同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
川沿いのバーベキュー場。直人が網の前に立っていた。そばで、妻の真帆と娘の結菜が皿を持っていた。網の上に、肉とエビ、とうもろこしが並んでいた。
「パパ、もう食べていい?」
「そのエビはまだ。こっちの赤いの」
結菜が差し出した皿に、直人がエビを載せていた。
「ママにも持ってって。好きだから」
「ママー!」
「わあ。私のもあるの?」
「パパがね、ママにって」
「ありがと。結菜、一緒に殻をむこうか」
直人へ笑いかける真帆。直人も、トングを持った手を小さく上げていた。隣のテーブルには、亮の妻の紗季と息子の悠斗がいた。直人の隣に、亮が立っていた。
「亮、私のとうもろこし。焦げてない?」
亮の視線は直人へ向いていた。
「あっ、ごめん」
「もう。頼んだじゃん」
「ここは大丈夫。まだ食べられる」
「じゃあ、焦げた方はパパね」
「ぼく、こっち!」
「悠斗、それ熱い。お皿に置いて」
亮が、自分の皿から焼けた肉を一枚、直人の皿へ移していた。
「お前、焼いてばっかりじゃん」
「お、ありがと」
「その肉、うまかった」
「ほんとだ。もう一枚もらおうかな」
「それは俺の」
二人が笑っていた。紗季が、とうもろこしを手に夫を見ていた。紗季は思った。亮、こんなふうに笑うんだ……
「ママ、ついてる」
「え、どこ?」
悠斗が自分の頬を指していた。紗季の頬に、とうもろこしの粒が一つ付いていた。
「ここ。動かないで」
「やだ、教えてよ、亮」
紗季は夫の方を見た。笑っていた顔が、ほんの少し止まる。肉が焼けたかどうかより、こちらを見ていてくれたかを気にしている自分がいた。何でもない一言のつもりで言って、何でもない顔で笑い直した。
「ああ、ごめん。見てなかった」
紗季の笑顔が、少し止まっていた。紗季は思った。……少しは、私のことも見てよ。紗季は紙ナプキンで頬を押さえ、笑っていた。
「悠斗、よく見てたね。ありがと」
悠斗が、紗季に得意そうな顔をしていた。テーブルの食事が終わった。妻たちが空いた皿を重ねていた。網の前で、亮が直人の隣に立っていた。
「次、いつ会える?」
「今週は、ちょっと……」
「土曜は?」
真帆がやってくる。
「何の話?」
直人の手で、トングの先が閉じていた。
「例のカタログ。亮の会社に頼んでるやつ」
「ああ、まだ忙しいんだ」
「新商品のだからね。確認することが多くて」
「お休みにまでごめんね、亮さん」
「いや、そんな……」
「ママ、川、行っていい?」
「うん。ママも行くよ」
真帆が紗季へ声をかけていた。
「少しお仕事の話するって。子どもたち、連れてこうか」
「了解。悠斗、靴はいたまま入らないでね」
「悪い。すぐ終わるから」
直人は思った。助かった……直人は思った。……疑ってないな。川へ向かう真帆と結菜へ、直人が手を振っていた。
「……仕事ってことか」
「仕方ないだろ」
亮は、川の方へ手を振る直人を見ていた。亮は思った。二人になっても、真帆さんの方かよ。亮の手が、テーブルの陰で直人の手に触れていた。
「……今は、俺といるんだろ」
直人は、川にいる真帆たちへ目を向けていた。直人は思った。こんなところで……亮の指が、直人の手から離れかけていた。直人の指が、その指先にかかっていた。直人が亮を見ていた。二人の指先は、触れたままになっていた。亮は直人を見たまま、その指を握り返していた。亮は思った。……直人は俺のものだ。帰り支度のテーブルに、家族それぞれの荷物が並んでいた。
「もっと遊びたかった」
「今度、お泊まりしようよ」
「テントで? ママ、背中バキバキになりそう」
「コテージならどう? ここからもう少し先にあるよ」
直人のスマートフォンに、テラス付きの建物と寝室の写真が表示されていた。
「わ、きれい。お風呂もある」
「それなら行きたい!」
「パパ、お泊まりする?」
「みんなの都合が合えばね。亮は?」
「……泊まりか」
「お前が来られる日にしよう」
亮の指が、持っていた紙コップの縁を押さえていた。亮は思った。俺が行ける日に……亮が、直人を見ていた。亮は思った。泊まりなら、もう少し二人でいられるか。
「ああ。予定、空ける」
「私、予定見ておくね」
