同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~   作:桐山さくらこ

7 / 13
付き合っていないと、言った

「君が一人で訂正して、話が変わっているんだ」

 

 直人は、三浦を見ていた。

 

「今度は全員のいるところで、説明してもらう」

 

 直人の開きかけた口が、そのままになっていた。廊下で、直人のスマートフォンに、会議予定が表示されていた。

 

「制作会社との確認面談」「水曜日 10:00」。

 

 参加者欄に「三浦部長」「高橋直人」「川瀬部長」「石川亮」と表示されていた。

 

 直人は思った。やばい、二日しかない……直人は思った。その前に、亮と話しておかないと……直人が、亮へ電話をかけていた。制作会社の階段の踊り場。亮がスマートフォンを耳に当てていた。

 

「もしもし」

 

「水曜に、そっちの部長と一緒に、うちの会社へ来てもらうことになった」

 

「何で? 俺がしつこく誘ったって話は、取り消したんだろ」

 

「うちの部長が、お前にも直接、確かめたいって……」

 

 亮が、眉を寄せていた。

 

「……お前、部長には何て話したんだ?」

 

「それを、先に二人で話したいんだ。今日、会えないか」

 

「今、言えよ」

 

 直人は、口を開きかけていた。直人は思った。……ここで言ったら、電話を切られる。

 

「会って、ちゃんと説明するから」

 

「会社で何か聞かれても、俺と話すまでは答えないでほしい」

 

 亮の表情が、険しくなっていた。

 

「俺は、聞かれたら本当のことを話すぞ」

 

「亮……」

 

「取り消したって言ったよな。だったら、困ることなんかないだろ?」

 

 直人は、唇を結んだまま答えない。

 

「……部長に、何の話なのか聞いてくる」

 

「待ってくれ」

 

 亮が電話を切る。通話の切れた画面を、直人が見つめていた。

 

「……まだ、話は終わってないだろ」

 

 制作会社の執務室。川瀬の机のそばに、亮が立っていた。

 

「部長。高橋さんの件で、何か連絡が来ていますか?」

 

「ああ。三浦部長から来ている。君にも確認したいことがあるんだ」

 

 川瀬が、席を立っていた。

 

「会議室で話そう」

 

 制作会社の会議室。川瀬が、亮と向かい合っていた。

 

「三浦部長から、訂正の件で連絡があった」

 

「高橋さんは、君に脅されて取り消したと言っているそうだ」

 

 亮が、眉を寄せていた。

 

「脅した……? 私がですか」

 

「しつこく誘われたという話を取り消さなければ、二人が付き合っていることを奥さんに話すと。そう言ったのか?」

 

 亮が、首を横に振っていた。

 

「言ってません。取り消さないなら、私から会社に本当のことを話すとは言いました」

 

「しつこく誘ったなんて、嘘ですから。奥さんに話すとは言っていません」

 

 川瀬は、亮の顔を見ていた。

 

「それと、交際のことだが……高橋さんは、君とは付き合っていないと話しているそうだ」

 

 亮の口が、わずかに開いていた。

 

「……付き合ってないって、あの人が言ったんですか」

 

「ああ。三浦部長には、そう答えたそうだ」

 

 亮は、金曜の夕方、会社の外で電話を受けたときのことを思い出した。うつむいたまま、笑ったのだった。電話越しの直人の声が重なっていた。

 

「逃げたりなんてしないよ」

 

 現在の会議室。亮の指が、椅子の端を握っていた。亮は思った。……俺と付き合ってたことまで、なかったことにするのかよ。

 

「石川君。実際には、付き合っているのか?」

 

 亮は目を伏せ、唇を結んでいた。川瀬は、向かいで返事を待っていた。亮が、川瀬へ顔を上げていた。

 

「……付き合ってます。一年くらい前から」

 

 川瀬は、黙って亮を見ていた。

 

「水曜は、本人の前で話します。脅したという話も、取り消してもらいます」

 

 制作会社のビルの外。亮が、直人へ電話をかけていた。

 

「亮、今から会えないか」

 

「……俺とは付き合ってないって、部長に言ったのか?」

 

 直人が、会社の廊下で足を止めていた。

 

「……会社で、全部話すわけにはいかないだろ」

 

「だから、俺が脅したことにしたのかよ」

 

 直人は、口を開きかけたまま黙っていた。

 

「取り消してくれたって、信じたんだぞ」

 

「……悪かった。会って、ちゃんと説明するから」

 

「部長には、俺から話した。俺たちは付き合ってる。脅してなんかいないって」

 

 直人が、廊下の壁に手をついていた。

 

「……何で、先に俺と話してくれなかったんだ」

 

「お前に任せたら、今度は何をしたことにされるんだよ」

 

「俺から、ちゃんと訂正する。水曜までに……」

 

 亮は、左手の結婚指輪へ目を落としていた。

 

「……紗季にも、今夜話す。お前と付き合ってること」

 

「待ってくれ。真帆とはまだ、離婚の話がまとまってないんだ」

 

