「——どうも皆さん、こんばんは!『ダンジョン釣り部』のイツキです!」
画面に映し出されたのは、夜空を埋め尽くす七色のオーロラと、空中を漂う浮遊島群が幻想的な超高難易度EX++ランクダンジョン「天空の領域・最上層」。標高はなんと地上1万メートル超えだ。
配信開始と同時に、同接数は破竹の勢いで50万人を即座に突破した。
『ミルカちゃん現場監督参戦キタアアアア!!』
『画面端の威圧感が凄まじいwww』
『手取りマイナス同盟の目が死んでて草』
『背景のロケーション凄すぎるだろww』
「本日の配信ですが……なんと冒険者ギルド本部から、ギルドの最終防衛ラインこと会計課のミルカさんが現場監督として参戦されています!」
カメラが横にパンすると、そこには完璧な防寒コートを羽織り、腕組みをして魔導タブレットを手に佇む優秀な若手会計士・ミルカ(24)。
そしてその背後には、揃って「減俸10割(手取りマイナス)」を食らい、作業着姿で体育座りをしているギルド長とカレン会計課長の姿があった。
「……本日、現場監査として参入いたしました会計課のミルカです。前回の『ゴッド・スパ・ロブスター私的完食事件』により、両名は現在『労働奉仕モード』となっております。本日獲れた食材は、私がすべて現場で封印・回収いたします。1ミクロンたりとも彼らの口には入れさせません」
ミルカが魔導タブレットをトントンと叩くと、ギルド長とカレンが同時に肩を跳ねさせた。
「うぅ……ミルカ、頼むから一口……爪の先だけでいいから……」
「黙りなさいギルド長。あなたが自重しないから私も巻き添えで減俸になったのです。本日は完全に『人間の重り(0円労働)』として機能してください」
『手取りマイナス同盟の扱い草wwww』
『ミルカちゃんの統率力が高すぎる』
『ギルド長とカレン課長が完全に借りてきた猫』
『タナカ課長はどこ??』
「あ、タナカ課長は高山病の予防魔法薬を調合するため、あちらで薬草を煎じております!」
画面の奥で、タナカ課長が白煙を上げながら大きな鍋を必死に混ぜていた。
「さあ! 本日のターゲットを発表します! 雲海を泳ぐ伝説の巨大巨魚『スカイ・マグナム・マグロ』です!」
イツキが提示したのは、翼のような胸鰭を持ち、全身が極上のトロと赤身で満たされた「飛空の巨魚」の図面だ。
「この魚のトロは『天空のエアリー・トロ』と呼ばれており、口に入れた瞬間に綿菓子のようにふわっと消え去り、極上の甘みだけを残すと言われています!」
「ふふん……市場価値はなんと1億2千万円。本日こそ、我がギルドの損失を一気に取り戻します。……全員、配置につきなさい!」
ミルカの冷徹な号令がかかる。
本日のアンカー陣形:
重戦士ガルド、ギルド長(0円)、カレン課長(0円)、タナカ課長(薬草鍋持参)。
総重量推定200トンの「完全無給・極限回収アンカー」が完成した。
「仕掛けはこれ! 高濃度魔導酵素を塗った特製フェザーフックです!……キャストッ!!」
シュタァァァン……!
1万メートルの雲海へラインが吸い込まれていく。
そして——数秒後。
ズドドドドドドドッ!!!!!
空全体が割れんばかりの大爆音! 雲海を突き破り、体長30メートルを超える真っ青な「スカイ・マグナム・マグロ」が飛翔した!
「喰ったぁぁぁ! フィーーーーッシュ!!」
ギャギャギャギャギャギャギャッ!!!
「ぬおおおおおッ!? 宙に引っ張られるぅぅぅ! 浮力で身体が浮くぞッ!」
「手取りぃぃぃ! ワシの手取りを取り戻させろぉぉぉッ!」
「逃がしません! 1億2千万円の航空運送費は私が計算済みですッ!!」
手取りマイナス組の咆哮が1万メートルの天空にこだまする! 200トンアンカーが浮遊島の岩盤にめり込みながら、空飛ぶ巨魚の強大な引きに耐え抜く!
