【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

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同じ物を見ています。同じものが見えているとは限りません。


第14話 見えたものを説明してください

「昨日の見積もり、届きました。待機の欄もありましたね」

 

 翌朝、橘さんが車から降りるなり言った。

 昨日の空欄が気になっていたので、読んでもらえてほっとする。今日は俺も、おにぎりを食べ終わっていた。

 

「母さんと確かめました。追加分の回答は、まだなんですけど」

「そこは会社同士で。今日の順番を合わせましょう」

 

 昨日の曲がった枠は追加固定中で、今日は隣の区画だ。封印した青二本は会社に保管し、別の空缶を持ってきた。弁と容量計、番号は出発前に確かめてある。

 橘さんも、青い缶を降ろした。

 

「そっちも使うんですね」

「講習と実技は受けてます。既知の弱い浮遊系だけですけど」

 

 点検票と受講証、資格のカードが市の担当へ渡る。回収具には、先端の位置を固定する枠があった。

 回収の話も出来る人なのか。嬉しくなって口を開きかけると、先に言われた。

 

「筋は見えませんから、こっちが使える説明にしてください」

「はい。場所と順番で」

 

 今度こそ、待たせずに済むと思った。

 

 区画には古い看板が重なっていた。長い一枚が斜めに浮き、その下に赤い縁の一枚が寝ている。

 市と測定班が、発生源停止、生命反応なし、持ち主の制御から離れた残滓と確認した。板の下へ入らず支持台を差し込み、跳ねる側も押さえる。左右の帯を別々に留め、時間を置いた再確認のあと、回収具をつないだ。

 

「奥の、細いほうから取ります」

「細いの、どれです?」

 

 橘さんは薄い看板を指していた。俺が見ているのは紫の筋だ。

 

「あ。板じゃなくて――」

 

 がん、と下の看板が押さえに当たった。

 裏返りかけた赤い縁を、帯が受け止める。俺は閉弁し、開始前の位置へ戻った。腹まで響く音だった。

 

「いったん止めます。下にも、別に残ってます」

 

 押さえの追加と再測定を待ち、筋を追う。上下は別々だ。上だけ抜けば、下の重さの掛かり方が変わる。

 

「先に、そこの曲がって戻る所を支えてください」

「板は、だいたい全部曲がってます」

「右の、筋が分かれる――」

「分かれる物が、見えません」

 

 橘さんの指が動かない。

 焦るほど、俺だけに見える場所を話していた。

 測定担当が床の四番を指す。俺は回収具を置き、線の外から見直した。赤い板の角に、白い塗装の剥げがある。

 

「四番から奥へ二十センチ。白く剥げた角の真下です」

 

 今度は、同じ角に指が止まった。

 位置と支持を確かめてから、下がる物も伝える。

 

「赤い板が台へ下ります。長いほうは、まだです」

「受けられます」

 

 赤から順に回収した。俺が言い終わるところで、次の人の手が動く。それが嬉しかった。

 上限前で閉弁し、別分類を混ぜず、開始と終了の値、番号と位置を記録して封印する。看板の曲がりは残った。

 

 離れた小区画の帯は、独立した弱い浮遊系一種類だった。俺の分類を測定班が数値と照合し、橘さんの器材で扱える範囲だと確かめる。

 

「こちらは、お願いできますか」

「変化があれば、途中でも止めます」

 

 床の印に枠を固定し、落ちる位置を確認して始めた。俺は筋を、測定担当は数値を追う。帯が下り、終了の合図で橘さんが閉弁した。封印と番号の照合も、自分で済ませる。

 

「最後まで、見えませんでした?」

「でも、どこへ下がるかは分かりました」

 

 下りた帯を、二人で見た。一緒に終わらせられたのが嬉しい。

 

「次も全部、お願いしていいわけじゃないですけど」

「全部とは言ってませんよ。今日の範囲を、次も分かるように残しましょう」

 