「だから、俺も紗季には言わずに待ってたんだよ」

 

「お前が、ちゃんと話を進めてくれてるって、信じてたから」

 

 直人は、壁に手をついたまま答えない。

 

「でも、会社で何を言ったかさえ、俺には隠してたんだろ」

 

「亮。俺たちのためにも、もう少し待ってくれ」

 

 亮が、唇をかんでいた。亮は思った。……もう、お前の都合で待てるかよ。

 

「紗季には、今夜、俺から話す」

 

「待ってくれ、亮」

 

 直人の手元で、画面が「通話終了」に変わっていた。

 

 直人は、人のいない廊下に立っていた。直人は思った。紗季ちゃんが、真帆に連絡したら……亮たちの家。悠斗の寝室の扉が閉まっていた。台所で食器を拭いていた紗季へ、亮が声をかけていた。

 

「紗季。話がある」

 

「うん。ちょっと待って、これだけ」

 

 紗季の隣に、拭き終えた亮のマグカップが置かれていた。亮は思った。俺が何も言わなければ、明日も、こうやって……

 

「……ごめん」

 

 紗季の手が止まっていた。

 

「何?」

 

「ほかに、付き合ってる相手がいる」

 

 紗季の手に、拭きかけのコップがあった。

 

「……え?」

 

 亮は紗季を見ていた。紗季がコップを流し台に置いていた。

 

「付き合ってる、って……浮気?」

 

「……ああ」

 

 紗季は、食卓の椅子に手をかけていた。

 

「……誰?」

 

「直人」

 

 紗季の手が、椅子の背を握ったままになっていた。

 

「真帆の……旦那さんの、直人さん?」

 

「……ああ」

 

 紗季は、亮の顔を見つめたまま動かない。

 

「……どういうこと? 男の人と、付き合ってるって……」

 

 亮が、目を伏せていた。

 

「……直人が、好きなんだ」

 

「直人さんも……あなたのことが、好きなの?」

 

「……ああ」

 

 紗季の唇が、わずかに開いていた。椅子に腰を下ろし、膝の上の布巾を両手で握っていた。

 

「……いつから?」

 

「一年くらい前」

 

 バーベキューで笑い合っていた二人の姿が、紗季の脳裏に浮かんだ。自分は、その向こうで二人を見ていた。紗季は思った。……あのときも、二人は……

 

 現在の食卓。紗季の口元が震えていた。

 

「私、直人さんに相談してたんだよ」

 

 亮が顔を上げていた。

 

「……相談?」

 

「あなたが、あんまり私に構ってくれないから」

 

「紗季……」

 

「少し放っておいたらって。昔からそうだからって」

 

 亮の目が大きく開いていた。

 

「それで、直人さんと遊んできたらって……私から、言ったんだよ」

 

 外出用のシャツを着て、玄関から出ていった亮の笑顔を、紗季は思い出した。紗季も、笑顔で亮を見送っていた。紗季は思った。……私、何を喜んでたんだろう。

 

 現在の食卓。紗季は、膝の上で布巾を握っていた。

 

「ごめん」

 

「私といるのが嫌なんじゃないって。そう思えて、うれしかったのに」

 

 亮は、紗季の手の中の布巾を見ていた。亮は思った。……俺とのこと、そんなに悩んでたのか。

 

「私、お礼まで言った」

 

 紗季が、首を横に振っていた。

 

「あなたと、うまくやっていきたくて……」

 

 亮は、紗季から少し離れた椅子に座っていた。紗季の手の中で、布巾がくしゃくしゃになっていた。その目が、亮の結婚指輪へ向いていた。

 

「……私と結婚したときも、直人さんのこと……?」

 

「そのときは、付き合ってない」

 

「好きだったの?」

 

 亮はすぐには答えられず、唇を結んでいた。

 

*

 

 二人が独身だった頃。制作会社の打ち合わせ室。直人と亮が、名刺を交換していた。

 

 直人の名刺にはメーカーの社名と「営業部 高橋直人」、亮の名刺には制作会社の社名と「石川亮」とある。

 

「今度のカタログを担当する、高橋です。よろしくお願いします」

 

「制作担当の石川です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 テーブルの上に、商品の写真が入った原稿が広がっていた。亮が、一枚の原稿を直人へ向けていた。

 

「使い方の説明は、写真を増やしたいんです。文章だけだと、分かりにくいので」

 

 直人は、その原稿を手元へ引き寄せていた。

 

「ああ……ここ、よくお客さんにも聞かれるんですよ」

 

「そうなんですか」

 

「これなら、見せながら説明できますね。撮影に使う商品、こちらで用意します」

 

 亮が、直人を見てうなずいていた。




漫画版もお読みいただけます。
『同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~: 匿名希望の体験談⑰【コミック】 (ヴァンクール出版)』
Amazonで漫画版を見る

漫画版はKindle Unlimited対象作品です。
Kindle Unlimited会員の方は、追加料金なしでお読みいただけます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。