【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
「これ、ぼくを片づける値段?」
翌朝、俺は見積用紙を引っ込めた。
まだ値段は書いていない。『清掃一式』と書いてあるだけだ。
「廃材を片づける値段です」
「でも、ここには一つって書いてある」
「作業一式、ですね」
「ぼくも、一つだよ」
「あなたはお客様です。数えません」
閉鎖工場の門前で、灰色の怪物がうなずいた。
低い椅子に座っているので、二本の角がちょうど俺の胸の高さにある。厚い手袋みたいな指を、今度は机の端へ置いた。
俺は用紙に『危険な力のついた廃材の清掃』と書き足す。
怪物と向かい合う仕事は初めてだけど、最初に困ったのは、うちの書類だった。
「呼び方を教えてもらえますか」
「カサネって呼んで」
「カサネさんですね。三枝湊です。うちの連絡先、どこで知ったんですか」
カサネが古い携帯端末を差し出した。
銀の防護面をかぶった俺が、画面の中で棒を構えている。
「これを見て、板の力も片づけてもらえると思ったんだ」
「回収です。吸収じゃなくて。缶に集めて持っていくんです」
「それなら、ぼくの力も持っていくの?」
「生きてる人からは取れません」
「そうか。じゃあ、板を見てほしい」
カサネは、画面の俺と、本物の俺を見比べた。
今日はまだ、顔を隠していない。
動画の下まで送ると、市の説明と会社の問い合わせ先が出てきた。工場の管理人に電話を借り、そこへかけたらしい。
電話に出た母さんは、まず話を聞く、と答えた。
昨夜の『生きてる怪物からのご指名』は、こういう話だったのか。
「何を片づけたいんですか」
「寝るところにある鉄の板。触ると石が飛ぶから、困ってる」
「いつからですか」
「車が置いていってから。そのあと二回寝たよ」
隣にいた市の担当者が、運んできた車のことを尋ねる。
カサネは首を振った。車の横も、運んだ人も、よく見ていないという。
「ぼくのところにある物、全部捨てるつもり?」
「いえ、何を残すか先に聞きます。捨てたくない物も教えてください」
「じゃあ、石は残す。あれはぼくが並べたから」
そこだけは、すぐに決まった。
門の脇で電話をしていた母さんが、机へ戻ってきた。
三枝千尋。三枝環境サービスの代表で、俺の母親でもある。
「待たせたね。管理者にも話が通ったよ。市の発注で進めるって」
「費用は?」
「回収量を見てから。昨日の見積もりもあるんだから、数字、混ぜないでよ」
母さんは用紙を見るなり、俺の書き足した部分を太いペンで囲んだ。
「一式じゃ、分かんないよね。私らはこれで通じちゃうからなあ」
「今、身に染みた。まだ値段も書いてないのに、そこで止まった」
「うん、書式は明日から変えよう。今日はここに書き足して、と」
『残す物』の欄が増えた。
カサネが、そこを指す。
「そこに、石って書いてほしい」
「石ですね。ここに書いておきます」
母さんの字は大きかった。
肝心の値段より先に、石が用紙の真ん中を取った。
「そんなに大きく書く?」
「小さく書いたら安くなる?」
「ならない」
「じゃあ、読めるほうがいいでしょ」
カサネが、字の下へ厚い指をそろえた。
読めたらしい。なら、これでいいか。
救援隊の森下さんに続いて、工場へ入った。
母さんは外で搬出の連絡をする。カメラは来ていない。今日は、人の寝床を片づける仕事だ。
奥には箱が三つあって、平らな石が大きい順に並んでいた。
その隣で、鉄板が斜めに浮いている。下にある台車は、車輪が一つ足りない。
薄い金属片が、俺たちの前をふわっと横切った。
「ここで待ってください」
鉄板から灰色の筋が伸びていた。金属片を浮かせている力だ。
床の小さな塊からは、赤い熱の筋も出ている。
