卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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去りゆく袖に 歳は重なり
仰ぎし空に 星は残る




106. 星夜の余韻

 

 

side:実はずっと生き残っている一般隊士

 

 隊長がまた長く留守にするそうだ。

 

 うちの隊長はよくふらっといなくなる。戻ってきたと思ったら、知らない菓子を食わせてくれたり、見たこともない場所の話をしたりするんだ。こっちも慣れたもので、姿を見かけない日が続くと、今度はどこまで行ったんだろうなって話になる。

 

 え? 俺は誰だって?

 

 聞いて驚け。実は護廷十三隊の創設期からずっと生き残ってる、万年平隊士だ!

 

 ……肩書きまで言うと、あんまり驚いてもらえないんだよな。そこまで長くいて、まだ平隊士なんですかって。いいだろ、別に。長く生きてりゃ勝手に刀が強くなるんなら、俺は今頃、隊長の一人くらいやってる。

 

 もちろん、うちの隊長が就任した時にもいた。最初に羽織を着て来た日のことだって覚えてるぞ。あの人、その日からあんまり堅苦しくしないでねぇって言ってたからな。新しい隊長を迎えるために、皆で散々練習した挨拶は何だったんだと思ったね。

 

「先輩、もう少し前に行きませんか」

「ここでも見えるだろ」

「隊長からは見えないかもしれませんよ」

「見えるって。あの人、こういう時はよく見てるんだ」

 

 隣の若いのが背伸びをしている。

 

 気持ちは分かる。前には槇島三席たちがいて、その向こうに佐伯副隊長がいる。隊長はまだ来ていないけど、見送りに集まった連中で門の辺りはいっぱいだ。もう少し早く来りゃよかった。朝飯をおかわりしたのがいけなかったな。

 

「五十年って、長いですよね」

「そうだな」

「先輩には短いんですか?」

「お前、俺を何だと思ってるんだ」

 

 長いに決まってるだろ。五十年あったら、旨い飯を何回食えると思う。酒だって飲めるし、休みの日に寝ていられる回数だって随分増える。俺だって一日ずつ生きてるんだからな。

 

 ただ、あの人が五十年で帰ると言ったことには少し驚いた。

 

 今度は副隊長も一緒だそうだ。二人で修行に行くんだってさ。留守の間は槇島三席と榛名四席が預かると聞いている。俺たちはいつものように働いて、いつものように稽古をする。帰ってきた隊長に何か覚えたかと聞かれたら、少しくらいは見せられるようにしておきたい。

 

「副隊長、どれくらい強くなるんでしょう」

「さあなぁ。今でも俺じゃ勝てないから、困るよな」

「困るんですか?」

「どこが変わったか、分かる前に転がされそうだろ」

 

 若いのが笑った。

 

 俺も笑ったが、これは本当に困るんだぞ。副隊長は手加減してくれるけど、刀を合わせると俺の悪いところをすぐ見つける。帰ってきたら、構えただけで分かるようになってるかもしれない。もう少し腰を落としてくださいって、俺が刀を抜く前に言われたりしてな。

 

 あの隊長が五十年も付きっきりだ。

 

 副隊長には悪いが、帰ってくるのが楽しみで仕方ない。

 

「隊長も、もっと強くなるんですかね」

「まだなるんじゃないか」

「今でも、あんなに強いのに」

 

 あんなに、か。

 

 この前の掃討戦でも、若い連中は驚いていた。矢を払った時にはもう相手のところへいて、こっちが追いつく頃には次へ行ってる。隊長本人は普通に歩いたつもりらしいから、後ろをついていく方は大変だ。

 

 でもな。あれを見て、うちの隊長の強さを知ったと思ってるなら、まだ早いぞ。

 

 隊長の卍解、見たことあるか?

 

 今じゃ隊長格でも、卯ノ花隊長と総隊長くらいしか知らねぇんじゃないかな。長く隊長をやってた人が皆、今もいるわけじゃないし、あの人も滅多に見せないからな。

 

 でも、俺は知ってるぜ。

 

 密かな自慢さ。

 

        *

 

 昔、滅却師との戦争で死にかけたことがある。

 

 今回の掃討戦じゃないぞ。もっと昔だ。俺が今よりずっと若くて、うちの隊長がまだ隊長じゃなかった頃の話だよ。

 

 敵の弓を見たところまでは覚えてる。その前に誰と斬り合っていたかとか、どっちから走ってきたかとか、その辺はもう怪しい。何しろ忙しかったからな。知ってる顔を見つけても、声を掛ける間に離ればなれになる。後で会おうと思って、それきりになったやつもいた。

 

 俺の刀は折れていた。

 

 手元に残った刃が短すぎて、相手に届きそうもない。右足は動かないし、立とうとすると腹の傷が痛む。向こうはその様子を見て、ゆっくり弓を引いた。

 

 どうする?

