【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

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行き先は二か所。使える缶は一本です。


第7話 満杯です。ここから先は待ってください

 青い空缶が、一本しかない。

 今日、見に行く現場は二つある。

 

 食堂で昼を食べた翌朝。会社の器材置場で、俺は棚と点検票を見比べていた。

 昨日までに使った青い缶は封印済みで、保管区画から処理施設へ送る専用トラックを待っている。追加の空缶は、まだ点検が済んでいない。

 今すぐ車に積めるのは、目の前の一本だけだった。

 

「湊、黄色は数に入れないよ。こっち見ても増えないからね」

 

 母さんに言われ、隣の棚から目を戻す。

 

「見ただけだって」

「そう? 指まで動いてたけど」

 

 そっと手を下ろした。

 数えたところで、浮遊系を入れられる缶が増えるわけじゃない。

 

 弁と留め具を確かめ、一本を車に固定する。

 母さんが鍵を渡してきた。

 

「まず見てきて。二つとも今日終わるとは、まだ言わないでね。私も手配の見通しを聞いておく」

「分かった。俺も量を見てから電話する」

「うん、こっちで受ける。気をつけていってらっしゃい」

 

 最初に向かったのは、桜通りの資材置場だった。

 昨日の食堂とは別の、まだ人を入れていない区画だ。

 折れた荷台の上で、木片や板が少し浮いていた。下には、途中でちぎれた紫の筋が見える。

 

 市の担当に発生源の停止と生命反応がないことを聞き、計器も確かめた。木片を浮かせているのは、誰の制御も受けていない残りの力だった。

 

 隣の戸口で、店主が案内を書いていた。

 俺に気づくと、ペンを止める。

 

「あの、今日には荷物を出せそうですか。案内を書いているんですが」

「先に量を見せてください。もう一か所にも行って、そのあとお返事します」

 

 ここだけでも、かなりある。

 俺は車から缶を下ろさず、次の搬入場へ向かった。

 

 そちらも市の確認を聞き、荷物の下をのぞいた。途中で切れた紫の筋がある。

 熱いものなら黄色に入れられたが、これでは二件とも青だ。

 一本で足りる量じゃない。

 

 荷物の持ち主が、車の荷台を空けて待っていた。

 早く積んで出たいだろう。俺も、できるならそうしたい。

 

「お待たせしてすみません。交換の缶を用意できるか、会社に確かめますね」

 

 少し離れて母さんへ電話した。

 

「両方とも青だった。一本じゃ足りない。まず一件目から、入る分だけでも進めたいんだけど」

『うん。こっちも聞いたんだけど、追加の点検が今日中に終わるかは、まだ分からないって』

「じゃあ、ほかから借りられないかな。そっち、当たってもらえる?」

『分かった、市と他の会社へ聞いてみるよ。どちらの人も昼までを希望してるけど、そこは約束してないからね』

「ありがとう。途中で止まることも、俺から先に話すよ」

 

 資材置場へ戻ると、戸に案内が貼られていた。

 店を開けるお知らせではなく、荷物を引き取るための問い合わせ先だった。

 

「今日は、今ある缶に入るところまで回収します。全部は取りきれません。続きは交換の缶を待つことになります」

「そうですか……。それなら、出せる物だけでも教えてもらえますか」

「市の方と、一緒に確かめます」

 

 店主は持っていた鍵をしまった。

 俺は回収具を持ち、荷台の前にしゃがんだ。

 

 折れた荷台と浮いた板の下へ、支えを入れてもらう。

 回収すれば重さが戻る。支えを確かめ、測定担当の合図を待って弁を開けた。

 

 木片の下から、紫の筋が伸びてくる。

 缶へ収まると、木片は、こつ、と荷台へ落ちた。

 次は隣の板。その隣の、小さな束。

 

 缶の目盛りが上がっていく。

 空いた荷台の向こうで、店主が箱を指した。

 

「できれば、あの箱を先に出したいんです。あそこまで、どうでしょう」

 

 市の担当が場所を確かめ、印を付けている。

 俺は箱へ続くところを見て、回収具を止めた。

 

 上限までは、まだ少し残っている。

 でも、次の塊は入らない。

 

「ここで止めます」

 

 弁を閉じ、封印具を留めた。

 店主が指していた箱は、まだ奥に残っている。

 

 缶の番号を記録し、どこまで取れたかを市の担当に伝えた。

 店主が、戸の案内を押さえながら聞いてくる。

 

「続きは何時になりますか」

 

 母さんからの返事を開く。

 交換分は、まだ見つかっていなかった。

 もう一件の搬入場には、手も付けていない。

 

「まだ時間をお約束できません。今日の四時に、手配がどうなったか、俺から電話します」

「四時ですね。分かりました、そこまで待てば様子を聞けるんですね」

「はい。間に合うか分からないまま、ここで待っていただくのも申し訳ないので」

 

 店主はうなずき、案内の横に『四時』と書いた。

 俺も端末に、電話の予定を入れた。

 

 搬入場の人にも、今日はまだ回収できていないことと、四時に連絡することを伝えた。

 会社に戻り、封印した缶を保管の担当へ渡す。番号と中身を一緒に確かめてから、手袋を外した。

 

 手を洗って事務所へ入ると、もう昼を回っていた。

 母さんの机には二件の書類が並び、湯飲みは空になっている。

 

「缶の返事、来た?」

「まだ待ってるところ。来たら教えるから、先にご飯にしよう。私もおなかすいちゃった」

 

 弁当を開けて、二口食べた。

 母さんの手元に、市の器材窓口と他の会社、それから運送会社の連絡先が見えた。

 

