マチアプ夫の処刑日~待ち合わせに現れたのは、妻だった~ 作:桐山さくらこ
夫とは、マッチングアプリで出会った。
彩乃のスマートフォンに、拓也の顔写真があった。名前は「タク」。自己紹介に「映画を観たあと、感想を話せる人だとうれしいです」と書かれていた。
彩乃からのメッセージには、こう書かれていた。
〈『星の帰り道』、私も観ました。最後、どう思いました?〉
彩乃が部屋でスマホをいじっていた。拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈ノアは、また動くと思ってます〉
彩乃からのメッセージには、こう書かれていた。
〈私もです! 最後に目が光ったので〉
拓也が自分のベッドでスマホをいじっていた。拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈ですよね。あそこで止まったままだと、つらすぎる〉
彩乃からのメッセージには、こう書かれていた。
〈でも、友達は充電が切れる前に光っただけだって〉
拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈その説は聞きたくなかったです〉
ベッドに腰かけた彩乃が、スマートフォンを見て笑っていた。ふふ。私も、そう思った。昼のカフェで、彩乃が両手でカップを持っていた。向かいに、少し緊張した拓也が座っていた。
「水野拓也です。タクって、略しすぎですよね」
「小野寺彩乃です。私も、アヤでしたから」
「そこは一緒でしたね」
「……はい」
二人の間に、短い沈黙があった。拓也がコーヒーを飲む。彩乃は、それを見つめた。
「あ、すみません。さっきからコーヒー飲んでばっかりで」
「いいえ、私もです。もう、あんまり入ってないですね」
拓也が彩乃のカップを見て、笑っていた。
「昨日は、あんなに話せたのに」
「スマホがあった方がいいですかね」
「ここで?」
「向かい合って、メッセージで」
「店員さんに心配されそう」
彩乃も笑っていた。カップを置く彩乃の肩から、力が抜けていた。
「そうだ。あの映画、もう一回観たんですよ」
「本当ですか?」
「最後に、ノアの手も動いた気がして」
「えっ。どっちの手ですか?」
「右……いや、左かな」
「大事なところが曖昧!」
「もう一回観ないと駄目だ」
二人は、顔を見合わせて笑った。夕暮れの歩道を、彩乃と拓也は並んで歩いた。
「……あれ。駅、あっちじゃないですか?」
拓也が、遠くの駅の看板を見ていた。
「本当だ。通り過ぎてた」
「私も、全然気づかなかったです」
「話してたら、あっという間ですね」
彩乃が、少し照れた顔で拓也を見ていた。
「……はい」
信号を待ちながら、拓也が彩乃を見ていた。
「また、会えませんか」
彩乃の頬が緩んでいた。
「……私も、それ、言おうと思ってました」
画面の中で言葉が合うだけではなかった。隣を歩いても、話の続きを聞きたくなる。駅を通り過ぎてしまったことまで、彩乃にはうれしかった。これからは、次の返信だけでなく、次に会う日を待ってもいいのだと思った。拓也の顔がほころんでいた。二人が笑顔で向き合っていた。
*
1週間後。映画館で、彩乃と拓也が、上映室の出口に並んでいた。彩乃が、拓也の顔をのぞき込んでいた。
「……ノアの手、動いてました?」
拓也が、困ったように笑っていた。
「ごめん。やっぱり気のせいだった」
「もう! ずっと、手ばっかり見てましたよ」
拓也が笑い、彩乃もつられて笑っていた。
*
その夜。彩乃の部屋で、机の上に、映画の半券が一枚置かれていた。彩乃のスマートフォンに、拓也からメッセージが届いた。拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈着いた? 今日はありがとう〉
彩乃からのメッセージには、こう書かれていた。
〈今、着きました。私も楽しかったです〉
自分の部屋のソファで、拓也が彩乃の返信を見て笑っていた。拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈まだ敬語だ〉
