【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

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共同現場の開始は八時です。七時四十分には、もう急いでいる人がいました。


第13話 早く帰るために、座ってください

 七時四十分。橘回収の車が、俺の隣へ止まった。

 運転席の窓から、ラジオの声が聞こえる。

 

『さて、昨日の問題の正解は――』

 

 エンジンが切れた。

 降りてきた男がドアを閉め、すぐ一度だけ振り返る。

 鍵を見てからポケットへしまい、俺に手を差し出した。

 

「橘誠司です。三枝さん?」

「はい。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。先に車の位置、合わせましょう。帰りに入れ替えなくて済むように」

 

 挨拶を終えた手で、もう搬出口を指している。

 俺はまだ、おにぎりの二個目を飲み込んだところだった。

 もう帰りの話をしている。早い人だな、と感心してから、自分の空いた包みを慌ててしまった。挨拶の次から待たせたくない。

 

 今日の共同現場は、戦闘後に閉鎖された資材置場だ。

 俺が残った力を回収する。その後、市と専門担当が運び出せる範囲を確かめ、橘さんたちが普通の資材を搬出する。

 奥には、明日調べる別区画も残っていた。

 

 橘さんは運転席から紙を取り、荷台の端へ広げた。

 

「搬出は三人。十六時にここを出ます」

「荷物が多そうですね」

「だから、空の道で時間を使いたくないんです」

 

 俺の車を一台分だけずらすと、二台とも切り返さず出口へ向けた。

 橘さんがうなずき、荷台の留め具を外す。

 助手席側から降りてきた作業員二人も、自分の道具を取った。

 

「今日こそ四時ですね」

「ああ。帰って荷下ろしして、五時で終わる」

「了解です。じゃあ、椅子も降ろしときます」

 

 若いほうが折り畳み椅子を三脚降ろし、二脚を休憩用のひさしへ運んだ。

 橘さんは自分の分だけ、車のそばへ残す。

 

「俺は後でいい」

「昨日も聞きました」

「今日は共同だから、先に話すことがある」

 

 作業員は何も言わず、三脚目もひさしへ持っていった。

 橘さんは気づいているのか、搬出の紙から目を上げない。俺は運ばれていく椅子を見送った。橘さんの座る場所は、朝から確保されている。

 

     *

 

 八時、市の担当から最初の確認を聞いた。

 発生源は停止し、持ち主の制御からも離れている。生命反応なし。支持が必要な箇所へ器材を据え、時間を置いた二度目の確認を待つ。

 俺は立入線の外で、青い缶の弁と空き容量を確かめた。

 

「そこが終わるまで、奥は触れませんね」

「はい。俺も、まだ入れません」

「では、手前から先に出します」

 

 橘さんが作業員に声をかけたので、俺は顔を上げた。

 

「待ってください。急いでも、確認が先です」

「こっちは終わってます」

 

 橘さんの指が、手前の白線をたどった。

 市の担当が、別の確認票を持ち上げる。

 

「こちらは普通の資材だけです。今朝、搬出を認めています。奥の支持にも使っていません」

 

 よく見ると、台車の通り道も立入線に触れていない。

 俺は閉じた弁から手を離した。

 橘さんの先を急ぐ声だけで、危ないと思い込んだ。こちらを待つ必要のない仕事まで、止めるところだった。

 

「すみません。奥と一緒に考えてました」

「全部待たせると、全部遅くなりますから」

「じゃあ、俺の車の横も使ってください。今は道具を出し終わってます」

「それは助かる」

 

 橘さんが手を上げると、二人が台車を押し始めた。

 車輪の音が、俺たちの後ろを通っていく。

 

 奥の二度目の停止確認が終わった。

 測定担当の合図を待ち、俺は回収具をつなぐ。

 浮いている薄板の下には、支持台が入っている。板の縁から伸びた筋を追うと、その先が折れた枠にも絡んでいた。

 

「枠の下も、お願いします」

 

 支持担当が器材を追加する。

 重さを受けられることを確かめてから、回収具の先を向けた。

 筋が缶へ収まり、板が支持台へ下りる。枠が傾かないのを見て、次へ進んだ。

 

 容量表示が上がる。

 残りの筋を見比べ、上限の手前で止めた。閉弁し、封印する。番号と回収位置を書いてから、点検済みの二本目へ交換した。

 橘さんの声は、後ろを通る台車のほうへ飛んでいた。俺には一度も、急げと言わない。

 交換する手元を落ち着けられるのが、ありがたかった。

 

