冒険者ギルド本部・会計課。
普段は静まり返り、そろばんや魔導電卓のパチパチという無機質な音だけが響くこの部屋に、突如として雷鳴のような叫び声が轟いた。
「頼む……! 頼むから考え直してくれぇぇぇッ!!」
ギルド最高責任者・バルバロッサギルド長(レベル99)が、床に膝をついて頭を擦り付け土下座していた。
重厚なデスクの向こう側に座っているのは、眼鏡の奥の目を氷のように冷たく光らせた会計課長・カレン(32)。彼女の手元には、先日のイツキの配信で飛び交ったスパチャの明細と、大損害を出した『ギルド本部新設記念パーティー食材購入費(※ほぼ全滅)』の請求書が積み上がっていた。
「……ギルド長。お立ちになってください。ギルドのトップが部下に土下座などするものじゃありません」
「じゃあ給料カットを取り消してくれるのか!?」
「いいえ。今月の手取りはゼロ、来月と再来月は7割カットで確定です」
「全ッッッ然容赦ないじゃなぁぁぁいッ!!??」
ギルド長が悲鳴を上げながら跳ね起きた。
「ワ、ワシはギルド長だぞ!? あの『インフェルノ・マグママグロ』は超高難易度EXランク! 普通なら国家規模の遠征費がかかるものを、イツキ君にたった20万スパチャと経費(※大トロ)で調達できたのだ! 実質大黒字ではないか!!」
カレン課長は無表情のまま、そろばんをパチッと一弾きした。
「なるほど。では計算してみましょうか。
今回、ギルド本部パーティー用に予算から下りていた食材調達費……5000万円。
そして、あなたが現地で食い荒らしたマグロの大トロおよび中トロの市場価値……4500万円相当。
さらに、満足に食えなかったギルド幹部たちからの苦情を抑えるために急遽買い付けた『高級ワイバーン肉』の代金……3000万円。
ついでに、あなたが配信中に調子に乗ってイツキさんに投げたスパチャ20万円分」
カレン課長はメガネの位置をクイッと直すと、死神のような笑みを浮かべた。
「——差し引き、2520万円の大赤字です。どこが『実質大黒字』でしょうか?」
「ぐぬぬっ……! た、だが! 配信の同接は50万人を超えたのだぞ!? 広報効果は絶大だ! 広報課のタナカも『大成功です!』と……!」
「タナカ課長なら、現場での職務怠慢と公金(マグロ)の私的消費の罪で、現在始末書50枚を執筆中です」
「タナカぁぁぁぁッ!!(合掌)」
ギルド長は絶望でがっくりと肩を落とした。
「うぅ……だがなカレン……あのマグロの大トロは本当に美味かったのだ……! 溶岩でサッと炙られた皮目の香ばしさと、溢れ出す黄金の脂……思い出すだけで唾液が……!」
「私は食べていないので知りません」
バッサリ。冷酷無比な一言がギルド長の胸を突き刺す。
「頼むカレン! 今月の小遣いがなくなったら、ワシは酒も飲めん! 居酒屋で『星晶ホタテ』も食えんのだ! 1割……いや、5000円だけでいいから残してくれぇぇぇッ!」
往年の伝説のSランク冒険者とは思えない醜態に、カレン課長は深いため息をついた。
「……はぁ。仕方のないお方ですね。……では、一つだけ解決策をあげましょう」
「おおっ!? 本当かカレン! 何でもするぞ!」
ギルド長が身を乗り出すと、カレン課長は引き出しから1枚の書類を取り出し、バシッとデスクに叩きつけた。
そこには、こう書かれていた。
『次回案件依頼書:超高難易度SSランクダンジョン・巨神の冷蔵庫 調査&食材回収(依頼人:会計課長カレン)』
「な……なんじゃこれは……?」
「次回のイツキさんの配信に、私も同行します。もちろん、回収した食材は私が現場で厳重に管理し、ギルドの損失分を補填するための競りに出します。ギルド長には、私のSP兼アンカー(重り役)としてタダ働きしていただきます」
「えぇぇぇっ!? お前もダンジョンに行くのか!?」
「当然です。現場に私がいなければ、またあなた方が勝手に焼き肉を始めて全滅(完食)させるでしょうから。……それに」
カレン課長はチラリと書類の端に目をやり、ボソッと呟いた。
「……噂では、そのダンジョンの『絶対零度ブリ』のハラスも、相当美味しいらしいですからね」
「(あ、こいつ自分も現地で食う気だ……!!)」
ギルド長はカレンの隠しきれない本性を察したが、手取りを取り戻すためには頷くしかなかった。
「わ、分かった……! ワシが何トンでも重りになってやる! だから給料を……!」
「よろしい。では決定ですね。……あ、それとイツキさんには既に連絡済みです。『次回は会計課長様も参戦ですね!』と大変喜んでおられました」
「手回しが早すぎるだろぉぉぉぉッ!!」
こうして、ギルド長の給料(小遣い)奪還を賭けた、新たな「ダンジョン釣り配信」の幕が開かれようとしていたのだった。