託しし袖に 灯は残り
並びし影に 道は続く
朽木家の門へ入ると、佐伯の歩き方が少し変わった。
俺に合わせていた足が半歩下がり、迎えに来た者へ頭を下げる。いつもの礼儀正しさではあるのだけど、刀の位置まで確かめているのを見ると、こちらまで姿勢を直したくなった。
「そんなに硬くならなくていいよ」
「隊長も、こちらでは少し」
「うん。俺はちゃんと歩いてる」
そう答えたところで、蒼純が廊下へ出てきた。
こちらを見つけると顔が綻ぶ。俺が片手を上げ、佐伯も挨拶すると、父も待っていますと言ってくれた。五十年の話は、先に届けてもらっている。
「その前に、これ。遅くなっちゃったねぇ」
懐から包みを出す。
あの布は何度か洗ってもらった。端に薄く色が残っているので、同じくらいのものを一枚添えてある。蒼純が開いてから俺を見ると、少し困った顔になった。
「そこまでしていただかなくても」
「お前さんが貸してくれたからね。帰る前に、ちゃんと返したかったんだよ」
「では、いただきます。ありがとうございます」
包みが袖へ収まる。
あれを返すために来るつもりだったのに、いつの間にか出掛ける挨拶まで一緒になった。俺が言うことを蒼純は急かさず待ってくれたが、この先も同じように待たせるつもりはない。
次は帰ってきてからだ。
銀嶺は庭へ面した部屋にいた。
佐伯が改めて名乗り、留守の間の十番隊を頼む。俺も隣へ座ったが、銀嶺の目は先に佐伯へ向いていた。
「長く隊を預かっていたな」
「はい。至らぬところもございましたが」
「留守を任される者のことは、お主がよく知っておろう。頼む先まで伝えていけ」
「承知しております。槇島と榛名には、こちらへ伺う時のことも話してまいりました」
銀嶺が頷く。
俺が頼んでいるだけではないと分かってくれたのだろう。佐伯の返事を聞いてから、ようやくこちらへ顔が向いた。
「五十年で戻るのだな」
「先生にもそう言われたよ。俺もそのつもり」
「途中で寄り道を増やすな」
「今回は佐伯もいるからねぇ」
「だから言っておる」
佐伯まで俺を見る。
まだ出てもいないのに、随分と信用がない。けれど、これまで帰る日を延ばした覚えはあるので、俺もそこは頷いておいた。
蒼純が茶を持ってきてくれた。
盆を置いて銀嶺の隣へ座ると、佐伯の刀へ一度目を向ける。
「御帰還の折には、私も稽古をお願いできれば」
「私でよろしければ」
「はい。現世で御一緒した際にも、指示を出される間、周りをよく見ておいででした。私には、見落としていたところがありましたので」
蒼純は銀嶺を見ずに言った。
自分が気になったところを、そのまま尋ねている。俺が返事をする前に佐伯が応え、二人で川沿いの道の話を始めた。あの時に誰が先へ出て、どこで組が分かれたか。こちらが先に歩いたところまで覚えているので、俺も聞いていて少し落ち着かない。
銀嶺が蒼純の前へ湯呑を寄せた。
「五十年、待つだけにするなよ」
「はい。戻られた時には、私からもお見せできるものを」
いい返事だった。
俺は銀嶺の顔を見る。こちらへ気づいたが、何も言ってくれない。息子を褒めたい顔なのかどうかまでは分からないけれど、茶を飲む手つきは少しゆっくりになった気がした。
「楽しみが増えたねぇ」
「お主も、連れて帰る者に恥をかかせるでないぞ」
「うん。ちゃんと鍛えてくるよ」
佐伯が隣で姿勢を正す。
俺は茶を飲みながら、帰ったら二人にどこまでやらせようかと考えた。
*
夕月の茶は、少し苦かった。
俺が菓子へ手を伸ばすと、向かいから皿が寄ってくる。何も言わずにやってくれるところは昔と同じだ。二番隊での用事を済ませてから来たらしく、座っていても傍へ人が近づく。
短い報告が一つ。
夕月は聞き終えると頷き、残る分は戻ってから見ると答えた。山本が任せた後始末も、まだ続いている。
「忙しいところに悪いねぇ」
「飲むと約束した。こちらで刻限も決めた」
それなら、ゆっくりいただこう。
佐伯は俺より先に茶へ口をつけていた。苦い顔はしない。夕月に尋ねられると、修行へ行くことになったと自分の言葉で答えた。
「お前の方から、続きを頼める時間になるか」