 最後の筋を収めて回収具を離すと、外から彼の声がした。

 

「次、何待ちです?」

「この枠の検査です。終わるまで運べません」

「来る時刻は?」

 

 市の担当が電話を確かめた。

 

「前の現場が延びています。今の見込みは十三時半です」

 

 橘さんが腕時計を見た。

 十時五十分。

 俺の予定表には、この後すぐ搬出と書いてある。

 

「……その待ち時間、こっちには入ってません」

 

 俺の声に、橘さんが紙をのぞいた。

 

「俺のほうにもないです。誰が何時まで残る計算でした?」

 

 回収にかかる時間は書いた。

 搬出の時間も聞いた。

 その間に、三人がどう待つのかを、俺は聞いていなかった。

 朝からあれだけ帰りの時刻を確かめていたのに。空欄を見ていると、腹の奥が重くなった。

 今すぐ検査担当を連れてくることは出来ない。せめて、誰が待つのか分からないままにはしないでおこう。

 

     *

 

 ひさしの下で、母さんへ電話した。

 留守番電話へ切り替わる前に、紙をめくる音が聞こえる。

 

「湊、どうした?」

「共同現場。検査が十三時半になる。俺の作業見積もり、待機が抜けてた」

「先に、何時から誰が待つのか教えて」

 

 橘さんと時刻を確かめ、一人ずつ伝える。

 母さんは途中で遮らず、最後に復唱した。

 

「発注側へ確認する。追加分が認められるかは、まだ決まってないから、先に約束しないでね」

「うん。今日の人数と順番は、橘さんと組み直す」

「お願い。次からは作業だけじゃなく、確認を待つところまで出して」

 

 電話を切ると、橘さんが二枚の紙を重ねた。

 

「手前の荷物を先に一便。戻ったら全員で昼休憩。午後は検査が済んだ分だけ積む。残ったら、明日へ分けます」

「今日中に、全部出さなくていいんですか」

「全部出して、こいつらが帰れなくなるなら、いい段取りじゃないでしょう」

 

 作業員の一人が、台車から顔を上げた。

 

「俺らだけ帰して、橘さんが残るのもですよ」

「分かってる」

「それも昨日聞きました」

 

 橘さんのペンが止まった。

 俺は空いた欄に、帰社後の荷下ろしまで書き足した。

 

「俺の回収缶は、うちの車で持ちます。そっちの積み直しには入れなくて大丈夫です」

「じゃあ、その分こっちを早く出せる。検査がさらに延びたら、十三時半にもう一度決めましょう」

 

 市の担当にも順番と残置する可能性を伝える。

 今日中、を線で消し、帰社と荷下ろしの時刻を書いた。

 途中で残すのは気になる。けれど、橘さんがその紙を作業員に見せると、二人はうなずいて持ち場へ戻った。

 帰る時刻も、先に分かっていたほうが働きやすい。俺の見積もりには、そこまで要るのだと思った。

 

 手前の資材を積んだ車が出ていった。運転と荷下ろしは作業員二人、橘さんは市の担当と午後の順番を確かめる。俺は回収記録を整理した。

 空の荷台で戻ってきた車を見てから、俺も自分の車から椅子を一脚出した。

 

 正午前、母さんから折り返しがあった。

 待機分は市の発注担当が確認中。実際の人数と時間を残すこと。それから、朝帆さんから缶の調査について連絡が来ていた。

 今日正午までと約束していた途中経過だ。

 

「まだ受取人は分からないって。現物の隔離は続ける。次は明日の夕方までに、分かっている範囲を連絡してくれる」

「分かった。こっちの缶とは、記録を分けとく」

 

 端末をしまうと、弁当の蓋が開く音がした。

 

     *

 

 橘さんは、弁当を開けなかった。

 作業員二人を座らせ、自分は荷台へ歩いていく。

 

「先に食ってろ。午後のベルトだけ――」

「そろえてあります」

 

 若い作業員が、口へ運ぶ前の箸で荷台を示した。

 橘さんは途中で曲がり、台車へ向かった。

 

「じゃあ、車輪を」

「拭きました」

 

 もう一人が、汚れた布を袋へ入れる。

 橘さんが俺を見た。

 

「三枝さん、午後の確認を」

「十三時半に、もう一度です。俺も今、休憩にします」

 

