同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
その夜。直人たちのリビング。結菜が、旅行鞄の横に水着を広げていた。
「これ、持ってく!」
「いいよ。あとタオルもね」
「もう用意してるの?」
「だって、忘れたら泳げないもん」
真帆は微笑んだ。
「日曜、帰りは夜になるよね。次の日、朝から仕事で大丈夫?」
「月曜は、午前だけ休み取った。帰りも運転するし、少しゆっくりしたくて」
「そっか。よかった」
「起きたら、荷物の片づけもやっとくよ」
「助かる。私、午後からパートだから」
真帆が直人の前に麦茶を置いていた。
「紗季、喜んでたよ。最近、亮さんの機嫌がいいって」
「そうなんだ」
「直人に相談してよかったって」
「大したことは言ってないけどな」
直人のスマートフォンに、亮からの通知が出ていた。亮からのメッセージには、こう書かれていた。
〈旅行のあと、ちゃんと話すんだよな〉
直人は顔をしかめた。直人からのメッセージには、こう書かれていた。
〈分かってる〉
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「ねえ、朝ご飯、向こうで何作ろうか?」
「何でも。真帆が作るなら」
「それ、一番困る答え」
真帆は笑った。
「じゃあ、フレンチトースト」
「それがいい!」
「はいはい。じゃあ、卵、多めに買おうね」
直人の前で、真帆と結菜が買い物のメモをのぞき込んでいた。直人は思った。離婚か……直人の手元で、亮との画面が暗くなっていた。
*
旅行の日。川沿いのコテージの。直人が玄関の扉を開ける。後ろには、荷物を持った真帆たちが並んでいた。
「入っていい?」
「いいよ。靴、そろえてな」
居間で、大きなガラス戸の向こうに、テラスが見えていた。奥の廊下で、真帆が寝室の扉から中をのぞいていた。
「寝室、二つあるね。私たちは、こっちでいい?」
「うん。じゃあ、うちは奥ね」
手前の寝室には、ベッドが二つ並んでいた。真帆が、その脇に結菜のバッグを置いていた。結菜がベッドのそばに立ち、部屋を見回していた。奥の寝室。悠斗が二段ベッドを見上げていた。
「パパ、見て! 二段ベッド!」
「ほんとだ。まず、その荷物置こう」
「寝るときまで、楽しみにしておいてね」
亮が家族の鞄を床に置いていた。悠斗も、自分のリュックをその隣に置いていた。居間に戻った悠斗が、ガラス戸の向こうを指していた。
「こっち、川見える!」
「どこ? 私も見たい!」
「走らないでね!」
開いたガラス戸の向こうで、悠斗と結菜がテラスの手すりにつかまっていた。亮が戸口に立ち、二人を見ていた。直人が保冷バッグを持って、居間からテラスへ出ていた。真帆と紗季も、その後ろに続いていた。直人が、大きな保冷バッグをテーブルに置いていた。
「重かったでしょ。ありがと」
「いいところだな。ここにして正解だった」
真帆が子どもたちのそばへ行っていた。直人は、保冷バッグから飲み物を出していた。紗季が亮の隣に座り、スマートフォンを構えていた。
「亮、もう少し寄って。切れちゃう」
「これくらい?」
「うん。撮るよ」
紗季が、撮った写真を亮へ見せていた。
「珍しく、ちゃんと笑ってる」
「いつも笑ってるだろ」
「口だけね」
紗季の肩が亮の肩に触れていた。亮は、そのまま座っていた。亮の視線の先で、直人がテーブルに飲み物を並べていた。亮は思った。帰ったら、俺も紗季に話そう。
「あとで、これ送るね」
「……うん」
紗季は、肩の触れた亮を見ていた。紗季は思った。今日は、嫌がらないんだ。スマートフォンの画面には、笑顔で並ぶ二人の写真があった。紗季は思った。来てよかった。亮が、テーブルの缶を手にしていた。川を見ていた子どもたちの隣で、真帆が笑っていた。直人も、その三人を見て笑っていた。
「来年も来ような」
「うん!」
「今度は、もう一泊したいね」
亮の手が、缶を口元へ運びかけたところで止まっていた。亮は思った。……来年も?亮は思った。旅行が終わったら、離婚の話をするんじゃなかったのかよ。結菜へ笑いかけていた直人が、亮へ顔を向けていた。亮は笑わずに、直人を見つめていた。直人は思った。……しまった。直人が、テーブルにある別の飲み物の缶を手にしていた。
「亮、こっちのも飲むか?」
亮の視線は、缶へ向かない。亮は思った。……今の話、それで終わりかよ。
「いや。まだある」
亮が、自分の缶へ目を落としていた。直人は缶を差し出しかけたまま、亮の顔を見ていた。
「パパ、川、行こう!」
「ああ……うん」