どちらも廃材のところで途切れていて、カサネの体にはつながっていない。
森下さんに確かめると、この場に力を出している者はいないという。
筋が増えてくる様子もない。これなら、俺が集められる残りかすだ。
「その板、こっちに落ちてくるよ」
カサネが床を指した。
浮いていた金属片がずれると、鉄板が少し傾く。
ここで力だけ取ったら、欠けた車輪のほうへ倒れるな。
「森下さん。先に支えてもらえますか」
架台を入れ、ベルトで鉄板を留めてもらう。
その間に、カサネの石を離れた机へ移すことになった。
「箱ごと、こっちへ動かしていい?」
「そっちには置かないで。ぼくから見ると、小さいのが先になる」
森下さんが、箱を持ち上げかけたまま止まった。
俺も石を見る。たしかに、逆から眺めたら順番が変わる。
「それなら、同じ順番に並べ直しましょうか」
「それはぼくがやる。箱のほうをお願い」
大きい石から、一つずつ運ばれていく。
俺は空いた箱を持つ係になった。
「もう少し右にしてほしい」
「この辺ですか」
「あ、行きすぎ。少し戻して」
少し戻す。
「そこ」
怪物から指名を受けて、朝から箱を五センチくらいずつ動かしている。
昨日の動画を作った人には、ぜひこの辺も見てほしい。
最後にカサネが運んだのは、穴の開いた金属の蓋だった。
「それも残しますか」
「雨が当たると、いい音がするんだ。これは捨てないで」
へこんでいるし、端も尖っている。
でもカサネは、机へそっと置いた。
「端っこだけ、覆ってもいいですか。手を切りそうなので」
「ここまでふさぐの?」
真ん中を指でたたくと、こん、と音がした。
「そこは空けておきます。音は残しましょう」
「それなら、端だけお願い」
危険な力が付いていないか確かめ、縁へ保護材を巻いた。
カサネがもう一度たたく。さっきと同じ音がして、厚い指が蓋から離れた。
石も蓋も、作業場所から離れた。
鉄板の支えもできたので、俺は銀の防護面を下ろす。
カサネが顔を上げた。
「清掃員です」
「うん。仕事は分かった。顔の話」
説明で直せないほうだった。
とりあえず笑ってみる。もちろん、伝わらない。
「いま、こっちを向いて何かしてる?」
「笑ってます」
「見えないよ、その顔だと」
母さんに言われた『お客様には愛想よく』が、面の内側で止まっている。
もう、声で何とかするしかない。
「じゃあ、始めますね」
「うん」
黄色い缶をつなぎ、床の塊から熱の筋を引いた。
回収具の先が白く光り、缶の目盛りが上がっていく。途中で金属片がぱきっと鳴ったので、一度手を止めた。
熱で曲がった部分だ。森下さんが、支えがずれていないか確かめてくれる。
残りを集め、弁を閉じる。
焦げた跡はそのままだし、金属もまだ熱い。森下さんが温度を測り、触らないよう目印を置いた。
次は、青い缶に替える。
「今度は青い缶なんだね。黄色じゃだめなの?」
「こっちは、浮かせる力を入れます。さっきのと混ぜると、中で暴れるので」
「ぼくの石みたい」
「石も暴れますか」
「大きいのを上に置くと崩れるんだ。さっきの順番なら平気」
なるほど。並べる順番にも、ちゃんと理由があった。
灰色の筋を引くと、鉄板が架台に載った。
浮いていた金属片も、低いものから床へ下りていく。
一枚だけ、高いところで引っかかった。
「その下に小さい輪があるよ。こっちから見える」
カサネに言われ、弁を閉じた。
教えてもらった角度から見ると、金属の輪に筋が絡んでいた。正面からは鉄板の陰になっている。
「あ、本当だ。よく知ってますね」
「そこは、ぼくが通ってたところだから」
輪の内側から先にほどく。
輪が床へ落ち、その上の金属片も下りた。
「助かりました」
カサネは、石のそばで小さくうなずいた。
