【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です   作:シラヌイ321

9 / 11
忘れ物を取りに寄りました。五分で帰るつもりでした。


第9話 勇者は迎えに来ただけです

 清掃道具を一本、取りに戻っただけだった。

 

 桜通りの仕事を終えた翌日の午後だ。

 昨夜選んだ工場の写真はまだ送らず、母さんと宛先を確かめて、明日、市の窓口へ持っていくことになった。

 

 その午後、会社へ遊びに来た灯也を、帰りに送っていくところだった。

 途中で寄った集会所に、午前中の道具の説明会で使った回収具が一本ある。片づけを手伝ううち、壁際へよけたそれを積み忘れた。

 缶はつないでおらず、先端の保護筒も留めたまま。預かってくれた人に礼を言って、持って帰る。それだけのはずだった。

 

「返してほしかったら、勇者を倒して」

 

 集会所の真ん中で、折り紙の冠をかぶった男の子が言った。

 俺の回収具は、その後ろ、保護者の座る机の脇に立てかけてある。

 

「それ、仕事で使う物なんだけど」

「うん。お母さんが、取りに来たら返してって」

「じゃあ返そうか」

「でも、勇者が帰っちゃった」

 

 俺は壁の時計を見た。

 四時四十二分。

 五時には肉屋へ寄りたい。母さんに頼まれたコロッケが六個。そのうち二個は俺の分だ。

 

「勇者、どこ行ったの」

「ピアノ」

 

 世界を救うにも、習い事との調整がいるらしい。

 

 工作会が終わった集会所には、四人の子どもと、片づけ中の保護者が残っていた。段ボールの城を作ったので、帰る前に決着をつけたいのだという。

 

「五分だけ、相手していただけません? 私だと笑っちゃって」

 

 頼まれて、俺は回収具を見た。

 手を伸ばせば取れる。

 取れるのに、帰りにくい。

 

「……五分だけなら」

 

「じゃあ、あの顔にして!」

 

 男の子が、俺の道具袋を指した。

 午前中に見せた防護面が、口からのぞいている。洗ってしまっておいた物を取り出し、顔に当てた。

 

「これでいい?」

 

 四人とも頷いた。顔の選考だけは早かった。

 

「おーい。一本取りに行くだけで、なんでそんなに――」

 

 入口で、灯也が止まった。

 車で待っていてもらったのに、迎えに来てしまった。

 

 子どもたちは、防護面を着けた俺と、普段着の灯也を見比べた。

 

「勇者いた!」

「え、俺? こいつじゃなくて?」

「こっちは魔王」

 

 灯也は一度、俺を見た。

 

「ああ。まあ、配役は分かる」

「納得しないでくれ」

 

 段ボールの剣が、灯也の手に押し込まれた。

 

「待って。俺、迎えに来ただけなんだけど」

「ぼくも迎えに来られた」

 

 男の子が、片づけ中の母親を指した。

 事情は全員ほぼ同じだった。

 

 冠の男の子も魔王をやるらしい。俺に与えられた役目は、その後ろで強そうに立つ、最後の魔王だった。

 

「まだ出てこないでね」

「分かった。座っててもいい?」

「いいよ」

 

 椅子に腰を下ろした。

 膝が喜んだ。

 

 一方、勇者は入口から三歩で止められていた。

 

「ここ、マグマ」

 

 足元に赤い折り紙が置かれる。

 

「さっきなかったじゃん。……まあいいや。飛べばいいんだろ?」

 

 灯也が大げさに跳んだ。

 着地した先に、青い折り紙が置かれた。

 

「海」

「降りてから地形変えるのやめようか!」

 

 子どもたちが笑った。

 俺も笑った。

 

「そこの魔王、楽そうだなあ!」

 

 灯也に指され、門番役の子が振り返る。

 

「魔王って、座ってていいの?」

「最後に出る役だからね」

「じゃあ僕も魔王」

「私も!」

 

 まずい。

 

 子どもたちが椅子を運んできた。

 城の前に、魔王が四人並んだ。

 

勇者、一名。魔王、四名。その後ろに、俺。

 

