卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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帰りし道に 灯は続き
訪れし声に 庭は開く




101. 帰燕の軒先

 

 

 門をくぐったところで、ようやく帰ってきた気がした。

 

 現世から戻る道を抜けた時には、まだ後ろの荷車や隊士の足が気になっていた。今は槇島が前に立ち、伏見が怪我人の傍へ来ている。見慣れた顔に呼ばれると、疲れた奴らも自分から返事をする。俺が最後まで名前を確かめなくても、こちらで覚えてくれていた。

 

「お帰りなさいませ」

「うん。ただいま。待たせたねぇ」

 

 槇島に声を掛ける。

 

 留守の間に何があったか聞こうとしたら、その前に四番隊の子へ場所を教えていた。空けてある部屋は一つではないらしい。俺たちがいない間にも、帰ってきた隊の支度は進んでいたのだ。

 

 頼もしいねぇ。

 

 俺が迎える時より、手際がいいかもしれない。

 

「皆の飯も、残してくれてる?」

「はい。温め直すよう伝えております」

「俺の分も?」

「隊長がお召し上がりになるかは、まだ伺っておりませんでしたので」

「食うよ。向こうでも食ったけど、帰ってきたらまた腹減っちゃった」

 

 槇島の目が一度、佐伯へ向いた。

 

 佐伯はもう笑っている。俺が何を食ったかまで話されそうだったので、先に二つだけだと言っておいた。

 

「握り飯を二つ。夕月も同じくらい食ってたよ」

「では、隊長の分も用意させます」

「ありがとうねぇ。皆も先に食っておいで。まだ四番隊に呼ばれてる奴は、そっちを済ませてからね」

 

 返事が幾つか重なる。

 

 門の外で張っていた顔が、少しずつ普段のものへ戻っていく。榛名は怪我をした二人についていき、残る連中は荷を下ろす場所へ散った。途中で誰かが風呂の話を始めると、俺までそちらへついていきたくなった。

 

 先に報告を一つ。

 

 佐伯へ約束したことは、まだ覚えている。

 

「俺たちは部屋へ行こうか」

「はい。こちらをまとめておりますので」

 

 渡された紙は端まで揃っていた。

 

 山道へ入る前にも、現世の救護所でも、この手に何度か助けてもらった。俺が先へ出た後で誰が残り、どこへ運ばれていったか。佐伯へ聞けばちゃんと分かる。

 

 昔なら、俺が戻って聞くまで待たせていた用事もあっただろう。

 

 あいつが隊を預かっていた五十年に、俺が何を考えていたかはよく覚えている。こいつが何を覚えたかは、帰ってきてから見つけるものの方が多かった。

 

 部屋の戸を開けると湯があった。

 

 机には余計なものが置かれていない。ありがたく座ろうとしたところで、佐伯に袖を見られた。

 

「お着替えになってからで結構です」

「そんなに汚れてる?」

「裾が」

「ああ。山も歩いたからねぇ」

 

 下を見る。

 

 乾いた土が畳へ一つ落ちた。今のを見られてしまったので、俺は湯へ手を伸ばす前に立ち直す。

 

 現世の川では袖ばかり洗っていた。

 

 上だけ綺麗にして帰ってきても、こちらの部屋へ入るには足りなかったらしい。

 

        *

 

 庭に平子がいた。

 

 来るとは聞いていたけれど、俺が昼飯を済ませるより先に着いている。縁側から声を掛けると、手に持っていた木刀を上げた。

 

「借りましたよ。副隊長には断ってます」

「お前さん、顔出すって言ってたのは稽古の話だったの?」

「ほかに何やと思うてはったんです」

「飯でも食いに来るのかなって」

「それもいただけるんやったら、いただきますけど」

 

 随分と用意がいい。

 

 こちらが断る方は考えていなかったらしい。庭の端には佐伯がいて、もう一本の木刀を持っている。そこまで済んでいるなら、俺も腰を下ろして眺めるだけでは悪いねぇ。

 

 刀を外して縁側へ置き、庭へ下りた。

 

「佐伯とやる?」

「隊長に頼みに来たんです」

「うん。じゃあ、俺が先ね。何を見たいの?」

「昨日、屋根へ上がったところです。見えてから狙い変えよう思うても、間に合わへんかったんで」

 

 あれか。

 

 烏有隊長は速い、で済ませず、ここまで来てくれたのは嬉しい。平子へ手を出すと木刀を渡してくれた。佐伯からもう一本を受け取り、握る位置を少し変えている。

 

