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唐突な話題にギルは理解が追い付かず、ミネットとナオミの二人を交互に見比べていた。ナオミは特に動じた様子はない。ただじっとミネットを見つめている。
再び訪れる、張り詰めた空気。だが――
「ん、どうしたの?続きは?」
今回のそれは、長く続かなかった。拍子抜けするような声で続きを促され、ミネットは言葉を飲む。意に介さず、ナオミは続ける。
「魂と接続して動く魔動機だから、魂さえあれば理論上は動くわ。さっきのあなたたちみたいにね。ただ、それだけじゃ何とも言えない。事情も分からないんじゃ、答えようがないわね」
そう言ってナオミはミネットの言葉を待った。だがミネットは口ごもり、俯いたまま拳を握りしめる。返事をしたくないというより、どう言葉にしていいのかわからない、そんな様子だった。
「話せないなら、それでもいいわ。ただ、それなら私も、適当な返事をするわけにはいかないわね。実際に動かしてみてわかったでしょ?意外と難しいのよ、これの操作」
一度ナオミは言葉を区切る。ミネットは再び視線を床に向けた。
「私の父はね、魔動機の事故で命を落としたのよ。私が三歳の時に」
ミネットとギルが一斉にナオミの方を向く。かまわずナオミは続ける。
「原因はくだらない、初歩的な整備不良。母はナイトメアの私を産んだ時に死んじゃってたから、父がいなくなって以来、身寄りはお爺ちゃんだけ。魔動機はね、誤った使い方をしたり整備を怠ったりすれば、簡単に人の命を奪えるのよ」
淡々と語るナオミの様子に、二人は言葉を失う。
「このデバイスが何かの形で製品化されて、それを普通の人が使うなら問題ない。今のままでも魂が無事なら、たとえ足が動かなくても動くことは動く。でもそれ以上のことは、あなたがもっと具体的な話をしてくれないと、答えるわけにはいかないわ。万が一にも、あなたのお父さんが、私の父と同じことにならないためにも」
そこまで言い切って、ナオミは静かに答えを待つ。
「ミネットさん……」
心配そうに声をかけるギル。ミネットの顔に髪がかかり、その表情は見えない。
「……そうですね。博士、ギル君。少しだけ、父の話を聞いてくださいますか?」
二人は黙って頷く。ミネットは顔を上げ、静かに語り始めた。
「私の父はユーシズで、魔動機の整備士をしていたんです。もともとは森にあるエルフの集落で育ったらしいんですが、母と人の街に来て、初めて出会う魔動機に心を奪われて、そのまま整備士になったそうなんです」
そう語るミネットはどこか懐かし気で、穏やかだった。
「ユーシズにいた頃は、父の仕事場にお弁当を届けに行ったり、書類整理が苦手な父を手伝ったりしていました。私も母も、魔動機のことはさっぱりだったけど、真剣な顔で魔動機を整備する父はみんなから慕われていて、とてもかっこよかった」
昔を思い出すように目を細めるミネット。ギルもつられて笑みを浮かべた。だがナオミは表情を変えず、黙って話を聞いている。
「でも私が十歳の時、魔動機の整備中に事故が起きてしまったんです。何か、大きな魔動機の下敷きになったって聞きました。幸い命は助かりましたけど、その時に父は……両足を失ったんです」
ギルは息を飲んだ。あまりの衝撃に言葉が見つからず、口がわずかに開いたままだった。
「……そう。つらかったわね」
ナオミが一言だけつぶやく。だがすぐにミネットの方へと視線を向ける。
「両足を失ってからはずっと、車いす生活です。それでも父は、仕事をやめませんでした。魔動機が好きだからって。でもやっぱり、不便なことがたくさんあったんです。私も母も、父を支えたけど……それでも、両足を失ってからは、できないことも多くて……だんだん笑顔も減っていって、すごく寂しそうだった」
ミネットは震える声を堪え、それでも前を向いて話を続ける。
「【リジェネレイション】が使えれば、父の足は治ります。でもそんな高位の魔法、私たちには手が届かなくて……だから昨日、同等の技術で作られた魔動機だって話を聞いて、本当に驚いたんです。もしかしたら、父の助けになるかもしれないって。また昔みたいに、父が笑ってくれるかもって。この目で見るまでは信じられなかったけど、もし本当に、思い通り動く魔動機があるのなら……それを父に、渡してあげたくて……」
ミネットはそれきり何も言わなかった。スカートの裾を握りしめ、こみ上げるものを必死にこらえる。ギルも何か声をかけようとするが、悔しそうに下を向くしかなかった。
沈黙が満ちる中、ナオミが一つ、深く息を吐く。
「……なるほど。事情は分かったわ」
そう言って顎に手を当て、何事か思考を巡らす。その状態のまま微動だにせず、ただ何か思考を巡らせている。
「あの……博士?」