「難易度、おかしくない?」

 

 灯也が俺を見る。

 何とかしなくては。コロッケのためにも。

 

「じゃあ、順番に出よう。一人ずつ倒されたら終わり。それなら早いだろ」

 

 四人が頷いた。

 俺も頷いた。

 

「俺だけ四連戦なのは変わってないけどな?」

 

 一人目は、剣を向けられると両手を上げた。

 

「やーらーれーたー」

「よし。いい戦いだった。じゃあ次の――」

「第二形態!」

 

 冠を裏返して、立ち上がった。

 

 灯也が、ゆっくり俺を見る。

 

「一人ずつ倒されたら、終わりなんだよな?」

「……まだ倒されてなかったんだろうな」

「審判まで敵かよ」

 

 二人目には第三形態まであった。

 三人目は最初の二人を生き返らせた。

 四人目は、それを見てから自分の能力を考え始めた。

 

「相談してから出てきて! お願いだから!」

 

 時計は四時五十二分になっていた。

 俺は立ち上がった。

 

「最後は俺がやるよ」

 

 俺が負ければ終わる。

 そういう役目なら、任せてほしい。

 

 城門の前へ出ると、子どもたちが左右に分かれた。

 灯也が剣を持ち直す。

 

「やっと本体か。もうこっち、回復薬も何もないんだけど」

「俺を倒したら終わりにしよう」

「その約束、後ろにもちゃんと言って」

 

 振り返った。

 四人とも、まだまだ遊べる顔だった。

 

「ここは俺に任せて、みんなは先に帰っていいから」

 

 男の子が、俺の袖をつかんだ。

 

「いやだ」

「いや、でも――」

「一緒に戦う」

 

 もう一人が反対の袖をつかむ。

 

「お兄ちゃん、さっき助けてくれたもん」

 

 順番に出るよう提案したのは、助けに数えられていた。

 四人が俺の前に立った。

 

「お兄ちゃんは、僕たちが守る!」

 

 灯也が剣を下ろした。

 

「なあ。俺、何を倒しに来たの? 仲のいい家族?」

 

 保護者の一人が、肩を震わせていた。

 助けてほしかった。

 

 その人は笑いを収めると、手を叩いた。

 

「はい。椅子を片づけた人から、おやつにします」

 

 四人が一斉に振り返った。

 

「お兄ちゃん、椅子どいて」

 

 子どもたちが片づける椅子の前から、俺はどいた。

 守ってくれる人が、誰もいなくなった。

 

 灯也まで剣を脇に挟み、俺が座っていた椅子と、空いた一脚を重ねている。

 

「お前も食べるのか」

「勇者にも報酬いるだろ。見ただろ、あの連戦」

 

 城が畳まれた。

 海が拾われた。

 俺はようやく回収具を手に入れた。

 

 さっきまで俺を守っていた男の子が、お菓子を片手に寄ってくる。

 

「また来てね」

「仕事があったらね」

「次は、勇者やっていいよ」

 

 隣で灯也が、何度も頷いていた。

 

 防護面を袋へ戻し、回収具を持って外へ出たところで、母さんから電話が来た。

 

『コロッケ、買えそう?』

「今から行く。ちょっと、子どもたちの相手してて」

『あら。楽しそうじゃない』

「五分の予定だったんだけど」

 

 灯也が横から口を挟んだ。

 

「俺なんか、迎えに来ただけですよ」

『灯也さんもいるの? じゃあ七個にして。帰り、一緒に食べていけば』

「行きます。湊、急ごうぜ」

 

 誘いを受けるときだけは、返事が早い。

 

 電話を切った俺は、灯也の右手を見た。

 

「その剣」

 

 灯也も見た。

 返し忘れていた。

 

 剣を返そうと、二人で集会所へ引き返す。

 窓の向こうで、男の子が気づいた。

 

「あ! 勇者が戻ってきた!」

 

 おやつの机についた三人も、こちらを向いた。

 

 灯也が剣を俺に差し出す。

 

「返してきて」

「お前の装備だろ」

「そうだけど、お前のほうがあっちに顔利くじゃん!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。