同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~   作:桐山さくらこ

9 / 13
また、信じちゃった

その記憶が途切れ、目の前の顔へ視線を戻した。食卓で、紗季が亮の返事を待っていた。

 

「お前と結婚したときは、直人のことは、仲のいい友達だと思ってた」

 

「直人が好きなんだって気づいたのは、結婚してからだ」

 

 紗季が、亮を見つめていた。

 

「……私のことは? 好きだったの?」

 

「好きだと思ってた。お前と一緒に暮らしたいって思ったのも、本当だ」

 

 料理を分け合った日の楽しさを、亮は嘘にしたくなかった。紗季と暮らしたいと思ったことも、覚えている。けれど、今の紗季が聞いているのは、昔の食卓だけではない。現在形で答えられないことが、二人の間に残った。紗季の口元が、わずかに震えていた。

 

「……思ってた?」

 

 亮は、言葉を止めていた。

 

「直人さんのことは、好きだって言えるのに?」

 

 紗季は、亮を見たまま黙っていた。

 

「紗季……」

 

 伸ばした手を握ってもらえなかった日が、紗季の胸によみがえった。亮は自分の手をポケットに入れていた。紗季は思った。私ばっかり、近づきたがってたんだ。

 

 現在の食卓。紗季が、握っていた布巾をテーブルへ置いていた。

 

「……私とは、別れたいの?」

 

「……お前と別れて、直人と暮らそうって、話してた」

 

 紗季の手が、布巾の上で止まっていた。

 

「私には何も言わないで、そんな話までしてたの?」

 

「言おうと思ってた。でも、お前の顔を見ると、言えなくて……」

 

 紗季が、亮の顔を見ていた。

 

「……じゃあ、今日はどうして?」

 

 亮は、膝の上で両手を重ねていた。

 

「直人が、俺とは付き合ってないって、会社に話してたんだ。今日、それを知った」

 

 紗季の眉が、わずかに寄っていた。

 

「もう、あいつに任せて待ってるのは、やめようと思って……」

 

「……それで、私に話したの?」

 

 亮の言葉が止まっていた。

 

「直人さんが、あなたに嘘をつかなかったら……まだ言わなかった?」

 

「いや。ちゃんと話すつもりだった」

 

「いつ?」

 

 亮は、うつむいていた。亮は思った。……俺だって、だまされてたんだ。向かいで、紗季の頬を涙が伝っていた。亮は口を開きかけ、その顔を見て黙っていた。亮は思った。……紗季に、そんなこと言えるかよ。

 

「……ごめん」

 

 紗季が、手の甲で涙を拭いていた。亮は、膝へ目を落としたまま座っていた。

 

「……真帆は、知ってるの? 二人のこと」

 

「ああ。旅行のあと、電話で謝った」

 

 紗季の手が、目元で止まっていた。

 

「……何て、話したの?」

 

「もう二人では会わないでくれって言われた。俺も、会わないって約束した」

 

「だったら……もう、別れたんじゃないの?」

 

「そうじゃない。直人が真帆さんと離婚するまで、会わずに待つって約束だったんだ」

 

 紗季は、亮を見つめていた。

 

「真帆も、それが分かってるの?」

 

「直人は、そう言ってた」

 

「あなたが電話で話したとき、真帆も離婚するって言ったの?」

 

 亮は困った顔をした。

 

「……離婚の話は、直人から聞いた。真帆さんからは、会わないでくれって、それだけだ」

 

 紗季が、テーブルへ目を落としていた。紗季は思った。……知らなかったの、私だけ?紗季が、自分のスマートフォンを手にしていた。画面には、真帆とのメッセージが開いていた。紗季からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈今日、久しぶりに亮とゆっくり話せた。こういうの、いいね〉

 

 真帆からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈よかったね〉

 

 紗季は、真帆の返事を見つめていた。紗季は思った。……知ってたのに、よかったねって……

 

*

 

 同じ夜。直人たちのリビング。真帆が洗濯物を畳んでいた。少し離れたソファで、直人がスマートフォンを握っていた。直人は、廊下で受けた亮からの電話を思い返した。

 

「紗季には、今夜、俺から話す」

 

 現在のリビング。直人が、亮へメッセージを送っていた。直人からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈紗季ちゃんには、もう話したのか? 一度、連絡をくれ〉

 

 直人は画面を見つめていた。亮からの返事はない。直人は思った。離婚するって俺が言ったことまで、紗季ちゃんに話したら……直人が、洗濯物を畳む真帆へ目を向けていた。直人は思った。……二人で話されたら、真帆にばれる。

 

「……亮が、紗季ちゃんに話したって」

 

 真帆の手が、畳みかけのタオルの上で止まっていた。

 

「……二人のこと?」

 

「うん」

 

 真帆がタオルを置き、自分のスマートフォンを手にしていた。

 

「私からも、謝らなきゃ。知ってたのに、ずっと黙ってたから……」

 

