「はじめまして、『佐久間まゆ』さん。第八の世界の遺児――」
存在が、『佐久間まゆ』を呼び覚ましました。
視覚情報は何もない。伝わってくる情報も音声情報ではない。
波紋が、まゆの身体を形作ります。
「あなたは、だれですか?」
「うーん、敢えて言うなら、第七文明の生き残り?」
「第七文明?」
「うん、この宇宙の七番目の文明。君たちは僕たちの次に生まれた、八番目の文明の知性体かな」
「要するに、すごーいご先祖様ですか?」
「はは、そうだね」
なんだか、笑われたような気がします。
ちょっとだけ不満を顔に出したけれど、伝わってるかも分かりません。それよりも、確認をしましょう。
「まゆは、どうして生きているのでしょうか?」
「そりゃあ、キミが『佐久間まゆ』として自分を定義し続けているからだよ」
「まゆが、まゆで在り続けているからですか?」
少しずつ、見えてきました。
ヒトの波紋。人のような形をした波紋が、まゆを見ています。
暖かいような、冷たいような。男の人とも女の人とも分からない、何かです。
「光も音もない。肉体も声もない存在――それを定義し続けたから、今の君は居る」
「ああ――そうですね」
そう、まゆが『佐久間まゆ』である保証なんて、どこにもないんです。
ただ、信じてくれた人が居て、まゆが『佐久間まゆ』であると信じ続けた。
なんでもない何かを『佐久間まゆ』と言い張り続けているだけなんだ。
「それは、世界が終わっても続いていたんですね」
どこまでも頑固で、どこまでも途方もない願いの先――そこに、まゆは立っています。
「ああ、素晴らしい。キミはキミ一人で神に等しい存在になった」
「神さま、でしょうか……ふふ、『佐久間まゆ』は神さまを信じていなかったのに」
なんだか、不思議な気持ちです。本物の『佐久間まゆ』が居たら、何て言っていたでしょうか。
「さて……それじゃあ、キミには最後のお仕事を頼もう」
「最後、ですか?」
「ああ、収束した宇宙をもう一度動かすんだ」
なんとなく、その意味が分かりました。
科学者は言っていました。収束した宇宙は、再び膨張を始める。
ビッグバンとビッグクランチを、この宇宙は何度も繰り返しているのだと。
そして、ビッグバンにはスターターが必要なのだとも付け加えていました。
「第九の世界を生み出すのは、ボクよりもキミが相応しい」
「どうしてでしょうか?」
それは、宇宙を創り出せと言っているようなものです。
ただの、自分を『佐久間まゆ』だと信じ続ける何者かには、重すぎる使命だと思います。
「だって、キミは世界が滅ぶまで世界を見てきたのだろう」
宇宙が無でなければ、その声色はどんなものだったのでしょうか。淡々と飛んでくる波紋から感情は感じ取れなくて、怖いくらいです。
「キミは、世界を愛していたんだろう?」
「はい、いつだって、まゆは皆さんを見てきました」
続く言葉に、精一杯答える。
だって、まゆが信じる愛は、独りでは定義できないものだから。
「だったら、やっぱりキミが相応しい。ビッグバウンスはキミが起こすんだ。新しい世界には、愛が満ちていなくっちゃ」
それだけ言い切ると、波紋は消えてしまいました。
残ったのは、小さな火種。きっと、これがインフレーションのはじまる前の宇宙なのでしょう。
「――そうですね」
熱は不確かで、今にも消えてしまいそう。
それは、とっても寂しい。きっと、蝋燭よりも心細いこの光が消えてしまえば、まゆも消えてしまう。
どうすればいいかは、分かりました。
とぎっきりの思いを。とびっきりの愛を伝えましょう。
「――それでは皆さん、聞いてください」
愛の歌を、奏でましょう。
◆◆◆
初めは、二人だけの世界でした。
まゆのメモリー。秘密の日記帳には、二人だけの世界がつづられています。
