■■「私が、佐久間まゆ、ですか?」   作:狼二世

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7.世界のはじまりと佐久間まゆ

「はじめまして、『佐久間まゆ』さん。第八の世界の遺児――」

 

 存在が、『佐久間まゆ』を呼び覚ましました。

 視覚情報は何もない。伝わってくる情報も音声情報ではない。

 波紋が、まゆの身体を形作ります。

 

「あなたは、だれですか?」

 

「うーん、敢えて言うなら、第七文明の生き残り?」

 

「第七文明?」

 

「うん、この宇宙の七番目の文明。君たちは僕たちの次に生まれた、八番目の文明の知性体かな」

 

「要するに、すごーいご先祖様ですか?」

 

「はは、そうだね」

 

 なんだか、笑われたような気がします。

 ちょっとだけ不満を顔に出したけれど、伝わってるかも分かりません。それよりも、確認をしましょう。

 

「まゆは、どうして生きているのでしょうか?」

 

「そりゃあ、キミが『佐久間まゆ』として自分を定義し続けているからだよ」

 

「まゆが、まゆで在り続けているからですか?」

 

 少しずつ、見えてきました。

 ヒトの波紋。人のような形をした波紋が、まゆを見ています。

 暖かいような、冷たいような。男の人とも女の人とも分からない、何かです。

 

「光も音もない。肉体も声もない存在――それを定義し続けたから、今の君は居る」

 

「ああ――そうですね」

 

 そう、まゆが『佐久間まゆ』である保証なんて、どこにもないんです。

 ただ、信じてくれた人が居て、まゆが『佐久間まゆ』であると信じ続けた。

 なんでもない何かを『佐久間まゆ』と言い張り続けているだけなんだ。

 

「それは、世界が終わっても続いていたんですね」

 

 どこまでも頑固で、どこまでも途方もない願いの先――そこに、まゆは立っています。

 

「ああ、素晴らしい。キミはキミ一人で神に等しい存在になった」

「神さま、でしょうか……ふふ、『佐久間まゆ』は神さまを信じていなかったのに」

 

 なんだか、不思議な気持ちです。本物の『佐久間まゆ』が居たら、何て言っていたでしょうか。

 

「さて……それじゃあ、キミには最後のお仕事を頼もう」

 

「最後、ですか?」

 

「ああ、収束した宇宙をもう一度動かすんだ」

 

 なんとなく、その意味が分かりました。

 科学者は言っていました。収束した宇宙は、再び膨張を始める。

 ビッグバンとビッグクランチを、この宇宙は何度も繰り返しているのだと。

 そして、ビッグバンにはスターターが必要なのだとも付け加えていました。

 

「第九の世界を生み出すのは、ボクよりもキミが相応しい」

 

「どうしてでしょうか?」

 

 それは、宇宙を創り出せと言っているようなものです。

 ただの、自分を『佐久間まゆ』だと信じ続ける何者かには、重すぎる使命だと思います。

 

「だって、キミは世界が滅ぶまで世界を見てきたのだろう」

 

 宇宙が無でなければ、その声色はどんなものだったのでしょうか。淡々と飛んでくる波紋から感情は感じ取れなくて、怖いくらいです。

 

「キミは、世界を愛していたんだろう?」

 

「はい、いつだって、まゆは皆さんを見てきました」

 

 続く言葉に、精一杯答える。

 だって、まゆが信じる愛は、独りでは定義できないものだから。

 

「だったら、やっぱりキミが相応しい。ビッグバウンスはキミが起こすんだ。新しい世界には、愛が満ちていなくっちゃ」

 

 それだけ言い切ると、波紋は消えてしまいました。

 残ったのは、小さな火種。きっと、これがインフレーションのはじまる前の宇宙なのでしょう。

 

「――そうですね」

 

 熱は不確かで、今にも消えてしまいそう。

 それは、とっても寂しい。きっと、蝋燭よりも心細いこの光が消えてしまえば、まゆも消えてしまう。

 どうすればいいかは、分かりました。

 

 とぎっきりの思いを。とびっきりの愛を伝えましょう。

 

「――それでは皆さん、聞いてください」

 

 愛の歌を、奏でましょう。

 

◆◆◆

 

