【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
「はい、三枝環境サービスです。……いいえ、怪物の飼育は始めていません」
母さんが受話器を置いた。
工場から帰って、まだそんなに経っていない。
俺は今朝の見積書を清書しながら、母さんを見る。
「今ので三件目?」
「四件目だよ。取材が二件、怪物を片づける料金が一件、今のが飼育。いやもう、何屋だと思われてるんだか」
「清掃の相談は?」
「これから来るといいね。私もそろそろ、片づける場所の話がしたいよ」
うちの仕事を一つも増やさず、電話だけ四本受けていた。
「取材の人、スクリーンの二十三位って火力順ですか、って聞いてきたよ」
「うちに?」
「うちに」
分かるのは、あの人の盾が残した熱を、何本の缶へ入れたかくらいだ。
それで順位を付けたら、ヒーローの表彰式で俺が怒られる。
母さんは受話器を少し遠くへ置いた。
コードが伸びる。
それを見て、俺も見積書を机の奥へやろうとしたら、指で押さえられた。
「そっちは書いて。片づいた仕事の分は、ちゃんともらわないと」
「分かってるって。ちょっと遠くへ置きたくなっただけ」
端末を開くと、市と〈ライトハウス〉が一緒に出した説明が載っていた。
ライトハウスは、怪物との戦いや避難誘導を担当するヒーローの組織だ。真白がいるのは、その第七区の隊。正式には市民防衛機構というけれど、現場ではみんなライトハウスと呼んでいる。
昨日の桜通りで、誰が戦い、誰が救助をして、そのあと誰が片づけたか。
そこから始まっている。
戦ったのは、第七区のヒーロー〈スクリーン〉。つまり、真白だ。
俺たちは、戦いのあとに残った力を回収して、救助にも手を貸した。
取材の人が聞いてきた順位の説明もあった。
全国ヒーロー総合順位は、救助や制圧、ほかの人との連携も含めて決まる。火力だけの順位でも、人気投票でもない。
ここまで読んでも、今朝の話にはまだ着かない。
下へ送る。
もう少し送る。
四段目に、ようやく異形の依頼者から相談を受けた話が出てきた。
清掃したのは廃材。本人を捕まえたり、雇ったり、飼ったりしたわけではない。
千二百文字のいちばん下で、うちはやっと清掃会社に戻っていた。
「ちゃんと書いてあるんだけどな」
「どこに?」
「最後」
「遠いね」
母さんが端末を上へ戻した。
さっき見つけた一文が、あっという間にいなくなる。
「最後まで読めば分かるだろ。せっかく書いてくれたんだし、読んでほしいんだけどな」
「そこへ着く前に、電話してくるの」
「じゃあ最初に、最後まで読んでくださいって」
「その最初は読んでもらえるの?」
……なかなか、厳しい。
「市の人も、必要なことを全部入れたんだと思うよ。私だって、削って間違われるのは困るし」
「うちの見積もりには書き足して、市の説明は短くするのか。加減が難しいな」
「そうだねえ。読んで分かれば、長くても短くてもいいんだけど」
机の見積用紙には、まだ大きく『石』とある。
あれは、たしかにすぐ伝わった。
電話が鳴った。
遠ざけた受話器へ、母さんが手を伸ばす。
俺のほうが近かったので、代わりに取った。今度は廃材の相談だった。
やっと、本業が電話をくれた。
案内を終えると、端末に真白から連絡が来ていた。
右肩と脇腹の検査は済み、午後の再診までは休養。今日は出動しない、とある。
その下に、共同説明の画像が付いていた。
『大事なところに線を引いてたら、こんなことになりました……』
赤い線だらけだった。
白いところを探したほうが早い。
『所属と順位を読んでいたら、あれ、何の話でしたっけって。私のことも書いてあるのに、最初に戻っちゃいました。三枝さんなら、どう説明します?』
俺は画像を母さんに見せた。
