【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

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映らなくても、話の続きをしていい日です。


第15話 撮っていいと言うまで

 律は、ストップウォッチを持っていた。

 

「一分でお願いします」

「何を?」

「最初の自己紹介です。今日は市の方も話すので、湊さんの説明は短めに」

 

 翌日の朝、閉鎖工場の外にある休憩室で、俺たちは机を挟んでいた。

 窓際の電気ポットが、ごぼ、と鳴る。

 俺は湯を注ぐのを止め、律の時計を見た。

 

「名前と会社だけなら、そんなに要らないだろ」

「それで済むなら、そうしてください」

 

 妙な念の押され方だった。

 

 今日はカサネの相談がある。

 市と管理側が、次に確認する物と日程を話す。そのうち本人がよいと言った部分だけ、律が公開用に撮影する予定だった。

 工場の中はまだ写さない。カサネも、ここには来ていない。

 カメラは蓋をしたまま机の端にあり、録画も配信も始めていなかった。

 

「じゃあ、俺も練習していい?」

「どうぞ。測ります」

 

 紙コップを置き、律を見る。

 

「三枝環境サービスの三枝湊です。戦闘が終わった後に残る力を、種類ごとの缶へ――」

 

 律の指が、時計を止めた。

 

「もう、説明に入りました」

「名前は言ったぞ」

「そこから先が一分に入るんです」

 

 仕事を聞かれたと思うと、どこまで言うか迷う。

 吸えない力だけ抜かすわけにもいかない。

 律は椅子を寄せ、俺の言葉を書き留めずに聞いた。

 

「まず何の会社か。そのあと、今日ここですること。細かい条件は、質問が出た時に答えませんか」

「分かった。じゃあ、もう一回」

 

 時計が動き出す。

 

「三枝環境サービスの三枝湊です。今日は、カサネが残したい物の相談に来ました」

 

 口を閉じた。

 律が時計を止め、画面と俺を交互に見る。

 

「それです。今のなら、後の話を始められます」

「だいぶ余ったな。一分」

「余った分を埋めなくていいです」

 

 足そうとしていた一言を、飲み込んだ。

 

 

 

 

 廊下から、硬い足音が近づいた。

 カサネは扉の手前で体を横へ向け、角をぶつけないよう入ってきた。

 市の相談担当も一緒だ。管理担当は壁際へ寄り、カサネの座る場所を空ける。

 

「湊。今日は、これ」

 

 厚い手が、小さく畳んだ紙を差し出した。

 前に残すと決めた六件を、担当と確かめた控えだった。石と蓋と瓶の並びには、カサネが丸を三つ足している。

 

「ここ、まだ動かさないよな」

「うん。今日も、勝手には動かさない。何か、追加で聞きたい?」

「瓶の水。運ぶ日、全部捨てるの?」

 

 相談担当が自分の控えを開いた。

 管理担当も、処分札を出さずに座る。

 

 律は机の端のカメラへ手を置いた。

 蓋には、まだ触れない。

 

「始める前に、撮影の確認をさせてください。話している姿と声を、公開する動画に使ってもいいですか。映したくない物や話したくないことがあれば、そこは撮りません」

 

 カサネの指が、紙の折り目を押さえた。

 カメラを見て、律へ目を戻す。

 

「俺、撮られたくない」

 

 律はカメラから手を離した。

 

「分かりました。今日は撮りません」

 

 電源を入れていないカメラを、蓋の付いたままケースへ戻す。

 音声用の機材も、接続せずにしまった。

 誰も、理由を聞かなかった。

 

 カサネは、紙を俺の前から引いた。

 

「じゃあ、これも、また今度?」

「相談は、このままでいいよ」

 

 俺が言うと、カサネは相談担当の控えを見た。

 

「撮らなくても、話していい?」

「もちろんです。今日、瓶の水のことを聞きたかったんですよね」

 

 相談担当が、開いたページをカサネのほうへ向ける。

 

「作業の記録には必要なことを残します。それも、今ここで確かめながら書きます。公開の動画とは別です」

 

 紙が、机の真ん中へ戻ってきた。

 カサネの指が、三つの丸のうち、一番下へ置かれる。

 

「この音、変わっちゃうだろ。水、なくなると」

 

 

 ポットの湯が沸き、律が保温へ切り替えた。

 机の上には、カメラの代わりに紙コップが並んだ。

 

「今、ここから全部運ぶとは決めていません。運ぶことになった時の、水の扱いを確かめる、でいいですか」

 

 管理担当の問いに、カサネがうなずく。

 

「瓶だけ、先に空っぽにするのは嫌だ。最後まで、音、聞きたい」

「分かりました。移す日を決める前に、水を残せるか、どの容器が使えるか、担当へ確認します。割れる物ですから、今ここで持って運ぶとは約束できません」

「じゃあ、来る前に教えて」

「はい。作業に来てから決めずに、先に連絡します」

 

 カサネは、自分の紙へも丸を足した。

 何の印か聞くと、瓶を先に空にしない話をした印だという。

 

「これだけだと、来た人に分かんないかな」

「隣に、今決めたことを書こうか」

「うん。俺の紙にも」

 

