配信翌日。冒険者ギルド本部・会計課。
普段なら静まり返っているはずの執務室は、朝から尋常ではない緊張感に包まれていた。
デスクの前に立つのは、カレン課長の右腕である優秀な若手会計士・ミルカ(24)。彼女の手には、昨夜のイツキの配信の録画データと、今朝提出された『損害補填用オークション・成果報告書』が握られていた。
そして重厚な椅子に座るカレン課長は、心なしかいつもより浅く腰掛け、眼鏡の位置を不自然なほど何度も直している。
「……カレン課長。少々お尋ねしたいことがございます」
ミルカが冷ややかな声で書類を机に叩きつけた。
「今朝提出された報告書によると、現地で回収された『アブソリュート・ブリ』の総重量は推定5トン。しかし、オークションに出品されたハラスの量は……予定のわずか40%にとどまっています。残り60%のハラスは一体どこへ消えたのでしょうか?」
「……っ。そ、それについては報告書にも記載した通りです。『現場における環境要因による著しい品質劣化および、厳正なるサンプル試食(破棄)』によるものです」
「へぇ……試食、ですか」
ミルカは無言で魔導モニターを起動し、昨夜のイツキの配信のアーカイブを再生した。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!???』
(画面には、メガネを真っ白に曇らせ、うっとりと脂の乗ったハラスを噛み締めながら氷の上に膝から崩れ落ちるカレン課長のアップ)
『品質チェックおよび厳正なサンプル試食は必要不可欠です……ッ!(自ら2枚目をパクッ)』
「「「………………」」」
執務室にいた部下たちの視線が一斉にカレン課長へ突き刺さった。
カレンの額から、すーっと冷や汗が吹き出す。
「か、課長……? 『一切の試食は認めない』と仰って出て行かれましたよね……?」
「あの『脳の計算機能を狂わせる』って、どういう会計用語ですか……?」
「課長……ご自分で『チェック(パクッ)』って言って2皿目いってませんか……?」
部下たちがジリジリと距離を詰めてくる。普段は「鬼の会計課長」として恐れられているカレンが、完全に蛇に睨まれた蛙状態になっていた。
「ち、違うのですミルカ! あれは……あれはイツキ君の不可抗力による攻撃で……! 1口目は口に無理やり放り込まれたのであって……!」
「では、2口目と3口目、そして配信終了後にギルド長と争うようにして召し上がっていた『特製炙りブリ丼(大盛り)』は何だったのですか?」
「配信外のカメラまでチェックしているのですか君たちはぁぁぁっ!?」
カレン課長が思わず叫んだ。
「当たり前です! 私たちがどれだけ『ギルド長の私的乱費をどう穴埋めするか』で徹夜したと思っているのですか! それなのに……まさか身内の課長まで一緒になって大トロとハラスをむさぼり食っていたなんて……!」
「うっ……ぐぬぬ……!」
反論の余地ゼロ。完璧な証拠を突きつけられ、カレン課長はついにガクッと頭を垂れた。
「……申し訳ありませんでした。あのハラスの炙りは……あまりにも脂が乗っていて……皮目の香ばしさと特製かえし醤油の相性が……抗えなかったのです……」
「素直に『美味しかった』と言いなさい!!」
部下たちからの容赦ないツッコミが飛ぶ。
「はぁ……もういいです。課長」
ミルカは深いため息をつくと、新たな書類をデスクに提示した。そこには『特別減給処分および、次回案件における経費回収義務』と書かれている。
「カレン課長。昨夜ご自分で『ギルド長の来月の給料も全額カット』と宣言されていましたね?」
「え、ええ。言いましたけれど……」
「課長ご自身の来月の給料も5割カットとさせていただきます。当然ですよね? 監査役が現場で一番美味いところを食い荒らしたのですから」
「そ、そんなぁぁぁッ!? 私の手取りまでぇぇぇっ!?」
「嫌なら、次回のイツキさんの配信で『幻の超高級食材』を回収して、完璧に競り落としてきてください。今度こそ1グラムも食べずに、です」
ミルカがフッと冷酷な笑みを浮かべた。その姿は、まるでかつてのカレン課長そのものであった。
「くっ……! 分かりました……! 次回の配信では、私自身の給料(小遣い)を取り戻すために……絶対に1口も食べずに食材を回収してみせます……!」
そこへ、部屋のドアが勢いよく開いた。
「ガハハハハ! 聞いたぞカレン! お前も給料カットになったそうだな!!」
ダウンジャケットを着込んだギルド長が、嬉しそうに鼻の下を擦りながら入ってきた。
「これでワシとお揃いだ! よーし、次回のイツキ君の配信は『給料カット同盟』として、二人で力を合わせて美味いものを……」
「黙りなさいギルド長!! あなたのせいで私の手取りが減ったのです!! 次のダンジョンではあなたが一番重いアンカーになってもらいますからねぇぇぇっ!!」
「なにぃぃぃっ!? ワシは被害者だぞぉぉぉっ!?」
給料を削られた二人のトップが醜い責任転嫁の喧嘩を始める横で、ミルカは手慣れた手つきでイツキにメッセージを送信していた。
『イツキ様。次回配信の件ですが、ギルド長とカレン課長が大変やる気になっております。一番引きが強く、一番美味しいターゲットを用意しておいてください』
こうして、ギルド本部の給料奪還を賭けた(そして再び誰かが胃袋を掴まれる)惨劇の第4回配信へと続いていくのであった。