【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
「今日は、怖くない講習にしましょう」
撮影担当の小野寺律は、そう言った。
それから俺を三回撮って、三回とも使うのをやめた。
「一回目から見てもらっていいですか。俺の言い方より、画面を見たほうが早いので」
端末を向けられる。
銀の防護面の、ちょうど目の辺りが光っていた。
「照明、反射してますね」
「そうなんです。目だけ光らせたいわけじゃなかったんですけど。……二回目はこちらです」
回収具を持つ俺が、下から映っていた。
棒の先が画面の外まで伸びている。背景は暗い天井だ。
「下からなら反射しないと思ったんですよ。……何かを倒しに行く人になりましたね」
「ごみを拾いに行くだけなんですけどね」
「そこを伝えたくて、三回目は缶も入れました。見てください」
黄色と青の缶を左右に置いた俺が、真ん中に立っていた。
そんな台詞が付きそうな画面だった。
実際には、どっちの缶を先に説明するか、律に聞いているだけだ。
「……撮る位置、変えてみませんか。俺、立つ場所なら変えられます」
「お願いします。今の位置は、どう頑張っても使えそうにないです」
律が三本目にも、不採用の印を付けた。
配信が始まる前でよかった。
排水口の仕事から二日後。
俺は、市の管理施設にいた。止まった力をどう回収するのか、実際に見せながら説明してほしいと頼まれたのだ。
台の上には、市の測定班が用意した講習用の試料が一つ。少しだけ熱が残っている。
排水口から出た黒い金属片は、調査中なので別の場所に置かれたままだ。
撮影を担当する律は、二十一歳だという。
首から端末、肩には予備の機材。俺より三つ若いのに、荷物は俺より多そうだった。
「そうだ、桜通りのときも俺が撮ってたんです。今日はちゃんとご挨拶できてよかったです」
「ああ、あのときの。男の子がいたとき、カメラを離してくれましたよね。助かりました」
「あ、いえ。今日も、映って嫌だなと思ったら言ってくださいね。配信中でも止めますから」
「ありがとうございます。ただ、防護面は外せないので、そこは何とかお願いします」
「外そうとしたら、俺が止めます。格好のほうは、撮り方で何とかさせてください」
そこは意見が合った。
問題は、防護面を着けると、何をしていても怖くなることだ。
そのために今日は、母さんが表示を作ってくれた。
胸に付ける布には、大きな字で『三枝環境サービス 清掃実演中』と書いてある。
会社を出る前、母さんはこれを俺に当て、二歩下がって眺めていた。
「うん、この字なら離れても読める。着けてみて、どう?」
「読めるのはいいけど、俺からは足元が見えにくい」
「あら、それじゃだめだ。もうちょっと下げるから、見えるか教えて」
留め具の位置を直して、もう一度離れる。
「今度は大丈夫? よし、会社名もよく見える」
「俺は?」
「ちゃんと下にいる」
俺を土台みたいに言わないでほしい。
律にも表示を見せると、文字を読んでうなずいた。
「これなら、どこの人か分かります」
「母さんが直してくれてさ。これで少しは……」
「所属のはっきりしたラスボスです」
会社名だけでは足りなかった。
律は照明を動かし、カメラの高さを変えた。
正面からだと防護面が光る。横からだと回収具が大きく見える。缶と一緒に撮れば、さっきの二つの力を選ぶ男に戻る。
「手元だけならどうかな。弁を閉めるところとか」
俺が提案すると、律はカメラを寄せた。
缶の弁を閉め、封印具を留めてみる。
かちん。
管理番号を端末で読んでもらうと、短い音が鳴った。
「今のなら、いける?」
「何かを封印しました」
「缶のふたを閉めただけで?」
「音がいいんですよね……。番号を読む音まで入ると、つい見せたくなるんです」
音まで俺の敵らしい。
最後に律は、上のほうに固定したカメラへ切り替えた。
俺が小さくなり、実演台も、計器を見る市の人も、床の立入線も入った。黄色と青の缶の違いまで見える。
「道具も、作業している場所も入りますね。これでいきましょう」
「ようやく仕事してる人になったな」
「はい。……できるだけ、この大きさを保ちますね」
人に小さく映るよう頼んだのは、初めてだった。
開始の音が鳴った。
律が端末をこちらへ向ける。配信中の映像と、その横を流れるコメントが見えた。
まず、市の担当者が台の上の試料を示す。
「今日はこちらを使います。発生源から離れていて、熱を出す力も止まっています。残っている反応は弱く、熱系だけだと確認しました」
俺も測定結果を見てから、台へ近づいた。
「三枝環境サービスの三枝です。戦ったあとに残る、危ない力を片づけています」
胸の布を示す。
字は、ちゃんとカメラへ向いていた。
「攻撃してくるものは取れません。生き物も無理です。今日みたいに、使われなくなって残っている力を集めます」
コメントが流れる。
よし。母さんの仕事は伝わった。
「ただ、何でも同じ缶に入れていいわけではないので」
律が黄色と青の缶を映した。
どちらにも『市有講習缶』の表示がある。今日の実演用に借りた物だ。
「この黄色は熱い力。青は、物を浮かせる力を入れます。混ぜると中で暴れるので、別々にします」
「俺が二つの力を使う話ではないです」
律が青い缶を画面の中央へ寄せる。
「はい、今はこちらの容器を見てください。先生のほうじゃなくて。色と表示を一緒に映しますね」
配信に呼んでおいて、俺を見るなと言い始めた。
でも、気持ちは分かる。
「今日は熱なので、黄色を使います。青は違いを見てもらうために置いているだけです」
青の弁は閉じたままにする。
