そのラスボス、本業は清掃員です。   作:シラヌイ321

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第4話 勇者は迎えに来ただけです

「魔王、来た!」

 

 工場の門をくぐった途端、甲高い声に指をさされた。

 反射的にカサネさんを探す。いた。建物の手前の空き地で、木箱に腰かけている。二本の角の間に、画用紙で作った冠が引っかかっていた。

 その隣で、赤い帽子の男の子がまっすぐ俺を指している。

 

「昨日、黒い鎧になってた人!」

「仕事の道具なんだけどね。今日は、巻尺を取りに来ただけだよ」

 

 説明すると、カサネさんまで重々しく頷いた。

 

「僕も手伝ったよ」

「じゃあ、カサネも魔王の仲間?」

「僕は、石を探してもらった」

 

 子どもたちが顔を見合わせた。どうも、話がかみ合っていない。

 

 荷さばき場の仕事は終わった。帰り道、昨日カサネさんのところに巻尺を忘れたことを思い出して、寄っただけだ。会社に戻れば報告書もある。用事は一分で済むはずだった。

 

「湊さん。これでしょ」

 

 カサネさんが、大きな指で巻尺をつまんで差し出してくれた。受け取って、礼を言って、袋にしまう。

 はい、用事は終わり。

 

「ねえ、どっちが本物の魔王なの?」

 

 赤い帽子の子が、俺とカサネさんを交互に見上げた。カサネさんも、なぜか俺を見た。

 

「二人いても、いいんじゃないかな」

 

 言ってから、しまったと思った。

 子どもの遊びで「どっちも」は、だいたい揉める。

 

     *

 

 子どもは三人いた。魔王を倒しに来た勇者と、魔法使いと、まだ役が決まっていない小さい子。近所に住んでいて、管理人さんの許可をもらって、この空き地でだけ遊んでいいことになっているらしい。工場の中には入らない。武器は丸めた新聞紙で、当てていいのは段ボールの盾まで。

 ルールはしっかりしていた。問題は、配役だった。

 

「じゃあ、こっちが最初の魔王」

 

 勇者が、カサネさんを指す。

 

「倒したら、こっちに変身する」

 

 次に、俺を指した。

 カサネさんが自分の腕を見て、俺の腕を見た。体積で言えば、三分の一くらいになる。

 

「小さくなるんだ」

「最後は小さくなる方が強いんだよ。ゲームだとそうだもん」

 

 魔法使いの子が言い切った。俺も金曜の夜にそういうボスと何回も戦っているので、強くは否定できない。

 

「僕、倒れたら何をするの?」

「復活するまで待ってて」

「復活もするんだ」

 

 思わず聞くと、勇者は当然のように頷いた。

 

「魔王だから」

 

 すると、ずっと黙っていた小さい子が、新聞紙の剣を地面に下げた。

 

「僕も、強い役がいい」

 

 さっきから、二人に役を決められてばかりで、ほとんど口を挟めていなかった子だ。

 

「じゃあ、最後に出てくるのは君にしようか」

「三つ目?」

「うん。俺のあと」

 

 剣が、ぱっと持ち上がった。

 次の瞬間、勇者の眉がぎゅっと寄った。

 

「それ、魔王ばっかり増えてない?」

 

 見回した。カサネさん。俺。嬉しそうに剣を振っている小さい子。

 向こうは二人だった。

 

 なるほど。

 増やせばいいというものではないらしい。

 

「一度に出るのは一人ずつにしよう。待ってる人は応援」

「どっちを?」

 

 カサネさんが聞いた。俺は考えた。

 

「頑張ってる方を」

 

 これも、よくなかった。

 

     *

 

 最初の魔王として、カサネさんが盾を構えて立った。

 勇者は、二歩手前でぴたりと止まった。見上げる。手の中の新聞紙の剣を見る。もう一度見上げる。二メートルを超える灰色の壁に、新聞紙は届きそうにない。

 カサネさんはしばらく待ってから、ゆっくりとしゃがんだ。

 

「これなら、届く?」

 

 剣が段ボールに当たって、ぽすん、と軽い音がした。

 

「うわあ」

 

 地鳴りのような低音だった。

 カサネさんが両手を広げてやられたふりをすると、勇者が二歩さがった。俺も、次の台詞を一瞬忘れた。

 

「……倒れたよ。次、湊さん」

 

 カサネさんは、隣を空けてくれた。倒れたにしては、ずいぶんしっかり立っている。でも、ここで細かいことを言い出したら、たぶん日が暮れる。

 俺は盾を受け取って、一歩前に出た。

 

「では、第二形態です」

「そういう声じゃない!」

 

 即座にダメ出しが来た。

 

「どんな声?」

「もっと、強そうに!」

 

 喉に力を入れかけたところで、後ろから声がした。

 

「湊さん、頑張って」

 

 カサネさんだった。

 どう聞いても、あっちの方が強そうだった。

 

 第一形態が第二形態を応援し、魔法使いが勇者を励ます。俺は盾を少し動かすだけで、次々に飛んでくる魔法の名前を受けていた。「メテオ」の次が「ハイパーメテオ」で、その次が「メテオ二回」だった。

 

 その間、最後の魔王になる小さい子は、地面に座り込んで自分の盾に赤いクレヨンで線を引いていた。斜めに、三本。

 

「それ、白いトラックのやつ?」

 

 カサネさんが、横から覗き込んだ。

 

「荷台の後ろに、三本、斜めについてるの。前に、ここへ来たよ」

「うん。あれ、強そうだったから」

 

 ここへ。

 門の鍵が開きっぱなしになっていた、あの数日のことだろうか。カサネさんの寝床の前に、黒い板が立てかけられていた――

 