「はい。隊長には、何度でもと仰っていただいております」
「なら、遠慮するな。こいつは聞かれたところから教えるつもりでいても、その先まで話す」
「そうなんだよねぇ。教えたいことが増えちゃって」
夕月が俺を見る。
言われた通りに答えたつもりだったのに、少し呆れた顔をされた。
「お前の方も、飯を忘れるなよ」
「俺は食うよ。佐伯の分も用意する」
「自分が食う時だけ呼ぶな。こいつはお前を待つだろう」
「……そっか。そこは、ちゃんと決めようか」
佐伯が少し笑った。
隊の用事なら、あいつの方から俺を呼ぶ。修行だけになったら、もう一度と言い続けるかもしれない。俺もそれに付き合えば、日が暮れるところまで気づかなさそうだった。
「夕月。留守の方も、よろしくねぇ」
「ああ。知らせが来れば動く。槇島たちにも、うちへ来る者を教えてある」
「ありがとう。じゃあ、帰ったらまた茶を飲みに来るよ」
「菓子だけ増やすなよ」
俺の手元を見て言う。
いつの間にか皿が空になっていた。佐伯の方にはまだ一つあるので、そちらへ目が行く前に湯呑を持ち上げた。
五十年後も、このくらいの茶が出てくるだろうか。
今から楽しみにしても、夕月は同じ顔で待っていそうだねぇ。
*
四番隊では、俺たち二人とも先に座らされた。
挨拶だけのつもりだったが、烈は佐伯の腕を取り、朝の稽古で何をしたか尋ねた。あいつは答えながら俺を見る。俺に隠していた傷でもあるのかと思ったら、単に続きへ付き合った時間の話だった。
「まだ長くはやってないよ」
「これから長くなさるのでしょう」
「うん。そうだけどさ」
「でしたら、治す方も覚えていただきます」
佐伯が頷く。
俺も回道は使える。だから大丈夫だと言いかけたところで、烈の顔が向いた。昔はこの人に治してもらい、続きを頼んでいたのだ。今度は俺が佐伯の傷を見て、どこまでやれるか決める。
教えるものがまた増えた。
これも、出る前に聞けてよかったねぇ。
烈が佐伯へ小さな包みを渡す。俺にはそれを使う時の話が来た。どちらも聞き終えてから礼を言うと、ようやく見送る顔になってくれた。
「佐伯さん。遠慮なく申し上げてくださいね。痛むところも、分からないところも」
「はい。ありがとうございます」
「俺にも言うよね?」
佐伯がこちらを向く。
「申し上げます。分からないところは、特に」
「そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ」
烈が笑った。
次にここへ来る時は、佐伯に何を覚えたか話してもらおう。俺が教えたつもりのことと、本人が持ち帰ったものは違うかもしれない。京楽たちの話を聞いた後だと、それも楽しみだった。
五番隊へ顔を出すと、平子には先に聞かれていた。
俺と佐伯を見つけるなり、五十年ってほんまですかと声が来る。誰から聞いたのか尋ねる前に、十番隊へ次に行く日を決めたばかりやったのに、と続いた。
「出るまでは付き合うよ。帰ってからもねぇ」
「五十年後の話まで一緒にせんといてください。佐伯副隊長、ほんまに行くんですね」
「はい。戻りましたら、またお手合わせをお願いします」
平子の目が少し細くなった。
この前は、自分の刀を真似た佐伯へ別の手を使っていた。帰ってきたら同じようにできるか、今から考えたのだろうか。佐伯の顔を見てから、俺へ目を戻す。
「その頃には、俺が教わる方になってるかもしれませんね」
「お前さんも五十年あるよ」
「せやから、こっちもやっときます。戻ってきた時、前と同じや思わんといてください」
佐伯が笑った。
こういう返事をもらえると、俺が連れていくと言っただけの旅ではなくなる。帰ってきて確かめたい相手が、あいつにも増えている。
平子は俺たちを門まで送った。
「隊長。戻る日、延ばさんといてくださいよ」
「うん。まずは五十年で帰る」
「まずは、が気になるんですけどね」
その声を背に聞きながら、佐伯と道へ出る。
俺が返事をしなくても、あいつの方から約束した通り戻りますと答えていた。
*
曳舟のところでは、座るより先に膳が来た。
