同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
水曜日。会社の受付前。壁の時計は九時五十分を指していた。直人が、入口を見て立っていた。直人は思った。来たら、少しだけでも……入口に、川瀬と亮が並んでいた。
「石川さん」
亮が、直人へ短く会釈していた。直人の後ろから、三浦が歩いてきていた。
「本日は、よろしくお願いします」
「こちらへどうぞ」
「失礼します」
直人の横を、亮が通り過ぎていた。直人の伸ばしかけた手が、体の横に下がっていた。会議室で、三浦と直人の向かいに、川瀬と亮が座っていた。三浦の前に、川瀬へ送ったメールの印刷が置かれていた。
「高橋君。君は私に、石川さんから、断っても何度も会おうと誘われて困っている、と相談したね」
「……はい」
「その話を君自身が取り消したので理由を聞くと、石川さんに脅されて取り消した、と答えた」
三浦が、直人から亮へ顔を向けていた。
「今日は、その二つが事実なのか、確認させてください」
「お願いします」
「まず、会おうと誘っていたという件です。石川さん、高橋君が断ったあとも、誘い続けていましたか」
「いいえ。仕事以外では会わないと約束してから、私から誘ったことはありません」
三浦が、直人を見ていた。
「高橋君。その約束は、私に相談する前にしていたのか」
「……はい」
「それなのに、まだ誘われて困っていると相談したのは、なぜだ」
直人の手が、膝の上で重なっていた。
「石川さんとの連絡窓口を、ほかの人に代えていただきたくて……」
「断ったあとも何度も誘われた、という話は、本当なのか」
「……いえ。そういうことは、ありませんでした」
川瀬が、直人を見ていた。直人は、亮へ小さく頭を下げていた。
「すみません。私の言い方が、大げさになってしまいました」
亮は、頭を下げた直人を見つめていた。亮は思った。……大げさ? してないことを、したって言ったんだろ。
「では、取り消した理由を、石川さんに脅されたからだと説明したのは?」
直人が、顔を上げていた。
「石川さんに、取り消さないなら全部話すと言われて……」
「君は、交際していると奥さんに話す、と脅されたと言ったね」
亮が、三浦へ顔を向けていた。
「嘘を取り消してくれないなら、私から会社に本当のことを話す。そう言ったんです」
「奥さんに話すとは、言っていません」
三浦は、直人の返事を待っていた。
「でも、妻に交際してるなんて話が伝わったら、子どももいますし……」
「奥さんは、その前から私たちの関係を知っていました」
直人の言葉が止まっていた。
「私は、二人の関係について、高橋さんの奥さんに電話で謝っています。高橋さんも、その電話に出ていました」
「高橋君。それは、本当か」
直人は、テーブルの上のメールへ目を落としていた。
「……妻が、私と石川さんは付き合っていると思い込んでいたので……」
亮の手が、膝の上で強く握られていた。亮は思った。……ここでも、まだそんなことを言うのか。
「奥さんの思い込みじゃありません。高橋さんとは、一年ほど前から付き合っています」
直人は、亮の顔を見ていた。亮は、目をそらさない。
「君は、交際していないと私に言ったね。実際は、どうなんだ」
直人の口が開きかけ、止まっていた。三浦は、直人の返事を待っていた。
「……はい。石川さんと、交際しています」
三浦の眉が、寄っていた。直人は、膝の上で手を握り直していた。
「少しだけ、石川さんと二人で話させていただけませんか」
「何を話すんだ」
「きちんと、謝りたいんです」
直人が、亮へ体を向けていた。
「お願いします。二人で、一度……」
亮は、直人を見たまま黙っていた。直人は思った。……頼む。二人なら、聞いてくれるだろ。亮の握った手が、膝の上にある。
「謝るなら、ここでお願いします」
二人だけなら、直人の困った顔を見て、また聞いてしまうかもしれない。それをわかっていたから、亮は席を動かなかった。会社に残った説明を、二人きりの謝罪で消すことはできない。ここにいる人たちに、事実を聞いてもらいたかった。直人の口が、わずかに開いていた。
