同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~ 作:桐山さくらこ
「君が一人で訂正して、話が変わっているんだ」
直人は、三浦を見ていた。
「今度は全員のいるところで、説明してもらう」
直人の開きかけた口が、そのままになっていた。廊下で、直人のスマートフォンに、会議予定が表示されていた。
「制作会社との確認面談」「水曜日 10:00」。
参加者欄に「三浦部長」「高橋直人」「川瀬部長」「石川亮」と表示されていた。
直人は思った。やばい、二日しかない……直人は思った。その前に、亮と話しておかないと……直人が、亮へ電話をかけていた。制作会社の階段の踊り場。亮がスマートフォンを耳に当てていた。
「もしもし」
「水曜に、そっちの部長と一緒に、うちの会社へ来てもらうことになった」
「何で? 俺がしつこく誘ったって話は、取り消したんだろ」
「うちの部長が、お前にも直接、確かめたいって……」
亮が、眉を寄せていた。
「……お前、部長には何て話したんだ?」
「それを、先に二人で話したいんだ。今日、会えないか」
「今、言えよ」
直人は、口を開きかけていた。直人は思った。……ここで言ったら、電話を切られる。
「会って、ちゃんと説明するから」
「会社で何か聞かれても、俺と話すまでは答えないでほしい」
亮の表情が、険しくなっていた。
「俺は、聞かれたら本当のことを話すぞ」
「亮……」
「取り消したって言ったよな。だったら、困ることなんかないだろ?」
直人は、唇を結んだまま答えない。
「……部長に、何の話なのか聞いてくる」
「待ってくれ」
亮が電話を切る。通話の切れた画面を、直人が見つめていた。
「……まだ、話は終わってないだろ」
制作会社の執務室。川瀬の机のそばに、亮が立っていた。
「部長。高橋さんの件で、何か連絡が来ていますか?」
「ああ。三浦部長から来ている。君にも確認したいことがあるんだ」
川瀬が、席を立っていた。
「会議室で話そう」
制作会社の会議室。川瀬が、亮と向かい合っていた。
「三浦部長から、訂正の件で連絡があった」
「高橋さんは、君に脅されて取り消したと言っているそうだ」
亮が、眉を寄せていた。
「脅した……? 私がですか」
「しつこく誘われたという話を取り消さなければ、二人が付き合っていることを奥さんに話すと。そう言ったのか?」
亮が、首を横に振っていた。
「言ってません。取り消さないなら、私から会社に本当のことを話すとは言いました」
「しつこく誘ったなんて、嘘ですから。奥さんに話すとは言っていません」
川瀬は、亮の顔を見ていた。
「それと、交際のことだが……高橋さんは、君とは付き合っていないと話しているそうだ」
亮の口が、わずかに開いていた。
「……付き合ってないって、あの人が言ったんですか」
「ああ。三浦部長には、そう答えたそうだ」
亮は、金曜の夕方、会社の外で電話を受けたときのことを思い出した。うつむいたまま、笑ったのだった。電話越しの直人の声が重なっていた。
「逃げたりなんてしないよ」
現在の会議室。亮の指が、椅子の端を握っていた。亮は思った。……俺と付き合ってたことまで、なかったことにするのかよ。
「石川君。実際には、付き合っているのか?」
亮は目を伏せ、唇を結んでいた。川瀬は、向かいで返事を待っていた。亮が、川瀬へ顔を上げていた。
「……付き合ってます。一年くらい前から」
川瀬は、黙って亮を見ていた。
「水曜は、本人の前で話します。脅したという話も、取り消してもらいます」
制作会社のビルの外。亮が、直人へ電話をかけていた。
「亮、今から会えないか」
「……俺とは付き合ってないって、部長に言ったのか?」
直人が、会社の廊下で足を止めていた。
「……会社で、全部話すわけにはいかないだろ」
「だから、俺が脅したことにしたのかよ」
直人は、口を開きかけたまま黙っていた。
「取り消してくれたって、信じたんだぞ」
「……悪かった。会って、ちゃんと説明するから」
「部長には、俺から話した。俺たちは付き合ってる。脅してなんかいないって」
直人が、廊下の壁に手をついていた。
「……何で、先に俺と話してくれなかったんだ」
「お前に任せたら、今度は何をしたことにされるんだよ」
「俺から、ちゃんと訂正する。水曜までに……」
