そのラスボス、本業は清掃員です。   作:シラヌイ321

8 / 13
第7話 先生だけ、画面の外へお願いします

「湊さん。もう一回しゃがんでもらえます?」

「はい」

「そのまま、こっちを見てください」

 

 雑巾を持ったまま顔を上げると、カメラの後ろで律さんが首をかしげた。

 

「……やっぱり、こっち見ない方がいいですね」

 

 顔の向きを戻した。顔に、何か問題があったのだろうか。

 

 荷さばき場から戻った午後、会社の玄関で仕事紹介の撮影をしていた。昨日、律さんに現場へ同行してもらったので、今日は足りない説明の部分を撮る。そういう段取りだった。

 律さんが、カメラの画面をこちらに向けた。

 

「これだと、汚れが見えないんです」

 

 画面の真ん中に、俺の膝があった。その上に、床を見下ろす俺の真剣な顔。雑巾は、画面の端にかろうじて映っている。

 

「すみません。邪魔でしたね」

「いえ、立ってもらうと今度は床が遠くなるので」

 

 立ちかけた腰を下ろした。律さんも、俺に合わせてしゃがむ。

 

「ここから撮ったら、どうですか」

 

 俺は脇へずれて、床の汚れを指した。律さんがそこにカメラを据える。俺は手だけを伸ばして、汚れを拭いた。

 

「これなら見えますか」

「手は見えます。……顔が、ものすごく近いです」

 

 画面を確認しようとして、俺までカメラを覗き込んでいた。

 

     *

 

「じゃあ、最初の挨拶だけ別に撮りましょう」

 

 律さんが三脚を伸ばした。ようやく立ってもいいらしい。

 

「今日は、僕が掃除を教わる形にしますね。湊さんは先生役で」

「教えられるほどじゃないですけど」

「大丈夫です。僕、さっき玄関の砂をいきなり雑巾で拭こうとして止められたので。生徒としての資格はあります」

 

 マットに残っていた砂を、拭く前に取っておきましょう、と言っただけだ。

 

 録画が始まった。カメラに向かって頭を下げ、会社名と名前を言う。普段の建物の清掃と、怪人残留物の回収について、短く話した。

 

「お部屋の片づけも、ご相談ください」

 

 そこで律さんが、片手を上げた。

 

「すみません。後ろ、何が入ってます?」

「道具の棚です」

「一回、見てもらっていいですか」

 

 画面の中の俺は、両肩から長い柄を生やしていた。ほうきとモップだった。右の耳の横からは回収缶、左の脇からは巻いたホース。

 悪の組織の、量産型の何かみたいだった。

 

「……棚、閉めます」

 

 扉を閉めかけたところで、棚の下の段にしゃがんでいた母が顔を上げた。

 

「今、私までしまわなかった?」

「すみません」

 

 扉を開け直すと、母が書類を抱えて出てきた。律さんがカメラを下ろして、口元を押さえていた。

 

「今のは、使わないでください」

「使いません。仕事紹介なので」

 

 挨拶を撮り直して、今度は手元の撮影に戻った。マットをめくって、裏の砂を見せようと持ち上げる。砂がこぼれそうになって、慌てて床に戻した。

 

「持ち上げる前に、下に新聞を敷いた方がいいですね」

「今の説明、自然でいいです」

「今、本当に危なかったので」

 

 新聞紙を広げるところから撮り直した。今度はマットの裏も、集めた砂も、ちり取りもちゃんと映った。俺が仕上がりを確認しようと立ち上がったところで、律さんが言った。

 

「先生だけ、画面の外へお願いします」

「はい」

 

 ほうきを持って、画面の外へ出た。

 

「ほうきは残して!」

 

 戻した。

 画面の端から、俺の腕だけが伸びている。

 

「いいです。そのまま、今の説明を」

「三枝環境サービスの――」

「そこからじゃなくて大丈夫です」

 

     *

 

 夕方には、使える映像が揃った。律さんが事務所の机にパソコンを置いて、昨日の荷さばき場の分と並べていく。

 広告の確認がてら様子を見に来た灯也も、母の淹れたお茶を片手に、俺の後ろから画面を覗いていた。

 

 清掃前の荷さばき場。床を拭く手元。台車を通して、幅を確かめているところ。

 

「あれ。昨日は、こんなに普通なのに」

 