挨拶に来たんだよと伝えても、食べながらでもできるだろうと返ってくる。俺はありがたく箸を取った。佐伯はまだきちんと膝へ手を置いていたが、曳舟に勧められるとようやく椀を持つ。
「五十年、この人と二人かい」
「はい。御指導いただくことになりました」
「じゃあ、帰ってきた時に何を覚えたか聞かせておくれ。烏有の話だけじゃ、あんたが苦労したところまで分からないからね」
「俺もちゃんと話すよ」
「あんたは、できたところから話すだろう」
京楽にも似たようなことを言われた気がする。
俺が覚えたことを話す時には、どうしても使えるようになった方が楽しい。できなかった頃のことまで尋ねられると、そこから随分戻らなければならない。
佐伯はどうだろう。
少し見ていると、曳舟へ刀の持ち方を直された時の話をしていた。あいつはよく覚えている。俺が軽く触っただけのところまで、何をされたか考えていたらしい。
曳舟は途中で口を挟まず、椀が空くまで聞いてくれた。
「よく見てるじゃないか。烏有が連れていきたくなるのも分かるね」
「うん。俺も、教えてないことまで覚えてる時があるんだよ」
「なら、あんたの方も楽しめるだろう。帰ってきたら、二人で顔を出しておくれ」
佐伯が頭を下げる。
曳舟はその前へ次の皿を置いた。俺の方へも来るので、帰った時の飯まで今から頼みたくなる。
五十年後、こいつが自分から続きを話し始めたら、俺は少し黙って聞いてみよう。
どこを覚えてきたか、先に言ってしまわないようにねぇ。
十一番隊へ入ると、庭から刀の音がした。
刳屋敷はそこにいた。俺たちへ気づくと相手へ一度手を上げ、刀を下げて近づいてくる。佐伯が挨拶をしたところで、あちらの大きな手が肩へ乗った。
「お前が一緒に行くんだな」
「はい。留守をお願いいたします」
「ああ。十番隊の連中が来たら相手をする。戻ったら、お前も俺に付き合えよ」
佐伯の肩が少し上がった。
こっちへ来るまでにも、何人かと帰った後の約束をしている。けれど、剣八の手が乗ったまま言われると、同じ返事でも声を整える暇が要るらしい。
「私でお相手が務まるよう、教わってまいります」
「そうしてくれ。こいつが五十年付き合うんだ。俺も楽しみにしてる」
刳屋敷が俺を見る。
「お前も、帰ってきたら一度やろうぜ」
「佐伯を見るつもりじゃなかったの?」
「そっちもやる。お前とやれる日まで減らすことはないだろう」
笑いながら言う。
いいねぇ。佐伯へ教えるだけで五十年を使ったら、俺の方も誰かと刀を合わせたくなるかもしれない。戻った先でそう言ってくれる者がいるのは、こちらにも嬉しい話だった。
庭の端で、稽古をしていた者たちが待っている。
俺が顔を向けると一人が頭を下げ、ほかの者も続いた。刳屋敷はそちらへ振り返り、見てるだけで上手くなるつもりかと声を掛ける。
刀の音が戻った。
俺たちはその音を聞きながら門へ向かった。佐伯は時々、刳屋敷に触れられた肩へ手をやっている。
「約束、増えたねぇ」
「はい。帰ってきてからも、稽古は続きそうです」
「うん。俺も一緒にやるよ」
その返事をすると、あいつが少し笑った。
*
京楽と浮竹には、佐伯本人から修行を受けると伝えた。
二人とも既に知っているけれど、本人の返事を聞くと改めて顔が綻ぶ。浮竹は槇島たちへ話しておくことを確かめ、京楽は佐伯へ少し身を寄せた。
「君が、もう一度お願いしますって言うんでしょう」
「はい。そのつもりです」
「それは頼もしいねぇ。僕らも帰ってくるのを待ってるよ」
もっと余計なことを言われるかと思った。
佐伯も少し構えていたらしく、返事をした後で肩が下がる。京楽はそれを見て俺へ笑い掛けた。怖がらせないでと頼んだことは、ちゃんと覚えてくれていたらしい。
「佐伯。こいつら、帰ったら相手してくれるってさ」
「私も、そのようにお願いしたいと」
「ああ。俺も楽しみにしている。君が何を教わってきたか、見せてくれ」
浮竹の声に佐伯が頭を下げる。
京楽は、その時は二人とも動けるくらいにして戻っておいでと言った。そこまで疲れたまま連れて帰るつもりはないよ。帰る道で休むくらいは、俺もちゃんと考えている。
席を立つ頃、浮竹が佐伯へもう一度声を掛けた。
