【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
「湊。石、増えた!」
翌朝、閉鎖工場のシャッターをくぐると、カサネが顔を上げた。
灰色の甲殻に覆われた体。二本の角。厚い手には、青みがかった丸い石を持っている。
「それ、新しいやつ?」
「うん。濡れると、もっと青い。こっち――」
伸ばしかけた腕が止まった。
今日初めて来た管理担当が、半歩下がっていた。抱えた赤い札の束を、胸の前へ寄せている。
カサネの手が、体の後ろへ隠れた。
さっきまで俺へ伸びていた石も、見えなくなる。見せる続きを待っていたのに、違う話が先に来てしまった。
「……それ、俺のにもつける?」
俺は管理担当の持つ一覧を見た。
四十七項目。残っている物は、どれも廃材と書かれている。
「先に、残したい物を聞きます。まだ貼らないでください」
「はい。すみません。手順のつもりで、先に出してしまって」
男は赤い束を机へ置いた。カサネからは、少し離れたままだ。
朝、市と専門担当が確かめた区画だけを今日扱う。回収具は車に残してきた。外では管理会社の作業員二人が、空の梱包箱を組み立てている。
今日するのは、ここに残った物の仕分けだ。
母さんが管理担当へ向き直る。
「今日は仕分けまでです。赤を選んだ物も、管理側の確認が済むまでは運ばないでください」
「承知しました。本人の希望と、処分の承認は分けて記録します」
返事を確かめてから、母さんは白と青の札を、低い箱へ並べた。
「青が残す物。迷ったら白。赤は、手放してもいいと思う物ね。赤を選んでも、今日すぐ持っていくわけじゃないよ」
カサネは青い札へ手を伸ばし、途中で母さんを見た。
「俺、手伝う。そしたら、青、いっぱい使っていい?」
「手伝わなくても使っていいよ。なくなったら、また出すから」
母さんが束ごと箱へ置く。
カサネは一枚取り、裏まで見た。
「……自分で貼ってもいい?」
「うん。字を入れる所は空けといてね」
俺は石のほうへ腰をかがめた。
「じゃあ、さっきの続きを見せて」
厚い手の中から、青い石が出てきた。
よかった。まだ、見せてもらえる。
札を持つ手を下げて、今度は石だけを見た。
*
石は八個あった。
黒が二つ、白が三つ、茶色が二つ。それから、今見せてくれた青い石。
カサネは青いのを列の端へ戻し、隣の白を少し回した。
「そこ、踏まないで。水、来るから」
靴を引くと、天井から一滴落ちた。
白い石に当たり、隣へ伝う。小さな流れが穴の開いた金属蓋へ渡り、その下の瓶へ落ちた。
ちん、ちん、ぽん。
最後だけ、丸い音がした。
カサネは俺の顔を見て、すぐ瓶へ目を戻す。
「前と違うだろ」
「ああ。瓶まで続けたんだ」
「石、何回もずれた。こっちを大きいのにしたら、入った」
太い指が、茶色の石を示した。
水はそこからこぼれず、蓋へ流れている。
「ちゃんと届いてるな。これ、全部自分で考えたの?」
「うん。俺が作った」
カサネの背が、少し高くなった。
次の一滴がうまく入ってほしくて、俺まで瓶の口を見つめた。さっきより、音が鳴るまでが長く感じる。
カサネは次の滴が落ちるところを、もう指で教えてくれていた。
「まだ聞いてて。水が増えると、音、変わるから」
「じゃあ、次まで」
「次だけじゃ、あんまり変わんない」
一滴で済ませるつもりだったのが、ばれた。
仕分ける物の数が気になっていたけれど、カサネが見せたいのは石の数ではない。
しゃがみ直すと、管理担当も二歩離れた所で腰を曲げた。
ぽん。
男が、持っていた一覧を下ろす。
「……ここで、その音を聞いてたんですね」
「うん。夜も鳴る。こっちは、うるさくないんだ」
今度の返事は、男の顔を見ていた。
「石類一式、では足りませんね。蓋と瓶も、一緒に残しましょう」
