監視夫の処刑日~妻を見張る夫の、見られたくない秘密~   作:桐山さくらこ

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泣くところまで見ないで

祐介はテーブルのそばに立った。

 

「返事がないから。心配になって」

 

「祐介さん……こんばんは」

 

「こんばんは。お誕生日、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 千夏と美穂が、香織を見ていた。

 

「まだ、食べてる途中なんだけど……」

 

「うん。外で待ってるね」

 

 香織が、スマートフォンを握ったまま夫を見ていた。

 

「迎えに来てくれたんだ。優しいね」

 

 香織が、こわばった顔で笑っていた。

 

「……ちょっと、行ってくる」

 

「うん」

 

「すぐ戻るから」

 

 店の外で、祐介が、腕時計を見ていた。

 

「九時には帰るって言ったよね」

 

「うん。でも、連絡がつかないから」

 

「写真も送ったでしょう」

 

「写真は見たよ。でも俺が連絡したのにその後、返事がないだろ」

 

「話してて気づかなかったんだよ。先に帰ってて」

 

「せっかく迎えに来たのに?」

 

 香織が、祐介を見つめていた。

 

「迎え?頼んでないよ」

 

「あのさ、俺が来たら、迷惑?」

 

「そうじゃなくて……」

 

 香織が、店の中に顔を向けていた。

 

「まだ、一緒にいたいの。今日、千夏のお祝いなんだよ」

 

「プレゼントも、まだ渡してないし……」

 

「じゃあ、渡してくれば。ここで待ってるから」

 

 祐介は店の壁際に立った。香織が、悔しそうに唇を結んでいた。

 

「あと一時間くらい、かかるよ」

 

「それなら、俺は一時間ここにいるよ」

 

 向こうで、千夏と美穂が入口を見ていた。香織が、目を伏せていた。戻ったって……ずっと、ここで待ってるんだ。テーブルで、香織が、千夏へプレゼントの袋を差し出していた。

 

「ごめんね。私、先に帰る」

 

「……もう?」

 

「うん。これ、お誕生日の」

 

「ありがとう。でも、まだ……」

 

 テーブルには食べかけの食事。香織が、無理に笑っていた。

 

「本当に、ごめん」

 

 千夏の口が、わずかに開いていた。

 

「香織……大丈夫?」

 

「うん。二人は、ゆっくりしていってね」

 

「……わかった。帰ったら、連絡して」

 

「うん」

 

 入口で、香織が店員へ頭を下げていた。

 

「デザート、二人に出してください。私、帰るので」

 

 千夏の手には、まだ開けていないプレゼントがあった。香織の席だけが空いていた。自宅へ続く歩道で、祐介が、少し前を歩いていた。香織はうつむいた。

 

「そんなに怒るなよ。心配だったんだから」

 

「……楽しみにしてたのに」

 

「電話に出てくれれば、迎えになんか来なかったよ」

 

 香織が、足を止めていた。

 

「私が悪かったの?」

 

「返事するだけだろ。そんな難しいこと言ってる?」

 

 香織の頬に、涙が落ちていた。祐介が振り返り、香織へ手を差し出していた。

 

「ほら。帰ろう」

 

 暗い歩道を、二人の影が進んでいった。自宅の寝室で、香織が、スマートフォンを見ていた。千夏から、花柄のカップと誕生日デザートの写真が届いていた。

 

 デザートの皿には「千夏 Happy Birthday」と書かれていた。

 

 千夏からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈カップ、すごく好き。リボンもかわいくて、ほどくの迷っちゃった。ありがとう〉

 

 香織の返信には、こう書かれていた。

 

〈気に入ってもらえてよかった。今日は、ごめんね〉

 

 香織は目元を指で押さえた。……開けるところ、見たかったな。リボンの色を選び、カードを書き、デザートを頼んだ。千夏が喜ぶ顔を、同じ席で見たかった。写真に届いた笑顔をうれしいと思うことと、そこにいられなかった悲しさは、どちらも本当だった。

 

*

 

 数日後。千夏からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈店長へのプレゼント、買えたよ。選んでくれてありがとう。渡すの楽しみ!〉

 

 香織の返信には、こう書かれていた。

 

〈喜んでもらえるといいね〉

 

 美穂からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈来月、また三人でご飯行こうよ〉

 

 香織が、返事を書きかけた画面を見つめていた。

 

 入力欄には「行きたい」とある。

 

*。

 

 レストランの外で、祐介が、壁際に立って腕時計を見ていた。香織が、うつむいてスマートフォンを持っていた。香織からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈ごめん。今回は二人で行ってきて〉

