監視夫の処刑日~妻を見張る夫の、見られたくない秘密~ 作:桐山さくらこ
土曜日の午後。
*
千夏の家で、香織と千夏が、お茶を前に座っていた。
「昨日、急に連絡くれたから、何かあったのかと思った」
「ごめんね。祐介が、千夏と遊んでこいって」
「そうだったんだ」
「家にいるって言ったんだけど、聞いてくれなくて」
千夏が、カップから顔を上げていた。
「家にいちゃ駄目なの?」
「駄目とは言わないんだけど……今、千夏に連絡してみろって、ずっとそばにいるんだよ」
「そこまで?」
「うん。会えるって言ったら、夕飯も食べてこいって」
「……それは、ちょっと変だね」
「でしょ? この前まで、帰りが遅いって怒ってたのに」
千夏が、冗談めかして笑っていた。
「もしかして家で浮気してたりして」
「まさかぁ。今朝も、ゴルフバッグ持って出かけたよ」
「だよね」
二人は顔を見合わせて笑った。笑顔の香織が、スマートフォンを手にしていた。
「あ、家のカメラ、見てみようか」
「カメラ?」
「祐介がつけたの。私のスマホでも見られるから」
香織が、眉を寄せて画面を見ていた。
「あれ?」
スマートフォンのカメラアプリ。
「リビング」の映像欄に「オフライン」「カメラの電源を確認してください」と表示されていた。
「どうしたの?」
「映らない……。電源、切れてるみたい」
「いつもは、ついてるの?」
「うん。出かけるときも、防犯のためにつけっぱなしだよ」
香織が、画面を見つめたまま口を結んでいた。
「おかしいなぁ……」
千夏が、真剣な顔でスマートフォンをのぞき込んでいた。
「出かけたあと、戻ってきてたら…」
千夏が、笑みの消えた顔で香織を見ていた。
「……家に?」
「うん…」
二人が、黙って顔を見合わせていた。
「ごめん。冗談のつもりだったんだけど」
「私も、まさかって思ったんだけど……」
香織が、バッグの持ち手に手を添えていた。
「……ちょっと、帰ってみようかな」
「一緒に行こうか?」
「ううん。何もなかったら、また来るね」
「うん。待ってる」
スマートフォンを手にした香織が、画面を見つめていた。
「……これ、置いていってもいい?」
持ち歩くのが当たり前の物を、テーブルへ置いた。夫に家へ向かう足取りを知られずに帰るには、そうするしかないと考えた。まだ何も見ていない。それでも、千夏が黙って預かってくれることに、香織は少しだけ息をつけた。
「スマホ?」
「持っていったら、家に向かってるってわかっちゃうから」
千夏が、真剣な顔でうなずいていた。
「そっか。預かってるね」
テーブルに、香織のスマートフォンが置かれていた。
*
自宅前。玄関の前に、鍵を持った香織が立っていた。誰もいなかったって、千夏と笑えばいいんだよね。香織は鍵穴に差し込んだ鍵を握った。玄関の床に、見覚えのない女性のパンプスがあった。香織が、目を見開いていた。
「やだ、くすぐったい」
「動くからだろ」
香織は廊下の壁に手をついた。……祐介?リビングのソファで、祐介の腕の中に、女性が座っていた。二人が、キスをしていた。香織の顔から血の気が引いた。何、してるの……女性の手が、祐介のシャツの胸元に触れていた。香織が、口元を手で覆っていた。誰なの……祐介が香織に気づき、目を見開いていた。
「……香織?」
女性が、ソファの端で服の胸元を押さえていた。
「何で?……今日、夜まで……」
香織が、涙の浮かんだ目で祐介を見ていた。
「だから、私が帰ったら、困るんだね」
「違う。これは……」
棚のカメラのランプが消えていた。香織が、カメラをにらむように見つめていた。
「自分のときは、カメラ切るんだ」
棚の小さなランプを、香織は毎日気にしていた。お茶を飲む自分、畳む前の洗濯物。その一つずつを見せておきながら、夫は自分の見られたくない時間だけ隠している。言い訳より先に、消えたランプがすべてを答えているように思えた。祐介が、言葉に詰まっていた。香織の指が、カメラの電源スイッチにかかっていた。カメラのランプが点灯していた。
「あれ……撮ってるんじゃないの!?」
「香織、切って。ちゃんと話すから」
