違う話が先に来てしまった。

 

「……それ、俺のにもつける?」

 

 俺は管理担当の持つ一覧を見た。

 四十七項目。残っている物は、どれも廃材と書かれている。

 

「先に、残したい物を聞きます。まだ貼らないでください」

「はい。すみません。手順のつもりで、先に出してしまって」

 

 男は赤い束を机へ置いた。カサネからは、少し離れたままだ。

 朝、市と専門担当が確かめた区画だけを今日扱う。回収具は車に残してきた。外では管理会社の作業員二人が、空の梱包箱を組み立てている。

 今日するのは、ここに残った物の仕分けだ。

 

 母さんが管理担当へ向き直る。

 

「今日は仕分けまでです。赤を選んだ物も、管理側の確認が済むまでは運ばないでください」

「承知しました。本人の希望と、処分の承認は分けて記録します」

 

 返事を確かめてから、母さんは白と青の札を、低い箱へ並べた。

 

「青が残す物。迷ったら白。赤は、手放してもいいと思う物ね。赤を選んでも、今日すぐ持っていくわけじゃないよ」

 

 カサネは青い札へ手を伸ばし、途中で母さんを見た。

 

「俺、手伝う。そしたら、青、いっぱい使っていい?」

「手伝わなくても使っていいよ。なくなったら、また出すから」

 

 母さんが束ごと箱へ置く。

 カサネは一枚取り、裏まで見た。

 

「……自分で貼ってもいい?」

「うん。字を入れる所は空けといてね」

 

 俺は石のほうへ腰をかがめた。

 

「じゃあ、さっきの続きを見せて」

 

 厚い手の中から、青い石が出てきた。

 よかった。まだ、見せてもらえる。

 札を持つ手を下げて、今度は石だけを見た。

 

     *

 

 石は八個あった。

 黒が二つ、白が三つ、茶色が二つ。それから、今見せてくれた青い石。

 カサネは青いのを列の端へ戻し、隣の白を少し回した。

 

「そこ、踏まないで。水、来るから」

 

 靴を引くと、天井から一滴落ちた。

 白い石に当たり、隣へ伝う。小さな流れが穴の開いた金属蓋へ渡り、その下の瓶へ落ちた。

 

 ちん、ちん、ぽん。

 

 最後だけ、丸い音がした。

 カサネは俺の顔を見て、すぐ瓶へ目を戻す。

 

「前と違うだろ」

「ああ。瓶まで続けたんだ」

「石、何回もずれた。こっちを大きいのにしたら、入った」

 

 太い指が、茶色の石を示した。

 水はそこからこぼれず、蓋へ流れている。

 

「ちゃんと届いてるな。これ、全部自分で考えたの?」

「うん。俺が作った」

 

 カサネの背が、少し高くなった。

 次の一滴がうまく入ってほしくて、俺まで瓶の口を見つめた。さっきより、音が鳴るまでが長く感じる。

 カサネは次の滴が落ちるところを、もう指で教えてくれていた。

 

「まだ聞いてて。水が増えると、音、変わるから」

「じゃあ、次まで」

「次だけじゃ、あんまり変わんない」

 

 一滴で済ませるつもりだったのが、ばれた。

 仕分ける物の数が気になっていたけれど、カサネが見せたいのは石の数ではない。

 しゃがみ直すと、管理担当も二歩離れた所で腰を曲げた。

 ぽん。

 男が、持っていた一覧を下ろす。

 

「……ここで、その音を聞いてたんですね」

「うん。夜も鳴る。こっちは、うるさくないんだ」

 

 今度の返事は、男の顔を見ていた。

 

「石類一式、では足りませんね。蓋と瓶も、一緒に残しましょう」

「この青、一枚で全部?」

「はい。どこなら貼っても邪魔になりませんか」

 

 カサネが蓋の外側を指した。

 男はそこへ手を伸ばしかけ、札をカサネに渡した。

 貼られた青が少し曲がっている。本人は満足そうだった。

 

 将来並べ直すために、石と蓋と瓶だけを写真に残すことも、カサネへ聞いた。

 本人にも画面を見てもらい、作業記録に入れる。雨水路は、搬出日が決まるまで元の位置へ残した。

 運ぶ時は石を一つずつ固定する。蓋と瓶も同じ組として記録し、次の場所で並べるのはカサネだ。

 