「ここを読めば分かるって、全部に線を引いたらしい」
「ああ、どれも消せなくなっちゃったんだね」
「うん。俺も、線のところを追ってもう一回全部読んだ」
せっかく休んでいる人に、これ以上、赤い線を増やしてもらうのも悪い。
短く答えることにした。
『戦ったのはヒーローで、うちは残った物を片づけました。今朝の人は依頼主です。本人は片づけていません』
母さんが、横からうなずく。
「それを三行にして、担当に提案しようか」
「詳しい説明は?」
「下に残しておこうよ。短いのを読んで、もう少し知りたい人もいるだろうし」
俺はメモ用紙を引き寄せた。
「じゃあ、『最後までお読みください』って書いてから」
「まだ増やすの?」
書く前に止められた。
俺も人のことを言えなかった。説明しようとすると、前にもう一個、説明を置きたくなる。
母さんに三行を渡し、市へ相談してもらう。
俺はその間に見積書へ戻った。
黄色い缶に集めた熱と、青い缶に集めた浮かせる力。運び出す廃材と、かかった時間。
市が引き取った規格外の缶は、うちの処分費に入れない。
数字を揃え終えた頃、共同説明の最初に追記が付いた。
戦ったのは、ライトハウス第七区のヒーローです。
清掃業者が片づけたのは、戦闘後の廃材と残った力です。
今朝の異形の方は、ご本人から相談した依頼主です。本人を処分した事実はありません。
今度は、開いてすぐ読めた。
真白からも返事が来る。
『今度は一回で分かりました! やっと赤ペンを置けます』
赤ペンにも休んでもらえたらしい。
俺は端末を伏せ、数字をもう一度見直した。
少しして掲示板を開くと、追記を読んだ人たちが集まっていた。
301:名無しの視聴者 ID:k8F2
怪物雇ったって聞いて見に来た
どこに書いてある?
302:名無しの視聴者 ID:n4Q7
>>301
雇ってないって書いてある
303:名無しの視聴者 ID:k8F2
読んだ
仕事頼むほうだった
俺が逆にしてたわ
304:名無しの視聴者 ID:c2M9
>>303
そんなひっくり返ることある?w
305:名無しの視聴者 ID:w3B5
正直俺もちょっと思ってた
怪物が清掃員やってんのかと
306:名無しの視聴者 ID:n4Q7
>>305
お前はさらに何を読んだんだ
307:名無しの視聴者 ID:t6H1
スクリーンって全国総合23位なのか
ここ初めて知った
308:名無しの視聴者 ID:c2M9
>>307
火力だけじゃなくて救助とか連携も入る順位だって
そのへんは下に詳しく書いてある
309:名無しの視聴者 ID:k8F2
じゃあ下も読んでくる
310:名無しの視聴者 ID:w3B5
俺も読む
さっき題名しか見てなかった
311:名無しの視聴者 ID:n4Q7
>>310
題名にすら清掃員が怪物とは書いてねえだろw
312:名無しの視聴者 ID:k8F2
戻った
全部分かった
でも銀の仮面のとこだけ見返すとやっぱ最後の敵に見える
313:名無しの視聴者 ID:c2M9
>>312
知識つけて同じ所に帰ってくるなw
314:名無しの視聴者 ID:t6H1
仕事は分かるんだよ
あの立ち方と顔がな
315:名無しの視聴者 ID:n4Q7
そのへんは市もどうしようもない
「最後だけ、どうしても残るな」
母さんが俺の画面を見た。
「顔のことまで市に説明してもらう?」
「実物はもう少し普通です、とか」
「見に来てもらって、面を下ろすの?」
朝、カサネにも同じことを言われたんだった。
実物を見せた結果が、これだ。
「……やめとく」
「うん。それより見積もり、今日中に頼むね。何度も聞くのも嫌だから、送ったら教えて」
母さんが紙を透明なファイルへ入れた。
俺はそれを鞄へしまう。
「送ったら連絡する」
