同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
「……これ、使って」
「ありがとう」
二人は、しばらく黙って座っていた。真帆の手の中で、ティッシュが小さく畳まれていた。
「黙ってたのは、ごめん。二人が別れたなら、紗季は知らないままでも……って、思ってしまった」
紗季は、目を伏せていた。
「……言ってほしかったよ」
「うん」
「私、亮が私と話してくれるようになったって、あなたにまで喜んで話してたんだよ」
その喜びを伝えた相手まで、自分より知っていた。紗季は、亮の嘘と真帆が黙っていたことを、一緒にしてしまいそうになった。それでも、今ここで真帆の話を聞いている。何を知り、何を信じていたかを、本人の言葉で確かめたかった。紗季の目に、涙がたまっていた。
「真帆も、一緒に喜んでくれてると思ってた」
真帆が、顔を伏せていた。
「……ごめん。私、自分の家のことばっかり……」
紗季が、口元を押さえていた。真帆は、紗季へティッシュの箱を寄せていた。紗季が、ティッシュを一枚取っていた。二人の前の湯飲みには、まだお茶が残っていた。
「……まだ、すぐには平気になれない」
「うん」
「亮のことで何か知ったら、私にも話して」
「私だけ、何も知らないのは、もう嫌だよ……」
真帆が、紗季を見てうなずいていた。
「うん。ちゃんと、話す」
すぐに元どおりになったわけではなかった。湯飲みのお茶は、もうぬるくなっている。黙っていたことは消せない。それでも次に何かを知ったときは、二人の間に別の誰かの説明を挟まずに話す。その約束を、真帆は自分の言葉で返した。真帆が、手元のスマートフォンを見ていた。直人からのメッセージが届いていた。直人からのメッセージには、こう書かれていた。
〈大丈夫? 何かあったら連絡して〉
真帆は返信を打たず、スマートフォンをテーブルに置いていた。会社の廊下で、直人がスマートフォンを見ていた。真帆へのメッセージに、返事はない。
亮との画面に「今日、少し会えない?」が残っていた。
直人は困った顔をした。直人は思った。亮が聞いてくれないなら……画面が、紗季の連絡先へ切り替わっていた。直人が通話ボタンを押していた。真帆の家。紗季のスマートフォンが鳴っていた。紗季が、着信画面を真帆へ向けていた。
画面に「直人さん」と、直人の顔のアイコン。
「……出るね」
真帆が、小さくうなずいていた。紗季が電話に出て、スマートフォンを二人の間へ置いていた。画面のスピーカーボタンが点灯していた。
「もしもし」
「紗季ちゃん。俺と亮が付き合ってること……亮から聞いた?」
「……昨日、聞いたよ」
「本当に、すまなかった」
紗季は、スマートフォンを見つめたまま答えない。そばで、真帆も黙って聞いていた。
「……亮にも、説明したいんだけど。メッセージを送っても、返事がないんだ」
「何を、説明するの?」
「会社でも、俺たちのことで話が食い違ってて。明日、両方の部長を交えて話すことになってるんだ」
「あなたが、亮とは付き合ってないって言ったんでしょ。亮から聞いたよ」
会社の廊下で、直人の口が閉じていた。
「……そのことも、ちゃんと説明したいんだ」
「だったら、明日、そこで話せばいいんじゃない?」
「その前に、一度、二人だけで話しておきたいんだよ」
「紗季ちゃんから、今夜、俺と会ってくれるように亮に頼んでもらえないか」
紗季の指が、テーブルの上で握られていた。
「……私が、二人を会わせるの?」
「せめて、俺に連絡するように伝えてほしい。紗季ちゃんから言ってもらえたら……」
紗季が、うつむいていた。真帆は、その横顔を見ていた。
「私、亮が冷たいって、あなたに相談したよね」
「……うん」
「少し放っておけば、そのうち亮から来るって、言ってくれたよね」
「それを信じて、あなたと遊んできたらって、私から亮を送り出したんだよ」
紗季の目に、涙がたまっていた。
「その私に、また二人を会わせてって、頼むの?」
直人の頼みを聞いて、紗季は玄関で亮を見送った自分を思い出した。楽しんできてねと、笑って言った。もう知らないまま手伝うことはできない。涙がたまっても、今度の返事は自分で決められた。直人は、スマートフォンを耳に押し当てたまま黙っていた。
「……頼まないよ。もう、あなたたちが会うための手伝いはしたくない」
