卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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並びし膳に 歳は重なり
交わす盃に 道は続く




103. 酒盃の旧縁

 

 

 浮竹のところへ行くと、京楽が先に飲んでいた。

 

 待っているとは言われたけれど、飲まずに待つとは言ってなかったねぇ。庭へ面したところに膳が三つ並び、一つだけ手つかずで残っている。俺が顔を出すと京楽は盃を上げ、浮竹が隣を空けてくれた。

 

「お帰り。山爺とは何の話だったの?」

「佐伯を連れて、五十年くらい修行に出ようと思ってさ」

 

 京楽の盃が止まった。

 

 浮竹もこちらを見る。俺が座るより先に二人とも同じ顔をしたので、まずは腰を下ろしてから続きを言うことにした。膳に並ぶものも気になる。先生のところで話し込んでいたら、すっかり腹が減ってしまった。

 

「五十年、付きっきりで?」

 

 京楽が聞き直す。

 

 頷くと盃が膳へ戻り、あちらの口から長く息が出た。

 

「それは、佐伯に少し同情するねぇ」

「お前さん、俺が何すると思ってるの」

「稽古でしょう。君が途中で帰らず、ほかの用事にも呼ばれず、ずっと見てくれるんだ」

 

 浮竹まで笑った。

 

 俺は先に渡された湯を飲む。二人とも、昔のことを思い出している顔だった。あの頃も真面目に付き合ったつもりだけれど、こちらが覚えているところと、こいつらが覚えているところは少し違うらしい。

 

「俺たちは、隊の用事の合間に教わったんだぞ」

 

 浮竹が京楽へ言う。

 

「うん。それであれだったからね。五十年も君を独り占めできたら、どれほど強くなるんだろう」

 

 京楽が俺へ顔を戻した。

 

 さっきより少し楽しそうだ。気の毒だと言ったばかりなのに、もう帰ってきた佐伯を見たくなったらしい。

 

「佐伯には素質があるよ。今朝も刀を合わせたけど、まだ先を見せてやりたくなってねぇ」

「そう言われる相手は、そう多くないだろうな」

 

 浮竹が頷く。

 

 俺は皿へ箸を伸ばした。こちらへ酒が注がれるまで待つつもりだったけれど、湯を飲んだら余計に腹が動いてしまった。京楽もそれを見て、先に食べてと言ってくれる。

 

 昔は俺が二人に飯を勧めていた。

 

 今は膳を用意してもらい、どこまで弟子を育てるのか聞かれている。こういうところで歳を数える羽目になるとは思わなかったねぇ。

 

「留守は誰が預かるんだ」

「槇島と榛名。二人には話してきたよ。鷺坂と伏見にも今より任せるものが増えるから、出るまでに皆で決める」

「なら、こちらからも顔を出そう。何かあれば声を掛けてもらえるようにしておく」

 

 浮竹の返事は早かった。

 

 俺が頼む前から、そのつもりでいてくれる。初めて稽古をつけた頃も、相手が動けなくなったら自分が前へ出ると、こいつは迷わず答えた。今は隣にいる京楽だけでなく、十番隊のことまで考えてくれるようになった。

 

「ありがとうねぇ。佐伯と一緒に、また話しに来るよ」

「僕のところにも来て。隊長と副隊長が二人ともいなくなるんだから、あの子たちも頼む相手が多い方がいいでしょう」

 

 京楽が徳利を持つ。

 

 俺は箸を置き、空いていた盃を取った。注がれた酒へ口をつけると、思ったより強い。あちらは同じものを先に飲んでいたのに、いつもと変わらない顔をしている。

 

「佐伯は、もう五十年って聞いた?」

「まだ。先生の許しをもらってから、ちゃんと話したくてさ」

「じゃあ、驚くだろうね。その後はきっと、よろしくお願いしますって言うんだろうけど」

 

 ああ、それは言いそうだ。

 

 あいつは分からないことがあると、こちらが用事を終えるまで待っている。今度は待たなくていい。朝から刀を振り、納得できなければ夕方まで同じところにいても構わない。

 

