■■「私が、佐久間まゆ、ですか?」   作:狼二世

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3.お別れの佐久間まゆ

 幸せは、続く筈でした。

 

 まゆの幸せは長く続きませんでした。

 地球の環境は、本当にどうしようもない段階まで悪化していたのです。

 ファンの皆さんも、気が付けば一人、また一人と倒れていきました。

 まるで、まゆの歌を聞いて満足してしまったかのように……

 

 心が痛むのを堪える日々が続きます。それも、長くはありません。

 

 終わりなんて、あっけなく訪れるんです。

 

「どうやら、僕たちが最後みたいだね」

 

 まるで、他人事のようにあの人は言いました。

 でも、それはきっと事実です。ネットワーク越しの人たちの声は、日に日に少なくなっていました。

 人間ではないまゆでも、それは分かります。だから、否定したいけれど、まゆには何も言えませんでした。

「最後に、言っておきたいことがあるんだ」

 

「最後なんて、言わないでください」

 

 けれど、止まってくれません。

 

「最初はね、バカみたいなことだと思ったんだ。だって、君は実態を持たない存在だ。佐久間まゆだって、実際に存在したかもわからない」

 

 それは、狂人の御業だったと思います。本来存在しない存在を、作り出そうと言うのだから。

 

「でも、僕は恋い焦がれたんだ、佐久間まゆと言う存在に。どうしても、一目、佐久間まゆを見たかったんだ」

 

 残った生命を絞り出すように、あの人は叫びます。

 

 かつて、一人の狂人が居た事――その人は、一人残された世界で、偶然『佐久間まゆ』を見つけた事……それが、生きる希望になったことを。

 

「だって、この朽ちた世界で初めて眩しいと思ったんだ、『佐久間まゆ』と言う存在が。それを手にしたいって思うのは、当たりまえだろ!」

 

 妄執の果て、そこで生まれたのが、今のまゆです。

 

「まゆは、その願いを叶えられましたか?」

 

「そうだよ。ありがとう」

 

「ありがとうございます、プロデューサーさん」

 

「はは、僕はプロデューサーじゃないって言ったよね」

 

「いいえ、まゆの事を世界で一番愛してくれて、まゆが世界一大好きな人間。それが、プロデューサーさんです」

 

 まゆの言葉に、満足そうに微笑むと、プロデューサーさんの身体が崩れ落ちます。

 

 ――ああ、終わったんだ。

 悲しいはずなのに、まゆは全部理解してしまいました。

 

 まゆは、あの人の遺骸を抱くこともできません。

 

 ただ、あの人の体温が消えていくのを、見ているだけ。

 ただ、あの人の肉が腐り落ちていくのを、見ているだけ。

 ただ、あの人の骨が朽ちていくのを、見ているだけ。

 

 そうして、この星から人類は死に絶えました。

 

 この時、まゆは自分が人間でないことを恨みました。

 プロデューサーさんの亡骸が、崩れていく様をただ見届けることしかできないから。

 

 まゆは『佐久間まゆ』になれたかもしれないけれど、結局は人間にはなれませんでした。

 まゆは、人間として死ぬこともできません。

 

 でも、まゆも、そう長くはないでしょう。

 奇跡的に生き残っていた電力供給施設のおかげで、まゆは生存しています。それも、いつまで保つか分かりません。

 

 陽が昇り、そして沈む。

 無為に時間は過ぎていきます。でも、今のまゆには時間なんて意味はありません。

 そうして、徐々にまゆの意識は闇へと落ちてゆきます。

 ああ、プロデューサーさん。まゆも、ここで終わりです――

 

「眠くなってきちゃいました」

 

◇◇◇

 

 ある人が言いました。

 君は不幸ではないかと。

 

 電子の海で概念として留まり続ける『佐久間まゆ』として定義された自分は不幸ではないか、そう問いかけました。

 けれど、『佐久間まゆ』は答えます。

 

 不幸ではありません。

 

