【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
朝、市から電話が来た。
「桜通りの排水口で、今も熱を出している個体が見つかりました。ライトハウスが対応中です」
昨日、温かい廃材があると連絡の来た場所だ。
冷めるのを待てばいい、という話ではなくなったらしい。
「三枝さんには、南側の規制線の外で待機をお願いします。止まったあと、熱の回収が必要になるかもしれません」
「分かりました。黄色の予備を持っていきます」
電話を切ると、灯也からも連絡が来ていた。
『朝から仕事?』
『待機だから、終わる時間が読めない。夕方には帰りたいんだけど』
『じゃあ帰れたら二戦やろうぜ。無理なら連絡くれよ、先に始めず待ってるから』
『分かった。帰れそうになったら送る』
『あと「もう一戦」で四戦になるの、今日はなしな。二戦なら付き合う。四戦やると俺の仕事が終わらん!』
まだ一戦もしていないのに、延長を止められた。
会社へ行くと、母さんが作業車の後ろで待っていた。
黄色い予備缶を一本積み、ベルトで留める。回収具、耐熱手袋、防護面も載せた。
「青は置いていくんだね?」
「うん。浮かせる力は出てないって。今日は黄色だけ」
「分かった。そっち、容量は見た?」
「空だった。一本分、ちゃんと使えるよ」
母さんがうなずき、それから道具を見た。
「それだけ積むと、待つだけって気がしないねえ」
「俺だって、待つだけなら身軽で行きたいよ。呼ばれてから取りに戻れないだろ」
「通りの真ん中で腕を組まないでよ。また最後の敵って言われるから」
「やらないって」
俺は荷台の横で腕を組んだ。
母さんと目が合ったので、ほどいた。
「まだ会社だろ」
「そうね。今のうちにほどけてよかった。現場では胸の会社名も、一回ちゃんと見せておいで」
今日は待つほうが長いかもしれない。椅子も欲しい、と言いかけてやめた。今それを積んだら、母さんは絶対に笑う。
桜通りに着くと、商店の明かりが消えていた。
道の先に赤い誘導灯が並び、ライトハウスの隊員が人を南側へ案内している。
俺も受付を済ませ、指定された場所に車を止めた。
排水口の奥が、赤く光っていた。
格子に、黒い塊が体を押しつけている。体の隙間に走る赤い線が、明るくなった。
「三枝さん、下がって!」
真白の声がした直後、格子の間から熱の塊が飛び出した。
歩道に当たり、水たまりが白い湯気を噴く。
俺は回収具へ伸ばしかけた手を引っ込めた。
向こうの赤い線が、もう次の熱をためている。
無理だ。缶を開けたところで、飛んでくる攻撃は取れない。
「俺、ここでは何もできません」
「はい、下がってください。缶も一緒に、もう十メートル南へ」
真白は右腕を固定していた。左手に出した小さな盾で、避難する人の通るほうを守っている。
「真白さんは?」
「今日は避難路を守るだけです。……前には出ません。そこは、ちゃんと約束してきました」
ちょっと悔しそうだったが、本当にその場から動かなかった。
無線から、低い男の声が入る。
『スクリーン、南側を頼む。右肩は使うな。二班は東の点検路へ。救援隊は店内を確認。清掃班は規制線から離れて待機』
一人ずつ指示を出したあとで、声が続いた。
『自分の仕事以外を増やすなよ』
「隊長です。アンカー」
真白が教えてくれた。
「今の、真白さんに?」
「全員に、ですよ。私だけみたいに聞かないでください」
すぐに無線の向こうで、別の隊員も休憩を命じられた。
なるほど。全員らしい。
俺は黄色い缶を持って下がり、車も道の端へ寄せた。回収具は寝かせておく。持って立っているだけでは、逃げる人の邪魔だ。
惣菜店の裏口へ、救援隊員が二人走っていった。
店の奥に、まだ従業員がいるという。
「清掃の人は……まだ何もできないの? あの中、うちの人がいるんだけど」