 どんな顔をするだろう。

 

 机へ並ぶ紙より、自分の刀を見ていていいと言ったら。

 

        *

 

「君の稽古って、終わるつもりで構えたところから長いんだよね」

 

 京楽が言う。

 

 浮竹はその一言で笑い、俺は少し首を傾げた。

 

「そうだった?」

「二人とも帰るつもりで刀を拭いたら、今のところをもう一度って」

「できるようになったところで終わった方がいいと思ったんだよ」

「俺たちも、できたつもりではいたんだ」

 

 浮竹が自分の手を見る。

 

 柄を握るように指を曲げ、京楽へ顔を向けた。

 

「春水が左へ回るところ。あそこも、何度やり直したか」

「回れたと思ったら、君がもうそこにいるんだもの。途中で止まると浮竹の方へ行くし」

「二人とも下がってくれたからねぇ。俺も空いたところへ入れるよ」

 

 そう返すと、二人が顔を見合わせた。

 

 俺には当然に思えたことでも、あの頃の二人には違ったのだろう。逃げる方へ目を向けていたら、退いた先まで見られている。こっちも口で説明するより、先にそこへ立った方が早かった。

 

 ただ、少し速すぎたかもしれない。

 

「昨日、平子にもゆっくりやってほしいって言われたよ」

「平子が十番隊へ行ったの?」

「うん。木刀を借りて、俺が来るのを待ってた。現世で動いたところを見せてほしいって」

「それは頼みたくなるだろうな。見えてからでは間に合わない」

 

 浮竹が言った。

 

 京楽も頷く。さっきまで昔の稽古を笑っていたのに、そこだけは今の顔だった。

 

「昨日は佐伯ともやったよ。途中から二人で確かめ始めたから、俺は座って見てた」

「君が座ったなら、随分続いたんじゃない?」

「昼飯の話が夕飯になるくらいにはねぇ」

 

 京楽が笑う。

 

 佐伯は平子の刀を見て、自分でも同じようにやろうとした。そこで別の手を使われたら、困りながらも足を出す。まだ間に合わないところはあるけれど、見ていると次を教えたくなる。

 

 平子も、よく付き合ってくれた。

 

 俺が口を挟むより先に、次はどうするか二人で話していたのが嬉しかった。

 

「君に五十年ついていけるなら、少し羨ましくもあるね」

 

 京楽が盃を持ち上げる。

 

「さっきは同情するって言ったじゃないか」

「それも本当だよ。毎日あの稽古かと思ったら、僕は先に一度休みたい」

「春水は、休んでから考えたいと言っていたな」

「考えたら、また庭へ戻ったでしょう」

「ああ。戻ってきた」

 

 浮竹が素直に頷いた。

 

 京楽は少し照れたように酒を飲む。こいつも結局、分からないまま帰るのは嫌だったのだ。休むと言った後でまた来るので、こちらも刀を置かずに待っていたことがある。

 

 佐伯にも休む暇はやろう。

 

 戻ってくるまで、俺は待っていられる。爺さんがそうしてくれたように、今度はこっちが庭へ残ればいい。

 

「どこまで強くするつもりなんだ」

 

 浮竹が尋ねた。

 

「そこらの隊長格には負けないくらい。長次郎にも勝てるようになってもらいたいねぇ」

 

 京楽がこちらを見る。

 

 浮竹も湯呑を膳へ置いた。二人とも少し黙ったので、俺も盃を下げる。

 

「本気で、そこまで?」

 

 京楽の声は先ほどより低かった。

 

「うん。先生にもそう言ってきた。あいつなら行けると思ってるよ」

 

 今朝の佐伯の足を思い出す。

 

 俺の袖へ届いた時にも、その先を狙っていた。何度も止められているのに、また同じ距離へ踏み込んでくる。自分ができないところを知ってから、それを直すことに使える時間が増えれば、まだ伸びる。

 

「雀部副隊長か」

 

 京楽が小さく呟く。

 

 浮竹は俺を見たまま、やがて口元を緩めた。

 