「引っこ抜くぞぉぉぉぉッ!! 天空のトロゲットォォォッ!! ぬんがあぁぁぁッ!!!」
ズドドドドオーーンッ!!
雲海から引き抜かれた巨魚が、浮遊島の広場へ豪快に打ち上げられた!
「やりました! 捕獲完了です! イツキさん、すぐにアタッチメント容器で封印を——」
ミルカが魔導封印箱を差し出そうとした、まさにその瞬間。
(シュパッ!!)
イツキの『太古の鉄塊剣』が光の速さで閃いた。
一瞬にして、極上のピンク色に輝く『天空のエアリー・トロ』が美しい柵状に切り出され、イツキの『火竜のバーナー』で表面がサッと炙られる!
(じゅわぁぁぁぁぁ……雲煙ッ!!)
1万メートルの澄み切った空気に、香ばしく甘いトロの脂の香りが爆風のように広がった。
「〜〜〜〜〜〜っ!?」
完璧だったミルカの表情がピキリと凍りついた。
「ミルカさん! 現場監督お疲れ様です! いつもギルドの事務処理ありがとうございます、はい! 炙りたてのエアリー・トロです! あーん!」
「な……何を仰っているのですか! 私は……私は二人とは違います! 完璧な会計士として、こんな……こんな誘惑には……っ!」
強固な意志で拒絶しようとするミルカ。
しかし、イツキは笑顔のまま、特製ワサビ醤油が染み込んだ至高の一片を、容赦なくミルカの口元へ近づけた。
「……ッ! だ、ダメ……私まで……私まで落ちたら……会計課が……んむッ!?」
カレン課長の時と同じく、一切の猶予なく口の中へ滑り込むエアリー・トロ。
(ふわぁぁぁぁ……ッ!!)
ミルカの瞳孔がカッと見開き、抱えていた魔導タブレットが手から滑り落ちて床にカチャンと音を立てた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!???」
そのまま、雲の上の地面へドサリと膝から崩れ落ちるミルカ。
「な……なにこれ……!? 噛む……噛む前に……舌に乗せた瞬間に、温かい脂がシュワッと溶けて消えた……!? なのに……なのに濃厚な旨味の余韻だけが……口の中に爆発的に残ってる……! 脳内の……脳内の貸借対照表(バランスシート)が……崩壊していく……ッ!!」
『ミルカちゃんも落ちたアアアアアアwwwwww』
『「バランスシートが崩壊していく」草wwww』
『魔導タブレット落としててワロタwwww』
『全滅!! ギルド会計課、全滅です!!www』
「ガハハハハ! 見たか! ミルカも落ちたぞ!!」
「フフ……フフフ……ようこそ、こちら側の世界へミルカ……(パクッ)」
「あ、カレン課長がスキを突いて2切れ目を食ったぁぁぁっ!?」
ミルカは頬を真っ赤に染め、涙目になりながらプルプルと震えていた。
「う、美味い……美味すぎます……! こんなの……こんなの経費で落ちるわけがありません……ッ! でも……でも……もう一口……チェック(2食目)が必要です……ッ!」
「結局みんな食うじゃねえかぁぁぁぁッ!!」
タナカ課長も薬草鍋を投げ出し、「僕もエアリー・トロ丼いただきます!」と歓喜の声を上げて群がった。
『会計課、全滅!!wwww』
『結局全員で大食い大会になってて最高www』
『イツキの胃袋掴みパワー恐るべし』
[¥500,000 スパチャ:【冒険者ギルド本部・副ギルド長】来週はワシが現場監督として同行する。絶対に許さん]
「副ギルド長様、50万スパチャありがとうございます! 次回の参戦お待ちしております!」
「「「副ギルド長まで来るの!?!?」」」
絶叫するギルド長、カレン、ミルカの声を背に、イツキたちは1万メートルの絶景の中で極上のトロ丼を完食。
同接は前人未到の85万人を突破し、ギルド本部総崩れの第5回案件配信は大爆笑のうちに幕を閉じたのだった。