彩乃が、口元を緩めて返信を打っていた。彩乃からのメッセージには、こう書かれていた。
〈急には変えられないよ〉
拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈今、変わった〉
彩乃が、笑いながらスマートフォンを胸元に寄せていた。次、何を話そうかな。
*
結婚後。二人の新居で、開いた段ボールの横に、結婚式の写真が置かれていた。
「この棚、映画のパンフレットで埋まらない?」
「そっちのも並べたら、いっぱいになるね」
拓也の左右の手に、『星の帰り道』のパンフレットが一冊ずつある。
「これ、二冊あるよ」
「それは、二冊とも取っておこうよ」
拓也が、彩乃の顔を見て笑っていた。
「そうだな。並べとこうか」
同じ映画のパンフレットが、二冊並んだ。好きな人と、同じ家に帰る。それが、毎日うれしかった。
*
出産後。寝室のベビーベッドで、小さな湊が、拓也の指を握っていた。
「彩乃、見て。離さないんだよ」
「気に入ったんだね、パパの指」
「結構、力あるなあ」
彩乃が、片手で目元をこすっていた。
「そのまま、ちょっとお願いしていい?」
拓也が、彩乃の顔を見ていた。
「うん。俺、見てるから。寝てていいよ」
「ありがとう」
枕に頬をつけた彩乃が、ベビーベッドのそばの拓也を見ていた。
「湊。ママ、休ませてあげような」
枕に頬を預けると、体の重さがようやくわかった。湊の小さな声と、それに答える拓也の声が聞こえる。目を閉じても、二人がそばにいる。その安心を、彩乃は疑わずに受け取った。彩乃が、目を細めていた。
*
数か月後。自宅で、湊が寝返りをした姿を、拓也がスマートフォンで撮っていた。
「撮れた! 彩乃、見て」
「本当? いつも私がカメラ向けると、やめちゃうのに」
「今日は機嫌がいいんだよ」
「お母さんにも送りたいな。ちょっと貸して」
「はい」
彩乃が拓也のスマートフォンを持っていた。ホーム画面に、出会ったアプリのアイコンがあった。
「……これ、まだ入ってるの?」
拓也が彩乃の手元を見ていた。
「ああ。それ」
「私、結婚するときに消したよ」
「最初のやり取り、残ってるんだよ。何となく消せなくてさ」
「私との?」
拓也が、彩乃からスマートフォンを受け取っていた。拓也が、画面を彩乃へ向けていた。
画面には「アヤ」との会話。「『星の帰り道』、私も観ました。最後、どう思いました?」というメッセージがあった。
「あ。これ……」
「『休日はどのようにお過ごしですか?』だって。俺、面接かよ」
彩乃が、照れた顔でスマートフォンへ手を伸ばしていた。
「もう、読まなくていいって」
「彩乃も、最初はすごく丁寧だったよね」
「緊張してたんだもん」
笑う拓也を見て、彩乃の表情が少し和らいでいた。
「……そういうの、取っておくんだね」
「まあね」
ちょっと意外。でも、覚えててくれたんだ。湊が、彩乃の服の裾を握っていた。
「はいはい。湊の写真、送るんだったね」
夜の寝室。彩乃と湊が眠っていた。廊下に立った拓也は、寝室へ背を向け、スマートフォンを見ていた。
アプリのプロフィールには、拓也の顔写真と「独身」の文字があった。
「絵里」からメッセージが届いていた。アイコンは若い女性の顔。
絵里からのメッセージには、こう書かれていた。
〈今週、いつなら会える?〉
拓也が、寝室を振り返っていた。枕に頬をつけた彩乃は、目を閉じていた。拓也からのメッセージには、こう書かれていた。
〈金曜なら、遅くまで大丈夫だよ〉
絵里からのメッセージには、こう書かれていた。
〈うれしい。私も夫が夜勤だから〉
拓也が笑みを浮かべ、廊下の奥へ歩いていた。
*
金曜の朝。玄関で、拓也が靴を履いていた。
「今日、遅くなるから。先に寝てて」
「また忙しいんだね」
「週明けまでの資料があって」
「ご飯、どうする?」
「外で済ませるよ」
湊を抱いた彩乃が、玄関に立っていた。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん。行ってきます」
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