同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
亮が笑顔で手を振っていた。紗季も、笑って手を振り返していた。閉まった玄関の扉を、紗季が穏やかな顔で見ていた。紗季は思った。直人さんに、相談してよかった。
「ママ、ぼくたちも行こうよ」
「うん。今日は、何の本を借りようか」
紗季が、悠斗の差し出した手を握っていた。駅前で、直人が手を上げていた。
「亮!」
「待たせたか?」
「全然。何食べる?」
「この前、入れなかったとこ」
「ああ、いいな」
歩き出す直人の横顔を、亮が笑って見ていた。店の奥のテーブル。二人の前に料理が並んでいた。
「これ、ちょっと食べてみろよ」
「お前、それ苦手だったろ」
「ばれたか」
「皿ごと寄こすなって」
亮のスマートフォンに、紗季からメッセージが届いていた。紗季からのメッセージには、こう書かれていた。
〈帰り、急がなくていいよ。悠斗と本借りてきた〉
亮の入力欄に「ありがとう」と表示されていた。
玄関で笑っていた紗季の顔が、小さく重なっていた。亮は思った。こんなに気を遣ってくれてるのに……亮の親指が、送信ボタンの上で止まっていた。
「どうした?」
亮が、向かいの直人を見ていた。
「……帰り、急がなくていいって」
「そっか。じゃあ、このあともどこか行くか」
亮が、直人の顔を見て口元を緩めていた。亮は思った。こいつも、まだ帰りたくないんだ。
紗季との画面に、「ありがとう」と送信されていた。
亮のスマートフォンが、テーブルの端に伏せられていた。
「そういえば、また頼まれてさ。来週の資料」
「また、いい顔して引き受けたんだろ」
「困ってるって言われたら、断れないだろ」
「それで、俺に愚痴るのかよ」
「ここでくらい、愚痴らせてくれよ」
「聞くから、冷めないうちに食えよ」
直人が椅子の背にもたれ、笑っていた。直人は思った。……やっぱり、亮といると気が楽だな。二人が笑っていた。。
*
その日の夕方。喫茶店の奥のテーブル。二人の前に、飲みかけのコーヒーがあった。直人のスマートフォンが鳴っていた。画面には、タオルを頭に巻いた結菜が得意そうに笑っている写真が表示された。真帆からのメッセージには、こう書かれていた。
〈お風呂入ったよ。今日は自分で髪洗えました〉
直人の頬が緩んでいた。
「どうした?」
「結菜、自分で髪洗えたんだってさ」
亮の笑みが消えていた。直人の手元へ、視線が落ちていた。
「……もう帰るのか?」
「いや。まだ大丈夫」
直人の親指が、結菜の写真を大きくしていた。亮は思った。さっきまで、俺を見てたのに……亮が、テーブルの上に置かれた直人の左手を見ていた。薬指には、結婚指輪があった。亮は思った。……今日も、別々の家に帰るんだよな。亮が、飲みかけのコーヒーへ目を落としていた。
「……直人」
「ん?」
直人が、スマートフォンから顔を上げていた。亮は、直人を見つめていた。
「前に、一緒に暮らしたいって言っただろ」
直人の指が画面の上で止まっていた。
「俺は、本気にしてるからな」
「ああ」
*
以前、二人で会った夜。以前の、駅前でのことだった。今より厚い上着を着た二人が、改札の外に立っていた。直人は思った。……まだ、一緒にいたい。
「もう終電だ」
「……もう、そんな時間か」
亮が、改札へ目を向けていた。直人は、その横顔を見ていた。
「お前と、一緒に暮らしたい」
亮が、直人へ顔を向けていた。
「……本気か?」
直人は亮をまっすぐに見ていた。
「ああ」
*
その記憶が途切れ、目の前の顔へ視線を戻した。店のテーブルに、飲みかけのコーヒーが二つある。
「俺から話そうか。先に、紗季に」
「待ってくれ。いきなり、そんな……」
「もう、いきなりじゃないだろ」
直人はカップへ目を落としていた。亮は思った。……何で止めるんだよ。
「お前に、その気がないなら……もう会わない方がいい」
「亮……」
「家に帰ると、紗季が待ってるんだよ」
「何食べた、楽しかったかって……お前とのことを隠して、普通の顔で答えるのが、きついんだよ」
「俺と会うのが、つらいってことか?」
亮はうつむいた。
「会いたくてたまらないんだよ……」
亮は、直人の顔を見つめていた。
「つらいよ……」
「だって帰りたくなくなるんだよ。お前といると」
直人の手元に、真帆から届いた結菜の写真があった。
