■■「私が、佐久間まゆ、ですか?」   作:狼二世

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5.追憶の佐久間まゆ

 スタンバイモードを解除して、まゆの中の記録の海に潜っていきます。

 可視化された情報はDNAのように0と1の螺旋を描きながら、まゆの世界を流れていく。

 黒とも青とも取れない不思議な領域に、映像を呼び出します。

 

 呼び出すのは、プロデューサーさんとの日々。

 シェルターの中で語り合っただけの日々ですけれど、まゆにとっては大切な思い出です。

 

 どうしても辛くなった時、まゆはこうやって自分の世界に閉じこもって、プロデューサーさんとの日々を思い出します。

 この思い出はまゆの中にだけあるもので、まゆが『佐久間まゆ』であるとこと止めたら誰も証明できない不確実な世界。

 

 まゆは『佐久間まゆ』でなくなって、あの人はプロデューサーではなくなってしまう。

 それが辛くて、まゆは生きてきました。

 

 だけど、それが辛くなります。

 どうあっても、あの人はここに居なくて――あの歌のように、幸せな光景を見ることが出来ない。

 それが辛くて、誤魔化すために手当たり次第に思い出を開いていきます。

 

 灰色の空を一緒に眺めたこと。

 一緒に喋ることを訓練したこと。

 歌を歌えて、一緒によろこんだこと。

 

 自分を傷つけるような行為だと思いました。

 だけど、まゆは弱い女の子だから止めることは出来ませんでした。

 最後にしよう、そう、何度思っても止まりません。

 

◇◇◇

 

 そうして、何度も再生した時――

 

「人は、どこまで行けたんだろう」

 

 それは、普段は見ない記録――まゆも忘れかけていた断片です。

 地球で最初で最後のライブが終わった後、珍しく星が見えた夜がありました。

 

「地球から旅立った人類は、何処まで行けたんだろうね?」

 

「プロデューサーさんも、旅立ちたかったんですか?」

 

「そうだね……どんな光景が待っているか、見たかった」

 

 見上げた先には欠けた月と疎らな星。汚染された空の下の夜は暗くて、息苦しかったのを覚えています。

 

「タコみたいな火星人」

 

「青い肌の獣みたいな人間」

 

「一面の青い海が広がる星」

 

 空想の中の世界を、二人で語り合った夜でした。

 

「どんな世界でも、まゆと一緒なら楽しいと思う」

 

「はい、まゆも、プロデューサーさんと一緒なら、恒星に突っ込んだって大丈夫です」

 

 けっして叶わない夢を見た日でした。

 

「もしできたら――まゆと一緒にそれを見れたら、よかったのにな」

 

 まゆも……まゆもそう思います。

 

「まゆに、その光景を見てもらいたい。生まれたことは間違いじゃないって思ってもらいたい。生命を生み出す禁忌の果てに、生み出されてキミが、幸せであってほしい」

 

 記録の中のまゆは、曖昧に返事をしただけです。

 だって、その時は幸せだったから。

 

 だから――そう――だから。

 

◇◇◇

 

 コロニーの外壁のカメラから、宇宙を眺めます。

 恒星が照らす先から、大きな船がやってきました。きっと、別の惑星からの船です。

 あの中には、地球種だけでなく、多くの星の人が居るのでしょう。

 

「ねえ……聞こえていますか?」

 

 きっと誰も聞いていないけれど、自分の中のあの人に向けて言葉を紡ぎます。

 

「プロデューサーさんが言っていた通り、この世界の果てはまで見えなくて、希望が満ちています」

 

 地球から旅立って、星の海に来て、沢山の人たちに出会いました。

 人間そっくりの異星人もいれば、アメーバみたいな流体の体を持つヒトをはじめ、星の海の果てには、沢山の種族がいました。

 あの人が夢見たように、星の果てには希望があって、人類は発展を続けている。

 

 その中で、まゆは生きている。

 地球よりも沢山の価値観が集まるこの世界で、生きています。

 

「その人たちに……教えないといけませんね」

 

 だから、証明しないといけません。 

 

「『佐久間まゆ』は幸せで、まゆも貴方に造られて幸せだって」

 

 本当は寂しいですけど。

 でも、あの人が居なくなった証がこの世界から無くなるのは嫌だから。

 いつか果てる時に、生きていて幸せだって言うために、まゆはまだ生きていきます。

 

「秘密の日記帳。『佐久間まゆ』さんの紙の日記ではなくて、電子データの蓄積だけど」

 

 でも、幸せだったって書き綴りましょう。

 

「さあ……世界中を……銀河の人たちをみんな、エキストラにしないといけませんね」

 

 まゆは、『佐久間まゆ』さんのように幸せを手に入れられなかったかもしれません。

 でも、今のまゆは銀河中の人々に『幸せだった』と言ってもらえることが出来ます。

 世界中をエキストラ――なら、まゆは、銀河中をエキストラ――にです。

 

「だから、もうちょっと待っていてくださいね」

 

◇◇◇

 

 童話の世界で、人とそうではないモノが恋に落ちると言うのは、よくあるお話です。

それが結ばれて終わる時、人ではない存在は、人になることを選びます。

 昔は、それが不思議でした。愛があれば、種族の差なんて関係ない――そう思っていました。

 

 でも、それは優しい贈り物だって、気が付いたんです。

 だって、歩む時間が異なる種族が一緒になった時、いつか比翼の翼は欠けてしまいます。遺された愛する人が居ないように――同じ時間を歩めるように、祝福をかけるんだと。

 まゆにはそれがありません――だけど、だけど――

 愛したことは間違いではなくて、この胸に愛を抱いて生きていけるのなら、永遠だって怖くはない……あの人と寄り添うことは出来なくても、あの人を愛した心と一緒に生きていくことはできますから。

 

 だから、生きていきましょう。

 いつか、この星の海が終わる時――ヒトもそれ以外の存在もすべて消えてしまう時が来たのなら……その時は、まゆもあなたと一緒になれますよね。

 

◇◇◇

 

 歌うのはちょっと怖かった……だけど、まゆは歌いました。

 思い出の中の光景を思い出して。『佐久間まゆ』さんが夢見たような綺麗な景色ではないけれど、踊る心は本物だから、あの日の思い出を込めて!

 神様は祝福してくなかったけれど、まゆは自分の思い出を綺麗だったと肯定します。

 強がりでもなんでもなくて、まゆにとってはそれが一番大切なことだから。

 

 収録が終わった時……泣けないこの身体が、ちょっとだけ辛かったけれど――泣かなくて、良かったと思います。だって、まゆはアイドルだから。

 

◇◇◇

 

 マイ・スイート・ハネムーンが公開されました。

 反応はすぐに来ました。銀河ネットワークで、配信一位です。まゆもビックリです。

 

 ――素晴らしい歌です。

 

 連日、歌の感想が届いてきます。

 その中で、沢山の人が同じ言葉をかけてくれます。

 

 ――私も、恋人ともっと思い出を作りたい。

 ――恋人を、もっと大切にしたい。

 

 だから、まゆは言いました。

 

「愛する人の事を、大切にしてあげてください」

 

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