明導家。
朝。
柔らかな朝日が差し込む部屋の中で、ユウは鏡の前に立っていた。
今日の服装は、これまで学校で着ていた制服とは違う。
白を基調とした、軽快な私服。
青いラインの入った白いフード付きベスト。その下には黒いインナーを合わせ、腰にはいくつものベルトが巻かれている。
白と青を基調にしたショートパンツ。
手には黒いフィンガーレスグローブ。
足元には白と青のブーツ。
そして、頭の上には青いレンズのゴーグル。
白い髪。
その間から伸びるケモ耳。
背中側では、大きな白い尻尾がゆっくりと揺れている。
ユウは鏡の中の自分を眺め、少し首を傾げた。
「……これでいいかな。」
左右を確認する。
「……ちょっと派手かも。」
そう呟いた、その時。
コンコン。
扉がノックされた。
「ユウ、準備できたか?」
聞き慣れた声。
「アキナ?」
「そう。」
「うん、できたよ。」
ユウが扉を開ける。
そこにはアキナとヒカリが立っていた。
二人はユウの姿を見た瞬間、言葉を止める。
「……」
「……」
「……?」
ユウが不思議そうに二人を見る。
「どうしたの?」
先に口を開いたのはアキナだった。
「……似合ってるな。」
「本当?」
「ああ。動きやすそうだし。」
その隣で、ヒカリがぱっと笑顔になる。
「かわいい!」
「かわ……」
ユウのケモ耳が、ぴくっと動いた。
ヒカリの目が輝く。
「今、耳動いたよ!」
「……それはもういいから。」
ユウが少し恥ずかしそうに顔を逸らす。
アキナは思わず笑った。
「ははっ」
「もう……」
「でも、本当に似合ってるよ、ユウくん。」
「……ありがとう。、」
ユウは照れながら、頭の上のゴーグルを少し直した。
その表情は、以前よりずっと自然だった。
「それで、今日はどこに行くの?」
朝食を終え、家を出る準備をしながらユウが尋ねる。
アキナは答えた。
「カードショップ。」
「カードショップ?」
「うん。」
ヒカリも頷く。
「今日は街を案内してあげようって、お兄ちゃんが。」
「そういうこと。」
アキナはユウを見る。
「ユウ、まだこの世界のことをほとんど知らないだろ?」
「うん。」
「だから、まずは色々見て回ろうと思ってな。」
そして少し間を置く。
「それに――」
アキナが笑った。
「カードゲーム、やったことあるか?」
ユウは少し考え込む。
「……少しだけ。」
「なら、実際にカードを見てみるのもいいと思う。」
「分かった。」
ヒカリが楽しそうに尋ねる。
「お兄ちゃん、今日はファイトするつもり?」
「ユウがやりたいならな。」
ユウは少し考えた。
そして――
「……僕も、やってみたい。」
アキナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まりだな。」
「うん!」
三人は街へ向かった。
歩きながら、ユウは何度も周囲を見回していた。
高層ビル。
巨大なディスプレイ。
人々が行き交う大通り。
そして、街のあちこちに存在するカードショップ。
さらに、店の前や広場では、実際にカードファイトを楽しんでいる人たちの姿まで見える。
「……すごい。」
ユウが足を止める。
ヒカリが振り返った。
「初めて見る?」
「うん」
ユウは周囲を見渡す。
「カードゲームが、こんなに普通に街の中にあるんだ。」
「ヴァンガードは結構人気だからな。」
アキナが答える。
「ヴァンガード……」
その言葉を聞いた瞬間。
ユウの視界が、一瞬だけ揺らいだ。
――巨大な竜。
――時計。
――無数のカード。
――時間。
そして。
『余は――』
「……っ」
ユウは思わず立ち止まった。
「ユウ?」
アキナの声で我に返る。
「……ううん。なんでもない。」
「そうか?」
「うん。」
ヒカリが心配そうにユウを見る。
「無理しないでね、ユウくん。」
「ありがとう。」
ユウは微笑んだ。
記憶は戻らない。
何を見たのかも分からない。
ただ――胸の奥に、何かが残っている。
やがて三人は目的のカードショップへ到着した。
扉を開ける。
店内には、様々なカードが並んでいた。
ブースターパック。
構築済みデッキ。
カードスリーブ。
デッキケース。
そしてショーケースの中には、数え切れないほどのカード。
ユウの目が大きく開く。
「……!」
その表情を見て、ヒカリが微笑んだ。
「ユウくん、カード見るの好き?」
「うん。」
ユウは素直に答える。
「……なんだか、見てるだけでも楽しい。」
「じゃあ、ゆっくり見ていいぞ。」
アキナが言う。
「ありがとう、アキナ。」
ユウは店内を歩き始めた。
ドラゴン。
騎士。
魔法。
様々なユニットたち。
一枚一枚を眺めながら、ユウは不思議な感覚を覚えていた。
「……ドラゴン、多いね。」
「そうだな。」
「……」
ユウの足が止まる。
