泥棒夫の処刑日~妻の金で兄嫁と不倫した男の末路~   作:桐山さくらこ

2 / 4
もう笑顔には騙されない

その頃、原因の分からない体調不良が続いていた。

 

 病院の廊下。裕子が壁へ手をつき、目を閉じる。

 

「裕子さん、大丈夫?」

 

「ちょっと立ちくらみしただけ」

 

「顔、真っ青だよ」

 

「少し休めば平気」

 

 帰宅後。裕子が洗面所でカレンダーを見つめる。

 

 裕子が日付を指で数える。

 

 ——もしかして……

 

 裕子が自分のお腹へそっと触れる。

 

 夜のリビング。修がテーブルで電卓を叩いている。

 

 横には会社の封筒と、数字を書いたメモがある。

 

 裕子が向かいへ座る。

 

「ねえ、修」

 

「ん?」

 

「もし……私が妊娠してたら、どう思う?」

 

 修の指が電卓の上で止まる。

 

「えっ……」

 

 修が顔を上げる。

 

 一瞬、露骨に嫌そうな表情になる。

 

 裕子はその変化を見逃さない。

 

 修が慌てて笑顔を作る。

 

「……妊娠したの?」

 

「まだ分からないよ」

 

「最近ずっと体調が悪いから、もしかしたらって」

 

「そ、そうか」

 

 修は裕子を見ず、電卓へ視線を戻す。

 

「無理はするなよ」

 

「つらいときは、すぐ連絡して」

 

「……うん」

 

 裕子が修の顔をうかがう。

 

「修は、うれしい?」

 

 修の指が再び止まる。

 

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 

「当たり前だろ」

 

 修が数字を書いた紙を裏返す。

 

「まだ決まったわけじゃないんだし、先に病院で診てもらいなよ」

 

「そうだね」

 

 裕子が小さく笑おうとする。

 

 修はもう電卓へ目を戻している。

 

 ——きっと、急な話で驚いただけ。

 

 ——私のことを心配してくれてるんだよね……?

 

     *

 

 翌日。

 

 病院。裕子が患者のベッド脇で処置をしている。

 

 視界が揺れ、手元が止まる。

 

「裕子さん?」

 

 裕子がふらつく。

 

 看護師長が裕子の腕を支える。

 

「今日はもう上がりなさい」

 

「でも、人が足りないのに……」

 

「その状態で患者さんの前に立つほうが危ないわ」

 

「……すみません」

 

「謝らなくていいから。病院に寄って帰るのよ」

 

 昼過ぎ。タクシーがマンションの前へ止まる。

 

 裕子が降り、建物へ向かう。

 

 駐車場に修の車がある。

 

 裕子の足が止まる。

 

 ——修の車……?

 

 裕子がスマートフォンで時刻を確認する。

 

 ——今は仕事中のはずなのに。

 

 裕子が修へ電話をかけようとする。

 

 指が発信ボタンの直前で止まる。

 

 裕子はスマートフォンをバッグへ戻す。

 

 自宅の玄関。裕子が音を立てないよう、そっと鍵を回す。

 

 室内には靴が二足ある。

 

 修の革靴の横に、見覚えのない女性物のパンプスが置かれている。

 

 裕子の顔から血の気が引く。

 

 寝室のほうから、男女の笑い声が聞こえる。

 

「ったく、やってらんねえよな」

 

 裕子が廊下の壁へ手をつく。

 

「また京介に怒られたの?」

 

「あいつ、俺をこき使うことしか考えてねえんだよ」

 

 裕子が寝室へ近づく。

 

 ドアはわずかに開いている。

 

「あー、マジ参ったわ」

 

「裕子が妊娠してたら、超めんどくせえ」

 

 裕子の瞳が大きく揺れる。

 

 女が楽しそうに笑う。

 

「ひどーい」

 

「でも、ここで会ってて大丈夫なの?」

 

「大丈夫だって、真子」

 

 裕子が息をのむ。

 

 ——真子……?

 

 寝室の隙間から、ベッドに座る真子と修が見える。

 

 ——京介さんの、奥さん……

 

「裕子は一ミリも気づいてないから」

 

 修が真子の肩を抱く。

 

「俺がちょっと掃除しただけで、泣いて喜んでんの」

 

「じゃあ、あの大掃除って……」

 

「お前の香水と髪の毛を消すため」

 

 二人が声を上げて笑う。

 

「ほんと、ちょろすぎてウケる」

 

 裕子の脳裏に、掃除をした修の優しい笑顔がよみがえる。

 

 裕子の手が震える。

 

「でも、京介や裕子にバレたらどうするの?」

 

「平気だって」

 

「家族のものを盗っても、罪にならないんだよ」

 

「ひどい〜、私は京介のものじゃないよ〜」

 

「ははは」

 

「じゃあ、お金のことも?」

 

「ああ。親族相盗例ってやつ」

 

 修が得意げに笑う。

 

「身内の金を盗んだくらいじゃ、警察は動かねえの」

 