「石は、俺が箱に入れたい」

「じゃあ、その時は箱を押さえるよ」

「青いの、いちばん最後。これがないと、途中で水こぼれるから」

 

 俺は順番も控えた。

 

 低い木箱は、横向きのまま残す。

 角の欠けた皿も残す。空の金属棚は、いらない。

 壁の銀色の外装を見た時だけ、カサネは迷わず赤を選んだ。

 

「これ、いらない。夜、がたがたする」

「風で?」

「そう。やっと止まったのに、また始まる。寝ようとすると鳴るんだ」

 

 外装を見上げたまま、口をとがらせる。

 俺にはギアセイバーの敵基地の扉に見えて、少し惜しかった。

 けれど、カサネは一度もその形を褒めない。目で追っているのは、風のたびに壁へ当たる端だけだ。

 俺が一晩ここで寝るなら、やっぱり静かなほうがいい。

 

「取れるか、管理の人に確かめてもらおう」

 

 男が記録すると、カサネは赤い札の端を、しっかり押さえた。

 

     *

 

 青い札が六件になった。

 雨水路を残し、動かせる五件の仮置き場所を決める。管理担当が、壁に沿って養生テープを伸ばした。

 

「ここへまとめれば、台車がまっすぐ通りますね」

 

 カサネは木箱を見た。

 

「それ、動かす?」

「この線の内側へ寄せようと思うんですが」

「じゃあ、俺の道は?」

 

 俺はテープを貼る前に止めてもらった。

 

「カサネ、いつも通るところ、見せてもらっていい?」

 

 灰色の体が木箱を回る。

 最初の角で雨漏りを避け、次の角で床の溝の切れ目を通る。厚い足が、どこにも引っかからず入口へ出た。

 

「こっちだと、足、入っちゃう」

 

 まっすぐなほうの溝を指す。

 俺はしゃがみ、幅を見た。俺の靴とは、引っかかる場所が違う。

 

「なるほど。じゃあ、道はこっちに残そう。台車は横の搬入口から出せますか」

「そっちの鍵もあります。幅も取れますね」

 

 管理担当がテープを巻き戻した。

 カサネと箱の位置を確かめ、二度曲がる道の外側へ貼り直す。

 

「小さい箱、ここでいい?」

「もう少し、こっち。……そう。湊、そこから歩いてみて」

 

 言われたとおり歩いた。

 入口まで雨に当たらずに出られる。

 

「いい道だな」

 

 カサネが、足元のテープを見た。

 それから、今来た道をもう一度歩いた。青い札のついた箱を、指一本分だけ直す。

 

「これでいい」

 

 外の作業員が、組み立てた梱包箱を持って顔を出した。

 

「どこまで入れていいですか」

 

 カサネが箱へ手を伸ばすと、その人の足が止まった。

 カサネも止まる。

 太い指を引き、入口の空いた床を指した。

 

「ここに置いて。俺、ここから持てる」

「……あ、はい。じゃあ、ここに」

 

 作業員が置いて離れてから、カサネが持ち上げた。

 箱は角に触れないよう、胸の前で低く抱えている。

 俺は道の奥から受け取って、乾いた床へ並べた。

 

 もう一人の作業員が、小声で管理担当へ話しかける。

 

「カサネさんが前で、その奥に三枝さんですか。なんか、最後のボスの部屋へ荷物届けるみたいですね」

 

 俺は箱を置き、顔を上げた。

 

「奥のほうが、床が乾いてるので」

「いや、そういう理由なのは、分かるんですけど」

 

 母さんが入口から手を振った。

 

「奥の人。あと二箱、自分で取りに来て」

「今行く」

 

 曲がった道を戻ると、カサネもついてきた。

 

「俺、もう一個持つ」

「助かる。軽いけど、角が引っかからないようにな」

「さっきも、当ててないよ」

「うん。見てた」

 

 カサネは嬉しそうに二つ目を受け取った。

 角に当てていない、とすぐ返ってきたのが嬉しかった。俺の注意より前に、自分で気をつけていたのだ。

 さっき足を止めた作業員が、今度は少し近い所で箱を支える。

 