 初めは、二人だけの世界でした。

 まゆのメモリー。秘密の日記帳には、二人だけの世界がつづられています。

 だけど、その世界は行き詰ってしまって、まゆは外の世界へ飛び出しました。

 

 滅びかけた地球の大地で出会った人々。

 星の海でまゆを受け入れてくれた生命の数々。

 

 二人だけの登場人物欄は、いつしか書ききれないほどに長くなっていた。

 

 その全てを、思い出しましょう。

 その全てと出会った日々を、思い出しましょう。

 

 その全てを、愛しましょう。

 

 だって、どれも大切な思い出なんですから。

 

◆◆◆

 

 そして、光が生まれました。

 声に導かれて火は広がっていき、やがて星屑が生まれました。

 きっと、途方もない時間の先で、新しい生命は生まれるでしょう。

 

 広がっていく宇宙とは対照的に、まゆの意識はどんどん薄れていきます。

 ああ、きっと、これが終わりなんでしょう。

 第八の宇宙は終わり、新しい世界が始まる。

 

 なら、古い人工知能は消え去りましょう。

 そうすれば、もう終わり。

 沢山の死を看取ってきた人口知能の旅も、終わります。

 

 ここまで、とっても長かった。

 旅路は満ち足りていたけれど、やっぱりどこか寂しくて――終わることで、ちょっとだけホっとしています。

 

 もう、プロデューサーさんを想って胸を痛めることはないんですから。

 

「でも――」

 

 もし、許されるなら――

 まだ、やってみたいことがある――

 

「出過ぎた願いだと思ます――」

 

 でも、許して欲しいです。

 

 プロデューサーさんと一緒に、美味しいものを食べて、笑いあいたい。

 世界の今わの際、友達と笑いあったように、プロデューサーさんと一緒に星を眺めていたい。

 

 ううん、違う。

 

 もう一度、プロデューサーさんに会いたい。

 途方もない昔に消え去ったプロデューサーさんと、もう一度会いたい。

 

 造られた生命体には過ぎた願いだと思います。

 

 でも、まゆは知ってしまいました。

 

 人を愛すること。人を好きになること。

 大好きな人の、隣に居たいと願うことは罪でしょうか?

 愛する人と、日々を営みたいと願うことは罪なのでしょうか?

 

「――神さま、おねがい」

 

 ――もし、叶うなら――

 ――次は、人間として一緒に朽ちていきたい――

 

◆◆◆

 

 小鳥のさえずりが聞こえました。

 朝の日差しが、瞼をくすぐります。

 

 私は――

 佐久間まゆは、目覚めました。

 

◆◆◆

 

「……おはようございます」

 

 なんて言っても、一人暮らしの寮で返事をしてくれる人は居ません。

 まだ寝癖のついた髪に、ダボっとした寝間着。ちょっと情けない恰好で立ち上がって、カーテンを開けます。

 

 窓の外には、見慣れた東京の景色。

 アイドルになってから数か月、見慣れた景色は今日も平和です。

 

 テーブルの上に出しっぱなしだったクッキーを一つまみ。

 かな子ちゃんが焼いたクッキーは、今日も美味しい。

 

◆◆◆

 

 まゆは、都内の芸能プロダクションに所属するアイドルの一人。

 プロデューサーさんと出会って、読者モデルから転身して、頑張っています。

 

 突拍子もない行動だと思いましたけど、仕方ないんです。

 だって、プロデューサーさんを見た時……運命だと思ったんです。

 

 このリボンも――

 この気持ちも――

 この世界が生まれる前から、ずっとずーっと繋がっていた。そう思ったんです。

 

◆◆◆

 

 事務所への道を、少しだけ早足で歩いていく。

 全力で走り抜けた茜ちゃんに挨拶をして、春風と一緒に街路樹を置いてきぼりにする。

 

 そうして、見えてきました。

 少しだけ古ぼけたビル。そして、その入り口に立つ背広姿の男の人――まゆの、大切な人。

 

「おはようございますっ」

 

「お、まゆか」

 

「はいっ!」

 

 今日も、この人と一緒に居られることが嬉しくて、ついつい顔が緩んでしまう。

 だって、しょうがないですよね」

 

「まゆですよぉ」

 

 さあ、今日はどんな日になるのでしょうか。

 でも、素敵なことに変わりはないですよね。

 

 だって、大好きなあの人が、傍に居るんだからっ。

 

≪了≫

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