「裕子の口座から取ったお金も?」

 

「もちろん」

 

 裕子の頭に、通帳の引き出し記録が浮かぶ。

 

「お前のバッグ代、あいつの夜勤代から出てるんだぜ」

 

 真子が手元のバッグをうれしそうに撫でる。

 

「看護師の奥さんって便利ね」

 

「だろ?」

 

「会社の金庫から抜いてる分は?」

 

「少しずつならバレないって」

 

「もしバレても、兄弟なんだから怒鳴られて終わりだよ」

 

「悪知恵だけは天才的だね」

 

 修と真子が笑い合う。

 

 裕子が口元を押さえ、音を立てずに後ずさる。

 

 裕子の目から涙がこぼれかける。

 

 玄関。裕子が静かに外へ出る。

 

 マンションの外。裕子が壁にもたれ、荒い呼吸を整える。

 

 裕子のスマートフォンに、修からメッセージが届く。

 

「体調、大丈夫? 無理するなよ」

 

 裕子が画面を見つめる。

 

 先ほどまで揺れていた目が、ゆっくり冷えていく。

 

 ——私の金を盗んで、兄嫁と不倫して。

 

 ——私のことを、ちょろいって笑ってた。

 

 裕子がメッセージ画面を閉じる。

 

 ——だったら――

 

 裕子が顔を上げる。

 

 ——その中途半端な知識ごと、地獄へ落としてあげる。

 

     *

 

 夜。修が帰宅する。

 

 裕子がいつもどおり夕食を並べている。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 修が裕子の顔をうかがう。

 

「体調、どうだった?」

 

「病院で診てもらったけど、まだ何とも言えないって」

 

「そっか」

 

 修が安心したように息を吐く。

 

 裕子はその一瞬を見つめる。

 

「心配してくれて、ありがとう」

 

 裕子が笑う。

 

「当たり前だろ」

 

 修も笑い返す。

 

 ——もう、その笑顔には騙されないから。

 

 翌日。家電店。

 

 裕子がペット用見守りカメラの箱を手に取る。

 

「外出先からスマートフォンで確認できますよ」

 

「録画も残せますか?」

 

「はい。動きを感知すると自動で保存されます」

 

「これをください」

 

 自宅。修の留守中、裕子がリビングの棚へ小型カメラを設置する。

 

 裕子がスマートフォンで映像を確認する。

 

 寝室では、室内全体が映る高い位置へもう一台設置する。

 

 ——焦らない。

 

 ——言い逃れできない証拠を、全部そろえるんだ。

 

 夜勤の日。裕子が病院の休憩室でスマートフォンを見る。

 

 見守りカメラから動体検知の通知が届く。

 

 画面には、真子を自宅へ招き入れる修が映っている。

 

「待ってたよ」

 

「会いたかった」

 

 裕子の指が震える。

 

 裕子は深く息を吸い、録画保存を押す。

 

 別の日には、ソファで寄り添う二人の姿も記録されていた。

 

 別の日の映像には、裕子の鞄からキャッシュカードを抜き取る修が映っていた。

 

 暗証番号を入力するような手つきをして、スマートフォンへメモしている。

 

 会社名の入った封筒から現金を取り出し、金額を数える姿も映っていた。

 

 裕子が日時をノートへ書き込む。

 

 裕子が銀行で取引履歴を発行してもらう。

 

 裕子が自分のカードを停止し、暗証番号を変更する。

 

 裕子が証拠の画像と日時を整理し、複数の保存先へ複製する。

 

 病院では、どんな小さな変化も見逃さないようにしてきた。けれど自分の暮らしの中では、修の態度が変わったことを、疲れているから、慣れない仕事だからと説明していた。説明がつくたびに安心し、また次の変化を見ないふりにした。

 

 録画を保存する指先は、何度も止まった。見なければ、あの笑顔をまだ信じていられるのではないか。そんな考えが浮かぶこと自体が悔しかった。映像を閉じても、お金が戻るわけではない。修が笑った言葉を、聞かなかったことにはできない。

 

 裕子はノートに日付を書いた。気持ちと事実を分けて残したかった。いつ、何が起きたのか。自分が後で読み返せるように、一つずつ確かめながら書き込んだ。

 

 夜。証拠を隠し終えた裕子が、食卓で修と向き合う。

 

「今日の味噌汁、薄くない?」

 

「ごめん。作り直そうか?」

 

「もういいよ」

 

 修が不満そうに箸を置く。

 

 裕子は黙って修を見る。

 

「なに?」

 

「ううん」

 

 裕子が静かに笑う。

 

 ——今に分かる。

 

 ——あなたが馬鹿にした女が、どこまでやるか。




漫画版もお読みいただけます。
『泥棒夫の処刑日~妻の金で兄嫁と不倫した男の末路~: 匿名希望の体験談⑦【コミック】 (ヴァンクール出版)』
Amazonで漫画版を見る

漫画版はKindle Unlimited対象作品です。
Kindle Unlimited会員の方は、追加料金なしでお読みいただけます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。