「今、よそ見した!」

 

 新聞紙が、盾ではなく俺の肘に当たった。

 

「すみません」

「魔王は謝らない!」

 

 これは、思っていたより難しい仕事だった。トラックのことは、あとでカサネさんに聞こう。頭の隅にメモを貼って、俺は大げさに膝をついた。

 

「真の姿だ!」

 

 小さい魔王が、勢いよく飛び出していく。小さくなる方が強いのだから、順番としては合っている。

 そう思っていると、倒されたはずの俺の肩に、大きな手がそっと触れた。

 

「復活、いつ?」

 

 しまった。そこを決めていなかった。

 勇者たちは、もう第三形態と向き合っている。ここで二人とも戻れば、また魔王が三人になる。

 

「今度は、守る側に回ろうか。向こうも疲れてきたし」

「魔王なのに?」

「仲間になった、ということで」

 

 カサネさんの角の間から画用紙の冠を外して、盾を渡す。カサネさんは首をかしげてから、のしのしと勇者の隣へ移動した。

 

「僕、こっちになった」

「じゃあ、前で守って!」

「うん」

 

 灰色の巨体が、子どもたちの前にどっしりとしゃがんだ。

 あまりに頼もしい壁ができてしまい、第三形態が向こうを覗こうと横へ動いた。勇者たちも横へ動く。カサネさんも律儀に横へ動く。

 

 誰の剣も、誰にも届かなくなった。

 

「守りすぎ!」

 

 小さい魔王が叫んだ。

 カサネさんが困った顔で、俺を振り返る。俺の出した案で、またしても遊びが止まってしまった。

 

     *

 

「何してんの、湊」

 

 門の方から、聞き慣れた声がした。灯也だった。片膝をついている俺を見て、足を止める。

 

「巻尺、取りに来たんじゃなかった?」

「取った。今は、第二形態が終わったところ」

「何の報告だよ」

 

 灯也は、来た道を親指で示した。

 

「おばさんから伝言。牧野さんって人がもうすぐ会社に来るって。湊にも会いたいから戻ってこいってさ。電話、出なかっただろ」

 

 ポケットを探ると、着信が三件あった。盾を持っていて気づかなかった。

 立ち上がろうとすると、勇者が灯也の足元へ駆け寄った。

 

「新しい勇者、来た!」

「いや、迎えに来ただけ」

「迎えに来たんでしょ。捕まってる人を」

 

 小さな指が、俺に向いた。

 いつの間に、捕まったことになったのだろう。

 

「さっきまで魔王だったんだけど」

「魔王にされてたんだよ。だから助けるの」

 

 なるほど、と思ってしまった。役を増やすばかりだった俺より、ずっと上手に話がつながっている。

 灯也が、俺を見る。俺は小さく手を合わせた。

 

「最後の一回だけ、頼めるか」

「迎えに来た相手を、もう一回迎えに行くのかよ」

 

 ぶつぶつ言いながらも、灯也は差し出された新聞紙の剣を受け取った。

 

「じゃあ、終わったら戻るぞ」

「うん」

 

 俺が返事をしたのに、子どもたちまで揃って頷いた。

 

 灯也が盾の横に回って、カサネさんに何か耳打ちする。地鳴りのような声で「分かった」と返事があった。勇者と魔法使いも呼ばれて、四人で頭を寄せ合う。

 俺は第三形態の後ろで、手持ち無沙汰に待った。守ってもらう側なのだから、勝手に動かない方がいい。そう分かっているのに、灯也が剣を構えた瞬間、つい一緒に身構えてしまった。

 

「湊、動くなよ」

「分かってる」

「手、盾に伸びてる」

 

 引っ込めた。

 

 カサネさんが盾を高く上げ、魔法使いが「メテオ三回!」と叫ぶ。小さい魔王がそちらを向いた隙に、勇者が横から走り込んできた。

 

「こっち!」

 

 小さな手に、指をつかまれた。引かれるまま、魔王の後ろから抜け出す。灯也がすかさず間に入り、追いかけてきた新聞紙の剣を自分の剣で受け止めた。

 

「助けた!」

 

 空き地いっぱいに、声が響いた。

 つかまれていた指を、俺も軽く握り返した。

 

「ありがとう。助かった」

 

 勇者は、思いきり胸を張った。

 俺も今度は、謝らなかった。

 

     *

 

 新聞紙の剣を集めて、箱に戻した。カサネさんは画用紙の冠を受け取って、石の隣に置いてもいいかと子どもたちに聞いている。いいよ、と三つの声が重なった。

 

「湊さん! 次も、助けられる人ね!」

 

 門を出る時、勇者が大きく手を振った。俺も振り返す。

 

「……次の役、決まったな」

 

 灯也が隣で笑った。

 会社までの道を並んで歩きながら、俺はさっき頭の隅に貼ったメモを思い出した。

 

「灯也。白いトラックで、荷台の後ろに赤い線が三本、斜めに入ってるやつ。知ってる?」

 

 灯也の足が、ほんの一歩ぶん、遅れた気がした。

 

「……知らない。なんで?」

「子どもが盾に描いてた。カサネさんのとこに来たことがあるらしくて」

「ふうん」

 

 灯也は前を向いたまま、ポケットに両手を突っ込んだ。

 

「それよりお前、牧野さんに会ったら音量の話しとけよ。昨日の配信、近所の犬が全部吠えてたって書き込みあったぞ」

「それは、本当に言わないといけない」

 

 俺は真面目に頷いた。

 灯也はそれきり、会社に着くまで、トラックの話をしなかった。

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