「君が見込んで、五十年付き合うんだ。それなら、帰ってきた佐伯を俺も見てみたい」

「そうだねぇ。山爺も許したんでしょう?」

「まずは五十年で戻れってさ。次の話は佐伯の顔を見てからだって」

 

 京楽が笑った。

 

「山爺も楽しみにしてるんだ」

「途中で放り出すなとも言われたよ」

「それは言っておかないとね。でも、佐伯の方にはどう伝えるの?」

 

 俺は少し考えた。

 

 先生には、誰に勝てるくらいまでと話した。こいつらにも同じことを言った。佐伯へも伝えるつもりだけれど、その前に言いたいことがある。

 

「まだ強くなれるよって。本気で付き合ってみたいんだって、まずはそう言うかな」

「それを君に言われたら、断れないな」

 

 浮竹が言う。

 

 京楽も頷いた。

 

 俺は、佐伯には自分で選んでもらうつもりだった。隊のことが気になるなら聞くし、ほかにやりたいことがあるなら、それも聞きたい。けれど、二人の返事を聞いていると、俺が考えるよりずっと重く受け取るのかもしれない。

 

「お前さんたちも、そうだった?」

「君に次はこれを教えると言われたら、僕らは来たよ。できるつもりで来た日も、できないだろうと思って来た日もね」

 

 京楽が庭へ目を向ける。

 

 浮竹はその隣で、自分の刀へ一度触れた。

 

「今、俺たちが隊で教えていることにも、あの頃に覚えたものがある。刀のことだけではないが」

 

 俺もつられて庭を見る。

 

 踏み固められた土があった。ここでも誰かが同じところを直し、もう一度と頼んでいるのだろう。

 

 俺が教えて済んだと思っていたことが、こいつらのところでまだ続いていた。

 

 そうか。

 

 佐伯を鍛えた後にも、まだ先があるんだねぇ。

 

        *

 

 膳を下げに来た者へ礼を言い、俺たちも立ち上がった。

 

 京楽は残った酒へ一度目を向けたが、今度は何も言わずに徳利を置く。浮竹が出る前にもう一度来てほしいと言ってくれたので、俺も佐伯を連れてくると答えた。

 

「あの子にも言っておこうか。昔、君に教わっていた時の話」

「怖がらせないでよ」

「大丈夫。強くなる方の話もするから」

 

 京楽が笑う。

 

 浮竹は少し呆れた顔で隣を見た。

 

「先に余計なことを言うなよ。佐伯なら、それも覚えていくぞ」

「君のところへ五十年ついていくんだよ。何も知らずに出掛けるよりはいいでしょう」

「俺はそこまでひどいことしないって」

 

 二人が俺を見る。

 

 揃って何も言わないところが、昔からよく似ている。こちらが相手をしていた頃は、俺が黙れば二人で相談を始めた。今は俺が話した後で、あちらが黙る。

 

 それなら佐伯本人へ聞いてもらおう。

 

 帰ってきた時、どんな修行だったか話せるくらいには付き合ってやりたい。

 

 門まで京楽がついてきた。

 

 浮竹は縁側から見送ってくれる。俺が手を上げると、向こうも同じように返してくれた。

 

「五十年後、僕らまでうかうかしていられないねぇ」

 

 京楽が隣で言う。

 

 俺は顔を向けた。あちらはもう、佐伯が戻ってきた後のことを考えているらしい。

 

「お前さんたちも稽古すればいいよ」

「うん。佐伯が君から何を教わってくるか、楽しみにしておく」

「戻ったら相手してくれる?」

「もちろん。その時には、僕も簡単に負けるつもりはないよ」

 

 いい返事だった。

 

 俺は京楽へも手を上げ、十番隊へ足を向ける。

 

 出掛ける前から、佐伯に話してやれることが一つ増えた。帰ってきたら刀を合わせたいと言ってくれる相手がいる。あいつも、それを聞いたら嬉しいだろう。

 

 五十年、長いねぇ。

 

 それでも今は、帰った時のことまで考えると短くなってしまいそうな気がした。

 

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