「この青、一枚で全部?」
「はい。どこなら貼っても邪魔になりませんか」
カサネが蓋の外側を指した。
男はそこへ手を伸ばしかけ、札をカサネに渡した。
貼られた青が少し曲がっている。本人は満足そうだった。
将来並べ直すために、石と蓋と瓶だけを写真に残すことも、カサネへ聞いた。
本人にも画面を見てもらい、作業記録に入れる。雨水路は、搬出日が決まるまで元の位置へ残した。
運ぶ時は石を一つずつ固定する。蓋と瓶も同じ組として記録し、次の場所で並べるのはカサネだ。
「石は、俺が箱に入れたい」
「じゃあ、その時は箱を押さえるよ」
「青いの、いちばん最後。これがないと、途中で水こぼれるから」
俺は順番も控えた。
低い木箱は、横向きのまま残す。
角の欠けた皿も残す。空の金属棚は、いらない。
壁の銀色の外装を見た時だけ、カサネは迷わず赤を選んだ。
「これ、いらない。夜、がたがたする」
「風で?」
「そう。やっと止まったのに、また始まる。寝ようとすると鳴るんだ」
外装を見上げたまま、口をとがらせる。
俺にはギアセイバーの敵基地の扉に見えて、少し惜しかった。
けれど、カサネは一度もその形を褒めない。目で追っているのは、風のたびに壁へ当たる端だけだ。
俺が一晩ここで寝るなら、やっぱり静かなほうがいい。
「取れるか、管理の人に確かめてもらおう」
男が記録すると、カサネは赤い札の端を、しっかり押さえた。
*
青い札が六件になった。
雨水路を残し、動かせる五件の仮置き場所を決める。管理担当が、壁に沿って養生テープを伸ばした。
「ここへまとめれば、台車がまっすぐ通りますね」
カサネは木箱を見た。
「それ、動かす?」
「この線の内側へ寄せようと思うんですが」
「じゃあ、俺の道は?」
俺はテープを貼る前に止めてもらった。
「カサネ、いつも通るところ、見せてもらっていい?」
灰色の体が木箱を回る。
最初の角で雨漏りを避け、次の角で床の溝の切れ目を通る。厚い足が、どこにも引っかからず入口へ出た。
「こっちだと、足、入っちゃう」
まっすぐなほうの溝を指す。
俺はしゃがみ、幅を見た。俺の靴とは、引っかかる場所が違う。
「なるほど。じゃあ、道はこっちに残そう。台車は横の搬入口から出せますか」
「そっちの鍵もあります。幅も取れますね」
管理担当がテープを巻き戻した。
カサネと箱の位置を確かめ、二度曲がる道の外側へ貼り直す。
「小さい箱、ここでいい?」
「もう少し、こっち。……そう。湊、そこから歩いてみて」
言われたとおり歩いた。
入口まで雨に当たらずに出られる。
「いい道だな」
カサネが、足元のテープを見た。
それから、今来た道をもう一度歩いた。青い札のついた箱を、指一本分だけ直す。
「これでいい」
外の作業員が、組み立てた梱包箱を持って顔を出した。
「どこまで入れていいですか」
カサネが箱へ手を伸ばすと、その人の足が止まった。
カサネも止まる。
太い指を引き、入口の空いた床を指した。
「ここに置いて。俺、ここから持てる」
「……あ、はい。じゃあ、ここに」
作業員が置いて離れてから、カサネが持ち上げた。
箱は角に触れないよう、胸の前で低く抱えている。
俺は道の奥から受け取って、乾いた床へ並べた。
もう一人の作業員が、小声で管理担当へ話しかける。
「カサネさんが前で、その奥に三枝さんですか。なんか、最後のボスの部屋へ荷物届けるみたいですね」
俺は箱を置き、顔を上げた。
「奥のほうが、床が乾いてるので」
「いや、そういう理由なのは、分かるんですけど」
母さんが入口から手を振った。
「奥の人。あと二箱、自分で取りに来て」
「今行く」
曲がった道を戻ると、カサネもついてきた。
「俺、もう一個持つ」
「助かる。軽いけど、角が引っかからないようにな」
「さっきも、当ててないよ」
