【掲示板・配信】そのラスボス、戦闘後の清掃員です 作:シラヌイ321
清掃道具を一本、取りに戻っただけだった。
桜通りの仕事を終えた翌日の午後だ。
昨夜選んだ工場の写真はまだ送らず、母さんと宛先を確かめて、明日、市の窓口へ持っていくことになった。
その午後、会社へ遊びに来た灯也を、帰りに送っていくところだった。
途中で寄った集会所に、午前中の道具の説明会で使った回収具が一本ある。片づけを手伝ううち、壁際へよけたそれを積み忘れた。
缶はつないでおらず、先端の保護筒も留めたまま。預かってくれた人に礼を言って、持って帰る。それだけのはずだった。
「返してほしかったら、勇者を倒して」
集会所の真ん中で、折り紙の冠をかぶった男の子が言った。
俺の回収具は、その後ろ、保護者の座る机の脇に立てかけてある。
「それ、仕事で使う物なんだけど」
「うん。お母さんが、取りに来たら返してって」
「じゃあ返そうか」
「でも、勇者が帰っちゃった」
俺は壁の時計を見た。
四時四十二分。
五時には肉屋へ寄りたい。母さんに頼まれたコロッケが六個。そのうち二個は俺の分だ。
「勇者、どこ行ったの」
「ピアノ」
世界を救うにも、習い事との調整がいるらしい。
工作会が終わった集会所には、四人の子どもと、片づけ中の保護者が残っていた。段ボールの城を作ったので、帰る前に決着をつけたいのだという。
「五分だけ、相手していただけません? 私だと笑っちゃって」
頼まれて、俺は回収具を見た。
手を伸ばせば取れる。
取れるのに、帰りにくい。
「……五分だけなら」
「じゃあ、あの顔にして!」
男の子が、俺の道具袋を指した。
午前中に見せた防護面が、口からのぞいている。洗ってしまっておいた物を取り出し、顔に当てた。
「これでいい?」
四人とも頷いた。顔の選考だけは早かった。
「おーい。一本取りに行くだけで、なんでそんなに――」
入口で、灯也が止まった。
車で待っていてもらったのに、迎えに来てしまった。
子どもたちは、防護面を着けた俺と、普段着の灯也を見比べた。
「勇者いた!」
「え、俺? こいつじゃなくて?」
「こっちは魔王」
灯也は一度、俺を見た。
「ああ。まあ、配役は分かる」
「納得しないでくれ」
段ボールの剣が、灯也の手に押し込まれた。
「待って。俺、迎えに来ただけなんだけど」
「ぼくも迎えに来られた」
男の子が、片づけ中の母親を指した。
事情は全員ほぼ同じだった。
冠の男の子も魔王をやるらしい。俺に与えられた役目は、その後ろで強そうに立つ、最後の魔王だった。
「まだ出てこないでね」
「分かった。座っててもいい?」
「いいよ」
椅子に腰を下ろした。
膝が喜んだ。
一方、勇者は入口から三歩で止められていた。
「ここ、マグマ」
足元に赤い折り紙が置かれる。
「さっきなかったじゃん。……まあいいや。飛べばいいんだろ?」
灯也が大げさに跳んだ。
着地した先に、青い折り紙が置かれた。
「海」
「降りてから地形変えるのやめようか!」
子どもたちが笑った。
俺も笑った。
「そこの魔王、楽そうだなあ!」
灯也に指され、門番役の子が振り返る。
「魔王って、座ってていいの?」
「最後に出る役だからね」
「じゃあ僕も魔王」
「私も!」
まずい。
子どもたちが椅子を運んできた。
城の前に、魔王が四人並んだ。
「難易度、おかしくない?」
灯也が俺を見る。
何とかしなくては。コロッケのためにも。
「じゃあ、順番に出よう。一人ずつ倒されたら終わり。それなら早いだろ」
四人が頷いた。
俺も頷いた。
「俺だけ四連戦なのは変わってないけどな?」
一人目は、剣を向けられると両手を上げた。
「やーらーれーたー」
「よし。いい戦いだった。じゃあ次の――」
「第二形態!」
冠を裏返して、立ち上がった。
灯也が、ゆっくり俺を見る。
「一人ずつ倒されたら、終わりなんだよな?」
「……まだ倒されてなかったんだろうな」
「審判まで敵かよ」
二人目には第三形態まであった。
三人目は最初の二人を生き返らせた。
四人目は、それを見てから自分の能力を考え始めた。
「相談してから出てきて! お願いだから!」
時計は四時五十二分になっていた。
俺は立ち上がった。
「最後は俺がやるよ」
俺が負ければ終わる。
そういう役目なら、任せてほしい。
城門の前へ出ると、子どもたちが左右に分かれた。
灯也が剣を持ち直す。
「やっと本体か。もうこっち、回復薬も何もないんだけど」
「俺を倒したら終わりにしよう」
「その約束、後ろにもちゃんと言って」
振り返った。
四人とも、まだまだ遊べる顔だった。
「ここは俺に任せて、みんなは先に帰っていいから」
男の子が、俺の袖をつかんだ。
「いやだ」
「いや、でも――」
「一緒に戦う」
もう一人が反対の袖をつかむ。
「お兄ちゃん、さっき助けてくれたもん」
順番に出るよう提案したのは、助けに数えられていた。
四人が俺の前に立った。
「お兄ちゃんは、僕たちが守る!」
灯也が剣を下ろした。
「なあ。俺、何を倒しに来たの? 仲のいい家族?」
保護者の一人が、肩を震わせていた。
助けてほしかった。
その人は笑いを収めると、手を叩いた。
「はい。椅子を片づけた人から、おやつにします」
四人が一斉に振り返った。
「お兄ちゃん、椅子どいて」
子どもたちが片づける椅子の前から、俺はどいた。
守ってくれる人が、誰もいなくなった。
灯也まで剣を脇に挟み、俺が座っていた椅子と、空いた一脚を重ねている。
「お前も食べるのか」
「勇者にも報酬いるだろ。見ただろ、あの連戦」
城が畳まれた。
海が拾われた。
俺はようやく回収具を手に入れた。
さっきまで俺を守っていた男の子が、お菓子を片手に寄ってくる。
「また来てね」
「仕事があったらね」
「次は、勇者やっていいよ」
隣で灯也が、何度も頷いていた。
防護面を袋へ戻し、回収具を持って外へ出たところで、母さんから電話が来た。
『コロッケ、買えそう?』
「今から行く。ちょっと、子どもたちの相手してて」
『あら。楽しそうじゃない』
「五分の予定だったんだけど」
灯也が横から口を挟んだ。
「俺なんか、迎えに来ただけですよ」
『灯也さんもいるの? じゃあ七個にして。帰り、一緒に食べていけば』
「行きます。湊、急ごうぜ」
誘いを受けるときだけは、返事が早い。
電話を切った俺は、灯也の右手を見た。
「その剣」
灯也も見た。
返し忘れていた。
剣を返そうと、二人で集会所へ引き返す。
窓の向こうで、男の子が気づいた。
「あ! 勇者が戻ってきた!」
おやつの机についた三人も、こちらを向いた。
灯也が剣を俺に差し出す。
「返してきて」
「お前の装備だろ」
「そうだけど、お前のほうがあっちに顔利くじゃん!」