 同じ文を二人で読み、担当の記録と並べて確かめた。

 水の運び方は、まだ決まっていない。

 先に聞く人と、返事をもらってから作業日を決める順番は、決まった。

 

 律は紙に手を伸ばさず、カサネへ向き直った。

 

「動画は、予定を変更するとだけお知らせします。今日ここで話したことや、撮らない理由は出しません」

「うん。俺のことは、言わないで」

「はい」

 

 カサネが紙を畳む。

 律のカメラケースは、閉じたままだった。

 

「前の写真は、どうなる?」

 

 俺が端末を出す前に、カサネが聞いた。

 

「石の並びを、次に同じように置けるよう残したやつ?」

「そう。あれは、使っていい。俺も、あとで見たいから」

「分かった。あれは作業用のまま。公開には使わない」

 

 端末を出さずに返事をした。

 前に一度いいと言ってもらったことを、今日の全部へ広げずに済んだ。

 

 

 廊下へ出ると、工場側から雨滴の音がした。

 カサネが途中で止まり、俺と律を見る。

 

「二人とも、聞く?」

 

 律が、自分のケースへ目を落とした。

 

「持っていかなくてもいいですか」

「うん。それ、置いてきて」

 

 相談担当が休憩室の管理者へ保管場所を確かめてくれた。律は閉じたケースを預け、両手を空ける。

 カサネは俺たちがそろうのを待ち、今日入ってよい区画を担当と確かめてから、いつもの曲がった道へ入った。

 

 青い石に一滴当たり、白へ流れる。

 ちん、ちん、ぽん。

 

「今日は、こっちが先に鳴る」

 

 カサネが、俺に場所を空ける。

 俺は座り、律も一人分離れた所へ腰を下ろした。

 次の一滴が落ちた時、律の手が上着のポケットへ動き、途中で止まった。

 

 律は何も取り出さず、手を膝へ戻した。

 カサネは瓶を見ている。

 俺も何も足さず、次の音を待った。

 

 休憩室へ戻ると、窓の下まで日が差していた。

 カサネは相談担当と、工場側の次の確認へ戻った。俺と律は、預けた荷物を受け取りに来たところだ。

 机のポットが、また小さく鳴った。

 

「さっきの短い自己紹介、覚えておいてください。別の回でも、使えますから」

 

 律が時計をしまおうとした。

 八秒で話せたなら、今度も同じくらいで済むだろうか。

 俺の説明だけ、短くしてもらったままだ。

 

 俺は時計を受け取った。

 

「律は、どう始めるんだ?」

「僕ですか。こんな感じです」

 

 椅子を少し引き、背筋を伸ばす。

 俺が押すと、律の声が一段明るくなった。

 

「今日は、先日お見せした清掃のお仕事、その後のお話です。画面に映っていないところで何を確かめているのか、三枝さんに伺っていきます」

 

 机の向こうへ片手を差し出す。

 俺は自分を指し、律がうなずいたので、頭を下げた。

 

「まず、ここへ来るまでのことを少しだけ。前回の講習では――」

 

 話が始まった。

 律は、相手が答える間だけ俺を見る。俺が口を開きかけると、時計の画面へ顎を向けた。

 まだ、律の番らしい。

 

 清掃の後にも確認が続くこと。

 作業に入る前には、誰と何を確かめているのか。

 どこを見てほしいかを、机の上へ順に置くような話し方だった。

 

 五十秒を過ぎた。

 律の手が膝へ戻り、声も落ち着く。

 

「それでは最初に、自己紹介からお願いしましょう」

 

 俺は時計を止めた。

 律が椅子を寄せてくる。

 

「どうでした?」

「俺が始めるまでに、一分かかった」

「これは導入です」

 

 俺は紙コップへ手を伸ばした。

 律も飲もうとする。そこで、時計を彼の前へ向けた。

 

「名前と会社なら、八秒だったんだけど」

「役割が違うんです。初めて見る方が入りやすいように、必要なことを先に――」

 

 もう一度、時計を動かした。

 律の説明が、ぴたりと止まる。

 

「何で今、測り始めたんですか」

「必要な説明が、どのくらい増えるかと思って」

 

 律は俺の手から時計を取り、二つの記録を見た。

 八秒と、一分。

 長いほうの数字を消そうとして、指を止める。

 

「……僕の前置き、削れますね」

 

 俺がうなずくと、律はまた椅子を引いた。

 気をつけていたはずの明るい声が、戻る。

 

「はい、それでは。今日は前置きを短くするために、まず――」

 

 自分で口を押さえた。

 俺の手の中で、紙コップが少し鳴った。

 

「律。お茶、冷めるぞ」

 

 彼は椅子へ座り直した。

 

「始める前が、いちばん長いんです」

 

「今のでよかっただろ、最初から」

 

 律は返事をせず、両手でお茶を飲んだ。

 

 

 管理担当が扉を開けた。留めていた金具の音に、俺は紙コップを置いて振り返る。

 廊下に立てた案内用の支柱を、担当が指した。

 

「これは今から外します。機材は、どこまで運びますか」

 

 律がケースの留め具を開かず、持ち手だけを起こした。

 

「一緒に、片づけさせてください」

 

 俺は手袋を出した。

 撮影はしなかった。帰る前に運ぶ物は、まだある。

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