亮は、左手の結婚指輪へ目を落としていた。
「……紗季にも、今夜話す。お前と付き合ってること」
「待ってくれ。真帆とはまだ、離婚の話がまとまってないんだ」
「だから、俺も紗季には言わずに待ってたんだよ」
「お前が、ちゃんと話を進めてくれてるって、信じてたから」
直人は、壁に手をついたまま答えない。
「でも、会社で何を言ったかさえ、俺には隠してたんだろ」
「亮。俺たちのためにも、もう少し待ってくれ」
亮が、唇をかんでいた。亮は思った。……もう、お前の都合で待てるかよ。
「紗季には、今夜、俺から話す」
「待ってくれ、亮」
直人の手元で、画面が「通話終了」に変わっていた。
直人は、人のいない廊下に立っていた。直人は思った。紗季ちゃんが、真帆に連絡したら……亮たちの家。悠斗の寝室の扉が閉まっていた。台所で食器を拭いていた紗季へ、亮が声をかけていた。
「紗季。話がある」
「うん。ちょっと待って、これだけ」
紗季の隣に、拭き終えた亮のマグカップが置かれていた。亮は思った。俺が何も言わなければ、明日も、こうやって……
「……ごめん」
紗季の手が止まっていた。
「何?」
「ほかに、付き合ってる相手がいる」
紗季の手に、拭きかけのコップがあった。
「……え?」
亮は紗季を見ていた。紗季がコップを流し台に置いていた。
「付き合ってる、って……浮気?」
「……ああ」
紗季は、食卓の椅子に手をかけていた。
「……誰?」
「直人」
紗季の手が、椅子の背を握ったままになっていた。
「真帆の……旦那さんの、直人さん?」
「……ああ」
紗季は、亮の顔を見つめたまま動かない。
「……どういうこと? 男の人と、付き合ってるって……」
亮が、目を伏せていた。
「……直人が、好きなんだ」
「直人さんも……あなたのことが、好きなの?」
「……ああ」
紗季の唇が、わずかに開いていた。椅子に腰を下ろし、膝の上の布巾を両手で握っていた。
「……いつから?」
「一年くらい前」
バーベキューで笑い合っていた二人の姿が、紗季の脳裏に浮かんだ。自分は、その向こうで二人を見ていた。紗季は思った。……あのときも、二人は……
現在の食卓。紗季の口元が震えていた。
「私、直人さんに相談してたんだよ」
亮が顔を上げていた。
「……相談?」
「あなたが、あんまり私に構ってくれないから」
「紗季……」
「少し放っておいたらって。昔からそうだからって」
亮の目が大きく開いていた。
「それで、直人さんと遊んできたらって……私から、言ったんだよ」
外出用のシャツを着て、玄関から出ていった亮の笑顔を、紗季は思い出した。紗季も、笑顔で亮を見送っていた。紗季は思った。……私、何を喜んでたんだろう。
現在の食卓。紗季は、膝の上で布巾を握っていた。
「ごめん」
「私といるのが嫌なんじゃないって。そう思えて、うれしかったのに」
亮は、紗季の手の中の布巾を見ていた。亮は思った。……俺とのこと、そんなに悩んでたのか。
「私、お礼まで言った」
紗季が、首を横に振っていた。
「あなたと、うまくやっていきたくて……」
亮は、紗季から少し離れた椅子に座っていた。紗季の手の中で、布巾がくしゃくしゃになっていた。その目が、亮の結婚指輪へ向いていた。
「……私と結婚したときも、直人さんのこと……?」
「そのときは、付き合ってない」
「好きだったの?」
亮はすぐには答えられず、唇を結んでいた。
*
二人が独身だった頃。制作会社の打ち合わせ室。直人と亮が、名刺を交換していた。
直人の名刺にはメーカーの社名と「営業部 高橋直人」、亮の名刺には制作会社の社名と「石川亮」とある。
「今度のカタログを担当する、高橋です。よろしくお願いします」
「制作担当の石川です。こちらこそ、よろしくお願いします」
テーブルの上に、商品の写真が入った原稿が広がっていた。亮が、一枚の原稿を直人へ向けていた。
「使い方の説明は、写真を増やしたいんです。文章だけだと、分かりにくいので」
直人は、その原稿を手元へ引き寄せていた。
「ああ……ここ、よくお客さんにも聞かれるんですよ」
「そうなんですか」
「これなら、見せながら説明できますね。撮影に使う商品、こちらで用意します」
亮が、直人を見てうなずいていた。
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