「——皆さんこんばんは!『ダンジョン釣り部』のイツキです!」
画面に映し出されたのは、視界一面が青白い氷と巨大なつららに覆われたSSランク超危険地帯「巨神の冷蔵庫」。気温はマイナス50度、吐く息どころか瞬きした瞬間にまつ毛が凍りつく地獄絵図だ。
画面の隅では、同接数が配信開始30秒ですでに30万人を突破していた。
『うおっ眩しっ! 氷世界きちゃー!』
『タナカ課長生存確認www』
『右のスーツ姿の綺麗な人誰!?』
『噂の鬼の会計課長キタアアアア!!』
「本日はなんと……冒険者ギルド本部から、会計課長のカレンさんが緊急参戦してくださっています!」
カメラの前に立ったのは、極寒のダンジョン内だというのに寸分の乱れもないスリーピースのパンツスーツを着こなし、氷のように冷たい視線を投げかける美女——カレン会計課長(元Sランク氷結魔導士)。
「……どうも。冒険者ギルド本部会計課長のカレンです。本日は、前回の配信でギルド長が私的に喰い散らかした2520万円分の損害を回収するため、監査および現場指揮として参戦いたしました」
『挨拶から殺伐としすぎてて草ww』
『ギルド長画面外でガタガタ震えててワロタ』
『スーツに防寒具ゼロで平然としてるカレン課長何者なんだよww』
隣では、今月の給料を全額カットされたギルド長(レベル99)が、分厚いダウンジャケットを5枚重ね着して小さくなっていた。
「うぅ……カレン、ワシをそんな目で見るな……。ちゃんと手取りを取り戻すためにアンカー役に専念するから……」
「当然です。あなたが1グラムでも肉を勝手に口に入れた瞬間、来月と再来月の給料もゼロにします」
「ひぃぃぃっ!?」
「そして今回のターゲットはこちら! 氷底1000メートルに生息する伝説の怪魚『アブソリュート・ブリ』です!」
イツキが提示したのは、ギルドの資料室から持ち出した古代の青図面だ。
「このブリは全身が極上の脂で包まれており、特に『ハラス(腹身)』の部分は口に入れた瞬間に脂が体温で一気に溶け出し、至高の甘みが広がる至高の食材です!」
カレン課長が眼鏡のフチをクイッと押し上げた。
「そのハラス、市場に出せば1キロあたり1000万円で取引されます。本日引き揚げたハラスは全量、ギルドの損害補填用オークションに出品します。一切の試食は認めません」
『会計課長ガチすぎて草wwww』
『試食ゼロ宣告キタwwww』
『イツキの配信で「試食禁止」は無理だろwww』
「よし、じゃあ仕掛けを投げます! 氷穴へ……キャストッ!!」
ドブォォォォンッ!!
超硬度ワイヤーが氷穴の深淵へ落ちていく。そして——わずか十数秒後。
バリバリバリバリッ!!!
厚さ10メートルの氷床に亀裂が走り、湖全体が鳴動した!
「喰ったぁぁぁ! フィーーーーッシュ!!」
ギギギギギギギギッ!!!
「ぬおおおッ! なんだこの引きは!? 凍結の魔力がワイヤーを伝ってくるぞッ!」
「ギルド長、遊んでないでしっかり引っ張ってください! 金貨250枚ですよ!」
「分かっておるわぁぁ! 『覇王固定陣・極』ッ!!」
ギルド長、重戦士ガルド、そしてガタガタ震えるタナカ課長が連結した100トン人間アンカーが氷床を踏み砕く!
「……やれやれ。手際が悪いですね」
カレン課長が溜息をつき、スーツの袖を捲り上げた。右手に刻まれた古代の魔導陣が青白く輝く。
「我が暗算の前にひれ伏しなさい——『絶対零度算出(ゼロ・アブソリュート)』!!」
ドカァァァァァンッ!!
カレンが放った氷結相殺魔法が湖底の波動を完全に無効化! 一瞬の隙を突いて、イツキが一気に竿を跳ね上げた!
「引き抜くぞぉぉぉぉッ!! ぬんがあぁぁぁッ!!!」
ズドドドドオーーンッ!!
氷穴から飛び出したのは、体長20メートル、白銀の鱗をギラギラと輝かせる巨大な「アブソリュート・ブリ」!
「よし! 鮮度が命! 解体開始ッ!」
イツキの『太古の鉄塊剣』が閃き、一瞬でブリの最も脂が乗った「腹身(ハラス)」が切り出された。イツキは即座に『火竜のバーナー』で表面だけをサッと炙る!
(ジュワァァァァァ……ッ!!)
氷点下の空間に、脂が弾ける香ばしい煙と、トロけるような旨味の香りが一気に広がった。
「う、美味そうすぎる……! カレン! 一口! 一口だけでいいから舐めさせてくれぇぇッ!」
「ダメですと言……っ!?」
拒絶しようとしたカレン課長だったが、立ち上る芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、言葉が詰まった。
「カレンさん、案件の監査ご苦労様です! はい、あーん!」
イツキは一切の躊躇なく、特製かえし醤油を塗った炙り立てのハラス(熱々&極冷の奇跡の温度差)を、カレンの口元へ差し出した。
「なっ……私を誰だと……んむッ!?」
強引に口へ放り込まれた瞬間。
(トロットロ……ジュワァァァァァッ!!)
カレン課長の瞳孔がカッと見開き、掛けていた眼鏡が熱気と脂の香りで真っ白に曇った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!???」
そのまま、氷の上へドサリと膝から崩れ落ちるカレン。
「こ、これは……何ですか……!? 表面の炙られた皮目がパリッと香ばしく……直後に、氷のように冷たくも濃厚な脂が、口の中の熱で一気に弾けて広がる……! 噛む必要すらない……甘い……旨味が、脳の計算機能を狂わせる……ッ!!」
『カレン課長落ちたアアアアアアwwwwww』
『メガネ曇ってて草wwwwww』
『食レポが的確すぎてじわるwww』
『「脳の計算機能を狂わせる」は名言www』
「美味いかカレン!? 美味いんだな!? ワシにも食わせろぉぉぉッ!」
ギルド長がハイエナのように飛びついてハラスをむさぼり食う!
「うまあああああいッ! カレン! 競りなんて中止だ! 全部食うぞ!!」
「……はっ!?」
ハッと正気に戻ったカレン課長は、赤くなった顔を覆いながら必死に平静を装った。しかし、口の中に残る至高の余韻に、そろばんを握る手が震えている。
「き、競りの中止は認めません……! ですが……ええ、現場での『品質チェックおよび厳正なサンプル試食』は必要不可欠です……!」
「つまり食うってことじゃねえかぁぁぁ!!」
「うるさいですギルド長! あなたの給料は来月もカットです! 私は……私は監査のために、もう一きれチェックしなければならないのです……ッ!(パクッ)」
『カレン課長、自分に甘くて草www』
『職権乱用感染しててワロタ』
『後ろでタナカ課長が「僕の分もありますか…?」って顔してるww』
「さあ皆さん! まだまだ身は山ほどありますから、どんどん炙りますよ〜!」
こうして、極寒のSSランクダンジョンは一瞬で「巨大ブリの炙り焼きパーティー会場」へと変貌。鬼の会計課長すらも堕ちた第3回案件配信は、同接65万人という過去最高記録を叩き出し、大爆笑のうちに幕を閉じたのだった。