直人は、亮の緩んだ口元を見ていた。直人は思った。よかった。これなら、亮にも会える。台に置かれたスマートフォンの画面に、タイマーの数字が表示されていた。
「撮るよ。悠斗、こっち見て」
真帆の肩に、直人の腕が回っていた。真帆は直人へ身を寄せていた。
「亮、カメラ見て」
亮が、紗季へ顔を向けていた。
「ああ、悪い」
亮がカメラへ顔を向け、口元に笑みを作っていた。スマートフォンに、二組の夫婦と子どもたちの集合写真が表示されていた。
*
後日。真帆たちの家のリビング。テーブルにコテージの案内とカレンダーが広がっていた。
「こっちの部屋、悠斗が絶対喜ぶ。二段ベッドだ」
「大人四人、子ども二人で……空いてるね」
「亮さんは、その日お休み?」
「うん。今日は休日出勤だけど、そこは大丈夫だって」
隣の小さなテーブルで、悠斗がコップを倒す。
「あっ」
「大丈夫。結菜、そこのタオル取って」
「ごめん、手伝う」
「平気。予約、見てて」
真帆が、タオルでこぼれた飲み物を拭いていた。。紗季は子どもたちと真帆の方をチラッと見る。
「この部屋でいい? 亮にも送っておくよ」
「うん。……ねえ、直人さん」
「何?」
「亮って、昔からあんな感じ?」
「どんな?」
「自分から、どこか行こうとか。あんまり言わない?」
直人は、亮から届いたメッセージを思い出した。亮からのメッセージには、こう書かれていた。
〈土曜、会えない?〉
直人は少し考えてから、目の前の紗季へ顔を向けた。
「……まあ、そうだな」
「私が誘えば行くんだけどね。ご飯とかも」
紗季の指が、コテージの案内の角を押さえていた。
「この間、手つないだら、暑いって言われちゃって」
「亮が?」
「暑かったんだけどさ。実際」
紗季が苦笑していた。
「私、ちょっとしつこいのかな……」
直人は思った。紗季ちゃんが悪いわけじゃないけど……バーベキューで、テーブルの陰で亮と手をつないだことが、直人の脳裏によみがえった。直人は紗季へ話しかけた。
「昔から、あいつはそんな感じだよ」
「そうなの?」
「一人で過ごすのも好きだし。嫌だからとかじゃ、ないと思う」
紗季の指が、コテージの案内から離れていた。
「……私といるのが嫌なのかと思ってた」
直人は、紗季の伏せた目を見ていた。直人は思った。俺に聞かれても、困るよ……
「少し放っておいたら? そのうち、自分から来るんじゃないかな」
「待ってても、いいのかな」
「うん」
紗季が、小さく息を吐いて笑っていた。
「そっか……直人さんに聞いてよかった」
紗季が、安心したように笑っていた。直人は思った。……俺に礼なんか、言わないでくれ。礼を言われるほど、直人は返す言葉に困った。紗季が悪いのではないと知っている。それでも、その理由を話せば自分と亮のことになる。安心させる言葉を選んで、その安心が何の上に立っているかは隠した。真帆が片づけを終えてやってくる。
「何? 楽しそうね」
「昔の亮の話。私、心配しすぎだったみたいで」
真帆が紗季と直人を見る。
「よかったね。直人に分かることなら、いつでも聞いて」
「いや、大したことは分からないけどな」
直人は二人へ笑いかけていた。
*
土曜日。亮たちの家。悠斗が床で積み木を並べていた。紗季が、悠斗の隣から亮へ顔を向けていた。
「亮。今日、たまには遊んできたら?」
「え?」
「直人さんとでも。私、悠斗と図書館に行ってくるから」
亮の顔が明るくなっていた。
「いいのか?」
「うん。たまには、友達とゆっくりしたいでしょ」
「じゃあ、ちょっと聞いてみる」
亮が、うれしそうにスマートフォンを手にしていた。その顔を見て、紗季も笑みを浮かべていた。紗季は思った。そっか。こういう時間も、欲しかったんだね。
「ママ、ここ押さえて」
「ここ?」
「うん!」
紗季の手に支えられた積み木の上に、悠斗がもう一つ積んでいた。少し離れたところで、亮がスマートフォンから顔を上げていた。
「直人、会えるって」
「よかったね。何時から?」
「昼、一緒に食べようって」
「うん。行っておいで」
玄関で、外出用のシャツを着た亮が、靴を履いていた。紗季が悠斗と並んで立っていた。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。楽しんできてね」
「ああ。ありがとう」
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