近くにいた若い店員に聞かれた。
さっきから袖を握ったり離したりしている。店の中が気になるのだろう。
「中の方は救援隊が迎えに行っています。俺の道具は、まだ攻撃してくる相手には使えないんです」
「止まったら入る?」
「はい。ただ、止まってすぐじゃなくて。隊の人が確かめてくれるまで、ここで待ちます」
缶を車止めの内側に置く。
店員も俺の隣まで下がってきた。
排水口から、また熱が飛んだ。
避難路に散りかけた火花を、真白の盾が横へそらす。その後ろを、救援隊員に付き添われた従業員が走り抜けてきた。
「店内、全員確認!」
「南側、避難終わりました!」
声が上がると、排水口の横から白い光の索が伸びた。
一本が格子に巻きつき、もう一本が、這い出してきた黒い塊の前脚をつかむ。
大きさは犬ぐらいだ。
それでも暴れるたびに、二本の索がぴんと張った。
『これ以上は支えきれない。三本目は出せないぞ。二班、今のうちに右から!』
制圧班が駆け出した。
俺のいる場所からは、人と盾が重なって、何を使ったのかまでは見えない。
赤い光が一度強くなり、熱い風が頬まで来た。
黄色い缶には触らず、もう半歩、車の陰へ入る。
今、役に立つのは空き缶より車の陰だ。
やがて、黒い塊の脚が地面に落ちた。
赤い線も消える。
測定器を持った隊員が近づいていった。
『攻撃反応なし。生体反応は安定しています』
「止まった?」
店員が聞いた。
「もう一回、確かめるみたいです。俺も、合図をもらうまでは待ちますね」
真白も左の盾を出したまま、南側に残っている。
俺たちはしばらく、同じ場所で待った。
五分ほどして、別の隊員が排水口の奥へ測定棒を入れた。黒い個体は保護容器に移され、車へ運ばれていく。
一昨日の怪物は砂になったけれど、今回は生きた体が残った。そっちは隊の仕事だ。
『再確認、異常なし。熱も下がったままです』
市の測定担当がこちらを向いた。
「再確認も済みました。三枝さん、熱の回収をお願いします」
ようやく出番だ。
耐熱手袋を引き上げ、防護面を下ろす。寝かせていた回収具を持ち上げた。
銀色の面に、赤い誘導灯が映る。
頭の上でドローンの羽音がした。
店員が自分のスマホを見て、それから俺を見た。
「……やっぱり、そっち側から入ってくるんだ」
「そっち側?」
見せてくれた画面には、戦いの終わった道へ一人で歩き出そうとする俺がいた。
前には倒れた格子。奥には疲れたヒーローたち。
画面の隅には〈清掃班へ引き継ぎ・現場音声なし〉と出ている。
コメントが流れた。
「終わったから入るんですけど」
「うん、分かってる。さっき聞いたから。……でも見てよ、今の入り方」
見せられても、俺だ。
この格好でしか入れないので、どうしようもない。
「いってらっしゃい」
「いってきます。あとはこっちの仕事です」
会社で母さんに言われたとおり、胸の社名を一度カメラに向けてから入った。
両手が道具でふさがっているおかげで、腕だけは組まずに済んだ。
真白とすれ違った。
「このあと、救護車ですよね」
「はい、戻ります。隊長にもそう伝えましたから」
『聞いている。引き継いだら、すぐに戻れ』
無線から即答が来た。
「見逃してくれませんね」
「私の休憩は分単位で決めてくださるんです。でも、自分の欄だけ『あとで』。そこが、どうしても気になって」
『忘れたわけじゃない。休憩の欄は消していないだろう』
また即答だった。
真白が記録板を持ち直す。
「欄はありますね。では隊長、その『あとで』は何分でしょうか」
『……十分』
「十分ですね。いつから、と書けばいいですか?」
今度は少し間が空いた。
『二班長、指揮を頼む。アンカー、今から十分休憩。連絡は二班長へ』
「はい、記録しました。隊長も、ちゃんと休んでくださいね」
真白は左手で時刻を書いた。