黄色の容量計を見て、まだ十分に入ると確かめた。
回収具を構え、市の測定担当を見る。
計器を確かめた担当者が、うなずいた。
弁を開ける。
台の上に残っていた淡い光が、細い筋になって伸びてきた。回収具を通って、黄色い缶へ流れ込む。
台から最後の光が消えたところで、回収具を離した。
容量はまだ上限より下だ。弁を閉じ、封印具を留める。
番号を記録と照らし合わせ、市の担当者にも見てもらった。
「これで回収できました」
律のカメラは、俺の手と計器を一緒に映していた。
今度は、弁を閉める音がしても何の作業か分かる。
質問を待つ間、律が小声で聞いてきた。
「あとで出す記録版、ここを詰めると見やすそうです。合図まで待ってる五秒は切れますね」
「あの五秒、残してもらえる? 切ると、確かめる前に始めたみたいに見えそうで」
律が撮った映像を見直した。
俺が市の人を見る。市の人が計器を見る。それから、うなずく。
「……あ、本当だ。合図まで映ってる。ここは残します。待ってる理由ごと見てもらわないと」
編集のメモから、一行消した。
五秒ぼんやりしていたわけではないと、分かってもらえた。
「質問が来ました。黄色がいっぱいなら、空いてる青に入れてもいいですか?」
「青には入れられません。空いていても、浮遊系を入れるための缶なんです」
律が二本を順に映した。
「余っているから使える、とはならないんですね」
「はい。黄色が上限になる前に止めて、ふたを閉めます。そのあと、点検の済んだ空の黄色へ交換します」
少し離れた所に置いてあった、交換用の黄色い缶を示した。
「満員のバスに無理に乗らず、同じ行き先の次を待つ感じですね」
律が言うと、コメントが増えた。
「増援は、空っぽです」
言ってから、訂正になっていない気がした。
律が用意していたバスの絵を引っ込める。
「バスの絵まで用意したんですけどね……。例えはやめましょう。そのまま説明します」
「うん。俺も今ので、余計に分からなくした気がする」
律は閉じた弁を映し、説明用の文を読んだ。
「持ち主から離れた力を、決まった器に収めます。封をして、誰が収めたか記録を残します」
「勝手に開けないでくださいね。処理施設へ送るための作業記録です」
律が原稿を伏せた。
俺も、何も言えなかった。
そのまま説明すると、そのまま封印の儀式になる。
「一度、容器だけにしてみたいです。すみません、少し画面の外へお願いできますか」
「俺が?」
「はい。すぐ戻ってもらいますから、ちょっと試させてください」
台から一歩離れる。
端末の中には、缶と計器と、市の担当者の手だけが残った。
黄色を示し、青を示す。
担当者が、種類ごとに分ける理由をもう一度説明する。
「……すごいな」
「どこですか?」
「急に普通の講習になった」
律は端末を見て、それから画面の外にいる俺を見た。
「先生さえ映らなければ」
「呼んだ人に言うことか、それ」
律の口元が、一瞬ゆがんだ。
まだ配信中なので、笑うのを我慢したらしい。
市の担当者が、試料台に危ない力が残っていないことを確認した。
俺は元の位置へ戻る。律も、最初の上からの引き画へ戻した。
銀の防護面、回収具、胸の会社名。
左右に黄色と青の缶。その横には計器と、それを確認する市の人。
閉じた弁も、実演台も、全部入っている。
「今日は、種類を分けて回収するところを見てもらいました。道端で変な物が光っていても、触らず、市に連絡してください」
俺が締めると、律が最後のコメントを指で選んだ。
「後半は教えていません」
律が終了ボタンの上で指を止めた。
「説明は伝わりましたね」
「うん、そこはよかった」
「会社も分かりましたね」
「うん」
「仕事も分かったうえで、こう言われてます」
「じゃあ、もう俺の顔だろ」
防護面の顔だ。
俺の素顔にまで話を広げないでほしい。
「講習は成功です。お疲れさまでした」
律がそう言って、配信を終えた。
終了音が鳴ってから、台に手をついて笑い始める。
「何で最後、あれを大きくしたんだ」
「前半、ちゃんと分かってくれたので。そこを最後に見せたかったんですよ。……後半も、よく見えましたね」
「後半まで大きくしなくてよかっただろ」
まだ笑っている。
怖くない講習にはなった。少なくとも、撮影担当は楽しそうだった。
律は撮った映像を開き、記録版にも待つ五秒を残した。
今度は冒頭の三本みたいに、消されずに済みそうだ。
市の担当者の端末が鳴った。
律はカメラのランプを確かめて、電源を切る。仕事に戻るのは早かった。
「桜通りの商店からです。今の配信を見て、確認をお願いしたいと」
戦いのあと、力の回収は一度入っている。
けれど、普通の瓦礫や私物はまだ残り、建物の確認も終わっていない。片づけを進める前に、危ない力が取り残されていないか見てほしいそうだ。
「営業できるかどうかは、俺には決められませんけど」
「そちらは市と建物の専門担当が見ます。三枝さんには、残った力がないかを」
「分かりました。見てから、できることをお伝えします」
講習で、ちゃんと仕事が伝わった人もいたらしい。
ちょっと安心した。
回収済みの黄色を返却台に置き、青と交換用の黄色も市へ返した。
缶を借りっぱなしにしないで、次の相談の受付番号を控える。
「次も撮ります?」
律が聞いた。
「まず、店の人に聞いてからだな」
「はい。お店の人が困らない形で撮りたいですしね」
機材をしまいながら、律が付け足した。
「それと、低い所からは撮りません。そこは今日で、よく分かりました」
そこだけは、もう相談する気がないらしい。
俺も、反対する気はなかった。
会社名を大きくすると、ラスボスの所属先が分かります。