 橘さんが、荷台と台車と俺を順に見る。

 どれも終わっている。ほっとして座ってくれると思ったのに、まだ足が椅子へ向かない。

 俺の待機の抜けで予定を組み直した人に、昼まで抜かせるわけにはいかなかった。

 それでも橘さんは、荷台の端に置いたペンへ手を伸ばす。

 

「せめて残りの順番――」

「さっき書きました」

 

 俺が紙を差し出すと、橘さんは受け取った。

 ちゃんと書いてあれば、安心して食べてもらえる。俺は帰社時刻のところを、指で押さえて見せた。

 読んでいる間に、若い作業員が後ろへ椅子を開く。

 もう一人が、足元へ弁当を置いた。

 

「ちょっと待て。俺を片づけるな」

「休憩場所へ戻してるだけです」

 

 橘さんは椅子を振り返り、二人を見た。

 

「お前らを早く帰すために、今やってんだよ」

「橘さんだけ休憩が後ろへずれると、結局そこを待つんです」

 

 若いほうが腕時計を指した。

 朝、車の位置を直した時と、同じくらい無駄のない指だった。

 

 橘さんは紙を置いた。

 座ろうとして、また立ち止まる。

 

「飲み物、車に」

「ここです」

 

 水筒が、俺の手から出た。

 さっき頼まれて持ってきたものだ。

 椅子の横へ置こうと思っていたけれど、今渡せば取りに戻らなくて済む。少し嬉しくなって、持ち手を橘さんへ向けた。

 橘さんはしばらくそれを見て、受け取った。

 

「……三枝さんまで、そっちにつくんですか」

「こっちだと、四人とも同じ時間に食べられるので」

 

 ひさしの下に、椅子のきしむ音がした。

 橘さんが、とうとう弁当を開ける。

 

「誰の段取りだ、これ」

「朝から教わりました」

 

 若い作業員が答え、今度こそ箸を口へ運んだ。

 俺も座った。橘さんの隣で、作業用の面を外す。

 

 向かいの二人が、こっちを見ている。

 

「どうかしました?」

「いや。橘さんを逃がさない最後の人が、あの講習の清掃員だったんで」

「逃げ道は空けてありますよ」

「そういう話じゃないです」

 

 橘さんが水筒の蓋を開けた。

 

「空けといても、全部先回りされたんだよ」

 

 向かいで二人が吹き出した。

 俺は足元を見た。確かに、椅子までの道はきれいに空いていた。

 あとは食べてもらうだけだ。橘さんが箸を割る音を聞いて、ようやく俺も弁当に手を伸ばす。

 水筒を渡しただけなのに、ずいぶん大仕事を終えた気がした。

 

     *

 

 十三時半、検査担当が来た。

 枠の変形が残っているため、運ぶには追加の固定が要る。今日出せる資材と、残す枠を分け、市の担当が搬出する範囲を示した。

 回収が終わっても、曲がった金属は元には戻らない。

 

 橘さんは固定具の手配を確認してから、今日の荷物を指した。

 

「こっちから。枠は残す」

 

 二人が台車を動かす。

 俺は自分の回収具を片づけ、封印した青二本の番号を控えた。缶は会社へ戻し、指定の引渡しまで固定枠に収めて運ぶ。

 明日の区画には、誰も入らなかった。

 

 十五時五十分。

 最後の荷締めを終えた橘さんが、ひさしを振り返った。

 

「椅子、三脚」

「積みました」

「道具」

「照合済みです」

「じゃあ――」

 

 二人が、運転席への道を空けた。

 橘さんが一歩止まり、俺を見た。

 

「明日も、お願いします」

「はい。待つ時間も入れて、今夜送ります」

「短く書くより、抜けてないほうがいいです」

 

 初めて会った朝より、少しだけ口元が緩んだ。

 それから作業員へ向き直る。

 

「俺は自分で乗るからな」

「まだ何もしてませんよ」

 

 車のドアが閉まった。

 エンジンがかかり、ラジオが鳴る。

 

『今朝、答えを発表した問題。正解者の中から抽選で――』

 

 橘さんの手が、音量のつまみに伸びた。

 手が、つまみの上で止まる。

 

「……結局、答えは何だったんだ」

 

 助手席で作業員が笑った。

 車は十六時前に、出口を曲がっていった。

 時計を見直して、俺まで嬉しくなった。今日の荷物は全部ではない。それでも、三人とも同じ車で帰っていく。

 明日の紙には、待つ時間も入れる。今夜、母さんと確かめてから送ろう。

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