介護丸投げ夫の処刑日~妻を「もう用済み」と捨てた夫の末路~   作:桐山さくらこ

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親父がいなくなったら

達也の職場。

 

 机の表示に「営業一課 課長 高瀬達也」とある。

 

 達也が、パソコンの前に座っていた。

 

 小西梨花が、見積書を持って達也のそばに立っていた。

 

「課長、ちょっといいですか。先方に、もう少し安くならないかって言われて……」

 

「見せて」

 

 達也が、見積書を見ていた。

 

 見積書に「注文数 100個」と記されていた。

 

「二百個まとめてもらえるなら、値段も下げられるよ。聞いてみた?」

 

「いえ。数を増やしてもらうんですね」

 

「うん。必要な数も、もう一度聞いてみて」

 

 梨花が、ほっとして笑っていた。

 

「ありがとうございます。聞いてよかった」

 

「困ったら、早めに言ってな」

 

 隣の机では、岡本拓海が、資料を抱えて立っていた。

 

「課長。小西さんにお願いしていた資料、まだ届いていないんですが」

 

「あっ……。すみません、まだ途中で」

 

「岡本、そっちで仕上げて。小西は先に、この商談を進めて」

 

「でも、先週も引き受けて。自分の分が、まだ……」

 

「締め切りは動かせないから。間に合わせてくれ」

 

 岡本が、唇を結んでいた。

 

「……分かりました」

 

 資料の積まれた机で、岡本が一人、パソコンに向かっていた。

 

 達也のそばで、梨花が小さく頭を下げていた。

 

「すみません。また助けてもらっちゃって」

 

「その分、商談を決めてこいよ」

 

「はい。頑張ります」

 

*

 

 その夜。

 

 レストランで、達也と梨花が、向かい合って座っていた。

 

 テーブルに、二人分の料理とワイングラスがあった。

 

「二百個で決まりました。値段も、それでお願いしますって」

 

「お、よかったな」

 

「課長のおかげです」

 

「ここでも課長?」

 

 梨花が、照れた顔でグラスを持っていた。

 

「……達也さん」

 

 達也が、うれしそうに笑っていた。

 

「はい。お疲れさま」

 

「お疲れさまです」

 

 達也のスマートフォンに、奈緒の顔のアイコンが表示されていた。

 

 奈緒からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈施設の申し込み、済ませました。来週の面談は一緒に来られる?〉

 

 達也からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈仕事。任せる〉

 

「奥さん?」

 

「親父の施設。今度は面談だって」

 

「施設、決まりそうなの?」

 

「申し込んだところ。こういうのは奈緒がやった方が早いんだよ」

 

 達也が、スマートフォンをテーブルに伏せていた。

 

 梨花が、達也の顔をうかがっていた。

 

「……そっか」

 

「何?」

 

「ううん。今日は、おいしいもの食べよ」

 

 梨花が、自分の皿を指して笑っていた。

 

「これ、すごくおいしいですよ」

 

「どれ?」

 

 達也が、箸を持ったまま笑顔で梨花を見ていた。

 

「ほんとだ。うまい」

 

 梨花が、うれしそうに達也を見ていた。

 

*

 

 別の日の昼。

 

 ホテルの客室で、達也と梨花が、ソファに並んで座っていた。

 

「ねえ。お父さんが施設に入ったら、奥さんに話せる?」

 

「……その話か」

 

「去年から、ずっと待ってるんだよ。いつ、離婚の話をしてくれるの?」

 

 達也が、困ったように顔をしかめていた。

 

「まだ入れるかも決まってないんだよ」

 

「じゃあ、決まったら?」

 

「施設に入ったって、病院に連れてったり、いろいろあるだろ」

 

「……それも、奥さんにやってもらうの?」

 

「今までやってるんだから、その方がいいじゃん」

 

 梨花が、達也から少し離れて座っていた。

 

「じゃあ、私はいつまで待つの?」

 

「親父がいなくなったら、ちゃんと別れるよ」

 

 梨花が、目を見開いていた。

 

「……亡くなったらってこと?」

 

「そうしたら、奈緒にいてもらう理由もないし」

 

 梨花が、黙って達也を見ていた。

 

「お前に介護させるつもりはないから。そこは心配しなくていいよ」

 

「……私とは、本当に結婚するんだよね?」

 

「もちろん。親父の家を売れば、二人のマンションも買えるし」

 

「そんなに、都合よくいく?」

 

「家も預金も俺が継ぐんだよ。奈緒には、引っ越し代くらい出せばいいだろ」

 

 梨花が、膝の上のスマートフォンを見ていた。

 

 画面に、マンションの間取りが表示されていた。

 

「……こういう部屋で、一緒に暮らしたいの」

 

「へえ。駅も近いな」

 

「うん。買い物にも便利そうで」

 

 達也が、梨花の画面をのぞき込んでいた。

 

「いいじゃん。帰りも楽になるな」

 