「うん。見てた」
カサネは嬉しそうに二つ目を受け取った。
角に当てていない、とすぐ返ってきたのが嬉しかった。俺の注意より前に、自分で気をつけていたのだ。
さっき足を止めた作業員が、今度は少し近い所で箱を支える。
「こっち、底が浮いてるので、下からお願いします」
「うん。こう?」
「そうです。ありがとうございます」
カサネは箱の底を確かめ、俺へついてきた。
今度は青い札の束を見なかった。箱の底を支える場所を、自分で探している。
箱がそろったので、余った緩衝板を台車へ戻す。
カサネが箱を二つも運んでくれた。余った板くらいは、俺が一度で片づけよう。
まとめて抱え、さっき歩いた道へ入った。
最初の角で止まる。板の端が、木箱に届きそうだった。
横へ向けば反対側。縦にすれば上の配管が近い。
どこにも当てずに済む向きが、ない。
道の先で、カサネが待っている。
せっかく確かめた箱を、俺の板のために動かしてもらうのは嫌だった。動かすのは、こっちだ。
もう一度、板を胸へ寄せた。端は縮まらなかった。
「湊。さっきは通れたのに」
カサネが、俺の抱えた板を見た。
「……俺だけなら、だったな」
母さんが後ろから来て、手を出す。
「持ったまま向き変えないで。一枚ずつ、こっちへ」
渡す。もう一枚、渡す。
両手が空くと、俺は普通に歩けた。
一度で片づけるつもりが、母さんまで一枚ずつ持っている。通れた嬉しさより先に、申し訳なさが来た。
カサネが道の先で待っている。
「ほら。湊だけなら、雨も当たらない」
「うん。板は別の道にする」
カサネは、道を褒めた俺にもう一度通ってほしかったのかもしれない。俺だけなら、何度でも通れる。荷物を抱えて証明しなくてよかった。
緩衝板は、管理担当が開けてくれた横の搬入口から出した。
カサネは箱を動かさず、青いテープの浮いた端だけを押さえた。
*
脚の曲がった作業台では、長く止まった。
カサネは青い札に触れ、手を戻す。赤には触らなかった。
母さんが白を一枚、差し出す。
「今日は、こっちにしとく?」
「……うん。まだ決めない」
白い札を置くと、カサネは次へ歩いた。
管理担当も理由を急かさず、保留と記録した。
昼前には青が六件、赤が九件。残りは白になった。
赤の物も、管理側の確認が済むまでは動かさない。
管理担当は一覧を揃え、曲がった通路を指した。
「次に来る人にも、この道は空けておくように伝えます」
カサネがうなずく。
男の顔を見たまま、小さく言った。
「ありがとう」
「こちらこそ。見せてくれて、助かりました」
外を宣伝車が通っていった。
ギアセイバーの特別編と、新番組の仮面機士ヴェイルド。起動音を聞きながら空の道具袋を車へ戻していると、背中から呼ばれた。
「湊。今日、あそこ座れる?」
カサネが指したのは、前に一人分空けてくれた場所だった。
「瓶、もう少したまった。音、違うよ」
俺は時計を見て、車のドアを閉めた。
「うん。聞かせて」
カサネが先に道へ入り、途中で振り返る。
俺がついてきているのを確かめると、もう一度歩き出した。
一覧とペンは車へ置いてきた。
空けてもらった場所に座った。
さっきは一滴で立とうとしてしまった。今度は、カサネが違うと言っていた音まで聞きたい。
二人で次の一滴を待った。
会社へ戻ると、母さんが明日の予定を渡してくれた。
「橘誠司さんと共同現場。開始は八時」
その下には、到着予定七時四十分とある。
「早いな。道具、今日のうちに積んどく」
「お願い。朝、おにぎり作るけど、いる?」
「二個ほしい」
「分かった。私の分とは、袋を分けとくね」
母さんは自分の予定表へ戻った。
俺は到着時刻をもう一度確かめ、紙を作業着のポケットへ入れた。
朝は少し早い。今のうちに積んでおけば、おにぎりは座って食べられる。