香織が、怒った表情で二人を見ていた。
「どうぞ、ごゆっくり……」
香織は玄関のドアに手をかけた。
「香織、待って!」
自宅から離れた歩道で、香織が、バッグを胸元に抱えていた。バッグをつかむ手が震えていた。なんで私だけ……千夏の家の玄関で、香織が、靴を履いたまま立っていた。
「香織……?」
「いた……女の人と、家に……」
香織が、顔を覆っていた。
「私には、写真まで送れって……自分は……」
千夏が、香織の肩を抱いていた。
「うん。中、入ろう」
居間で、香織が、ティッシュを握ったまま泣いていた。
「家、帰りたくない」
「今日は、ここにいればいいよ」
「……いいの?」
「もちろん。着替えも貸すから」
香織が、ティッシュを目元に押し当てていた。
「さっきまで……私の勘違いならいいって、思ってた」
千夏は、香織の隣で黙って聞いていた。テーブルで、香織のスマートフォンが鳴っていた。着信画面に、祐介の顔と名前が表示されていた。千夏はスマートフォンを見た。
「香織…」
香織が、顔を伏せて首を横に振っていた。
「……無理」
「じゃあ、今は置いておこう」
香織の指が、スマートフォンの「共有を停止」に触れていた。
スマートフォンに「位置情報の共有を停止しました」と表示されていた。
千夏が、香織の隣に座っていた。
*
その日の夕方。
*
千夏の家で、インターホンの画面に、祐介が映っていた。
「……来た」
「私が出るね」
玄関で、千夏の後ろに、香織が立っていた。
「香織。頼むから、話を聞いてくれ」
「今日は帰って」
「違うんだ。あれは……」
「何が違うの。私、見たよ」
祐介が、口を閉じていた。
「今、顔を見たくない」
「今日は、うちに泊まるから。改めて話してください」
「でも、俺たち二人のことなので……」
「私が頼んだの」
香織が、千夏の隣に立っていた。
「明日、外で話す。場所は送るから」
「……わかった」
閉まった玄関のドアの前で、香織が壁に手をついていた。
「行った?」
「うん」
「明日も……一緒にいてくれる?」
「もちろん」
*
翌日。喫茶店で、祐介の向かいに香織、その隣に千夏が座っていた。
「昨日は、ごめん。本当に、悪かった」
香織は、祐介を見たまま黙っていた。
「もう、家には呼ばないから」
香織の眉が寄っていた。
「外なら、いいの?」
「違う。もう会わないってこと」
「……誰なの、あの人」
「坂口玲奈。前の会社にいた人」
「付き合ってるの?」
「付き合うっていうか……」
香織が、祐介をにらんでいた。
「……ごめん」
「いつから?」
「数か月前。久しぶりに連絡が来て、それで……」
香織が、目を伏せていた。
「私と結婚してるって、知ってるんだよね」
「知ってる」
「そう……」
香織は、膝の上のバッグに目を落としていた。
「香織。こっち見て。もう、嘘はつかないから」
「……そう言われても、わからないよ」
「本当だって」
「昨日まで、私、何も知らなかったんだよ」
祐介が、慌てた様子でスマートフォンを取り出していた。
「だったら、これ見て。やり取り、全部残ってるから」
香織が、差し出された画面を見ていた。
「……見ていいの?」
「うん。もう、隠さない」
画面には、玲奈の顔のアイコンと、二人で食事をした写真があった。画面を見つめる香織の目に、涙がたまっていた。こんな顔で、笑ってたんだ。
*
千夏との写真を送った日。ホテルの部屋で、祐介と玲奈が、ベッドの端に並んで座っていた。祐介の手元に、香織から届いたオムライスとパスタの写真があった。祐介からのメッセージには、こう書かれていた。
〈千夏さんは?〉
「さっきから、誰?」
「香織。友達と飯食ってるって」
「奥さん?」
「うん」
「気になるなら、帰れば?」
祐介が、玲奈の肩に腕を回していた。
「帰らないよ。まだ時間あるから」
スマートフォンに、千夏が手を上げた写真が届いていた。祐介からのメッセージには、こう書かれていた。
〈楽しんでおいで〉
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