同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
それから、何度か話し合いを重ねて。夜の食卓。真帆と直人が、向かい合っていた。二人の間に、住まいや結菜の生活費について書いたメモがあった。
「結菜の園は、変えたくない。私と結菜は、この家に残りたい」
「……うん。俺の引っ越し先のアパート、来月から住めることになった」
真帆が、小さくうなずいていた。
メモに「真帆と結菜は、今の家に住む」と書き込んでいた。
真帆は思った。……本当に、結菜と二人の暮らしになるんだ。真帆の手元に、パートの収入と、毎月の支出を書いた紙があった。
「結菜の生活費は、毎月振り込む。給料日の翌日でいいか?」
「うん。毎月、その日でお願い」
真帆が、メモに振込日を書き足していた。
「私も、パートの時間を増やす。お迎えまでに帰れる時間で、相談してみる」
「……分かった」
直人が、テーブルのカレンダーを見ていた。
「引っ越したあとの日曜、結菜に会いに来てもいいか」
「うん。十時に迎えに来て」
「分かった」
カレンダーの次の月に、「パパと会う日」と書かれていた。
真帆は、ペンを持ったまま、その文字を見ていた。
「……結菜には、今度の休みに話そう。俺から、家を出ることを伝える」
「うん。私も、一緒に話す」
*
翌日の昼。台所で、真帆がパート先へ電話をしていた。手元には、園のお迎えの時間を書いたメモがあった。
「来月から、働く時間を増やしたいんです。午前中から入れますか?」
真帆が、相手の返事を聞いていた。
「はい。お迎えの時間までには上がりたいんですが……」
真帆が、メモにペンを当てていた。
「ありがとうございます。では、来月からお願いします」
メモに「来月から、午前も勤務」と書かれていた。
電話を終えた真帆が、小さく息を吐いていた。
*
次の休日。リビングのソファ。真帆と直人の間に、結菜が座っていた。
「結菜。パパとママから、お話があるの」
結菜が、真帆を見ていた。直人は、膝の上で両手を組んでいた。
「……パパ、来月から、別のおうちに住むんだ」
「お引っ越し? 私も?」
「結菜は、ママとここにいるよ。パパだけ、お引っ越しするの」
結菜が、直人へ顔を向けていた。
「パパ、夜になったら帰ってくる?」
直人は、一度口を開きかけていた。結菜の顔を見て、唇を結んでいた。
「……これからは、向こうのおうちで寝るんだ。でも、結菜には会いに来るよ」
「いつ?」
「パパが引っ越したあとの日曜日に、迎えに来る。一緒に遊ぼう」
結菜は、直人の顔を見つめていた。
「……毎日は、会えないの?」
「……うん」
結菜の口が、への字になっていた。
「やだ。パパも、ここにいて」
直人の組んでいた手が、ほどけていた。真帆が、結菜の背中に手を添えていた。
「……ごめん。パパとママで、別々に暮らすって決めたんだ」
結菜が、首を横に振っていた。真帆の服をつかみ、その胸へ顔を押しつけていた。
「……ママも、行かないで」
「うん。ママは、結菜とここにいるよ」
真帆が、結菜を抱き寄せていた。結菜は、真帆の服を握ったまま泣いていた。直人は、二人のそばに座っていた。膝に置いた手のそばへ、結菜の手が伸びていた。結菜の指が、直人の袖をつかんでいた。
「……パパ、絶対来てね」
「……うん。迎えに来るよ」
直人が、袖をつかむ結菜の手を包んでいた。結菜は、真帆に顔を押しつけたまま離れない。真帆が、その背中を抱いていた。
*
離婚届を出した日。玄関で、靴を履いた直人の足元に、鞄が置かれていた。真帆が、玄関の上がり口に立っていた。
「結菜には、園に送るときに言った。日曜、迎えに来るって」
「うん。十時にね」
「……真帆も、一緒に出かけないか。三人で」
真帆が、直人を見ていた。
「私は行かない。結菜と二人で過ごしてあげて」
直人は、家の鍵を握っていた。
「俺がいなくなっても、寂しくないのか」
「……寂しいよ」
直人が、真帆へ顔を上げていた。
「でも、あなたに帰ってきてほしいとは、もう思わない」
直人の口が、開いたまま止まっていた。真帆は、直人の手元へ目を向けていた。
「鍵、置いていって」
靴箱の上に、鍵が置かれていた。直人の指が離れ、真帆の手が鍵を取っていた。直人は思った。……亮にも、真帆にも、もう会いたいと思ってもらえないんだ。直人は、目元を手の甲で押さえていた。真帆は手を伸ばさず、玄関の内側に立っていた。直人が、鞄を持って外へ出ていた。振り返った直人の前で、玄関の扉が閉まっていた。直人は、閉まった扉の前から動けずにいる。鞄を持つ手の甲へ、涙が落ちていた。