「二人だけで謝られても、会社には、私が脅したという話が残ります」
「部長たちの前で、その話を取り消してください」
直人は、三浦へ目を向けていた。三浦も川瀬も、席を立とうとしていない。直人は思った。……ここで、認めるしかないのか。
「石川さんに、奥さんへ交際を話すと脅されたのか。それとも、会社に本当のことを話すと言われたのか」
直人の視線が、テーブルへ落ちていた。
「……会社に話すと、言われました」
「奥さんに話すと脅された、というのは?」
「……私の嘘です。石川さんに、そんなことは言われていません」
亮は、直人を見ていた。
「なぜ、そんな説明をした」
「最初に、しつこく誘われていると嘘をついたことを……認めたくなくて……」
三浦が、机の上のメールへ目を落としていた。直人は、顔を上げられずにいる。
「では、石川からしつこく誘われ、脅されたという二つの話は、撤回していただけますね」
三浦が、川瀬へ向き直っていた。
「はい。事実と違う申し入れをしてしまいました。申し訳ありません」
三浦が、亮と川瀬へ頭を下げていた。直人は、その姿を見ていた。直人は思った。部長にまで、頭を下げさせて……直人も、向かいの二人へ頭を下げていた。
「申し訳ありませんでした」
亮は、返事をせずに座っていた。膝の上で握っていた手が、ゆっくり開いていた。
「私から、事実と違っていた点を文書で訂正します」
「お願いします。今後、この件の連絡は私へください」
「承知しました」
直人が、亮を見ていた。亮は、川瀬の話を聞いていた。二人の間には、三浦が先方へ送ったメールの印刷があった。会議室の外へ出る亮と川瀬。直人は、入口の内側に立っていた。亮は振り返らない。
「高橋君。残って」
直人が、三浦の方へ顔を向けていた。会議室に、直人と三浦が残っていた。
「この案件の進行管理からも、外れてもらう」
「部長……」
「展示会の取りまとめも、別の者に頼む」
直人は立ったまま、椅子の背に手を置いていた。
「仕事は、最後までやらせてください」
「君の話だけで、先方に申し入れた。その責任は、私にある」
直人の顔が上がっていた。
「でも、今の君に、取引先との話を任せることはできない」
直人は、椅子の背を握っていた。
「引き継ぎの資料を出してくれ」
「……はい」
直人が、絶望した表情でうつむいていた。夕方。会社を出た直人が、歩道の端に立っていた。直人からのメッセージには、こう書かれていた。
〈ちゃんと話すから、もう一度会ってほしい〉
亮との画面に、返事はない。直人は思った。仕事も、あんなことになって……直人は思った。亮まで、いなくなったら。画面が、亮への発信に切り替わっていた。
「……もしもし」
「亮。今度は、本当に真帆と別れる」
制作会社の建物の外。亮がスマートフォンを耳に当て、目を閉じていた。
「真帆さんには、もう話したのか?」
「帰ったら話す。今夜、ちゃんと」
亮は唇を結び、スマートフォンを強く握っていた。亮は思った。……今度こそって、あと何回、信じればいいんだよ。
「亮。今から、少し会えないか?」
亮が、目を開けていた。
「……会いたくない」
直人が、スマートフォンを耳に押し当てていた。
「頼む。もう一度だけ、会ってくれ」
亮は、すぐには答えない。スマートフォンを持つ手が、小さく震えていた。
「会ったら、また信じたくなるんだよ。お前の言うこと」
直人が、顔を上げていた。
「だったら、会ってくれ。今度こそ、ちゃんとするから」
「……もう、信じて待つのは嫌なんだよ」
会いたい気持ちは、なくなっていなかった。電話を持つ手が震えるのは、冷めたからではない。会えばまた次の約束を待ってしまう。そのことがわかっているから、亮は今、会わないと答えた。直人の口が、開いたまま止まっていた。亮が、空いた手で目元を押さえていた。
「……終わりにしよう」
「待ってくれ。俺、お前が好きなんだ」
電話の向こうから、返事がない。直人は、スマートフォンを両手で押さえていた。
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