監視夫の処刑日~妻を見張る夫の、見られたくない秘密~   作:桐山さくらこ

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帰るのは九時と伝えた

「ごめんね。せっかく一緒に来たのに」

 

「私はいいよ。香織は、大丈夫?」

 

「……うん」

 

 香織が、千夏へ申し訳なさそうに顔を向けていた。

 

「一枚だけ、お願いしてもいい?」

 

「うん。私が写るのは、いいよ」

 

 パスタの皿の後ろで、千夏が小さく手を上げていた。香織が、スマートフォンを千夏へ向けていた。祐介からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈ありがとう。楽しんでおいで〉

 

 香織が、画面を見たまま黙っていた。

 

「送れた?」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

 香織が、スマートフォンをテーブルに伏せていた。

 

「じゃあ、食べよう。冷めちゃう」

 

「そうだね」

 

 香織はオムライスを一口食べた。

 

「どう?」

 

「おいしい。……千夏のも、おいしそう」

 

「一口いる?」

 

「うん。私のも食べて」

 

 香織は小さく笑った。

 

「それで、店長さん。来月からなんだよね」

 

「うん。次に来る人、どんな人かまだわからなくてさ」

 

「そっか。それも気になるよね」

 

「今の店長には、何でも相談できたから――」

 

 二人は笑顔を交わした。

 

*

 

 平日の午後。生活雑貨店のバックヤードで、店長の佐伯恵が、勤務表を持っていた。

 

「村瀬さん、今日、閉店まで延びられる? 午後の人がお休みになっちゃって」

 

「はい。今日は大丈夫です」

 

「助かる。じゃあ、少し長めに休憩を取ってきて」

 

 香織からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈今日は七時まで働くことになったよ。晩ご飯、少し遅くなるね〉

 

 祐介の返信には、こう書かれていた。

 

〈わかった〉

 

 香織はほっとした。売り場で、香織が、リボンを掛けた箱を客へ差し出していた。

 

「わあ、きれい。これなら、渡すのが楽しみ」

 

「ありがとうございます」

 

 香織は笑った。バックヤードのロッカーの中で、スマートフォンが光っていた。祐介からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈俺はもう帰った〉

 

〈まだ忙しい?〉

 

〈電話出て〉

 

*

 

 閉店後。バックヤードで、香織が、エプロンを畳んでいた。

 

「お疲れさま。今日、助かったよ」

 

「お客さんにも、ラッピング喜んでいただけました」

 

「見てた。練習したかいがあったね」

 

「はい!」

 

 恵が、勤務表を香織に見せていた。

 

「前に言ってた午後の勤務、来月から少し増やせそうだけど。どう?」

 

「本当ですか?」

 

 香織が、勤務表へ身を寄せていた。

 

「午後も入れたら、売り場の入れ替えも手伝えますね」

 

「そう。それもお願いしたかったの」

 

「予定を見て、返事をもらえる?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 香織が、明るい顔でロッカーの前に立っていた。手元のスマートフォンには、祐介からの不在着信が五件ある。香織の顔がこわばっていた。店の外で、香織が、スマートフォンを耳に当てていた。

 

「ごめん。今、終わったよ」

 

『……何回掛けたと思ってるんだよ』

 

「仕事中は見られなくて。すぐ帰るね」

 

 自宅の玄関で、香織が、鞄を肩に掛けたまま立っていた。

 

「ただいま。遅くなってごめんね」

 

 祐介は憮然としていた。

 

「お前の店、スマホ見るのも駄目なの?」

 

「売り場には持って出ないよ。ロッカーに入れてるから」

 

「その間、ずっと一度も見ないの?」

 

「仕事中だよ。お客さんもいたし……」

 

「一分くらい、空くだろ」

 

 香織が、疲れた顔で祐介を見ていた。

 

「空いたら、次のお客さんの用意をしてたの」

 

「俺のことは後回しかよ」

 

「七時まで働くって、送ったでしょう。わかったって言ってくれたから……」

 

「こっちは、何かあったかと思って待ってたんだよ」

 

 香織が、口を結んでいた。

 

「もういい。次から気をつけて」

 

 祐介はソファでテレビを見ていた。玄関で、香織が鞄を抱えてうつむいていた。今日のこと、話したかったのにな……客がラッピングを喜んでくれたこと。練習してよかったと店長にも言われたこと。帰り道には、その話から始めるつもりだった。玄関で謝っているうちに、自分のうれしかった一日が、夫を待たせた時間だけになった。

