監視夫の処刑日~妻を見張る夫の、見られたくない秘密~ 作:桐山さくらこ
休日。リビングで、祐介が、ソファでテレビを見ていた。隣の籠に、取り込んだ洗濯物があった。スマートフォンが鳴った。香織からのメッセージには、こう書かれていた。
〈洗濯物、畳まないの?〉
祐介の返信には、こう書かれていた。
〈この番組が終わったらやる〉
香織からのメッセージには、こう書かれていた。
〈先に済ませたほうが楽だよ〉
祐介が、カメラをにらんでいた。休みの日くらい……テレビの出演者たちが笑っていた。祐介の膝には、畳みかけのシャツがあった。祐介は笑わず、シャツを握っていた。
*
翌週。
法律相談室で、机の名札に「弁護士 大島知佳」とある。
香織の前に、祐介から送ってもらった不倫相手とのメッセージの印刷があった。
「ご主人には、離婚したいとお伝えになったんですね」
「はい。でも、何を言っても、帰ってきてほしいって……」
香織が、膝の上で両手を握っていた。
「話してると、私が『うん』って言うまで、終わらないんです」
「それで、会って話すのもつらくなっている?」
「はい……」
香織はうつむいた。
「離婚のお話し合いは、私が間に入ることもできます」
香織が、顔を上げていた。
「……お願いしたいです。もう、私一人では……」
香織が、目元を指で押さえていた。
「はい。急がなくて大丈夫ですからね」
香織が、ハンカチを膝に置いていた。
「ありがとうございます。……慰謝料のことも、相談していいですか」
「もちろんです」
*
その週の金曜日。会社で、同僚の小野健太が、祐介の机のそばに立っていた。
「今日、飲みに行くんだけど。お前もどう? いつもの四人で」
「今日か……」
「予定ある?」
祐介の視線が、スマートフォンへ向いていた。男だけだし、ちゃんと伝えれば……
「行くよ。九時までなら」
祐介からのメッセージには、こう書かれていた。
〈今日は小野たちと四人で飲む。男だけ。九時には帰る〉
香織の返信には、こう書かれていた。
〈わかった〉
祐介が、ほっとした顔で画面を見ていた。
*
居酒屋で、祐介と小野、男性の同僚二人が、グラスを持っていた。
「お疲れ!」
「お疲れ」
祐介が、テーブルの料理をスマートフォンで撮っていた。
「誰かに送るの?」
「香織に。着いたって」
「まめだねえ」
「最初に送っとけば、あと気にしなくていいから」
香織からのメッセージには、こう書かれていた。
〈みんなの顔も写して〉
祐介が、画面を見て口を結んでいた。
「悪い。一枚、いい?」
「おう。みんな、こっち寄って」
スマートフォンを掲げた祐介のそばで、三人の同僚が顔を寄せていた。四人で写った写真の端に、一人の顔が半分だけ入っていた。香織からのメッセージには、こう書かれていた。
〈端の人、切れてる。もう一枚〉
祐介が、気まずそうに顔を上げていた。
「ごめん。もう一回だけ」
同僚が少しあきれた顔をした。
「……ああ」
料理へ伸びていた同僚の箸が止まっていた。
*
三十分後。祐介の前に、飲みかけのビールがあった。
スマートフォンに「今、何杯目?」「何の話してるの?」と届いていた。
「それで、祐介はどう思う?」
「え?」
「だから、先方にもう一回聞いたほうがいいかなって」
「ああ……そうだな」
小野が、眉を上げていた。
「話、聞いてた?」
「悪い。ちょっと待って」
「俺は、聞いたほうがいいと思うよ。あとで変わっても困るし」
三人の会話から外れ、祐介がスマートフォンを見ていた。祐介からのメッセージには、こう書かれていた。
〈小野の仕事の話。返事はあとでもいい?〉
香織の返信には、こう書かれていた。
〈一言返すだけじゃない〉
祐介が、唇をかんでいた。
「……今日は、大変そうだな」
「ごめん」
「電話してくれば? 心配してるんだろ」
祐介の声に怒りがにじんだ。
「さっきから、ちゃんと返してるんだよ」
小野が、驚いた顔で祐介を見ていた。
「……悪い。お前に言っても、しょうがないよな」
祐介は肩を落とした。店の時計は午後八時を指していた。祐介が、財布を持って立っていた。