直人が、受け取られなかった缶をテーブルへ戻していた。結菜は、直人の空いた手を握っていた。
「じゃあ、行ってみようか」
亮は、川へ向かう直人と真帆、結菜の背中を見ていた。夜のコテージの。居間の明かりが、ガラス戸越しにテラスを照らしていた。テラスのテーブルに、夕食の食器が残っていた。直人が空き缶をまとめ、亮が皿を重ねていた。そばで真帆が、あくびを押さえていた。
「先に寝てて。片づけ、俺たちでやるから」
「いいの? 亮さんも、ごめんね」
「大丈夫です。もう、そんなに残ってないんで」
「結菜も寝たんだろ?」
「うん。奥の部屋は、紗季も悠斗くんと一緒に寝ちゃってた」
「じゃあ、真帆も休んで」
「ありがとう。おやすみ」
真帆が、居間を通って寝室へ向かっていた。直人は空き缶の袋を持ち、居間へ入っていた。テラスには、皿をまとめていた亮が残っていた。手前の寝室。結菜の隣に横になった真帆が、目を閉じていた。開いた扉の外から、直人が中をのぞいていた。テラス。亮が椅子に座っていた。テーブルの端に、重ねた皿とグラスが残っていた。ガラス戸のところに、戻ってきた直人が立っていた。亮が、直人へ顔を向けていた。
「来年も来るって、どういうつもりだよ」
直人は、食器へ伸ばしかけた手を止めていた。
「子どもたちの前だから、そう言っただけだよ」
「真帆さんにも言ってただろ」
「だから、その場で……」
「俺、帰ったら紗季にも話そうって、思ってた」
直人の手が、食器の上で止まっていた。
「それなのに、来年も今のままってことか?」
直人が室内の方を見ていた。
「そういう話じゃない。ちゃんと話すって言っただろ」
「一緒に暮らしたいって、お前から言ったんだろ」
寝室のベッドで、真帆が目を開けていた。真帆は思った。……言い合い?テラスで、直人が室内へ顔を向けていた。
「声、落としてくれ」
亮の唇が閉じていた。目だけが直人を見ていた。
「……俺の話より、そっちかよ」
「そういう意味じゃない」
「もういい。今は、お前の顔を見たくない」
亮が直人に背を向けていた。直人の手が、その腕をつかんでいた。
「亮、待ってくれ」
「離せよ」
直人は思った。……行くなよ。直人は亮の腕を離していない。亮の目元が赤くなっていた。
「お前と、別れたくないんだ」
直人の腕が亮の背に回り、二人の唇が重なっていた。亮の手が直人の胸に当たっていた。亮は思った。だったら、ちゃんと答えろよ。直人が目を閉じたまま、亮を抱きしめていた。亮の手から、力が抜けていた。亮は思った。……俺も、別れたくない。廊下に出た真帆が、テラスへ続くガラス戸に近づいていた。ガラス戸の向こうで、直人が亮の頬に手を添えていた。二人の唇が重なっていた。
「……え?」
戸へ伸ばした手が止まっていた。真帆の目が、大きく開いていた。真帆は思った。……うそでしょ。目を閉じれば見間違いだったことになるだろうか。取っ手を握る指は、そのまま動かない。直人の顔も、亮の腕も、よく知っている。二人は、真帆が知らない近さでそこにいた。夜の冷たさが、指先から伝わってきた。二人の唇が離れていた。直人の腕は、亮の背に回ったまま。亮も離れようとせず、直人を見つめていた。真帆の視線が、二人の顔と、互いの体に回された腕の間をさまよっていた。
真帆は思った。……男同士で?直人が、亮を強く抱き寄せていた。亮の手が、直人の背中の服をつかんでいた。真帆が、戸の取っ手を握っていた。口は開いていたが、声が出ていない。少し前、直人がテラスで真帆へ笑いかけた顔がよみがえった。
「じゃあ、真帆も休んで」
「ありがとう。おやすみ」
取っ手を握る真帆の指に、力がこもった。真帆は思った。私が寝るの、待ってたの……?ガラス戸の向こうで、直人が亮の顔をのぞき込んでいた。真帆の目から、涙がこぼれていた。真帆は思った。……いつから?真帆は思った。私が知らないところで、ずっと……?廊下の壁に背をつけた真帆が、その場にしゃがみ込んでいた。両手で口を押さえ、肩を震わせていた。寝室で、真帆は結菜の隣で、扉に背を向けて横になっていた。直人が、真帆の肩まで布団を掛けていた。
「……おやすみ」
真帆の目は閉じていた。布団の下で、手が固く握られていた。直人は隣のベッドで、天井を見ていた。直人は思った。帰ったら、ちゃんと話さなきゃ。直人が、隣のベッドの真帆と結菜を見ていた。直人は思った。……明日は、まだ旅行中だし。直人は、天井へ目を戻していた。結菜の小さな足が、真帆の手に触れていた。真帆は思った。どうしよう……真帆の手が、結菜の足を包んでいた。
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