 律さんが首をひねった。

 

「何がですか」

「いや、何でもないです」

 

 昨日の俺は、撮られていることを忘れて、普通に働いていた。そっちの方がいいなら、最初からずっと仕事をしていればよかったのかもしれない。

 

 片づけた床を撮ったあと、カメラは門の方を向いていた。俺が台車を車に積んでいる間の、ただのつなぎの映像だ。

 その画面の奥を、白いトラックが横切った。

 

「すみません、そこ、少し戻してもらえますか」

 

 律さんが再生を止める。トラックは門の手前で曲がり、荷さばき場の脇へ入っていった。

 荷台の後ろに、赤い斜線が三本。

 

「この車、昨日来てたんですね」

「ええ。搬入みたいだったので、邪魔にならないように移動したんです」

 

 映像が揺れた。律さんがカメラを持ち直したらしく、少し高い位置から、門の向こうが見えるようになる。

 荷台の扉が開いた。男が二人、重ねた金属板を下ろしている。いちばん下の一枚は、角が欠けていた。

 

「これです」

 

 俺はスマートフォンを出して、今朝撮った写真を開いた。床に立てかけてあった板。欠けた端と、そこにこびりついた黒いもの。

 画面の中で、男たちは板を小さな台車に載せ、そのあとに木箱を二つ続けた。

 

「今朝、この荷物がありました」

「……昨日、そこ片づけましたよね」

「はい。俺が帰る準備をしている間に、来てたみたいです」

 

 律さんが、もう一度その少し前から再生した。トラックの赤い三本線と、荷物を下ろすところが、ひとつながりの映像に収まっている。途中で、俺の声も入っていた。

 

『道具、全部積みました。律さん、大丈夫ですか』

『はい、今行きます』

 

 撮影は、そこで終わっていた。

 

 背中の後ろで、湯飲みを置く音がした。

 振り返ると、灯也が画面を見ていた。お茶にはほとんど口をつけていない。

 

「灯也?」

「……いや。悪い。続けて」

 

 灯也はそう言って、もう一度画面に目を戻した。止まったままの映像の、トラックの荷台の、三本の線に。

 律さんは気づかずに、映像を少しずつ送っていた。ナンバープレートが一瞬だけ読める場面で、もう一度止める。

 

「相良さんに、これを見てもらいたいんですが」

「もちろん。切っていない元の映像も、別に残しておきます」

 

 律さんは映像を複製して、仕事紹介用とは別のフォルダに保存した。

 

「これは、会社の動画には入れない方がいいですよね」

「はい。まだ、どこに出す話でもないので」

 

     *

 

 相良さんは、電話で事情を聞くとすぐに来てくれた。映像を見ている間、一度も画面から目を離さなかった。ナンバーの見える場面で、自分の端末に何かを打ち込む。

 

「確認できます。ありがとうございます」

 

 撮った時刻。撮影していた位置。俺たちが帰った順番。相良さんに聞かれたことに、律さんと二人で答えた。分からないところは、分からないと言った。

 その間、灯也は一言もしゃべらなかった。

 

 夜になって、相良さんから連絡が来た。

 

『ナンバー、照会できました。今週の六件のうち、少なくとも三件の近くで、同じ車が目撃されています』

「そうですか」

『登録は小さな解体会社です。ただ、事務所の住所に行ったら、空き店舗でした。トラックがどこに出入りしているのかは、まだ分かっていません』

 

 俺は、今日の帰りに見た、門の外のタイヤの跡を思い出した。川の方へ曲がっていった、あの跡。

 

「荷さばき場の門の前から、川の方へ跡が続いてました。役に立つか分かりませんけど」

『十分です。周辺を当たってみます』

 

 電話を切ってから、律さんが仕上げた会社紹介の動画を、母と一緒に見た。

 最初に俺が挨拶をして、そこから先は道具と床と手元がよく映っていた。玄関の砂がなくなり、マットが元の位置に戻る。最後に会社名と、大きな電話番号。

 

「これなら、何を頼めるか分かるね」

 

 母が頷いた。俺の顔は、最初の五秒くらいしか出ていない。いい動画だと思う。

 

 スマートフォンが震えたのは、その時だった。灯也からだった。

 

『今夜、そっち行っていい?』

 

 すぐに、もう一通。

 

『先に、聞いてほしいことがある』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。