恐る恐るギルが声をかける。いつの間にかミネットも顔を上げ、ナオミの方を見ていた。ほんの数分。しかし二人には、ものすごく長い時間に感じられた。やがてナオミが顔を上げた。
「結論から言うわね。今のままじゃ、あなたのお父さんにこのデバイスを渡すことはできないわ」
その言葉に、ミネットは肩を震わせた。ギルは小さく「そんな」とつぶやく。だが、かまわずナオミは続ける。
「正直に言うと、おもちゃ程度のものが作れればいいと考えていたのよ。小さな人形に受信機を内蔵させて、送信側の魔動機で自由に動くおもちゃ。それこそ、うちで作ってるドルンやザーレィの小型機で人形でも作れば、子供が喜びそうでしょ?」
ナオミは一度言葉を区切り、ギルを見る。楽しそうに魔動機を動かしていたギルの姿を思い出し、三人に少しだけ笑みが戻った。
「でもね、障がい者用となれば、話は別。受信機を内蔵してないと動かせないから、多くの魔動機に受信機を埋め込む必要があるわ。しかもその機能を、正確にイメージする訓練も必要。〈マギスフィア〉の扱いはもっと大変よ。汎用性の高さが〈マギスフィア〉の売りだけど、多機能すぎて、イメージを描くのがものすごく難しいの。扉を動かすのも右往左往していたんだから、わかるでしょ?」
それに対してギルが口を開く。
「あの、でも!さっき博士は、扱えてたじゃないですか」
「そりゃそうよ、天才だもの。言いたくないけど、私は特別」
ナオミは肩の上の〈マギスフィア〉を動かし、再びアーム状に変形させる。そしてアームを開いたり閉じたり、周囲に積んである本を別の山に動かして見せた。
「これだけの動きでも、他の機能に干渉しないよう、繊細なイメージを描かないといけないわ。扉だったら笑い話で済むけど、〈マギスフィア〉が誤作動を起こしたなんてことになったら、何が起きるか保証できない。歩けないのならなおさらね」
事実を淡々と並べていくナオミに、言葉を失っていくミネット。ギルはやるせなさに、唇を噛みしめている。
「今のデバイスの性能じゃ〈マギスフィア〉にせよ他の魔動機にせよ、著しく機能を制限した、中途半端なものにせざるを得ないわ。でもそれだと、結局誰かが近くにいないといけない。今までと何も変わらないわ」
ミネットの中から、もしかしたらと、ほんの少しだけ抱いた希望が、儚く消えていく。
「あの、何とか……何とか、ならないんですか?博士だったら、その……何とか……」
すがるようなギルの問いかけに、ナオミはあくまで冷静に
「このデバイスでは無理ね。〈マギスフィア〉の代わりにアーム型の魔動機を作って連携させる手もあるけど、いずれにせよ動かすには、高度な空間把握能力が必要になる。車いすで移動したほうが、よっぽど楽なくらいよ」
静かに、それでも正直に話した。
「ごめんなさい。期待させてしまって」
「……いえ。博士は何も、悪くありませんから」
自分が勝手に期待しただけ。悪いことなど何も起こっていない。そう自分に言い聞かせながら、ミネットは顔を上げた。
「私の方こそ、ごめんなさい。勝手な期待で博士を疑ってしまって。昨日もムキになって、大きな声を出してしまいましたし」
ぎこちない笑顔を浮かべ、頭を下げる。気にしないでいいわと、ナオミは優しく答えた。
誰も何も言おうとせず、重苦しい空気が部屋に充満する。それでもミネットは顔を上げ、無理やり笑顔を作った。
「暗い話をしてしまって、ごめんなさい。でも聞いてくれて、ありがとうございます。それより、プレゼンのテーマを決めましょう。今日はそのために集まったんですから」
と声をかけ、強引に話を打ち切った。それ以降、三人は父の話に触れることなく、プレゼンについて話し合った。
結局、ナオミのデバイスとNexaTech社のいくつかの研究を組み合わせた、新しいおもちゃの試作をすることでまとまった。そして次の一週間、ナオミは研究棟へ見学に出向き、おもちゃ作りのための情報収集へ行くことになった。ミネットは予算や素材集め、施設確保の計画を練ることに決まった。ギルはその間、ミネットの手伝いをしながら、会社について学んでいくことになった。
「ところで博士、もう一つ……とても大切なお願いがあります」
ある程度話がまとまったところでミネットが切り出す。
「何?やけに仰々しいわね」
「……掃除をしましょう。今すぐに」
その一声と共に、三人で掃除及び片づけが行われた。ジャンルも種類もでたらめに積まれている本を棚にしまい、そこらに脱ぎ捨てられている服を丁寧に畳んだりしていく。途中、ギルが本をどけたところに脱ぎ捨てたままのショーツが落ちていて、ギルが顔を真っ赤にして目を背け、ナオミがミネットに怒られるハプニングもあった。