 

*

 

 ある夜。洗面所で、濡れた髪の香織が、スマートフォンを耳に当てていた。

 

「今、お風呂から出たところ」

 

『入るなら言ってよ。何度も掛けたんだけど』

 

「家にいるの、わかってるでしょう」

 

『返事がなきゃ、何してるかわからないよ』

 

 香織が、タオルを握りしめていた。

 

「……着替えるから、切るね」

 

*

 

 翌日。リビングの棚で、祐介の手に、小型の室内カメラがあった。

 

「それ、どうしたの?」

 

「買ってきた。ここに置けば、部屋が見えるだろ」

 

「部屋って……私がいるときも?」

 

「うん。これなら、何回も電話しなくて済む」

 

 香織が、嫌そうにカメラを見ていた。

 

「私を見るために、買ったの?」

 

「風呂の間、連絡できないって言ってたじゃん。これなら、出てくるまで待てるし」

 

「お風呂から出るたび、見られるのは嫌だよ」

 

「脱衣所が映るわけじゃないよ。ここに戻ってくるのがわかればいいんだから」

 

「そういうことじゃ……」

 

「じゃあ、電話に出てよ。連絡つかなきゃ、心配になるだろ」

 

 香織が、唇を結んでうつむいていた。

 

「留守のときは防犯にもなるし。香織のスマホでも見られるから」

 

 香織が、顔を上げていた。

 

「これで、本当に電話しなくなる?」

 

「うん。普通に過ごしてるってわかれば、何度も掛けないよ」

 

「……わかった。じゃあ、電話は減らしてね」

 

 棚のカメラのランプが点灯していた。香織のスマートフォンに、ソファと廊下の入口が映っていた。

 

 画面の下に「ライブ映像」「録画履歴」と表示されていた。

 

 香織が、笑わずに画面を見ていた。

 

*

 

 翌日の午後。ソファで、香織が、湯気の立つカップを持っていた。隣の籠には、取り込んだ洗濯物があった。スマホの通知。祐介からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈洗濯物、まだ畳んでないの?〉

 

 香織が、カップを持ったままカメラを見ていた。香織からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈今、洗い物が終わったところ。少し休んでからやるね〉

 

 祐介からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈先に済ませたほうが楽だろ〉

 

 香織が、眉を寄せて画面を見ていた。今、座ったばっかりなのに……香織の膝に、畳みかけのタオルがあった。テーブルのお茶には、口がつけられていない。

 

*

 

 その夜。食卓で、香織が、向かいの祐介を見ていた。

 

「カメラ、私がいる間は切りたい」

 

「何で?」

 

「今日、お茶飲んでたら連絡が来たでしょう。洗濯物、畳んでないのって」

 

「うん」

 

「それから、座るたびに気になるの。また何か言われるかなって」

 

「ずっと見てるわけじゃないって」

 

「でも、いつ見てるか、私にはわからないでしょう」

 

 祐介が、面倒そうに背もたれへ体を預けていた。

 

「普通にしてればいいだけだろ」

 

「休んでただけだよ。洗濯物だって、あとでやるって返したでしょう」

 

「あとでやるより、楽だと思ったから」

 

「いつやるかくらい、自分で決めたいよ」

 

 香織が、テーブルの上で両手を重ねていた。

 

「電話が減るならと思って、置いたんだよ。それなのに……」

 

「友達といても返事。仕事してても返事。家に帰っても、これじゃ……」

 

「俺が連絡するのが、そんなに嫌か」

 

「そういうことじゃない。すぐに返せないときもあるって、言ってるの」

 

「一言返すだけだろ」

 

「千夏の誕生日だって、帰る時間も写真も送ったのに」

 

「まだその話?」

 

 香織が、言葉に詰まっていた。

 

「心配してるだけなのに。何でそんなに嫌がるんだよ」

 

「何もしてなくても、ずっと見られるのは嫌なの。家にいても、気が休まらないよ」

 

「やましいことがないなら、見られても困らないだろ?」

 

 香織は、何も悪いことをしていないからこそ、嫌だと言っているのだと思った。休むにも、友達と話すにも、自分の時間として過ごしたい。夫には、その気持ちを説明する前に、疑われる理由があるのかと問われてしまう。香織の顔が曇った。

 

「……私、何かした?」

 

「してないなら、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」

 

 祐介はテレビへ顔を向けた。香織の頬に、涙が落ちていた。嫌だって言うだけで、私が悪いみたい……香織はうつむいた。




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