俺に力が見えても、この人の通り道までは分からない。聞いてよかった。
缶の目盛りが半分を越えたところで、弁を閉じた。
残っている筋は、もうない。
森下さんたちが普通の道具で廃材を寄せると、箱の奥まで床が見えた。
「三枝さん。これも見てもらえますか」
箱の裏から、細長い缶が出てきていた。
カサネが石の箱に手を置き、そちらを見る。
「ぼくのじゃない。板と一緒に転がってきた」
うちの缶とは、弁の形も封の仕方も違う。
漏れている筋は見えないけど、それだけで中身が分かるわけじゃない。
「開けないでください。うちでは扱えない缶です」
カサネと入口まで戻った。
市の担当者が場所と缶の写真を撮り、専門の搬出担当を呼ぶ。缶がある一角には、誰も入らないようにした。
「石も持っていく?」
「石は残します。あの缶だけです」
「終わったら、ぼくにも教えて。分からないまま寝るのは嫌だ」
「分かりました。寝る前に、どこまで使えるかも一緒に確かめましょう」
やってきた担当者が封を確かめ、缶を開けずに保護箱へ収めた。
誰が置いたのか、中に何があるのかは、市で調べてもらう。
俺は引き取りを見届けてから、森下さんと床をもう一度見て回った。
市の担当者が、使っていい場所に線を引く。
工場全部に入れるわけではないし、この先も住めるかは管理者との相談が要る。その話を聞いてから、カサネは箱の置き場所を選んだ。
「箱を一つ、横にしてほしい」
「これですか」
「それは石の箱だよ」
「じゃあ、こちらですね」
「うん、それがぼくの箱」
横にしたら、角の先までちゃんと収まる大きさだった。
石は、さっきと同じ順番。蓋は手の届くところへ。
箱を少しずつ動かし、カサネに確かめてもらう。
「どうでしょう」
「まだ、寝られない」
「どこが狭いですか」
カサネが、床の真ん中を指す。
「その大きい箱があると、体が入らない」
「ああ、俺の道具箱ですね。すぐ出します」
持ち上げて入口へ運んだ。
台車も出して、ホースも巻く。缶の弁を確かめ、これも外へ。
戻って見渡すと、床には残すと決めた物しかない。
「これで、大丈夫ですか」
「まだ」
石を動かすのは、違うよな。
蓋か? 箱の向きを間違えたか?
「どれを動かしましょう」
厚い指が、俺の胸を指した。
「そこ、ぼくが寝る」
足元を見る。
今まで何度も箱を動かして、ちょうどよく空けた場所に、俺が立っていた。
「……すみません」
一歩下がる。
「まだ足が入ってる」
「はい、もう一歩ですね」
もう一歩下がった。
カサネがそこへ入り、ゆっくり横になる。二本の角は何にも当たらず、指を伸ばせば石に届く。
「これで寝られる」
俺が退いたら、依頼が終わった。
清掃員を置いたまま帰るところだった。
入口にいた森下さんが、口元を緩めている。
「三枝さんも外で休みましょう。ここはもう、お客さんの場所ですから」
「はい。俺の置き場所は、そっちで」
カサネが蓋をたたいた。こん、と鳴る。
その音を聞きながら、俺は工場を出た。
門の外で、使った黄色と青の缶を、引き取りに来た専用トラックへ渡した。さっき見つかった規格外の缶とは別便だ。あちらは調査。こっちは、いつもの処理へ回す。
カサネが入口から顔を出した。
「その缶も、捨てる?」
「缶は、また使います。中の力だけ、専用の施設で抜いてもらうんです」
行き先は、市が指定した処理施設だ。
熱なら、設備で少しずつ逃がして冷ます。浮かせる力なら、設備の中で鎖につないだ重りを持ち上げさせ、使い切る。うちの倉庫でふたを開けて済む仕事じゃない。
「中の力がなくなったら、缶は返してもらえるの?」
「洗って、壊れてないか調べてからですね」
「お弁当箱みたい」
「中身は、食べられませんけどね」
カサネはうなずき、石の箱へ戻っていった。