「仕事の端末へね」
そう言ったところで、その仕事用の端末が鳴った。
桜通りの廃材から熱気が出ているという。発生源は確認中。清掃は待機。
俺は鞄を置いて、もう一度読んだ。
「まだ、何かいるかもしれないってこと?」
「そこを調べてるんだって。続きが来たら回す」
温かい物がある、だけでは俺も行けない。
戦いの残りなら集められるけど、今まさに誰かが熱を出しているなら、缶を持っていっても何もできない。
「じゃあ、連絡を待つ。今日はもう、帰って飯にしたい」
「うん、帰りな。続きは私も気をつけて見とくから」
鞄を持ち直した。
見積もりは、待機してくれないので持って帰る。
青葉荘へ着いた頃には、空が暗くなりかけていた。
鞄とは別に、差し入れの煮物を手提げに入れて持ってきている。
二階へ上がり、二〇一号室の鍵を出す前に、隣の二〇二号室をノックする。
「久住。いる?」
鍵が外れ、扉の隙間から眼鏡をかけた男が出てきた。
久住灯也。二十七歳。在宅で画像の仕事をしていて、俺とは前からゲームをしている。
「お、昨日俺を一人でボスに突っ込ませた人じゃん」
「母さんとの電話が延びたんだって」
「聞いた聞いた。で、俺は一人で三回やられましたけど?」
貸していたドライバーが、袋ごと出てきた。
受け取っても、扉はまだ狭いままだ。
「道具は返してくれるのか」
「そりゃ返すよ。ゲームの恨みでドライバー人質にしないって」
「煮物、持ってきたけど」
扉が開いた。
人間、分かりやすいほうが助かる。
「よっしゃ。これ、六百ワットで二分十秒な」
「十秒まで?」
「二分だと真ん中だけ冷たいんだよ。俺、前ので学んだから」
煮物を渡したら帰るつもりだった。
容器を受け取った灯也に「ちょっと見て」と呼び止められるまでは。
招かれて部屋へ入ると、灯也は煮物を机に置き、端末へ手を伸ばした。
机の上の端末に、俺が映っていた。
銀の防護面。長い回収具。足元には、崩れた建物の瓦礫。
昨日の公開動画だ。ただし、俺の覚えている現場より、ずいぶん暗い。
「停電してたっけ」
「暗くした。ほら、面のここだけ光が残るだろ? この角度、めちゃくちゃいいんだよ」
灯也が画面を拡大した。
俺の背後に、大きな文字が浮かんでいる。
「どうよ」
「出勤のたびに、そんなこと言われても」
「でも合ってるだろ。戦いが終わってから来るんだから」
そこは合っている。
合っているのが困る。
「この写真、もう少し明るくできないか」
「できるけど。普通の作業写真になるぞ?」
「普通の作業なんだよ」
灯也が指を滑らせた。
瓦礫の横に置いた台車が見えた。俺の足元には、交換用の袋もある。
「あー……生活感が出ちゃったな」
「仕事の写真だからな」
「せっかく顔が見えなくて怖かったのに」
「怖がらせるために着けてない」
灯也は少し考えてから、文字の部分を指した。
「じゃあ、こっちを変えよう。清掃員だって分かればいいんだろ?」
「そう。最初からそれでいい」
「任せて。仕事はちゃんと伝わるようにする」
今度は話が早かった。
灯也が文字を打つ。俺はその間に、煮物の容器を机の端から遠ざけた。さっきから肘が当たりそうで落ち着かない。
「できた」
「なんで追い詰めるんだよ」
「汚れをだぞ? 誰も困らないじゃん」
「うち、普通に掃除の相談をしてほしいんだけど」
「ああ、問い合わせ先。入れる入れる」
画面の下に、電話番号を置くための枠ができた。
その上に、もう一行。
「電話しにくいだろ」
灯也が声を出して笑った。
「自分で打ってて、ちょっと思った」
「思ったなら消してくれ」
「分かったって。じゃあ、ここはそっちで考えてよ」
端末を渡されたので、俺は案内文を打ち直した。
お掃除のご相談、お気軽にどうぞ。
「これでいい」
「うわ、ちゃんと会社の広告になった」
