同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~   作:桐山さくらこ

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あの頃の「一緒に暮らしたい」

カタログが完成した日。制作会社の打ち合わせ室。直人が、完成したカタログを開いていた。写真が順番に並ぶ、使い方のページ。

 

「今日、早速お客さんに見せたんです。前より分かりやすいって」

 

「よかったです。写真、増やしたかいがありましたね」

 

「石川さんが言ってくれなかったら、前と同じ説明を載せるところでした」

 

 亮が、カタログに目を落として笑っていた。

 

「そこ、どうしても変えたかったんです」

 

「途中、何度も相談に乗ってもらって、助かりました」

 

 資料を片づけた直人が、鞄を持って立ち上がっていた。

 

「このあと、時間あります? よかったら、飯でも」

 

「……いいですね。あと少しで、仕事も終わるので」

 

 その夜、二人は居酒屋のテーブルで向かい合った。食事の途中、直人が会社からの電話を受けていた。

 

「土曜ですか? ……はい。設営の手伝いですね。大丈夫です」

 

 電話を終えた直人が、スマートフォンをテーブルへ置いていた。

 

「……土曜、休みだったんですけどね」

 

「休みなのに、引き受けたんですか?」

 

「人が足りないって言われると、なかなか断れなくて……」

 

「休みたいなら、断ってもいいんじゃないですか?」

 

「そうなんですけどね」

 

 直人が、箸を持ち直していた。

 

「……私に頼めば引き受けるって、思われてるんでしょうね」

 

「そうかもしれませんね」

 

 直人が、少し驚いた表情で亮を見ていた。

 

「……否定してくれないんですね」

 

「さっきも、すぐ『大丈夫です』って返事してましたから」

 

 直人が、苦笑していた。

 

「……確かに。あれじゃ、また頼まれますね」

 

「でも、電話を切ったとたんに、嫌そうな顔になってましたよ」

 

「そんな顔してました?」

 

「してましたよ」

 

 直人が、声を出して笑っていた。

 

「……やだな。会社じゃ、気をつけてるんですけど」

 

「ここ、会社じゃないですから」

 

「じゃあ、もう少し、聞いてもらってもいいですか」

 

「まだあるんですか」

 

 直人がネクタイを緩め、亮も笑っていた。

 

*

 

 それから数か月後。

 

 土曜日の昼。駅前で、普段着の亮がスマートフォンを見ていた。画面には、直人から届いていたメッセージ。直人からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈前に話してた店、予約取れた。土曜、空いてる?〉

 

「亮。待たせた」

 

 顔を上げた亮の前で、直人が息を弾ませていた。

 

「そんなに走らなくても」

 

「お前、腹減ると機嫌悪くなるだろ」

 

「ならないって」

 

 直人が笑う。二人が並んで歩き出していた。

 

「あの店、よく覚えてたな」

 

「行きたそうにしてたから。俺も、食ってみたかったし」

 

 亮が、直人の横顔を見て笑っていた。店のテーブル。料理を前に、二人が向かい合っていた。直人が一口食べてから、亮へ皿を寄せていた。

 

「これ、食ってみろよ」

 

「……うまいな」

 

「だろ?」

 

 二人の間で、皿が行き来していた。亮が、もう一口食べていた。

 

「紗季も、これ好きそうだな……」

 

「彼女?」

 

「ああ。今度、連れてこようかな」

 

「じゃあ、次は二人で来いよ」

 

「ああ。誘ってみる」

 

*

 

 次の休日。同じ店の入口。亮の隣に、紗季が立っていた。

 

「ここ? 連れてきたいって言ってたお店」

 

「ああ。食べさせたいのがあるんだ」

 

「何? 楽しみ」

 

 店のテーブル。向かい合う二人の間に、メニューが開いていた。亮が、料理の写真を指していた。

 

「これ。この前、食べてうまかったから」

 

「じゃあ、それにする。……あ、こっちもおいしそう」

 

 テーブルに料理が並んだ。紗季が一口食べ、亮へ顔を上げていた。

 

「おいしい!」

 

「好きそうだと思ったんだよ」

 

「うん。これ、また食べに来たい」

 

 亮が、うれしそうに笑っていた。紗季は、もう一皿のおかずを小皿へ取り分けていた。

 

「これ、半分食べて。頼みすぎた」

 

「俺の分もあるんだけどな」

 

「おいしいから。ほら、一口」

 

 亮が、一口食べていた。

 

「……うまいな」

 

「でしょ?」

 

 紗季が笑っていた。亮も、その顔を見て笑っていた。亮は思った。紗季と、毎日こうやって暮らせたらな。

 

「なあ、紗季……俺と、結婚しないか」

 

 紗季の箸が止まっていた。

 

「え……?」

 

「一緒に暮らしたいんだ。お前と」

 

 紗季の目に涙がたまっていた。

 

「……うん。私も」

 

 亮が、ほっとした顔で笑っていた。

 

*

 

 数年後。直人たちの家の食卓。真帆と紗季が、子どもたちの食事を見ていた。直人が、亮のグラスに飲み物を注いでいた。

 

「駅前にできた店、よかったぞ。今度、行こうな」

 