空缶が戻るまでは、手元の予備で仕事を回す。集めるのは早くても、返ってくるほうはそうはいかない。
母さんが保温袋を開けていた。
海苔の匂いがして、腹が鳴る。
「おにぎりあるよ。今、食べられる?」
「食べたいけど、先に記録を済ませてから……」
「今、すごい音したよ。忘れるところだけ書いて、あとは食べてからにしな」
「……うん、食べる。腹減った」
手袋を外し、手を洗って一個受け取った。
母さんも隣で包みを開く。
「缶の追加、午後に支払いの相談してくる。銀行へ寄ってから戻るから」
「うん」
袋の底には、もう一個ある。
見ていたら、母さんが袋を閉じた。
「昼の私の分」
「まだ何も言ってない」
「言う前に閉じたの」
防護面を外すと、そんなところまで伝わるのか。
電話が鳴り、母さんはおにぎりを置きかけた。
市の担当者が手を上げる。
「搬出の件ですよね。こちらで引き取りを確認していますから、私から伝えます。どうぞ食べていてください」
「すみません、助かります。すぐ食べ終わるつもりが、なかなか食べ終わらなくて」
母さんは頭を下げ、おにぎりを持ち直した。
俺も、その間にもう一口食べる。
端末には、真白から連絡が来ていた。
右肩と脇腹は検査を受け、今日は休養。現場には出ないらしい。
昨日の男の子は、母親と手をつないで帰ったという。左の靴は、まだ見つかっていない。
『見積もり、経理に送るのなら手伝えますよ。じっとしていると、昨日のことが気になってしまって』
『ありがとうございます。でも、今日はこっちで送ります。真白さんは、まず休んでてください』
そう返すと、少しして返事が来た。
『はい。……休むのも、ちゃんとやらないとですね。まず朝ごはんにします』
俺たちより、まだ一口ぶん遅かった。
母さんが食べ終え、会社の案内を端末で見せてきた。
「案内、こうしてみたんだけど。人も怪物も依頼は同じ窓口。迷ったら、ここから相談してもらおうと思って」
「今日のことは、どこまで書いた?」
「名前も場所も出してないよ。写真もなし。相談の仕方だけ」
『まずお話を聞きます。清掃する場所と、残したい物をお知らせください』。
掲示板にも、さっそくその案内が貼られていた。
1:名無しの視聴者 ID:s9V5
会社の案内増えてた
怪物も同じ窓口だって
2:名無しの視聴者 ID:a3K8
昨日あんな登場しといて今日は怪物と話し合い?
3:名無しの視聴者 ID:h6T4
>>2
客なら話くらい聞くだろw
4:名無しの視聴者 ID:k8J6
ちょっと待って
怪物を片づける会社になったの?
5:名無しの視聴者 ID:s9V5
>>4
場所の清掃だよ
リンク先読んでこい
6:名無しの視聴者 ID:k8J6
読んだ
普通に依頼する方だった
すまん
7:名無しの視聴者 ID:a3K8
銀の仮面で怪物と交渉してる絵は見たい
絶対かっこいい
8:名無しの視聴者 ID:h6T4
>>7
「残したい物をお知らせください」
9:名無しの視聴者 ID:a3K8
引っ越しの相談みたいで草
10:名無しの視聴者 ID:s9V5
>>9
最初から清掃会社だって言ってんだろw
今日は映像がなくても、勝手にかっこよくされるらしい。
その銀の男は、寝床の真ん中から退くように言われていたんですが。
母さんが見積用紙を渡してきた。
「残した物、これで全部?」
「石と蓋と箱。俺は帰る。今度こそ座って記録を書きたい」
「そりゃ帰ってもらわないと。昨日の見積もりもあるし。私も銀行へ行く前に、一緒に見たいから」
俺の行き先まで決まった。
太いペンで、最後の確認を書き足す。
残す物は、本人に聞く。
聞くときは、寝床をふさがない。
片づけた本人が、いちばん場所を取っていました。