「毎回、別々に帰らなくてよくなるんだよね」

 

「そうだよ」

 

 梨花が、ようやく笑っていた。

 

「絶対……約束だからね」

 

 ホテルの洗面所では、梨花が、鏡の前で髪を整えていた。

 

 達也は、上着を腕にかけて立っていた。

 

「東川商事は? 今から寄るの?」

 

「今日はもういいよ。見積もりはメールで送るから」

 

「……そうなの?」

 

「うん。そろそろ会社に戻ろう」

 

*

 

 帰社後。

 

 梨花が、自分の席でパソコンに向かっていた。

 

 画面に「営業日報」が開かれていた。「訪問先」「業務内容」の欄は空白。

 

 梨花が、眉を寄せて画面を見ていた。

 

 東川商事の分、どう書けばいいんだろう。

 

 達也の席には、誰もいない。

 

 梨花のスマートフォンに、達也とのメッセージ画面が開いていた。

 

 画面には達也の顔と「高瀬課長」の名前が表示されていた。

 

 梨花からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈東川商事の件、日報はどう書けばいいですか?〉

 

 会社の会議室で、達也と二人の社員が、資料を前に座っていた。

 

 達也が、テーブルの下でスマートフォンを見ていた。

 

 達也からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈見積もりは送ったよ〉

 

 達也からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈今日の日報はこれで。東川商事訪問。見積提出、条件確認。同行:高瀬〉

 

 梨花の席では、梨花が、困った顔でスマートフォンを見ていた。

 

 ……行ってないのに、訪問?

 

 梨花からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈この内容で出して、大丈夫ですか?〉

 

 達也からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈大丈夫。何か聞かれたら俺が説明するから〉

 

 梨花が、達也の返事を見つめていた。

 

 ……そこまで言うなら。

 

 梨花からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈了解です〉

 

 梨花のパソコンに、入力済みの営業日報が表示されていた。

 

 訪問先は「東川商事」、業務内容は「見積提出、条件確認」、同行者は「高瀬達也」。

 

 修一の部屋で、修一が、苦しそうな顔で布団に横たわっていた。

 

 枕元の朝食は、手つかずのまま置かれていた。

 

「お父さん。気分、悪いですか?」

 

「すまん。今日は、食べられそうにない」

 

 奈緒の手にある体温計に「38.9℃」と表示されていた。

 

 奈緒が、顔をこわばらせていた。

 

「こんなに……。病院に連絡しますね」

 

 修一が、疲れた顔でうなずいていた。

 

*

 

 翌日。

 

 病室のベッドに、修一が横たわっていた。

 

 ベッド脇の椅子に、奈緒の鞄があった。

 

 鞄から「入居時の持ち物」と書かれた用紙がのぞいていた。

 

 病院の待合で、奈緒が、電話を耳に当てていた。

 

 スマートフォンの通話画面に「施設相談窓口」と表示されていた。

 

「高瀬です。父の入居のことで……。昨日、入院になりまして」

 

 奈緒の膝に、持ち物の用紙が広げられていた。

 

「衣類」「タオル」の項目に、用意済みの丸が付いていた。

 

「はい。退院が決まったら、またご相談させてください」

 

 奈緒が、用紙を持ったままうつむいていた。

 

*

 

 数日後。

 

 病室で、奈緒が、一枚の写真を修一に見せていた。

 

 写真に、自宅の鉢に咲いた花と、その横のつぼみが写っていた。

 

「見てください。今朝、咲いたんです」

 

「おお……。今年も咲いたか」

 

「こっちにも、つぼみがあるでしょう」

 

 修一が、うれしそうに写真を見ていた。

 

「うん。きれいだな」

 

「ここに置いておきますね」

 

 ベッド脇の台に、花の写真が立てかけられていた。

 

 食事の盆には、ご飯が半分ほど残っていた。

 

 奈緒が、盆を見て眉を下げていた。

 

「……あまり、食べられなかったですか?」

 

「うん。腹が減らんのだ」

 

 奈緒が、修一のそばに座っていた。

 

「帰ったら、お庭でお茶にしましょうね。あの花を見ながら」

 

「どら焼きも、つけてくれ」

 

 奈緒が、笑っていた。

 

「はい。お父さんの分、ちゃんと買ってきます」

 

「頼むよ」

 

 写真を見つめる修一の横顔。

 

 奈緒が、ほっとした顔で修一を見ていた。

 

*

 

 一方。

 

 会社の廊下で、営業部長の大沢健司が、達也に声をかけていた。

 

「お父さん、入院したんだって?」

 

「はい。家でもずっと付き添ってたんですが……」

 

「そうか。大変だったな」

 

「ありがとうございます。仕事には、なるべく穴を開けませんから」

 

「無理はするなよ。何かあったら、早めに言ってくれ」

 

 達也が、神妙な顔で頭を下げていた。

 

「はい。助かります」




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