ショーケースの中。
そこには、一枚の竜のカードが飾られていた。
「……」
ユウはじっとカードを見る。
「どうしたの?」
ヒカリが尋ねる。
「……なんだろう。」
ユウは自分の胸に手を当てた。
「このカードを見ると……少しだけ懐かしい気がする。」
アキナもカードを見る。
「……」
だが、ユウ自身には何が懐かしいのか分からない。
「でも、何を思い出しそうなのかは分からない。」
アキナは少しだけ考えた後、優しく言った。
「……焦らなくていい。」
ユウがアキナを見る。
「そのうち思い出すかもしれない。」
「……うん。」
ユウは小さく頷いた。
「ありがとう。」
その時だった。
店内の奥から声が聞こえてきた。
「スタンド!」
「ドライブチェック!」
カードファイトの音。
ユウが振り返る。
その瞬間――
胸の奥が、またざわめいた。
「……」
「ユウくん?」
ヒカリが呼びかける。
ユウはファイトをしている二人を見つめていた。
カードを手にする人。
相手の動きを読む人。
一枚のカードに託された可能性。
そして――
「……カードファイト。」
その言葉が、自然と口から漏れた。
アキナがユウを見る。
「?」
「僕……」
ユウはファイトの光景から目を離さない。
「僕、カードファイト……ちゃんとやってみたい。」
アキナは少し驚いた。
しかし、すぐに笑顔になる。
「いいじゃん。」
「……!」
「せっかくカードショップに来たんだ。」
アキナはユウの肩を軽く叩いた。
「一緒に見てみよう。」
「うん!」
ユウの尻尾が、嬉しそうに揺れた。
しばらくして。
店を出た三人の手には、それぞれ買ったものがあった。
ユウも小さなカードケースを大切そうに抱えている。
「嬉しそうだね。」
ヒカリが言う。
「うん。」
ユウはカードケースを見る。
「なんだか……これから何かが始まる気がする。」
白い尻尾が、左右に大きく揺れる。
それを見たアキナが笑う。
「……尻尾。」
「え?」
「さっきからずっと動いてるぞ。」
「……」
ユウは自分の尻尾を見る。
「……そんなに分かりやすい?」
「うん。」
「すごく分かりやすいよ。」
ヒカリも笑った。
「でも、楽しそうなのが分かっていいと思う。」
「……そっか。」
ユウも笑った。
「じゃあ……いいかな。」
その時。
少し離れた場所。
電柱の影から、小さな白い影がこちらを見ていた。
「……」
タイムルーラーである。
鞄の中に大人しく入っているはずだった彼は、いつの間にか外へ出てきていた。
アキナが気付く。
「……お前、またついてきたのか。」
「余はユウの行く先を見届けているだけだ。」
「それを『ついてきた』って言うんじゃないか?」
「違う。」
「はいはい。」
ヒカリがくすっと笑う。
「タイムルーラーもカードショップ興味あるの?」
「カード……」
タイムルーラーは腕を組む。
「時間を司る余とカードゲームか……」
そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「……余の時を操る力をもってすれば――」
「不正は無しな。」
アキナが即座に遮った。
「…………」
タイムルーラーが沈黙する。
「……まだ何も言っておらぬ。」
「言おうとしただろ。」
「……」
ユウは二人のやり取りを見て、思わず吹き出した。
「ふふっ……」
ヒカリも笑う。
「お兄ちゃん、もう完全に仲間だね。」
アキナはタイムルーラーを見る。
「そうかもな。」
「余をその辺の仲間と一緒にするでない。」
「でもユウの鞄に入って学校まで来てるじゃん。」
「……」
タイムルーラーは何も言い返せなかった。
ユウはそんな二人を見ながら笑っている。
その白い尻尾が、また嬉しそうに揺れた。
まだ、ユウには分からない。
自分がどこから来たのか。
なぜ記憶を失ったのか。
なぜ時の力を宿す存在が、自分の前に現れたのか。
そして――
なぜ《時の神 タイムルーラー・ドラゴン》というカードに、これほど強く惹かれるのか。
何も分からない。
けれど。
それでも――
今日、ユウは一つの「やってみたい」を見つけた。
カードファイト。
自分自身がまだ知らない世界。
そして、これから出会う誰かとの新しい時間。
ユウは手の中のカードケースを見つめる。
「……やってみよう。」
その声には、確かな期待があった。
鞄の中からタイムルーラーが静かにユウを見る。
「……うむ」
ユウが振り返る。
「タイムルーラー?」
「何でもない。」
小さな竜は、ほんの少しだけ笑った。
「ただ――新たな時が刻まれ始めたと思っただけだ。」
ユウも笑う。
「……うん。」
こうして。
記憶を失った少年――ユウと。
時を越えて現れた小さな竜――タイムルーラー。
二人の新しいカードファイトの物語が、少しずつ始まっていくのだった。