*
三か月後。夕方。紗季の家の玄関前。悠斗のリュックを持った亮が、呼び鈴を押していた。隣に、悠斗が立っていた。呼び出し音が響いた。扉を開けた紗季へ、亮がリュックを渡していた。
「おかえり。公園、楽しかった?」
「うん! パパと、すべり台いっぱい滑った!」
「よかったね。結菜ちゃんも、もう来てるよ」
悠斗が、靴を脱いでいた。亮は、戸口の外に立ったままでいた。
「パパ、またね!」
「ああ。また遊ぼうな」
居間の入口で、結菜が悠斗へ手を振っていた。
その後ろで、真帆が食卓に皿を並べていた。紗季が、戸口の亮へ顔を戻していた。
「送ってくれてありがとう」
「ああ。……紗季、今日、誕生日だよな」
「うん。真帆たちが、お祝いに来てくれたの」
「あのさ……」
亮が、居間の方へ目を向けていた。
「俺も、一緒に食べていっていいか?」
紗季は、すぐには答えない。
「一人で飯を食ってるとさ……お前と悠斗がいたときのこと、思い出すんだ」
紗季は、亮を見ていた。
「……もう一度、一緒に暮らせないかな」
紗季の指が、扉の取っ手から離れていた。
「私、離婚したことは、後悔してないよ」
亮が、戸口で立ち尽くしていた。
「あなたが笑ってくれるか、嫌がらないかって、いつも気にしてたけど……今は、そういうことを考えなくなった」
「今度は、俺も……」
「もう、やり直すつもりはないよ」
亮は、言いかけたまま黙っていた。亮は思った。……まだ、俺のことを好きでいてくれると思ってた。居間から、悠斗が顔を出していた。
「ママ! こっち来て!」
「うん。今、行くね」
紗季が、悠斗へ笑いかけていた。亮は、その横顔を見ていた。
「次に悠斗と会う日は、また連絡するね。じゃあ……」
亮が、寂しそうに小さくうなずいていた。閉まった扉の前に、亮が一人で立っていた。扉の向こうから、悠斗と結菜の声が聞こえていた。
「おめでとう!」
「わあ! これ、二人で作ってくれたの?」
亮の手が、扉へ伸びかけていた。その手が、届く前に下がっていた。亮は唇をかみ、うつむいていた。亮は思った。……紗季が待ってる家に、帰りたくないと思ってたのに。居間で、食卓には、料理と小さなホールケーキが並んでいた。悠斗と結菜が、折り紙の花を貼ったカードを紗季へ差し出していた。
カードには、大きく「まま おめでとう」と書かれていた。
「かわいい……ありがとう」
「きのう、お花いっぱい切ったんだよ!」
「私、のりでつけたよ!」
紗季が、二人を両腕で抱き寄せていた。真帆は、その三人を見て笑っていた。
「ケーキ、紗季の好きなショートケーキにしたよ」
「覚えててくれたんだ」
「うん。この前、一緒に食べたとき、また食べたいって言ってたでしょ」
紗季が、真帆を見て笑っていた。
「……うれしい。ありがとう」
好きなものを覚えていてくれた。自分のために選んで、ここへ持ってきてくれた。紗季は、ケーキと真帆の顔を順番に見た。喜んでも大丈夫な時間だった。子どもたちが待ちきれない顔をするのを見て、また笑いがこぼれた。悠斗が、ケーキの前に座っていた。
「ママ、早く、ふーってして!」
「はいはい。悠斗、先に消さないでよ?」
ろうそくの火を前に、悠斗が口を固く閉じていた。結菜が、その顔を見て笑っていた。
「じゃあ、みんなで。紗季、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
紗季が、ろうそくの火を吹き消していた。子どもたちが、手をたたいていた。切り分けたケーキを、真帆が紗季の前へ置いていた。紗季は一口食べ、目を細めていた。
「おいしい……これ、食べたかったんだ」
「よかった。……ねえ、私の誕生日も、こうやってお祝いしたい」
「しようよ。今度は私が用意する。何、食べたい?」
「エビ。いっぱい」
紗季が、声を上げて笑っていた。
「じゃあ、エビ料理をいっぱい並べよう。ケーキは?」
「それも、いる!」
「ぼくも、またケーキ食べたい!」
「私も!」
真帆と紗季が、顔を見合わせて笑っていた。四人の囲む食卓に、切り分けたケーキが並んでいた。
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