「聞けることは、できるだけ聞いておくといい。君が次に誰かへ教える時にも、きっと役に立つ」
「はい。覚えてまいります」
いい顔で答える。
俺は二人へ礼を言い、佐伯と門を出た。あいつは道へ出てからも、浮竹に言われたことを考えているようだった。
次に誰かへ教える時。
俺が爺さんからもらったものも、こんなふうに続いていくのだろうか。
*
最後に一番隊へ行った。
先生は俺たちを見ても驚かず、佐伯へ修行に出る意志を尋ねた。あいつが自分で頼んだと答えると、今度は留守を預かる者へ何を渡したか聞く。
佐伯の返事は、もう迷わなかった。
皆で揃えたものを一つずつ話し、足りない時に頼む先も伝える。先生は最後まで聞いてから、そちらの膝へ置かれた手を見た。
「戻った時に、確かめさせてもらうぞ」
「はい。よろしくお願いいたします」
佐伯が頭を下げる。
俺も隣で、ちゃんと連れて帰ると伝えた。先生の目がこちらへ戻る。出ることより、戻ることをもう一度言っておきたかった。
「五十年じゃ」
「分かってるよ。先生のところへ、二人で顔出すからねぇ」
「旅の話ばかりにするでないぞ」
「今度は佐伯に話してもらおうか。俺がどれだけ付き合ったか、ちゃんと言ってもらえるように」
先生が鼻から短く息を出した。
笑ったのかどうかは、聞かずにおく。佐伯まで頷いたので、俺もこれ以上は何も頼まず立ち上がった。
長次郎は廊下で待っていた。
挨拶をすると佐伯を見て、御帰還の折には稽古の話を伺いたいと言う。先生から何か聞いたのだろうか。俺が顔を覗くと、こちらへも静かに頭が下がった。
「長次郎。戻ったら、佐伯の相手を頼んでもいい?」
「はい。烏有隊長が御覧になったものを、私も拝見できれば」
佐伯が改めて姿勢を正す。
今までは俺へ長次郎の名を聞いただけだった。目の前で返事をもらったら、目標にするという言葉も少し違って聞こえるだろう。
「その時には、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。お待ちしております」
長次郎の手が腰へ戻った。
いつもそこにある刀だ。佐伯もそちらへ目を向け、それから顔を上げてもう一度礼をする。
俺は何も足さず、二人の挨拶が済むまで待った。
*
出発の朝、門へ行くと随分と人がいた。
先に佐伯を見つけ、その後ろへ槇島たちが並んでいるのも見えた。けれど、そこだけではない。庭の端から廊下へ続くところにも、十番隊の顔が集まっている。
こんなに呼んでもらった覚えはないんだけどねぇ。
俺が槇島を見ると、あちらは少しだけ口元を緩めた。
「手の空いている者は、見送りに出るよう伝えました。出ている組へは、昨日のうちに」
「そっか。皆、ありがとうねぇ」
声を掛けると頭が下がる。
中には、先に手を上げてくれた子もいた。俺もそちらへ返す。何度か庭で相手をした顔だ。隣の者へ肘で触れ、俺がこちらを見たと何か話している。
ちゃんと見えてるよ。
佐伯の傍へ来ると、あいつも隊士に声を掛けられていた。帰ったら白縫の続きを教えてほしいという話らしい。佐伯が頷くと、別の者も口を開く。
「副隊長。私もお願いします。持ち上げた後に、まだ揺れてしまいますので」
「分かりました。留守の間は、伏見六席にも見てもらってください」
「はい!」
伏見がそちらへ顔を向けた。
もうこちらへ任せなさいという目だったので、俺も余計な口は出さない。佐伯の荷を一度見て、入れておいたものを確かめたかと尋ねる。あいつは袋へ手を添え、ちゃんと受け取っていますと答えた。
俺の分にも何か入っていそうだった。
ここで開けるのはやめておこう。道へ出てから見つけるものがあってもいい。
「隊長。これも持っていかれますか」
台所へ出入りしている子が包みを差し出した。
受け取ると、まだ少し温かい。出る時に渡す分は用意してあると聞いていたけれど、思っていたより大きかった。
「二人分?」
「はい。副隊長の分も」
「ありがとう。じゃあ、最初の飯はこれにしようか」
佐伯が頷いた。
包みを荷へ入れる間にも、後ろから声が来る。帰ったらまた稽古を頼みたい。五十年の間に今より強くなる。土産は何がいいかと隣へ聞く者までいる。