「結菜も、まだ小さいし……」
「……分かってる。俺にも悠斗がいる」
直人の目が、亮へ向いていた。直人は思った。そんなのわかってるよ……直人はうつむいた。
*
直人の結婚前。
結婚前、小さな指輪の箱を差し出したときのことを、直人は思い出した。真帆は、両手を口元に当てていた。直人は思った。……こんなに、喜んでくれるんだな。
「本当に? 私で、いいの?」
「真帆がいいんだよ」
涙を浮かべて真帆は笑った。直人も笑っていた。直人は思った。男が好きだって知ったら、こんな顔してくれないよな……
結婚式の集合写真。真帆の隣に直人が立ち、両親たちも笑っていた。直人は思った。親父もお袋も、安心してる。直人は思った。……真帆のこと、大事にすればいいんだ。
*
その記憶が途切れ、目の前の顔へ視線を戻した。店のテーブル。亮のカップは空になっていた。
「……そろそろ出るか」
「旅行が終わったら、話す」
亮の手が、伝票の手前で止まっていた。
「真帆に。ちゃんと、これからのこと」
「離婚のことも?」
直人はうつむいていた。結菜の写真が表示されたスマートフォンを、直人が伏せていた。直人は思った。真帆と結菜に、何て言えば……亮の手に、二人分の伝票があった。亮が、椅子を引きかけていた。直人は思った。真帆と別れるなんて、嫌だけど……直人は思った。……ここで無理だって言ったら、もう会ってくれないよな。
「……ああ」
「……本当に、話すんだな」
亮は、もう一度確かめた。これまでは、帰りたくないと言うだけだった。今日の返事があれば、別々の家へ帰る時間も、待っていられる気がした。直人が何を失うつもりで答えたのかまでは、まだ聞けていなかった。
「ああ。だから、待っててくれ」
亮は伝票を置き、直人の方へ体を向けていた。
「分かった。待つ」
直人も、こわばっていた口元を緩めていた。直人は思った。良かった。まだ、一緒にいられる……二人が笑っていた。。
*
翌週。営業部のオフィスの。
直人の机に、「新商品カタログ」の原稿が広がっていた。
資料を抱えた岡田が、机の前に立っていた。
「高橋先輩、すみません。カタログに載せる商品のサイズ、間違えて送ってしまいました」
「岡田、ちょっと見せて」
岡田が、資料の数字を指していた。直人は、机の上のカタログ原稿と見比べていた。
「ああ。こっちも、前のサイズになってるな」
「どうしたらいいですか?」
「まず、制作会社に聞いてみよう」
直人が、スマートフォンを耳に当てていた。岡田は資料を手に、そばに立っていた。
「石川さん、悪い。カタログの修正、まだ間に合うか?」
制作会社。亮が、パソコンの前で電話を受けていた。画面には、直人の机にあるものと同じカタログの原稿が開いていた。
「まだ印刷には出してないから大丈夫。どこを直す?」
「商品のサイズが、一か所違ってた。正しいのを送る」
「分かった。届いたら直す」
「助かる。悪いな」
直人の席。電話を終えた直人が、岡田へ顔を向けていた。
「まだ印刷前だって。直してもらえるから」
「よかった〜」
岡田は、ほっと息を吐いた。
「ありがとうございます! どうしようかと思いました」
直人は資料を机に置き、隣の椅子を引いていた。
「間に合ってよかったな。念のため、ほかも、今のうちに再確認しておこう」
「はい」
「次から、送る前に声かけて。二人で確認しような」
「すみません。お願いします」
二人が並んで、資料とカタログの原稿を見ていた。確認を終えた岡田が、資料を持って自分の席へ戻っていた。直人の机へ、書類を手にした三浦が来ていた。
「高橋君。今、少しいいか」
「はい、部長」
三浦が、直人の机に書類を置いていた。
表紙には「秋季展示会 新製品提案」とある。
「秋の展示会なんだが、今回は君に中心になって進めてもらいたい」
直人が、書類から三浦へ顔を上げていた。
「……私がですか?」
「ああ。そろそろ任せたいと思っていたんだ」
直人は、三浦の顔を見つめていた。椅子に座り直し、背筋を伸ばしていた。
「ありがとうございます。ぜひ、やらせてください」
「頼むよ」
三浦を見送った直人が、書類を両手で持っていた。直人は思った。やった! 部長が認めてくれた……表紙を見つめる直人の口元が、緩んでいた。
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