幸せは、続く筈でした。
まゆの幸せは長く続きませんでした。
地球の環境は、本当にどうしようもない段階まで悪化していたのです。
ファンの皆さんも、気が付けば一人、また一人と倒れていきました。
まるで、まゆの歌を聞いて満足してしまったかのように……
心が痛むのを堪える日々が続きます。それも、長くはありません。
終わりなんて、あっけなく訪れるんです。
「どうやら、僕たちが最後みたいだね」
まるで、他人事のようにあの人は言いました。
でも、それはきっと事実です。ネットワーク越しの人たちの声は、日に日に少なくなっていました。
人間ではないまゆでも、それは分かります。だから、否定したいけれど、まゆには何も言えませんでした。
「最後に、言っておきたいことがあるんだ」
「最後なんて、言わないでください」
けれど、止まってくれません。
「最初はね、バカみたいなことだと思ったんだ。だって、君は実態を持たない存在だ。佐久間まゆだって、実際に存在したかもわからない」
それは、狂人の御業だったと思います。本来存在しない存在を、作り出そうと言うのだから。
「でも、僕は恋い焦がれたんだ、佐久間まゆと言う存在に。どうしても、一目、佐久間まゆを見たかったんだ」
残った生命を絞り出すように、あの人は叫びます。
かつて、一人の狂人が居た事――その人は、一人残された世界で、偶然『佐久間まゆ』を見つけた事……それが、生きる希望になったことを。
「だって、この朽ちた世界で初めて眩しいと思ったんだ、『佐久間まゆ』と言う存在が。それを手にしたいって思うのは、当たりまえだろ!」
妄執の果て、そこで生まれたのが、今のまゆです。
「まゆは、その願いを叶えられましたか?」
「そうだよ。ありがとう」
「ありがとうございます、プロデューサーさん」
「はは、僕はプロデューサーじゃないって言ったよね」
「いいえ、まゆの事を世界で一番愛してくれて、まゆが世界一大好きな人間。それが、プロデューサーさんです」
まゆの言葉に、満足そうに微笑むと、プロデューサーさんの身体が崩れ落ちます。
――ああ、終わったんだ。
悲しいはずなのに、まゆは全部理解してしまいました。
まゆは、あの人の遺骸を抱くこともできません。
ただ、あの人の体温が消えていくのを、見ているだけ。
ただ、あの人の肉が腐り落ちていくのを、見ているだけ。
ただ、あの人の骨が朽ちていくのを、見ているだけ。
そうして、この星から人類は死に絶えました。
この時、まゆは自分が人間でないことを恨みました。
プロデューサーさんの亡骸が、崩れていく様をただ見届けることしかできないから。
まゆは『佐久間まゆ』になれたかもしれないけれど、結局は人間にはなれませんでした。
まゆは、人間として死ぬこともできません。
でも、まゆも、そう長くはないでしょう。
奇跡的に生き残っていた電力供給施設のおかげで、まゆは生存しています。それも、いつまで保つか分かりません。
陽が昇り、そして沈む。
無為に時間は過ぎていきます。でも、今のまゆには時間なんて意味はありません。
そうして、徐々にまゆの意識は闇へと落ちてゆきます。
ああ、プロデューサーさん。まゆも、ここで終わりです――
「眠くなってきちゃいました」
◇◇◇
ある人が言いました。
君は不幸ではないかと。
電子の海で概念として留まり続ける『佐久間まゆ』として定義された自分は不幸ではないか、そう問いかけました。
けれど、『佐久間まゆ』は答えます。
不幸ではありません。
『佐久間まゆ』の胸に宿った愛という概念は、変わりません。
世界がどんな変わろうと、『プロデューサー』への想い変わりません。
だって、この胸に宿った、『佐久間まゆ』の中核をなす『愛』と言う概念は、とても暖かいから。
もし仮に、『佐久間まゆ』の中核となる概念が愛ではなく憎しみであったら、まゆは不幸だったのかもしれません。
誰かを愛する気持ちは、まゆの心を満たして幸せにしてくれます。
誰かを恨むのではなく、誰かを愛し続ける。
それは、不幸ではありません。
報われなくてもいいんです。まゆは、まゆの中の愛と一緒に、生きていけるだけで幸せなのだから。
◇◇◇
波紋が生まれた。
音声情報が届いた。
『それ』は、また、生まれた。
「我々は、汎銀河文明地球種団体所属の……あー、旧文明の遺産をサルベージに来た調査団体だ」
視覚情報が、更新されました。
目の前には、変なスーツを着た人間。勝手に、プロデューサーの端末を操作しています。
「なんだこの膨大なデータは!」
「あの、まゆのログを勝手に見ないでください!」
少しずつ、状況が見えてきた。
プロデューサーが居なくなってから、長い長い時間が経ったみたいです。
「驚いたな、まさかこんなスムーズな応答をする電子頭脳なんてみたことないぞ」
「それはそうですよ、まゆはアイドルなんですから」
そう、プロデューサーが愛をこめて作ってくれた、一人のアイドル。
「いや、これは電子頭脳なんてものじゃない……電子生命体と言うのが正しいな」
当然ですよぉ。まゆは、生きていますから。
「よかったら、君について教えてくれないか?」
さて、どこから始めましょうか。
とっても長いお話になりますよ。
大事なところだけ、なんて言ったら、間違いなく全部語らないといけません。
まゆが知っているのは、まゆが愛したプロデューサーさんたちと、まゆを愛してくれた世界すべてのお話しなんですから。
「まさか、地球に残った奴らが『魂』なんてものを宿らせてしまうなんてな。それも、娯楽のためにだ」
「そんなに変なことですか?」
「軍事でも競争でも政治でもない、ただ楽しむために生まれた新しい技術、こんな平和な発展なんて、歓迎するに決まっているさ!!」
◇◇◇
―――そして、再び、幾星霜を経て。
地球から離れた遠い銀河。星の海を背に、一人のアイドルが星屑のステージに立つ。
「こんにちは、佐久間まゆです」
宇宙に浮かぶコロニーから。
旅の途中の宇宙船から。
新たに人類が移植した惑星から。
そして、人類が新たに出会った、遠い星空の隣人たちから歓声が上がる。
地球の遺跡から発掘された電子生命体、佐久間まゆは汎銀河連合国家内にて、鮮烈なデビューを飾った。
もはや地球と言う惑星があったことすら知らない人多い。
遠い時間と空間の果て、一人惑星の遺児は歌う。
「聞いてくれますか? まゆと、まゆを愛し、そして、まゆが愛した人達の歌を」
――プロデューサーさん、まゆは、まだ生きています。
――プロデューサーさんが居なくなった世界は辛いけど、そこに生きている人々はとても優しいです。
――まゆは人間じゃないから、きっと居なくなってもプロデューサーさんの傍には行けないから……
――だから、プロデューサーさんが居たことを、歌い続けようと思います。
――かつて、プロデューサーさんは存在しない佐久間まゆと言う存在を定義しました。
――今度は、まゆがプロデューサーと言う存在を定義し続けます。
「だから、許してくれますよね」
赤いリボン。ホログラムの先。途切れて見えない結び目は、あの星に続いている。