「待って。紗季ちゃん、今は真帆から連絡しないでほしいって」

 

 真帆が、スマートフォンから顔を上げていた。

 

「……紗季が、そう言ったの?」

 

「……亮から、そう聞いた。黙ってたこと、怒ってるって」

 

 真帆の視線が、手元の画面へ落ちていた。

 

 紗季との会話画面に、自分が送った「よかったね」が残っていた。

 

 真帆は思った。……そうだよね。何も知らない紗季に、私……真帆の指が、入力欄の手前で止まっていた。

 

「……謝りたいけど、今は、私と話したくないよね」

 

「少し、そっとしておこう」

 

「……うん」

 

 真帆がスマートフォンを伏せていた。膝に置いたタオルへ、目を落としたまま座っていた。直人の手元には、亮へ送ったメッセージが表示されていた。返事は、まだ届いていない。直人は思った。……亮。返事くらい、くれよ。

 

*

 

 翌朝。真帆のスマートフォンに、紗季からメッセージが届いていた。紗季からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈会って話したい。今日、少し時間ある?〉

 

 真帆の指が、画面の上で止まっていた。真帆は思った。……紗季?真帆は思った。……会ってくれるの?真帆が、スマートフォンを両手で持ち直していた。真帆は思った。怖いけど……ちゃんと、私から謝らなきゃ。真帆からのメッセージには、こう書かれていた。

 

〈うん。園に送ったあとなら。うちに来られる?〉

 

*

 

 子どもたちを園へ送ったあと。真帆の家の食卓。向かい合う二人の前に、お茶が置かれていた。紗季は、湯飲みに触れずに座っていた。

 

「……黙ってて、ごめん」

 

 紗季は、真帆を見ていた。真帆の両手が、膝の上で重なっていた。

 

「連絡、ありがとう。もう、私とは話したくないんだと思ってた」

 

「……どうして?」

 

「直人が、紗季は私から連絡してほしくないって。亮さんから、そう聞いたって言ってたから……」

 

 紗季の眉が、寄っていた。

 

「そんなこと、言ってないよ。亮にも、頼んでない」

 

「……そうなの?」

 

「黙ってたことは、怒ってる。でも、真帆からも話を聞きたくて、来たの」

 

 真帆は、紗季を見つめていた。真帆は思った。……じゃあ、どうして直人は……

 

「いつから、知ってたの」

 

「旅行の夜。テラスで……二人が、キスしてるのを見た」

 

 紗季が、目を伏せていた。膝の上で、スカートを握っていた。

 

「帰りも、私、何も知らないで……」

 

「……ごめん」

 

「あの『よかったね』って。どんな気持ちで送ったの?」

 

 真帆の目が、テーブルへ落ちていた。

 

「……あのときは、もう二人は別れたと思ってたの」

 

「別れた?」

 

「直人に、亮さんとは終わりにしてほしいって頼んだの。もう会わないって、言ってくれて……」

 

「亮さんにも、電話で約束してもらったから」

 

 紗季は、唇を結んでいた。

 

「紗季から、亮さんとゆっくり話せたって聞いて……そっちも、やり直せるんだと思った」

 

「私のところも、戻れるかもしれないって……」

 

 真帆が、テーブルの上で両手を組んでいた。

 

「……亮は、直人さんを待ってるって言ってたよ」

 

「……待ってる?」

 

「あなたと離婚するまで、会わずに待ってくれって。直人さんに、そう言われたって」

 

 真帆の組んだ手が、ほどけていた。紗季は、その顔を見ていた。

 

「私……離婚するなんて、言ってない」

 

「……真帆は、別れるつもりじゃなかったの?」

 

「うん。直人と、まだ一緒にいたかったんだけど……」

 

 真帆が、紗季へ顔を向けていた。

 

「……直人は、私にはもう亮さんとは会わないって、約束したのに」

 

「亮さんには、私と離婚するから待っててって、言ってたんだ……」

 

 紗季は、真帆を見つめたまま黙っていた。真帆の視線が、自分の結婚指輪へ落ちていた。

 

「私、直人が亮さんと別れて……私と、やり直してくれるんだと思ってた」

 

 真帆の頬を、涙が伝っていた。真帆が、目元に手を当てていた。

 

「また、信じちゃった……」

 

 紗季は、真帆を見つめていた。テーブルの上に置いた手から、力が抜けていた。紗季は思った。……真帆も、やり直せるって信じてたんだ。真帆が、指で涙を拭いていた。紗季の手が、ティッシュの箱へ伸びていた。




漫画版もお読みいただけます。
『同性愛夫の処刑日~妻と彼氏に愛を約束した男の末路~: 匿名希望の体験談⑰【コミック】 (ヴァンクール出版)』
Amazonで漫画版を見る

漫画版はKindle Unlimited対象作品です。
Kindle Unlimited会員の方は、追加料金なしでお読みいただけます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。