だけど、その世界は行き詰ってしまって、まゆは外の世界へ飛び出しました。
滅びかけた地球の大地で出会った人々。
星の海でまゆを受け入れてくれた生命の数々。
二人だけの登場人物欄は、いつしか書ききれないほどに長くなっていた。
その全てを、思い出しましょう。
その全てと出会った日々を、思い出しましょう。
その全てを、愛しましょう。
だって、どれも大切な思い出なんですから。
◆◆◆
そして、光が生まれました。
声に導かれて火は広がっていき、やがて星屑が生まれました。
きっと、途方もない時間の先で、新しい生命は生まれるでしょう。
広がっていく宇宙とは対照的に、まゆの意識はどんどん薄れていきます。
ああ、きっと、これが終わりなんでしょう。
第八の宇宙は終わり、新しい世界が始まる。
なら、古い人工知能は消え去りましょう。
そうすれば、もう終わり。
沢山の死を看取ってきた人口知能の旅も、終わります。
ここまで、とっても長かった。
旅路は満ち足りていたけれど、やっぱりどこか寂しくて――終わることで、ちょっとだけホっとしています。
もう、プロデューサーさんを想って胸を痛めることはないんですから。
「でも――」
もし、許されるなら――
まだ、やってみたいことがある――
「出過ぎた願いだと思ます――」
でも、許して欲しいです。
プロデューサーさんと一緒に、美味しいものを食べて、笑いあいたい。
世界の今わの際、友達と笑いあったように、プロデューサーさんと一緒に星を眺めていたい。
ううん、違う。
もう一度、プロデューサーさんに会いたい。
途方もない昔に消え去ったプロデューサーさんと、もう一度会いたい。
造られた生命体には過ぎた願いだと思います。
でも、まゆは知ってしまいました。
人を愛すること。人を好きになること。
大好きな人の、隣に居たいと願うことは罪でしょうか?
愛する人と、日々を営みたいと願うことは罪なのでしょうか?
「――神さま、おねがい」
――もし、叶うなら――
――次は、人間として一緒に朽ちていきたい――
◆◆◆
小鳥のさえずりが聞こえました。
朝の日差しが、瞼をくすぐります。
私は――
佐久間まゆは、目覚めました。
◆◆◆
「……おはようございます」
なんて言っても、一人暮らしの寮で返事をしてくれる人は居ません。
まだ寝癖のついた髪に、ダボっとした寝間着。ちょっと情けない恰好で立ち上がって、カーテンを開けます。
窓の外には、見慣れた東京の景色。
アイドルになってから数か月、見慣れた景色は今日も平和です。
テーブルの上に出しっぱなしだったクッキーを一つまみ。
かな子ちゃんが焼いたクッキーは、今日も美味しい。
◆◆◆
まゆは、都内の芸能プロダクションに所属するアイドルの一人。
プロデューサーさんと出会って、読者モデルから転身して、頑張っています。
突拍子もない行動だと思いましたけど、仕方ないんです。
だって、プロデューサーさんを見た時……運命だと思ったんです。
このリボンも――
この気持ちも――
この世界が生まれる前から、ずっとずーっと繋がっていた。そう思ったんです。
◆◆◆
事務所への道を、少しだけ早足で歩いていく。
全力で走り抜けた茜ちゃんに挨拶をして、春風と一緒に街路樹を置いてきぼりにする。
そうして、見えてきました。
少しだけ古ぼけたビル。そして、その入り口に立つ背広姿の男の人――まゆの、大切な人。
「おはようございますっ」
「お、まゆか」
「はいっ!」
今日も、この人と一緒に居られることが嬉しくて、ついつい顔が緩んでしまう。
だって、しょうがないですよね」
「まゆですよぉ」
さあ、今日はどんな日になるのでしょうか。
でも、素敵なことに変わりはないですよね。
だって、大好きなあの人が、傍に居るんだからっ。
≪了≫