「一回、同じように動いてもらえます?」

「屋根まで?」

「庭でええです。そっちへ行かれたら、こっちのが壊れますやろ」

 

 隊舎の屋根を見る。

 

 まだ新しいところもある。槇島に見つかったら修理の話が増えそうだったので、俺は塀の手前へ立った。

 

 平子が少し離れる。

 

 こちらの足を見てから木刀を上げ、構える位置を直した。俺が動くところを待っている。昨日は声を掛ける側だったけれど、今日はその声を出す暇があるかまで気にしているようだ。

 

 踏み出す。

 

 平子の手が動き、木刀がこちらへ向いた。俺はその脇を抜けて肩へ触れた。

 

「今、そっちを見たよ」

「分かってます。見えたんで」

 

 平子が振り返る。

 

 顔は少し険しい。でも木刀を下げないので、俺も元の位置へ戻った。今度は平子が足を開き、こちらへ肩を向け直す。

 

「もう一回お願いします。さっきより、ちょっとゆっくり」

「いいよ。どのくらい?」

「俺の木刀が届くくらいまで」

「じゃあ、届かせてみてねぇ」

 

 踏み込むと、切っ先が先ほどより低く来た。

 

 肩を追うのをやめたらしい。俺の身体が通るところへ先に置き、こちらが避けた時にはもう腕を引いている。そこで手を取ろうとすると、柄の端が俺の指へ向いた。

 

 おや。よく続けるねぇ。

 

 指を引いて脇へ抜ける。平子は向き直り、今度は俺の足元へ木刀を下げた。その上を越えて胸へ軽く当てると、ようやく息が漏れる。

 

「はい。今ので一つ」

「もう一つ取られてる気ぃしますけど」

「指のところは、まだお前さんが返してたよ」

 

 平子が自分の手を見る。

 

 俺が木刀を下げても、そちらの指はまだ柄を握っている。何か確かめるように一度回し、佐伯へ顔を向けた。

 

「今の、見えてました?」

「はい。腕を引かれた後ですね」

「そっちか。俺、引く前に触られる思てたんです」

「隊長は、まだ平子殿の左手を見ておられましたので」

 

 佐伯が自分の木刀を持ち直す。

 

 平子と同じように腕を引き、空いたところへ目を向けた。そこへ俺が手を出すと、柄がすぐにこちらへ返る。

 

 さっき見たものを、そのままやってくれた。

 

 平子が近づいてくる。

 

「俺はもうちょい外からでしたね」

「では、こちらですか」

「そう。そこやと、次に足を狙えるんです」

 

 二人が木刀を並べている。

 

 俺は少し離れて見ていた。佐伯は平子の動きを真似るだけでなく、次に自分の足をどこへ置くかまで確かめている。柄を返した後、左へ動いた方がいいと思ったらしい。平子へ尋ね、今度はそちらへ踏み出した。

 

 いいところを見てるねぇ。

 

 自分が失敗した時だけでなく、人がやったことまで持ち帰ろうとする。佐伯は昔から、分からないところをそのままにするのが苦手だった。聞きに来る時には、もう何度か試した後の顔をしている。

 

 俺が教えているつもりでも、いつの間にか教えていないことまで覚えていた。

 

「今度は二人でやってみる?」

 

 声を掛けると、平子がこちらを向いた。

 

「隊長は?」

「見てるよ。さっきのがどこまで続くか、俺も知りたいからねぇ」

「副隊長。ええですか」

「はい。お願いします」

 

 佐伯が礼をする。

 

 平子も木刀を上げ、さっき俺が立っていたところへ戻った。佐伯はそれより少し広く間を取る。俺の真似をするつもりはないらしい。

 

 縁側へ腰を下ろす。

 

 何人かが庭の端に集まっていた。通り掛かった者が足を止め、隣へいた者を呼んだようだ。槇島までいるので、俺が木刀を持って暴れていないことは先に見てもらえた。

 

 今日は屋根も無事だよ。

 

 平子が先に動く。

 

 佐伯は正面で受けず、半歩下がって刃を合わせた。木が鳴る。平子の腕が引かれると、佐伯もその柄を見た。

 

 知っている動きへ目が止まる。

 

 平子はそこを待っていたのだろう。木刀を返さず、左手を離して佐伯の袖を取った。佐伯の肩が引かれ、その胸へ切っ先が寄る。

 

 俺が少し腰を浮かせたところで、佐伯の足が動いた。

 

 引かれる方へ一歩出る。

 

 近づきすぎた身体の間では、平子の木刀も長かった。佐伯は自分の柄を横へ押し、相手の腕へ当てる。そのまま二人が離れると、袖を握っていた手も空いた。

 