「お前、先に行ったのかよ」

 

「会社の人と。お前の好きそうなの、あったから」

 

 亮が、直人へ顔を向けていた。

 

「じゃあ、次は俺とだな」

 

「ああ」

 

 結菜が、直人の服を引いていた。

 

「パパ、こぼれた」

 

「ああ。ちょっと待ってな」

 

 直人が、結菜の前へタオルを持っていっていた。亮はグラスを持ったまま、直人の背中を見ていた。亮は思った。……二人で、ゆっくり話したいな。

 

*

 

 一年ほど前。居酒屋。久しぶりに、直人と亮が二人で飲んでいた。

 

「こうやって一緒に飲むの久しぶりだな」

 

「お前、忙しすぎるんだよ」

 

「悪かったって」

 

 直人が、メニューを亮へ向けていた。

 

「ほら。これ、好きだろ。頼もうぜ」

 

 テーブルに料理が並んだ。直人が身を乗り出して、仕事の話をしていた。

 

「それで、俺の説明が分からなかったって言うんだよ。あのときは、分かりましたって言ってたのに」

 

「相当、腹立ってるな」

 

「立ってるよ。本人には言えないけど」

 

「俺には、言うんだな」

 

「お前には、言えるんだよ」

 

 二人が笑っていた。亮が、直人を見ていた。直人は、亮の顔をのぞき込んでいた。

 

「……聞き飽きたか?」

 

「いや。続けろよ」

 

 直人が、ほっとしたように笑っていた。亮も笑いかけ、その口元へ目を止めていた。亮は思った。……触りたい。テーブルに出しかけた亮の手が、止まっていた。亮は手を膝へ戻し、グラスへ目を落としていた。亮は思った。何、考えてるんだ。俺……

 

*

 

 それから、数週間。夜のリビング。亮が、スマートフォンを見ていた。直人との会話画面を開いた。直人からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈金曜、飲まないか〉

 

 亮からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈悪い。今週は無理だ〉

 

 別の日付で、直人のメッセージ「来週なら、どうだ?」。

 

 入力欄には、まだ何も書かれていない。

 

「亮、お茶いれたよ」

 

 亮が顔を上げていた。紗季が、亮の前に湯飲みを置いていた。

 

「ありがとう」

 

 紗季が隣に座り、テレビへ目を向けていた。亮は画面を伏せ、湯飲みを手にしていた。亮は思った。……会ったら、また……

 

*

 

 後日。仕事を終えた亮が、会社の外で直人との会話画面を開いていた。

 

 入力欄に「悪い」と打ち、指を止めていた。

 

 亮は思った。……声だけなら。亮が入力した文字を消し、通話ボタンを押していた。

 

「もしもし」

 

「亮? 久しぶりだな」

 

「ああ」

 

「……俺、何かしたか?」

 

 亮が、黙っていた。

 

「前は、無理でも別の日を言ってくれただろ」

 

「お前が何かしたわけじゃない」

 

「じゃあ……会えないか。少しでも」

 

 亮が目を閉じていた。亮は思った。……俺だって、会いたいんだよ。

 

「今、どこにいる?」

 

「会社。もう出られるよ」

 

「……じゃあ、駅のそばの公園で。先に着いたら、待っててくれ」

 

 その夜。駅近くの公園。亮が、ベンチで待っていた直人の前へ歩いてきていた。直人が立ち上がり、亮へ笑いかけていた。

 

「来てくれて、よかった」

 

 亮は、その顔を見てから目をそらしていた。

 

「……やっぱり、俺、何か言ったか?」

 

「違うって」

 

 亮が、少し離れてベンチに座っていた。直人も腰を下ろしていた。

 

「じゃあ、どうしたんだよ」

 

 亮は、自分の両手を見ていた。

 

「この前、飲んだとき……お前に、触りたいと思った」

 

 直人が、亮を見ていた。

 

「お前は普通に話してるだけなのに、俺、そんなこと考えてたんだよ」

 

 亮は顔を上げない。

 

「……だから、会えなかった」

 

 二人の間で、直人の手が動いていた。膝に置かれた亮の手に、その指が触れていた。亮が顔を上げていた。

 

「……俺だけかと思ってた」

 

「お前も……?」

 

「好きなんだ。お前のこと」

 

 亮は直人を見たまま、動かない。直人が、亮の手を握っていた。

 

「言ったら、もう会ってもらえなくなると思ってた」

 

 亮が、握られた手へ目を落としていた。直人の薬指には、結婚指輪があった。

 

「……真帆さんがいるだろ」

 

「……ああ」

 

「俺にも、紗季がいる」

 

 直人が、うつむいていた。握っていた手が緩んでいた。

 

「……でも、会えなくなるのは嫌だ」

 

 亮は、離れかけた直人の手を握り返していた。直人が、亮へ顔を向けていた。

 

「俺もだよ」

 

 亮が直人のそばへ体を寄せていた。二人の顔が近づき、亮が一度、目を伏せていた。亮は思った。……紗季が、待ってるのに。亮の手が、直人の上着をつかんでいた。直人が亮の頬に触れ、二人の唇が重なっていた。亮は思った。……もう、離したくない。




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