【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
青い空缶が三本、会社に届いた。
昨日は一本しかなくて、二つの現場を回っても仕事が残った。今日は続きができる。
荷締めの帯を取ると、母さんが受取票をひらひらさせた。
「湊、積むのはちょっと待って。先に番号を読んでくれる? 私、こっちの票を見るから」
「そうだった。三本そろったのを見たら、早く持っていきたくなってさ」
「うん、待ってもらってるもんね。一本ずつ確かめよう」
一本ずつ番号を読み、母さんの持つ会社ごとの票と照らし合わせる。点検済みの浮遊系の空缶だ。弁と接続口も確かめ、留め具を閉じた。かちり、と鳴る。
「昨日使った分は、もう引取りが来た?」
「まだ。保管区画から別便で出すよ。封をした分は、そっちの担当に任せておいて」
「分かった。じゃあ、こっちを積む」
「お願い。今日の分も、使ったのと余ったのが分かるようにして帰してね。借り物だから」
車に固定した缶の間へ手を入れ、帯の張りを確かめた。
母さんが端末を持ち上げる。
「現場への電話、私からしようか?」
「俺がかけるよ。昨日、朝に連絡するって言ったし、今日は回収に入れるって伝えたい」
「そっか。じゃあお願い。私は返す便を確認しておくね」
資材置場には九時に。搬入場には、その回収が済んでから向かう。点検が終わったことと合わせて、二件へ電話した。
出せる荷物と通れる場所は、市の担当から案内してもらう。
運転席へ乗り込むと、母さんが窓の外から声をかけた。
「二件分あるけど、慌てないでね。帰ってくるところまでが仕事だから」
「遠足みたいだな」
「お弁当は持った?」
助手席の鞄をたたいて見せた。
だんだん本当に遠足の確認になってきた。
九時の桜通りには、俺より先に二台の作業車が来ていた。
昨日の資材置場の前で、支持担当が架台をたたく。低い金属音のあと、市の担当と計器を確かめた。
発生源は停止したまま。生命反応もなく、残った筋は持ち主から離れている。
「板を動かすのは、回収が済んでからですね」
「はい。下から支えておいてもらえますか。俺が先に抜きます」
運搬の一人が荷台の側板を下ろし、もう一人が台車を寄せた。俺は一本目の青い缶につなぐ。
浮いた板の下へ回収具を入れると、紫の細い筋が弧を描いた。昨日途中で止めた、その続きだ。
筋が缶へ収まり、板が架台へ載る。
どん、と一度。
支持担当が手を止め、測定担当が計器を見直した。俺も周囲に筋が残っていないか確かめる。
板は浮かなくなった。折れた荷台は、折れたままだ。
「ここは、これで取りきれました」
弁を閉じ、一本目を封印して番号を記録した。店主が戸の鍵を持って近づく。
「ありがとうございます。あの箱も、これで出せますか」
「通り道を見ますので、もう少しだけお待ちください。箱の場所も教えていただけますか」
市の担当に聞かれ、店主が戸の奥を指した。
運搬の二人は板を積む場所を確かめ、建物点検の人は戸の上のひびへライトを向けている。
俺も回収具を引き、通路を空けた。
律から端末に連絡が来ていた。
『今日は市の作業記録を撮ります。回収のあとも残って、荷物が出ていくところまで撮りたいんです』
『荷物の案内は、市の人に確かめてから入れてくれ。俺が終わっても、まだ通れない所があるから』
『はい。皆さんの仕事がどうつながるか、そこも映したいので』
搬入場では、荷物の持ち主が車の荷台を閉めていた。
金網の表示が、昨日と同じように風で鳴る。
「先にこっちを積めませんか。少しでも届けられれば、向こうも作業を始められるんです」
示されたのは、端にまとめてある資材だった。
下へ潜った浮遊系の筋が、離れた木枠までつながっている。市の停止確認を聞き、両方の位置を指した。
「ここを抜くと、あちらの木枠も下ります。先に支えを入れてもらうので、少し待ってください」
支持担当が台を運ぶ。持ち主は荷締めの帯を持ち直し、車の脇へ戻った。
二本目の青い空缶を接続した。封印した一本目とは離してある。一筋ずつ寄せ、目盛りを確かめながら木枠の下へ回収具を移す。