「食べたら窓口に行ってこようかな。貸してもらえるなら、そのまま受け取れるし」

「気になるのは分かるけど、まだ貸せるか分かってないよ」

「でも、受け取る場所くらい先に見ておけるだろ。ここで待ってるだけよりはさ」

 

 母さんは俺を見て、湯飲みを差し出した。

 

「じゃあ、まずこれにお茶を入れてくれる? 私もひと息つきたい」

 

 お湯を足している間に、電話が鳴った。

 母さんが話し始めたので、俺は器材置場へ台車を取りに行った。

 缶が用意できたら、すぐ出られるようにしておこう。

 

 車の鍵。荷締めの帯。書類を挟む板。

 台車に載せ、事務所の端へ寄せたところで電話が終わった。

 

「市の貸出分は、全部ほかの現場に出てるって。追加分は向こうで確認してくれる」

「そっか。じゃあ、窓口へ行ってもしょうがないな」

 

 板を机に戻す。

 次の電話が鳴った。

 

「ああ、ありがとうございます。助かります。では、こちらでまとめて受けますね」

 

 母さんがメモを取り、俺に見せた。

 

「他の会社も、今日は予備がない。明日の朝なら、点検が済んだ交換分をまとめて送れそうだって。連絡は私にくれる」

「まとめて送ってくれるなら、探しに回らなくていいのか。ありがたいな」

 

 帯を棚へ戻した。

 まだ、運送会社が残っている。

 俺は台車に地図を広げた。

 

「車をどこに寄せるか、聞いてこようか。受取口、いくつかあっただろ」

「私が今聞くから、ちょっと待って。その受取口の番号、教えてくれる?」

 

 母さんが電話をかけた。

 地図で指した番号を、そのまま電話の向こうへ伝えている。

 使った缶は、車が引き取りに来てくれる。交換の空缶についても、ここへ連絡をくれる。

 

 地図を押さえていた指を離した。

 

「……俺、出ていかないほうがいい?」

「うん、ここにいてくれると助かる。鍵、返して」

 

 鍵を渡す。

 台車には、地図だけが残った。

 

「これは?」

「畳んで」

 

 畳んだ。

 棚へ戻した。

 

 ……全部なくなった。

 

 母さんが、隣の椅子を引いた。

 

「湊、こっちに来て。ここからは手伝ってほしいことがあるんだ」

 

 ようやく出番が来たらしい。

 俺が台車を押して近づくと、母さんは真ん中に鉛筆を一本置いた。

 

 広い荷台に、鉛筆が一本。

 俺は両手で持ち手を握ったまま、その細さを見た。

 

「これ、運ぶの?」

「書くの」

 

 片手を離し、つまみ上げる。

 指二本で済んだ。

 

「俺、鉛筆一本のために

台車を取りに行ったの?」

 

「まだ消しゴムもある」

「二便目は出さないぞ」

 

 鉛筆を机に置き、台車を返しに行った。

 今度は手ぶらで戻って、椅子に座る。

 母さんが二件の書類を寄せてきた。

 

「現場を見たのは湊でしょ。私、この書類だけだと箱の場所もよく分からなくて。四時の電話で聞かれそうなこと、今のうちにまとめてくれる?」

「……そうか。それは俺じゃないと分からないな。先に書いとく」

 

 資材置場で、店主が指していた箱の位置を書いた。

 取れた場所。まだ力が残っている場所。市の担当へ伝えたこと。

 搬入場のほうには、まだ回収していない、と大きく書く。

 

 母さんが俺の湯飲みにもお茶を足し、自分の弁当を開けた。

 俺も残りを食べた。もう、どこかへ走っていく用事はなかった。

 

 四時。端末が鳴った。

 予定の通知を止め、まず資材置場へかける。

 店主はすぐに出てくれた。

 

「三枝です。交換の缶は、明日の朝に届く見込みです。届いた物を点検してから、何時に始められるかお電話します」

『あの箱は、どうでしょう』

 

 鉛筆で書いたところへ指を置く。

 

「場所は市の担当へ伝えてあります。持ち出せるかは、そちらからご案内します。俺のほうでは、まだ力が残っているところを続けて回収します」

『分かりました。じゃあ、朝に』

「はい。こちらからかけます」

 

 搬入場にも電話した。

 明朝の缶の見込みと、そちらは今日まだ回収できていないことを、もう一度伝えた。

 

 二件とも切り終えると、母さんが聞いた。

 

「さっきまとめたので、答えられた? 鉛筆、役に立ったかな」

「立った。地図より、こっち持っててよかった。箱のことも、迷わず答えられたし」

 

 答えた項目に線を引いた。

 さっきまで行き先を増やしていた手で、今度は用事を減らしていく。

 

 律から連絡が来たのは、そのあとだった。

 市が出した作業案内を見たらしい。規制は続くことと、次の案内は翌朝になることが書かれていた。

 その案内を紹介した、短いまとめ記事も送られてくる。

 

【清掃員続報】次の出動は、電話が先

 

『案内、見ました。いい画が撮れそうでも先走らないように、俺もカメラを待機させます』

『まだ撮る予定、入ってないぞ』

『はい。だから待機です』

 

 分かっているなら、いいか。

 俺は端末を充電台へ置いた。

 

 母さんの前には車の鍵と、明日の受取票が並んでいた。

 

「缶、届いたら一緒に見よう。俺も、使えるのを確かめてから電話したい」

「助かるけど、朝は早いよ。起きられる?」

「起きる。点検して、現場へ電話する」

 

 五時になり、俺は空いた弁当箱を片づけた。

 母さんも書類を閉じ、鍵をしまう。

 

「今日は、もう行き先を増やさないでよ」

「家、一か所だけ」

「そこは削らなくていいからね」

 

 鞄を持って立ち上がった。

 帰りは台車もいらない。




消しゴムは、手で運びました。
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