 まだ頼んでいない分まで断りかけていた。俺は記録へ書き足した。

 

     *

 

 昼前、看板が普通の資材として運べると確認された。

 表の白い字は、大特売。

 あの音を出して起き上がりかけたのが、これだったのか。字が読めると、少しだけ親しみが湧いた。

 曲がった角まで養生し、橘さんの指示で運び出した。

 

 午後、現場の記録と搬入時の控えを並べた。

 橘さんが下の一枚を引き出し、俺は日付へ指を置く。

 赤い看板の裏の管理刻印は、今日、位置を記録する時に確かめている。同じ刻印の荷物が、控えでは昨日の午後、隣の区画へ搬入されたことになっていた。

 

「今朝まで、こっちは誰も動かしてないんですよね」

 

 市の担当が前日の立入記録を開く。

 昨日の朝の写真にも、同じ欠けのある赤い縁が写っていた。今日回収した位置と同じだ。

 

「日付か、区画か。原票と、搬入前の写真も照会します。今は、ここまでの食い違いとして残します」

 

 字が読めるようになれば、全部分かるわけでもなかった。

 同じ刻印の別の品かもしれないし、控えが書かれた順番もまだ分からない。

 俺は今日見た回収位置を変えずに書き、搬出記録とは分けて渡した。

 缶は自分の車の固定枠へ収める。橘さんの缶も、本人が自分の車へ固定した。引渡しの記録は、それぞれに残す。

 

     *

 

 規制線の外で、荷物と道具の照合が終わった。

 十五時五十八分。

 

「よし、帰るぞ。今なら四時に出られる」

 

 橘さんが車の鍵を出した。

 朝から何度も時計を見ていた人が、ようやく時間を気にせず笑った。

 俺も道具袋を持ち直す。今日は帰ってから、少しゆっくりできそうだ。

 

「ああ、いたいた。そこの清掃の人」

 

 資材置場の隣の店から、おばあさんが顔を出した。

 振り返ると、まっすぐ俺を見ている。

 この格好をしていると、目が合う前に顔をそらされることが多い。向こうから呼んでもらえると、それだけで少しほっとする。

 

「はい?」

「テレビで見たわよ。すごい力を吸い取るんでしょう?」

「吸い取るというか、回収です」

「じゃあ、これもお願いできる?」

 

 両手で差し出されたのは、ジャムの瓶だった。

 

「ふたが開かないの」

 

 俺は道具袋を下ろした。

 瓶なら、すぐに済む。

 それに、おばあさんの指先が少し赤い。来る前にも、ずいぶん頑張ったのかもしれない。

 

 受け取って、ひねる。

 ぽん、と開いた。

 

「まあ! さすがねえ」

「これは普通に開けました」

「遠慮しなくていいのよ」

 

 遠慮ではなかった。

 ただ、開いた瓶を見て嬉しそうにしているので、もう一度説明するのはやめた。

 何の力を使ったことになっていても、ジャムは食べられる。

 

 おばあさんが店へ戻り、もう一本持ってきた。

 俺が手を出す前に、橘さんが受け取る。

 

「これなら俺でも。三枝さんは道具を積んでください」

 

 ぽん。

 

「あら、あなたも!」

「はい。では、俺たちは――」

「ちょっと待ってね」

 

 橘さんの手が、車の鍵を握ったまま止まった。

 俺も道具袋を持ったまま待った。

 おばあさんが戻ってくる方向を、二人で見ている。

 

 三本目が出てきた。

 

「最後。これで最後だから」

「じゃあ、俺が」

 

 年上の作業員が受け取った。

 ぽん。

 

「助かったわあ。ありがとうね」

 

 若い作業員も、両手を差し出した。

 おばあさんが、その手を見た。

 

「ごめんね。もうないの」

 

 手が、ゆっくり下がった。

 

「……ですよね」

 