「先に帰るわ」
「え、九時までじゃなかった? おにぎり、頼んだぞ」
同僚の一人が、残念そうに祐介を見ていた。
「いい。みんなで食べて」
居酒屋の外で、祐介が、店の明かりを振り返っていた。何も、悪いことなんかしてないのに……祐介の空いた席の前に、おにぎりの皿が置かれていた。店内から、同僚たちの笑い声が聞こえる。
*
千夏の家で、香織の前に、温かいうどんがあった。
スマートフォンに、祐介から「今から帰る」と届いていた。
香織の指が、祐介とのメッセージ画面に触れていた。
「まだ、連絡する?」
香織が、顔を上げていた。
「うどん、のびちゃうよ」
夫へ何を返すか考え続ける間、自分の夕飯も冷めていく。香織は伏せた画面から目を離した。夫に嫌な思いを分からせることだけが、これからの暮らしではない。今ここにある温かい物を食べ、部屋探しの話をするほうへ、少しずつ時間を戻したかった。
「……うん。もう、食べる」
香織が、画面を伏せて箸を持っていた。
「部屋探し、どう?」
「今日、見てきたところ、よかった。窓のそばに、小さいテーブルを置けそうなの」
「いいじゃない」
「うん。ここで本を読んだら、気持ちいいだろうなって」
香織はうどんを口へ運んだ。
「あ、おいしい」
「よかった。卵も入れといたよ」
「ありがとう。千夏も、部屋が決まったら遊びに来てね」
「行くよ」
千夏は笑った。
「お祝い、何がいいかな」
「気が早いよ。まだ借りてないのに」
二人は笑った。
*
数日後。会社で、小野が、祐介に声をかけていた。
「金曜、また集まるけど。今度はどう?」
「……ごめん。無理」
小野は気の毒そうに祐介を見た。
「そっか。またな」
祐介のスマートフォンのカレンダーで、金曜日の予定欄は空いていた。また、ああなるなら……行っても、楽しくない。
*
その夜。風呂上がりの祐介が、ソファの前に立っていた。棚のカメラのランプが点灯していた。家でくらい、何も考えずに休みたいよ……カメラの電源スイッチに、祐介の指がかかっていた。カメラのランプが消えた。祐介はソファで毛布を掛け、目を閉じた。祐介が、眠そうにスマートフォンを耳に当てていた。
「……もしもし」
『カメラ、映らないんだけど』
祐介の視線が、カメラへ向いていた。
「調子、悪いんじゃないか」
『じゃあ、つけ直して』
「今? もう寝るんだけど」
『いつでも見ていいって、言ったよね』
祐介が、毛布を握ったまま目を閉じていた。
「……わかった」
点灯したカメラの前に、祐介が立っていた。
「これで見える?」
『うん』
「誰もいないだろ」
『そうだね。おやすみ』
ソファの端に座った祐介が、カメラを見上げていた。膝の上に、丸まった毛布があった。……もう、見てないよな。
*
数日後。
会社で、祐介のスマートフォンに「会社に着いた」と送信されていた。
香織からの返信はない。祐介が、ほっとしてパソコンへ顔を向けていた。今日は、静かだな。
*
不動産店で、香織が、書類に記入していた。
机の上の案内には「賃貸契約」と書かれていた。
*
その夜。リビングで、祐介が、一人でスマートフォンを見ていた。
送信した「今、帰ったよ」にも、返信はない。
祐介が、スマートフォンを耳に当てていた。
「もしもし。今日、見てなかった?」
『うん。忙しかったから』
「返事、なかったからさ。仕事?」
『ううん。自分の用事で出かけてた』
祐介が、眉を寄せていた。
「……どこにいたんだよ」
『それ、また私が言わなきゃいけないの?』
「違う。そういうつもりじゃ……」
祐介が、言葉に詰まっていた。
『明日も早いから。もう切るね』
「待って、香織」
『何?』
「俺は、今日もちゃんと家にいるから」
香織は静かに答えた。
『……うん。おやすみ』
通話の切れたスマートフォンを、祐介が耳に当てたままでいた。祐介はカメラの前のソファで、一人、背を丸めていた。
*
別居から一か月。
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