広々と姿を現した床を、ようやくその本領を発揮できると息巻くように掃除機が駆け抜け、嬉しそうに埃を吸い取っていく。よく見ると所々埃が残っていたが、ミネットはもう気にしないことにした。
ようやく掃除が終わると、ナオミは勢いよくベッドにダイブする。そしてうつぶせの状態で枕に顔を埋めながら
「あー……疲れた……」
と呻いた。すぐそばではギルが、乾いた笑みを浮かべながら座っている。
「まったく。ご自分でも掃除しないとだめですよ。シャンベルタン博士も心配していたじゃないですか」
そう言ってミネットは小さな袋を差し出す。
「ん、これは?」
「クッキーです。みんなで食べようと思って作ってきたんです。博士、甘いものが好きみたいですから」
体を起こしながらナオミが、小奇麗に包装された包みを受け取る。手に感じるわずかな重みと、そこから漂ってくる甘く香ばしい香り。気づけばギルが、ナオミが受け取った袋をじっと見ている。
「はい、ギル君の分もありますよ」
「あ、ありがとうございます」
同じ袋をギルにも手渡す。二人に渡したところで、ミネットは水筒と、使い捨てのコップを取り出した。
「さあ、もしよかったらどうぞ」
差し出されたコップから漂う上品な香りが、三人の鼻をくすぐる。コップを受け取ったナオミとギルは一口すすり、ほっと一息ついた。
「すごい……おいしいです!ミネットさん、料理も上手なんですね」
紅茶とクッキーをおいしそうに食べるギルが、ミネットに体を向ける。つられてナオミも、クッキーを口に運んだ。外側のさくっとした触感としっとりとした甘さが舌の上に広がり、紅茶の爽やかな苦みがそれを後押しする。
「本当ね、おいしいわ」
自然と出た感嘆の声と同時に、紅茶をもう一口すする。甘さと苦みが口の中で溶け合い、ナオミの頬がほんのりと染まった。
その後三人は、他愛もない話に花を咲かせた。幼いナオミが修理中の魔動機を勝手に直してしまい、褒められるかと思ったらものすごく叱られたこと。会社の教育プログラムで、ギルが同期の宿題をよく手伝っていたことなど、お互いのことを語り合った。ミネットの過去には触れないよう二人は気を使ったが、ミネットはユーシズでの生活やお菓子を両親に振舞った話などを嬉しそうに語った。
時間はあっという間に過ぎていき、いつの間にか空が茜色に染まっていた。外の暗がりを見てミネットは、ギルと共に帰り支度を始める。
帰り際、玄関まで見送りに来たナオミに
「博士、今日はありがとうございました。何とかプレゼンのテーマが決まってよかったです」
陰りはあるものの、幾分かいつもの様子に戻って礼を言う。
「ええ、私も安心したわ。ギルも来てくれてありがとう」
「い、いえ!僕はお二人の護衛ですから」
両手の拳を目の前で握り、キリっとした表情のギル。その姿に思わず吹き出しながら
「あら。護衛じゃなかったら、一緒に来てくれなかったんですか?」
ミネットが意地悪そうに尋ねた。
「えぇ!あ、えっと、そういうわけじゃなくて、あぅ……」
「ふふっ、冗談ですよ。ありがとう、ギル君」
ミネットの言葉に赤くなってうつむくギル。
「あんまりからかうんじゃないわよ、ミネット」
「下着姿で出てきた博士に言われたくないです」
あきれ顔のナオミに、ミネットがすかさず言い返す。悪かったわねと、笑みをこぼしながら応えるナオミ。
「あ、そうだ。ミネット、これつけてみて」
そう言ってナオミが差し出したのは、例のデバイスだった。突然のことに、ミネットが固まる。
「え、これって……?」
「いいから。つけたら起動して」
訝し気にミネットが受け取り耳に着け、さっきと同じ要領でマナを飛ばし起動する。
「ねぇ、それで部屋の照明を消せるかしら?」
言われるがまま、ミネットが部屋の照明を消そうとする。だがその瞬間、突然目の前に何かが飛んできた。
「ぇ、きゃっ!」
とっさに顔を背けるミネット。訳も分からず飛んできた何かを確認すると、小さな消しゴムだった。
「は、博士!?」
一部始終を見ていたギルは、ナオミがミネットに向かって消しゴムを投げたことに気づいていた。ミネットもすぐにそのことに気づき、抗議の声を上げる。
「な、なにするんですかっ、突然!」
ナオミはそれに答えず、デバイスと照明を交互に見ながら
「ん、ごめん。ちょっとね……反応なし、か」
何かを考えるようにつぶやいた。彼女の理解できない行動に、二人は怪訝そうな表情を見せる。
「何でもないわ。ありがとうミネット。驚かせてしまって、ごめんなさい」
謝るナオミに、ミネットはデバイスを返す。訳が分からないという様子の二人だったが
「今日は有意義だったわ。また明日ね」
ナオミのその言葉で、その日は解散となった。
帰り道。ミネットを送るギルが、魔力切れでマナサーチが使えず、オロオロするという珍事が発生した。幸い、ルーンフォークの特性[マナ変換]で魔力を回復させ、どうにか事なきを得た。