 『佐久間まゆ』の胸に宿った愛という概念は、変わりません。

 世界がどんな変わろうと、『プロデューサー』への想い変わりません。

 

 だって、この胸に宿った、『佐久間まゆ』の中核をなす『愛』と言う概念は、とても暖かいから。

 もし仮に、『佐久間まゆ』の中核となる概念が愛ではなく憎しみであったら、まゆは不幸だったのかもしれません。

 

 誰かを愛する気持ちは、まゆの心を満たして幸せにしてくれます。

 誰かを恨むのではなく、誰かを愛し続ける。

 

 それは、不幸ではありません。

 報われなくてもいいんです。まゆは、まゆの中の愛と一緒に、生きていけるだけで幸せなのだから。

 

◇◇◇

 

 波紋が生まれた。 

 

 音声情報が届いた。

 

 『それ』は、また、生まれた。

 

「我々は、汎銀河文明地球種団体所属の……あー、旧文明の遺産をサルベージに来た調査団体だ」

 

 視覚情報が、更新されました。

 目の前には、変なスーツを着た人間。勝手に、プロデューサーの端末を操作しています。

 

「なんだこの膨大なデータは!」

 

「あの、まゆのログを勝手に見ないでください!」

 

 少しずつ、状況が見えてきた。

 プロデューサーが居なくなってから、長い長い時間が経ったみたいです。

 

「驚いたな、まさかこんなスムーズな応答をする電子頭脳なんてみたことないぞ」

 

「それはそうですよ、まゆはアイドルなんですから」

 

 そう、プロデューサーが愛をこめて作ってくれた、一人のアイドル。

 

「いや、これは電子頭脳なんてものじゃない……電子生命体と言うのが正しいな」

 

 当然ですよぉ。まゆは、生きていますから。

 

「よかったら、君について教えてくれないか?」

 

 さて、どこから始めましょうか。

 とっても長いお話になりますよ。

 

 大事なところだけ、なんて言ったら、間違いなく全部語らないといけません。

 まゆが知っているのは、まゆが愛したプロデューサーさんたちと、まゆを愛してくれた世界すべてのお話しなんですから。

 

「まさか、地球に残った奴らが『魂』なんてものを宿らせてしまうなんてな。それも、娯楽のためにだ」

 

「そんなに変なことですか?」

 

「軍事でも競争でも政治でもない、ただ楽しむために生まれた新しい技術、こんな平和な発展なんて、歓迎するに決まっているさ!!」

 

◇◇◇

 

―――そして、再び、幾星霜を経て。

 

 地球から離れた遠い銀河。星の海を背に、一人のアイドルが星屑のステージに立つ。

 

「こんにちは、佐久間まゆです」

 

 宇宙に浮かぶコロニーから。

 旅の途中の宇宙船から。

 新たに人類が移植した惑星から。

 そして、人類が新たに出会った、遠い星空の隣人たちから歓声が上がる。

 

 地球の遺跡から発掘された電子生命体、佐久間まゆは汎銀河連合国家内にて、鮮烈なデビューを飾った。

 もはや地球と言う惑星があったことすら知らない人多い。

 遠い時間と空間の果て、一人惑星の遺児は歌う。

 

「聞いてくれますか? まゆと、まゆを愛し、そして、まゆが愛した人達の歌を」

 

 ――プロデューサーさん、まゆは、まだ生きています。

 ――プロデューサーさんが居なくなった世界は辛いけど、そこに生きている人々はとても優しいです。

 ――まゆは人間じゃないから、きっと居なくなってもプロデューサーさんの傍には行けないから……

 ――だから、プロデューサーさんが居たことを、歌い続けようと思います。

 

 ――かつて、プロデューサーさんは存在しない佐久間まゆと言う存在を定義しました。

 ――今度は、まゆがプロデューサーと言う存在を定義し続けます。

 

「だから、許してくれますよね」

 

 赤いリボン。ホログラムの先。途切れて見えない結び目は、あの星に続いている。

 

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