「今のは、さっきと違うんやな」

「覚えたばかりですので。つい、そちらを見てしまいました」

「俺が同じことするとは限らんでしょう」

「はい。よく分かりました」

 

 佐伯は真面目に頷いた。

 

 平子の口元が少し上がる。こちらから言われるより、目の前で一度困る方が佐伯にはよく残る。今夜も自分の袖を見ながら、足を出すまでのところを考えるのだろう。

 

 二度目は佐伯が先に入った。

 

 平子が木刀を下げて受けると、佐伯の足が止まる。押し合うかと思ったら、こちらはすぐに刃を離した。平子の木刀が上がるところへ、佐伯が右から回る。

 

 平子も向く。

 

 その足元へ白縫が一本伸びた。

 

 細い光が見えた途端、平子は跳んだ。佐伯の木刀がそこへ届く。避けた肩へ掠めたが、その先へ平子の柄も返ってきた。

 

 佐伯の胸元で止まる。

 

 白縫もそこで緩んだ。平子は足をつき、肩へ触れてから佐伯を見る。

 

「鬼道も使うんですね」

「お断りしておくべきでしたか」

「いや。聞かんかった俺の方です。隊長に習うてるんやから、刀だけやと思うたらあかんか」

 

 俺まで見られた。

 

「稽古なら、今のくらいはいいよ。二人ともちゃんと止めたしねぇ」

 

 佐伯は少し残念そうだった。

 

 肩へ届いたことより、自分の胸へ返された方を考えている。平子へもう一度頼むと、あちらも断らなかった。

 

 若い頃なら、佐伯は今の一振りに夢中になっただろう。

 

 今は白縫を張った後まで考えている。刀へ気を取らせた時に何を使うか。そこへ戻されたら、次をどうするか。

 

 俺も結構、教えたんだねぇ。

 

 けれど、見ているとまだ口を出したくなる。今の足なら、もう少し速く運べる。霊力を乗せるところも、本人が思っているより先へ伸ばせるだろう。

 

 三度目の木刀が鳴った。

 

 俺は腰を浮かせず、今度こそ最後まで見ていることにした。

 

        *

 

 平子が帰る頃には、昼飯の話が夕飯に変わっていた。

 

 本人は少しのつもりだったらしい。庭へ来た時と同じように木刀を肩へ乗せていたけれど、袖はすっかり土に汚れている。

 

「結局、隊長にはあんまり相手してもらえてませんね」

「佐伯とはよくやったじゃないか」

「それはそれで、続きがあります。次も来てええですか」

「いいよ。今度は先に飯を食っておいで」

「飯の後やと動けへんでしょう」

「食ってから動けるようにするのも大事だよ。俺、先生のところで結構覚えたから」

 

 平子が笑った。

 

 木刀を返すと、佐伯へも次の約束をしている。二人で日を決める間、俺は縁側に置いていた刀を取った。

 

 庭には細い線が何本も残っている。

 

 佐伯が踏み込んだところと、平子が回ったところ。足跡を見ていると、さっきよりもっと上手く動ける気がしてくる。明日になれば二人とも、今日とは少し違うところへ立つのだろう。

 

 俺も次は、もう少し先を見せようか。

 

 佐伯が平子を門へ送っていく。途中でこちらを向き、飯をどうするか尋ねてきた。

 

「食うよ。お前さんも一緒にねぇ」

「はい。戻りましたら」

 

 待ってるよ、と返す。

 

 あいつの卍解は、帰ってきてから見せてもらった。俺がいない間にそこまで辿り着いたことが嬉しくて、まずはよくやったと伝えたものだ。

 

 今日の佐伯を見ていると、その先を考えたくなる。

 

 俺が今まで付き合った時間より、これから教えられることの方が、まだ多いかもしれない。

 

 門の方から平子の声がした。

 

 佐伯が答え、少しして一人で戻ってくる。その顔を見ながら、俺は庭を指した。

 

「佐伯。明日、少し空けられる?」

「稽古でしたら、朝に」

「うん。俺も出るよ。今日、お前さんを見てたら、教えたいことが増えちゃった」

 

 佐伯の足が止まる。

 

 すぐに承知しましたと返ってきたが、その後でもう一度こちらを見た。

 

「何を用意いたしましょう」

「刀でいいよ。お前さんのを持ってきて」

 

 木刀を返していた手が、腰へ下りる。

 

 その動きを見ていると、俺も少し楽しみになってきた。まだそんな顔をしてくれるのなら、付き合う甲斐もありそうだねぇ。

 

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