最後の木枠が支持台へ載ると、弁を閉じて封印し、番号を記録した。
「残っていた力は、これで回収できました」
「よかった。車、入れても大丈夫ですか」
市の担当が搬入路を見る。荷物は下りたが、舗装は割れ、曲がった金具が突き出している。
「車は、まだ入れられません。まず、人が荷物を運べる道を確かめます」
持ち主は車の鍵を握ったまま、荷物へ目を戻した。
俺も何かできないかと道を見たが、回収具で直せるへこみじゃない。
「外で積むのはどうでしょう。台車なら、こっちから通れそうです」
運搬担当が台車を道路側へ向けた。専門担当と通れる幅を確かめてから、持ち主を呼ぶ。
「一度には出せないんですが、どれを先に届けたいですか」
「この木枠をお願いします。奥の束より、こっちを待ってるんです」
俺は回収具を片づけ、選ばれた木枠の位置を伝えた。
車は外で待ってもらい、荷物を台車で運ぶことになった。
資材置場へ戻った頃、昼の鐘が鳴った。
搬入場では、まだ荷物を出せていない。こちらの戸も閉じていた。
俺の回収は二件とも終わったのに、待っていた人たちはまだ帰れない。
昨日の箱が気になって、立入線の外から戸口を見た。
板の山がなくなり、細い通路ができている。市と専門担当が歩いて確かめ、店主を呼んだ。
「この通路は使えます。荷物の引取りも始めてください。店内の営業は、まだ点検が残っていますので」
店主が戸を開けた。金具が長くきしみ、奥から木とほこりの匂いが出てくる。
昨日取り出せなかった箱が、台車で戸口を通った。
店主は箱へ手を載せ、受取りに来た人へ中を見せた。
ようやく渡せた。
俺は立入線の端を持ち、市の担当が示した区間だけを外した。まだ入れない所には、結び直して残す。
搬入場からも、荷物を外の車へ引き渡せたと連絡が来た。車両の進入制限は続く。
俺は母さんへ二件の回収と引渡しが終わったこと、それぞれに残る規制を伝えた。
「使った二本は封印してある。あと一本は空のまま。これから引取りへ渡すよ」
『うん、受取先にも伝えたよ。番号を一緒に見てもらってね。それが済んだら戻っておいで』
貸出元ごとに番号を照合し、封印した二本と未使用の一本を指定の便へ引き渡した。
空になった固定枠を押すと、帯が小さく鳴った。
律がカメラを下ろして近づいてきた。
「荷物を渡すところまで撮れました。皆さんにも許可をいただいてます。最後に、帰るところも撮らせてもらえませんか?」
「いいけど、作業中の人を呼ぶのはなしな」
「はい、今日の担当が終わった方だけです。市の方にも確認しました。皆さんの背中で終わると、仕事が済んだ感じが出ると思って」
運搬の二人が手袋をしまい、支持担当が道具箱を閉めた。建物点検の人も、報告の電話を終えたところだった。
俺は洗った手をタオルで拭いた。石けんの匂いが、防護服の袖口まで来る。
「じゃあ、短く頼む。俺もそろそろ帰りたいから」
「はい。普通に帰ってもらえれば大丈夫です」
俺は四人へ頭を下げた。
「今日は助かりました。お先にどうぞ」
運搬の一人が、連れを手で示した。
「こっちは二人で道具をまとめてから行くので。三枝さん、お先に帰ってください」
支持担当が道具箱を持ち上げる。
「私はこれを車に載せてからなんで、どうぞ」
点検の人は腰の端末をしまった。
「私も道具を返しに寄るので。ここでお待たせするのも悪いですし」
律のカメラの前には、誰の背中もなかった。
「いや、俺は皆さんを見送ってからで……」
「それだと、私がこれを載せるまで待たせちゃいますよ」
支持担当が道具箱を抱え直した。運搬の二人も道の脇へよけ、俺の前を空けてくれる。
帰ってもらおうとして、かえって引き止めていたらしい。
「じゃあ、すみません。俺がお先に」
車へ向かい、角で振り返って手を上げた。
「お疲れさまでした」
四人が手を上げた。
角を曲がると、足音も四人分、後ろから付いてきた。
「あれ。皆さんも、こっちですか」
「ええ、駐車場へ。三枝さんの車も、あそこですよね?」
そうだった。