 

*

 

 翌日。店のバックヤードで、香織が、恵の前で目を伏せていた。

 

「昨日のお話なんですけど。勤務を増やすのは、やっぱりもう少し待っていただけますか」

 

「どうしたの?何か、都合が悪かった?」

 

「……家のほうが、ちょっと」

 

「そっか。働けそうになったら、また教えてね」

 

「はい。せっかく声をかけていただいたのに、すみません」

 

 香織が、畳んだエプロンを両手で持っていた。もっと、やってみたかったんだけど……

 

*

 

 その夜。ソファで、香織のスマートフォンに、友人三人のグループメッセージが開いていた。美穂からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈千夏の誕生日、三人でご飯に行かない?〉

 

 千夏からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈ありがとう。来週の木曜なら空いてるよ!〉

 

 香織が、隣の祐介へ顔を向けていた。

 

「ねえ。来週の木曜、千夏の誕生日のお祝いに行きたいんだけど」

 

「何時から?」

 

「六時半。駅前のレストランで、美穂と三人」

 

「美穂って、結婚式に来てた?」

 

「うん。千夏の隣に座ってた子」

 

「ああ。帰りは?」

 

「九時には帰る。ご飯も作っておくから」

 

「わかった」

 

 香織は戸惑った。

 

「……本当に行ってきていいの?」

 

「いいって。千夏さんにも、よろしく」

 

「うん。ありがとう」

 

 香織は笑顔でスマートフォンを持った。香織からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈私も行ける! お店、予約するね〉

 

*

 

 翌日。生活雑貨店で、香織が、花柄のカップを見ていた。

 

「贈り物?」

 

「友達の誕生日なんです。こういうの、好きだから」

 

「自分で包んでいく?」

 

「はい。そうします」

 

 カップの入った箱に、きれいなリボンが掛かっていた。香織が、笑顔でメッセージカードを書いていた。

 

「千夏、お誕生日おめでとう! また一緒にお出かけしようね。香織」

 

 自宅で、香織が、レストランへ電話していた。

 

「木曜日に三人で予約した、村瀬です。誕生日のデザートもお願いしたくて」

 

「はい。千夏です。ありがとうございます」

 

 テーブルに置かれたプレゼントの箱。香織が、うれしそうにリボンを見つめていた。

 

*

 

 誕生日のお祝いの日。台所に、ラップを掛けた夕食が一人分並んでいた。

 

 横のメモには「レンジで温めてね」と書かれていた。

 

 玄関の鏡で、イヤリングをつけた香織が、笑顔を映していた。手には、プレゼントの袋があった。レストランで、香織と千夏、美穂がテーブルを囲んでいた。

 

「千夏、お誕生日おめでとう!」

 

「おめでとう」

 

「ありがとう。三人で集まるの、久しぶりだね」

 

「ほんと」

 

「じゃあ乾杯しよ」

 

 香織はスマートフォンを思い出した。

 

「あ、その前に。一枚撮っていい?」

 

 スマートフォンに、三人でグラスを持った写真があった。祐介へからのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈着いたよ。九時には帰るね〉

 

 香織が、ほっとした顔でスマートフォンをバッグに入れていた。これで、大丈夫だよね。

 

「香織、そのイヤリングかわいい」

 

「ありがとう。久しぶりにつけた」

 

「もっとつけなよ。似合うのに」

 

「仕事だと邪魔になっちゃって。今日は、おしゃれしてきたんだよ」

 

「私のために?」

 

「うん。千夏も、そのワンピース似合ってる」

 

「今日のために買っちゃった」

 

「主役はやっぱり一番気合い入ってるね」

 

 笑っていた三人。

 

「そうだ。前に話した店長、送別会することになったの」

 

「何か贈るの?」

 

「うん。何がいいかなあ」

 

「香織のお店は? かわいいの、あるよね」

 

「あるよ。明日、見てみようか」

 

「助かる。あとで一緒に選んでほしい」

 

「うん、もちろん」

 

 バッグの中で、スマートフォンが光っていた。

 

*

 

 午後七時四十分。スマートフォンに、祐介からの不在着信が三件ある。

 

「まだ食べてる?」「電話出て」

 

 香織の表情がこわばっていた。

 

「どうしたの?」

 

「……ごめん。ちょっと電話してくる」

 

 入口から、誰かがテーブルへ歩いてくる。

 

「香織」

 

 香織が、振り向いて目を見開いていた。

 

「え……」




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