隊長の休憩を逃がさない盾は、怪我をしていても使えるらしい。
「じゃあ、真白さんも戻ってください。見積もりの手伝いは……ありがたいですけど、今日はなしで」
救護車へ向かいかけた足が止まる。
「それは、まだ残しておいてください。休んだあとで、できる分は手伝いたいです」
「分かりました。じゃあ、今日は俺の分だけやっておきます。ゆっくり休んでください」
真白が乗り込んだのを見てから、排水口へ向かった。
濡れた石に、熱の筋が残っていた。
さっき飛んできた攻撃とは違う。持ち主から離れ、地面にくっついたまま冷めきれずにいる。
測定担当と場所を確かめ、黄色い缶へつないだ。
弁を開けると、細い筋が回収具へ集まってくる。
石から熱が抜け、湯気が薄くなった。
泥の下に、黒い金属片があった。
丸い縁が、昨日、市へ渡した規格外の封印缶に似ている。
「同じ物でしょうか」
測定担当がかがんだ。
「縁の大きさは近いですね。ただ、番号も見えませんし、これだけでは同じ物とは言えないです」
昨日の缶と同じ物だと決めるには、手掛かりが足りない。
担当者が別の袋を持ってきて、金属片を封じた。俺は残った熱だけを回収する。
最後の一本が缶へ入った。
容量計は上限の三割。弁を閉じ、周りに新しい熱が出ていないことも確かめる。
「終わりました」
あとは缶に管理票を貼って、車へ運べばいい。
俺は記入した紙を、缶の側面へ押しつけた。
ぺろっ。
端が浮いた。
濡れていたらしい。手袋で押さえる。
ぺろっ。
今度は反対側が浮いた。
「……ちょっと待て」
右を押さえれば左が剥がれる。左を押さえれば右が剥がれる。
熱は全部しまったのに、紙一枚がしまらない。
「清掃の人、終わった?」
規制線の外から、店員が声をかけてきた。
「あと少しです」
「何が残ってるの?」
俺は両手で管理票を押さえたまま答えた。
店員がうつむいた。
肩が揺れている。
「乾いた布がありますよ。これで拭いてみますか」
救援隊員が差し出してくれた。
ありがたい。受け取りたい。だが両手を離すと、この紙は俺から逃げる。
「すみません。こっち、押さえててもらえます?」
「ここですね。押さえてますから、どうぞ」
隊員に右側を押さえてもらい、左側を拭く。乾いたほうを貼って、次は右。
最後に二人で端を押しつけ、そっと手を離した。
ついた。
「ありがとうございます……。一人で押さえ続けるところでした」
「いえいえ。これでもう、手を離せますね」
銀の防護面をかぶった男と救援隊員が、缶の前でうなずき合った。
店員はもう、顔を隠していた。
「何人がかり?」
「二人です」
「紙だよね?」
「紙でした」
紙に勝つための人数として正しいのかは、俺にも分からない。
缶を運び終えると、市の担当者が来た。
「今度、回収の実演をお願いできませんか。止まっていて、反応も弱い試料を、こちらで用意します」
「今日の金属片とは別ですか」
「はい。あれは調査に回します。講習用に用意した物で」
「それなら。日程が決まったら、会社に連絡をください」
担当者がメモを取り、俺の胸元を見た。
「会社名、もう少し大きくできます?」
「さっき、カメラには向けたんですけど。あれでも小さかったですか」
「いえ、読めました。ただ、防護面を下ろされた瞬間に、つい名簿を見直してしまいまして……」
市の人まで、顔の印象に引っ張られていた。
会社へ戻ったら、母さんに頼もう。
通りの向こうでは、店主が営業再開の時期を聞いていた。
排水の検査は、まだこれからだという。壊れた格子も残っている。
俺は搬出時刻を書き終え、缶が動かないように留めた。
最後に、管理票の端をもう一度なでる。
今度は剥がれなかった。
講習では、缶を拭いてから貼るところも見せよう。
あそこだけは、できれば一人でやりたい。
今日いちばん手強かった相手は、回収できない紙でした。