お前さんたち、聞こえてるよ。
「土産は、行ったところで探すからねぇ。先に決められても、売ってないかもしれないよ」
笑い声が上がった。
それを聞いて、佐伯も少し笑った。門へ来た時にはきちんと正面を向いていたのに、今はあちこちから呼ばれて、荷を持つ手まで忙しそうだ。
「隊長。帰ってこられたら、また相手をしていただけますか」
庭の方から尋ねたのは、まだ俺へ斬り込む時に足が止まる子だった。
この前は、もう一歩と言って終わった。あいつも覚えているらしく、腰の刀へ手を添えている。
「いいよ。帰ってきたら見せて。今度はどこまで来れるか、俺も楽しみにしてる」
「はい。もっと入れるようにしておきます」
返事が大きくなった。
隣の者も頷き、今度は自分も頼んでいいかと続く。俺はそちらへも頷いた。帰った時の用事が、門の前だけで随分と増えてしまったねぇ。
それでも、聞くのをやめたいとは思わなかった。
槇島と榛名のところへ戻る。
鷺坂も二人の隣へ立ち、伏見は佐伯の方を見ていた。留守の間の当番も稽古も、もうこいつらの手で動き始めている。
「槇島。榛名。皆のこと、よろしくねぇ」
「はい。お預かりします」
槇島が答える。
榛名も頭を下げ、帰るまでに確かめておきますと言った。俺たちがいない間も、自分たちの稽古は続けるつもりだ。
「お前さんたちも、帰ってきたら見せてね。俺が知らないことを覚えてたら、教えてもらうよ」
「隊長へお教えできるものがあるかは分かりませんが」
「分からないから、楽しみにしてるんだよ」
榛名が笑う。
鷺坂も隣を見て、また忙しくなりそうだと言った。伏見はもう忙しいですと返す。佐伯が少し口を開きかけたので、俺は先に肩へ触れた。
「今日はもう、任せようか」
あいつの顔がこちらへ向く。
少しして頷き、皆へ改めて頭を下げた。
「留守をお願いいたします。私も、戻ってからお返しできるよう、教わってまいります」
返事が来る。
近くにいた者だけでなく、廊下の端からも声がした。佐伯が顔を上げると、後ろへいた子が背伸びをして手を振っている。あいつもそちらへ手を上げてから、こちらへ並んだ。
俺も、もう一度皆の顔を見た。
出る前にこんなに会ってしまうと、帰ってから話すことまで今から考えたくなる。爺さんのところを出た頃は、自分が覚えたものをどこで試そうかと、先の道ばかり見ていた。
今は、帰ったら見せてくれる奴がここにいる。
佐伯にも、同じ顔を覚えておいてほしかった。
門を出ると、皆もその手前まで来た。俺たちの進むところだけが空く。そこで道を開くと、向こうに遠い山が見えた。
佐伯が顔を上げる。
人のいないところをいくつか見て回って、ようやく決めた場所だ。刀を振る広さはある。水も、休めるところも見つけてある。俺一人なら後からどうにかする用事まで、今回は先に確かめてきた。
「じゃあ、行ってくるねぇ」
「行ってまいります」
佐伯と二人で声を掛ける。
頭が下がり、また声が上がった。俺も片手を上げたまま道へ入る。後ろを気にしていた佐伯は、最後にもう一度振り返ってから、こちらへついてきた。
姿が見えなくなる前に、俺も皆へ顔を戻す。
槇島は門の脇へ立っていた。榛名が隣にいて、鷺坂と伏見の後ろにも、まだ沢山の顔がある。
帰ったら、またここへ入る。
俺は手を下ろし、佐伯と先へ歩いた。
爺さんの背を追っていた頃、俺もよく刀へ手を添えた。まだ何も始まっていないのに、早く次を見たくなる。今の佐伯も同じところへ指を置いている。
「佐伯。今日はまず、泊まるところへ行くよ」
「承知しました」
「それから飯。刀を振るのは、その後にしようか」
あいつが笑った。
後ろの道を閉じ、俺も山の裾へ目を向ける。着くまでにも、まだ話せる時間はある。何を聞きたいか、何をやってみたいか。今度は隊の用事に呼ばれずに聞いてやれる。
「お前さん、疲れたら言ってねぇ」
「はい。ですが、今はまだ大丈夫です」
「うん。俺も」
佐伯が歩調を合わせる。
俺は少しだけゆっくり歩いた。
爺さんが待ってくれたように、今度は俺も付き合おう。