搬出の作業車は先に出たが、人と器材の車は、市が用意した同じ駐車場にある。
俺を先頭に、全員で歩いた。
駐車場の入口で、もう一度頭を下げる。
「では、ここで。お気をつけて」
「三枝さんも。ありがとうございました」
俺は奥へ進んだ。
隣の枠へ、運搬の二人が入った。
支持担当が、その隣で道具箱を下ろした。
点検の人が、俺の車の向こう側で鍵を開けた。
がちゃ。がちゃ。がちゃ。
別れの挨拶は、もう三回した。
まだ全員、普通に話せる距離にいる。
「律、もう撮れた? 俺、これ以上どこで別れればいいんだ」
カメラを持った律が、列の最後尾から顔を出した。
「背中は撮れました。ただ、見送る場面のつもりが、三枝さんが皆さんを連れて帰る映像に……」
四人が俺を見た。
俺はタオルを畳み、ポケットへ押し込んだ。
「じゃあ、ここで解散にしましょうか」
点検の人が言った。
全員が一斉にドアを開けた。
律だけが取り残された。
「待ってください、俺もここに車があります。カメラだけしまわせてください!」
俺はドアに手をかけたまま、律へ返した。
「先生、最後までいるんですね」
「先生じゃないです。もう、皆さん帰っていいですから!」
カメラを切った律が、俺の車を指した。
「次からは、最初に帰る人を決めておきます」
「俺は最初から帰る人だったんだけどな」
会社へ戻り、器材置場で防護面を洗っていた。
水が銀色の縁をたたく。向きを変えたところで、端末が鳴った。
市が出した桜通りの案内だ。荷物を引き取れる場所と、まだ通れない場所が記されている。律が許可を得て撮った作業記録も、同じページに付いていた。
映像の最後では、五人が同じ方向へ歩いていた。
掲示板にも、この作業記録へのリンクが貼られている。
801:名無しの視聴者 ID:k8F2
市の案内に動画もついてた
最後、五人でぞろぞろ帰ってて草
802:名無しの視聴者 ID:c2M9
ラスボスと四天王の帰り道じゃん
803:名無しの視聴者 ID:n4Q7
>>802
四天王、徒歩なんだな
律からの私信も届いている。
『帰るところまで撮れました。最後、思っていたより長くなりましたけど』
『会社まで付いてこなくてよかったよ』
『俺も帰りたくなったので、駐車場で終わりにしました』
食堂の店主からは、奥の席の修理が済んだと連絡が来ていた。真白に伝えると、少し置いて返事が届く。
『もう直ったんですね。あの食堂でご飯、楽しみにしてます。でも、右肩と脇腹はまだ休ませないと。外に出られる日が決まったら、私から連絡してもいいですか?』
『もちろんです。席のことは店に聞いてあるので、日にちはそのあとで。俺も、ゆっくり食べに行きたいです』
『よかった。できれば、窓の近くがいいです。今度行ったら、通りも見てみたくて』
窓の席か。店へ相談するときに聞いてみよう。
画面を閉じ、防護面の内側へタオルを当てた。
母さんが事務所から顔を出す。
「おかえり。今日はどうだった?」
「最後、みんなを帰そうとしたら、俺が駐車場まで引率してた」
「なにそれ。あとで聞かせて。さっき、市から電話があってね」
母さんは俺の洗った防護面を受け取り、乾燥棚へ掛けた。
「工場で引き取った、あの規格外の缶のことなんだけど」
俺は蛇口を閉じた。最後の水滴が、流しの底を打った。
「中を調べたの?」
「番号を照合してたんだって。そしたら、別の保管記録にも同じ番号があったそうなの」
「記録が二重になってた?」
「私もそう聞いたんだけど、現物を確かめたら、本当に二本あったって」
母さんが端末を俺に向けた。
「それで、引き取った日の写真をもう一度ほしいそうよ。湊、触る前のも撮ってたよね?」
「ある。ちょっと待って」
工場で缶を見つけたときの写真を開き、側面を拡大した。
今朝の三本とは別の、あの日の番号だ。
「これだ。見つけた場所が分かる写真も、一緒に送ろうか」
「うん、選んでおいてくれる? 私は送付先を確かめるから」
写真を選び、母さんに端末の画面を見せた。
今日の三本は、全部引き渡した。
やっと車が空になったのに、明日もまた、缶の番号を見ることになりそうだった。