 俺は、下がった手を見てしまった。

 さっきまで、自分の番を待っていたのだと思う。

 朝からあれだけ荷物を運んでいた手が、今は何も持たずに下がっている。俺たち三人の開けた瓶を見比べているのが、気になった。

 

「よし。帰るぞ」

 

 橘さんが車のドアを開けた。

 

「はい」

 

 返事をした若い作業員は、まだ瓶を見ていた。

 

「俺も、開けられるんですけど」

「分かってるよ」

「けっこう力、あるんです」

「知ってる。朝、荷物持っただろ」

 

 俺は、おばあさんの手元を見た。

 瓶とふたは、三つずつある。

 まだ、何とかなる気がした。

 

「一回閉めたら、もう一回開けられますよ」

 

 若い作業員が顔を上げた。

 

「いいんですか」

「駄目だ。仕事を作るな」

 

 橘さんに止められた。

 たしかに、開いている瓶だった。

 今から閉める理由は、俺たちの側にしかない。

 

「だって、俺だけ何もしてないんですよ」

「清掃しただろ! 今日ずっと!」

 

 それも、そうだった。

 あの人は朝から重い物を何度も運んでいた。瓶を一本開けなかったくらいで、なくなる働きではない。

 俺が変な提案をしたせいで、かえって気にさせたかもしれない。

 

 何か言おうとしたところで、おばあさんが瓶を持ち上げた。

 

「じゃあ……閉めてもらおうかしら。まだ使わない分もあるから」

「やります!」

 

 若い作業員が、ぱっと受け取った。

 さっき下がった肩が戻っている。

 よかった。今度は本当に、必要な仕事だ。

 

 ふたを合わせ、きゅっと回す。

 念のため、もう一回。

 続けて、残りの二本にもふたをした。頼まれていない分まで、きっちりと。

 

「はい。これで大丈夫です」

「ありがとう。じゃあ、こっちは今日使うから」

 

 おばあさんが、ふたを回した。

 回らなかった。

 

 若い作業員が、すっと目をそらした。

 俺も、瓶を見る。

 さっき俺が開けたやつだった。

 

 橘さんが車のドアを閉めた。

 

「開けるところからやり直しかよ!」

 

 若い作業員の耳が赤くなった。

 おばあさんは困ったように笑っている。

 俺は、いったん車へ積んだ道具袋を横へずらした。両手を空けて、瓶を受け取る。

 力を入れすぎただけだ。手伝いたかったのは、ちゃんと分かる。

 

「大丈夫です。今度は俺、閉める係に回りますね」

「誰も閉めなくていいです!」

 

 役割を決めたほうが早いと思ったのだが、違ったらしい。

 まずは、このふたを開けよう。

 今度こそ、おばあさんがジャムを食べられるところまで。

 

 ふたが開くと、おばあさんは今日使う瓶だけを先に店へ持っていった。

 残る二本には、俺も手を出さなかった。

 

     *

 

 夕方、会社へ戻って保管を終えると、母さんが端末を差し出した。淹れたばかりのお茶の匂いがする。

 

「工藤さんから、さっき連絡。黒い缶の受取人は、まだ分からないって。現物は隔離を続けるそうよ」

「今日の看板の話とは、別だよね」

「うん。そっちの資料は、今から担当へ送る。どっちも、原票を照らすところから」

 

 朝帆さんからの次の連絡は、二日後の夕方まで。分かった範囲を会社へ知らせてもらう。

 時刻を記録してから、母さんが明日の予定を指した。

 

「カサネの相談。律さんも、撮影の確認に来るって」

「分かった。説明する時、先に本人にも見てもらう」

 

 端末を返して、母さんの淹れたお茶を受け取った。

 

「今日は、何か追加があった?」

「瓶を三本、開けた。一本だけ二回」

 

 母さんが、俺の顔を見る。

 看板のことなら、もう記録に書いてある。

 瓶のほうは、少し説明が要りそうだった。

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