「こっち、底が浮いてるので、下からお願いします」

「うん。こう?」

「そうです。ありがとうございます」

 

 カサネは箱の底を確かめ、俺へついてきた。

 今度は青い札の束を見なかった。箱の底を支える場所を、自分で探している。

 

 箱がそろったので、余った緩衝板を台車へ戻す。

 カサネが箱を二つも運んでくれた。余った板くらいは、俺が一度で片づけよう。

 まとめて抱え、さっき歩いた道へ入った。

 最初の角で止まる。板の端が、木箱に届きそうだった。

 横へ向けば反対側。縦にすれば上の配管が近い。

 どこにも当てずに済む向きが、ない。

 道の先で、カサネが待っている。

 せっかく確かめた箱を、俺の板のために動かしてもらうのは嫌だった。動かすのは、こっちだ。

 もう一度、板を胸へ寄せた。端は縮まらなかった。

 

「湊。さっきは通れたのに」

 

 カサネが、俺の抱えた板を見た。

 

「……俺だけなら、だったな」

 

 母さんが後ろから来て、手を出す。

 

「持ったまま向き変えないで。一枚ずつ、こっちへ」

 

 渡す。もう一枚、渡す。

 両手が空くと、俺は普通に歩けた。

 一度で片づけるつもりが、母さんまで一枚ずつ持っている。通れた嬉しさより先に、申し訳なさが来た。

 カサネが道の先で待っている。

 

「ほら。湊だけなら、雨も当たらない」

「うん。板は別の道にする」

 

 カサネは、道を褒めた俺にもう一度通ってほしかったのかもしれない。俺だけなら、何度でも通れる。荷物を抱えて証明しなくてよかった。

 

 緩衝板は、管理担当が開けてくれた横の搬入口から出した。

 カサネは箱を動かさず、青いテープの浮いた端だけを押さえた。

 

     *

 

 脚の曲がった作業台では、長く止まった。

 カサネは青い札に触れ、手を戻す。赤には触らなかった。

 母さんが白を一枚、差し出す。

 

「今日は、こっちにしとく?」

「……うん。まだ決めない」

 

 白い札を置くと、カサネは次へ歩いた。

 管理担当も理由を急かさず、保留と記録した。

 

 昼前には青が六件、赤が九件。残りは白になった。

 赤の物も、管理側の確認が済むまでは動かさない。

 管理担当は一覧を揃え、曲がった通路を指した。

 

「次に来る人にも、この道は空けておくように伝えます」

 

 カサネがうなずく。

 男の顔を見たまま、小さく言った。

 

「ありがとう」

「こちらこそ。見せてくれて、助かりました」

 

 外を宣伝車が通っていった。

 ギアセイバーの特別編と、新番組の仮面機士ヴェイルド。起動音を聞きながら空の道具袋を車へ戻していると、背中から呼ばれた。

 

「湊。今日、あそこ座れる?」

 

 カサネが指したのは、前に一人分空けてくれた場所だった。

 

「瓶、もう少したまった。音、違うよ」

 

 俺は時計を見て、車のドアを閉めた。

 

「うん。聞かせて」

 

 カサネが先に道へ入り、途中で振り返る。

 俺がついてきているのを確かめると、もう一度歩き出した。

 一覧とペンは車へ置いてきた。

 空けてもらった場所に座った。

 さっきは一滴で立とうとしてしまった。今度は、カサネが違うと言っていた音まで聞きたい。

 二人で次の一滴を待った。

 

 会社へ戻ると、母さんが明日の予定を渡してくれた。

 

「橘誠司さんと共同現場。開始は八時」

 

 その下には、到着予定七時四十分とある。

 

「早いな。道具、今日のうちに積んどく」

「お願い。朝、おにぎり作るけど、いる?」

「二個ほしい」

「分かった。私の分とは、袋を分けとくね」

 

 母さんは自分の予定表へ戻った。

 俺は到着時刻をもう一度確かめ、紙を作業着のポケットへ入れた。

 朝は少し早い。今のうちに積んでおけば、おにぎりは座って食べられる。

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