「会社の広告にしてるんだよ」
端末を返すと、灯也は画面をじっと見た。
それから、何も言わずに指を動かした。
暗くなった。
台車が消えた。
袋も消えた。
瓦礫の中から、銀の面を着けた俺がこちらを見下ろしている。
その足元には、丁寧な案内文。
「……お前、わざとやってるだろ」
「今のは、ちょっと」
灯也は口元を押さえたまま、俺に画面を向けた。
「でもさ。さっきの『覚悟ができたら』より怖くない?」
否定したかった。
電話したら、もう帰してもらえなさそうだった。
灯也は別に作っていた二案目を開いた。
俺は鞄からファイルを出す。ちょうど、字を人に確かめてもらいたかったところだ。
「それより、こっち読める?」
見積書を見せた。
灯也は画面と紙を交互に見た。
「読めるけど……何、その紙もポスターに入れる? 見積書を差し出すラスボス?」
「入れない。普通に読めるか聞いてる」
「はいはい、読めるよ。数字もちゃんと見える」
じゃあ、あとは送るだけだ。
そう思ったとき、灯也が温めようと容器を取り上げ、少し傾けた。
ぽと。
容器の蓋の縁から、見積書の端に煮汁が落ちた。
「あ」
「あ」
丸い染みが、じわっと広がる。
俺の一日は、書類から離してもらえないらしい。
「うわ、ごめん! 待って、新しい紙あるから!」
灯也が容器を棚に置き、布と新しい紙を出した。
よかった。これで書き直せる。
と思ったら、空いた指が端末へ戻った。
「あ、でもここだけ見て。この二枚目、もうちょい寄るとさ」
「先に紙」
「二秒! ほんと二秒だけ!」
画面では、銀の面がさらに大きくなった。
染みも大きくなった。
灯也が画像を少し動かす。
俺は見積書を少し持ち上げる。
「ほら、この影! こっちのほうが絶対――」
「……はい」
最後に現れる男は、新しいA4用紙を一枚もらった。
灯也は端末を伏せ、布で煮汁を押さえる。
画像の俺にはあんなに手をかけるのに、本物が持っている紙は後回しか。
「その二枚、外には出すなよ」
「出さないよ。お前に見せて遊んでるだけだって」
「じゃあ修正依頼。二案で終わり」
灯也の指が止まった。
「えー。まだいじりたいとこあるのに」
「二案で終わり」
「……承知しました」
急に仕事の返事になった。
俺は新しい紙をファイルに入れる。今日は、これがいちばんありがたい。
「今夜は九時なら入れるぞ。今日は俺も、ちゃんと二人でやりたい」
「今度こそな? 遅れたら先に始めちゃうぞ」
「分かった」
扉が閉まる前に、灯也が言った。
「ま、席は空けとくから。来たら呼べよ」
俺はうなずき、自分の部屋へ戻った。
見積書を書き直し、市へ一度だけ送る。母さんの仕事用端末にも、送付済みと連絡した。
今度こそ、紙の仕事が終わった。
流しで水を使っていると、会社の端末が鳴った。
桜通りの続報だ。
商店街の外れ、排水口の近く。市が周りを区切って、ライトハウス第七区と救援隊が発生源を調べている。
まだ、止まったとの連絡はない。
俺は水を止め、場所と時刻を書き留めた。
行ってから分からないと言うより、分かる人たちの返事を待つほうがいい。
灯也へ、九時は予定どおり、と送った。
それから会社の在庫を開く。
熱を入れる黄色い缶は、今朝使った分を閉めて搬出へ回してある。予備は一本。
青い缶が空いていても、そっちへ熱を混ぜるわけにはいかない。
いざ呼ばれたら何を持っていけるか、そこだけ確かめておいた。
今夜は現場へ行かず、停止確認を待つ。
端末を机へ置くと、灯也から連絡が来た。
『二分十秒、大正解。真ん中まで熱い。俺の勝ち』
そっちの熱は、もう調べ終わったらしい。
俺は空になったファイルを脇へよけ、九時の支度を始めた。
説明は三行。比較画像は二案。新しい紙は一枚。
見積もりの送付も、一回です。