「今度は、ちゃんと説明する。もう、嘘はつかないから……」
紗季が、真帆へ目を向けていた。真帆も、紗季を見ていた。
「昨日、真帆には、私が連絡を嫌がってるって言ったんでしょ」
直人の顔に驚きが浮かんだ。直人の手が、スマートフォンを強く握っていた。
「私、真帆に連絡してほしくないなんて、言ってないよ。亮にも、そんなこと頼んでない」
「……真帆と、話したのか?」
「今、真帆と一緒にいる。この電話も、真帆に聞いてもらってるよ」
「直人」
直人の目が、見開かれていた。
「……真帆」
「亮さんには、私が離婚するって言ったんだね」
「それは……そう言わないと、亮が」
「私、言ってないよね。離婚するって」
直人は、うつむいていた。
「……ああ」
真帆が、唇を結んでいた。
「あの電話で、亮さんは離婚を待つつもりで返事してたんだね」
「私には、別れたと思わせて……」
「真帆。帰ったら、二人でちゃんと話そう」
「今、聞いてるの」
直人は、答えずに立っていた。真帆の頬に涙が伝っていた。紗季が、ティッシュの箱を真帆へ寄せていた。
「……もういい。今は、話したくない」
「待ってくれ、真帆」
紗季の指が、通話終了のボタンに触れていた。会社の廊下で、直人の手元で、紗季との通話が終わっていた。直人はスマートフォンを耳から離し、通話終了の画面を見ていた。直人は思った。……真帆も、俺の話を聞いてくれないのか。直人が、亮とのメッセージ画面を開いていた。
入力欄に「明日の話し合いの前に、二人で話したい。今夜、会えないか」と表示されていた。
直人の指が、送信ボタンに触れていた。画面の下には、直人からのメッセージが続いていた。直人は思った。……頼むよ、亮。会ってくれ。
*
その夜。亮と紗季の家。夕食の皿が片づいた食卓の前に、亮が座っていた。紗季が、向かいの椅子を引いていた。
「悠斗、寝たよ。……少し、話せる?」
「ああ」
紗季が、亮の向かいに座っていた。
「今日、真帆に会ってきた」
「……何を話したんだ?」
「あなたと直人さんのこと。真帆は、二人はもう別れたと思ってたよ」
亮の眉が、寄っていた。
「……別れた?」
「直人さんが、あなたとはもう会わないって約束したんだって」
「でも、俺には、真帆さんと離婚するから待っててくれって……」
「真帆は、離婚するなんて言ってないって。直人さんと、やり直したかったんだよ」
亮は、紗季を見たまま動かない。
「あなたも、電話でもう会わないって約束したでしょ。真帆は、それで二人は別れてくれたんだって、信じてた」
亮の視線が、テーブルへ落ちていた。膝の上で、両手が握られていた。亮は思った。真帆さんとは、離婚の話なんかしてなかったのか……亮は思った。……じゃあ、俺は何を待ってたんだよ。紗季は、うつむいた亮を見ていた。しばらく、二人とも口を開かない。
「……真帆といたとき、直人さんから電話もあったよ」
亮が、顔を上げていた。
「明日の会社での話し合いの前に、あなたと二人で会いたいって。私から頼んでくれって言われた」
「……紗季にまで、そんなこと……」
紗季の表情は真剣だった。
「断ったよ」
亮は、唇を結んでいた。
「直人さんが交際を否定したことは、昨日、聞いたけど……明日は、その話をするの?」
「それだけじゃない。俺に脅されてるって、上司に言ったんだ。直人が」
「……脅されてる?」
「脅してなんかいない。明日、上司たちの前で、その嘘を取り消してもらう」
紗季は、亮を見たまま黙っていた。亮の手が、テーブルに置いたスマートフォンへ伸びていた。画面には、日中に直人から届いたメッセージが開いていた。直人からのメッセージには、こう書かれていた。
〈明日の話し合いの前に、二人で話したい。今夜、会えないか〉
亮の親指が、入力欄の手前で止まっていた。亮は思った。……それでも、会いたいんだよな。紗季が、スマートフォンを見つめる亮の顔を見ていた。亮は、顔を上げない。
「……私も、もう寝るね」
「……ああ」
紗季の椅子が空いていた。亮は一人、食卓に座っていた。亮は思った。会ったら、また信じたくなる。待つって、言ってしまいそうだ……亮が、スマートフォンを伏せていた。
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