 

 俺は何も思いつかなかった。

 

 柄を握ることくらいしかできなくて、それも手に血がついて滑るんだ。握り直しているうちに矢がこっちを向く。ああ、ここまでかと思ったよ。あんなに簡単に死ぬんだなって。今まで生き残った時も、向こうが少し早けりゃこうなってたのかもしれない。

 

 ところが、その相手がいきなり倒れた。

 

 弓を引いたまま膝が折れて、横へ崩れる。俺はまだ矢が来ると思っていたから、折れた刀を顔の前に出していた。いつまで待っても来ないので、少しずつ手を下ろしたんだ。

 

 俺、何もしてないぞ。

 

 そんなことができたなら、とっくにやってる。

 

 誰かが助けてくれたんだと思って辺りを見たけど、すぐ近くには誰もいなかった。倒れた滅却師の向こうでも、もう弓を持って立っているやつがいない。さっきまであんなに飛んできていた矢も見えなかった。

 

 それで、顔を上げたんだ。

 

 空に星が出ていた。

 

 あんなに綺麗な夜空は、それまで見たことがなかったなぁ。寝転がって眺めた夜もあれば、酒を飲みながら見上げた夜もあるけど、あれほど星が見えたことはなかった。目を向ける先に幾つも光があって、まだ向こうにもある。傷が痛むから顔を下げたいのに、もう少しだけ見ていたかった。

 

 その空に、一人浮かんでいた。

 

 白い髪の女だった。

 

 長い髪も白い衣も、地面には届かないところで揺れている。衣に入った金色が見えて、俺はそこまでじっと見ていたことに気づいた。向こうからすれば、血まみれの男が口を開けて見上げていたんだろうな。ひどい顔だったと思う。

 

 女神様が降臨なさったのかと思ったよ。

 

 笑うなよ。本当に、そう思ったんだ。

 

 死ぬ間際に見えたものだったらどうしよう、とも思った。俺の身体はまだ痛かったけど、そこまで都合よく考えられる状態じゃなかったからな。こんな綺麗なものを見て終われるなら、悪くないのかもしれないと、少しぼんやりしてしまった。

 

 あれが、うちの隊長だったんだ。

 

 もちろん、その時の俺は知らない。後で聞いたんだよ。あの辺りで白い髪の女を見たと言ったら、烏有さんだって。聞き間違えたと思って、もう一度尋ねた。

 

 烏有さんって、あの烏有さんか?

 

 だって、男だろ?

 

 そりゃそう思うよな。俺もそう思った。何かの能力で姿が変わるにしたって、随分と変わるものだ。顔も身体も違っていたし、刀を持っているところさえ見えなかった。

 

 卍解ってのは、ああいうことまでできるのか。

 

 いや、俺に聞かれても困る。俺自身はできないんだ。卍解する声も聞いてないし、何がどうなって滅却師が倒れたのかも知らない。もっと別の何かだったと言われたら、そうなのかもしれないな。

 

 とにかく、とてつもない力だった。

 

 あれだけ俺を追い詰めていた相手が、矢の一本も放てずに倒れたんだぞ。俺は折れた刀を握ってるだけで助かった。そんなことができる人がいるなんて、知らなかったよ。

 

 後になって、あの人が十番隊の隊長になった。

 

 羽織を着て俺たちの前へ来て、挨拶をしてさ。そこで、ようやく顔をちゃんと見られたんだ。その頃にはもう、見ても普通の男だった。俺があの夜空を見たことを話すと、見てたんだねぇと言われたよ。

 

 それから、今は怪我したところ、大丈夫かいって。

 

 俺は頷いた。もう治っていたし、自分の足で立っていたからな。でも、そこで傷のことを聞かれるとは思わなくて、ほかに聞こうとしていたことを忘れてしまった。

 

 あの人も、それ以上は何も言わなかった。

 

 だから俺は、今でもあれを隊長の卍解だと思ってる。名前も知らないし、何ができるかも説明できない。けど、姿なら覚えてるぞ。

 

 隊長の卍解の姿は、本当に綺麗なんだ。

 

 こればっかりは、見たことのある俺が言わせてもらうよ。

 

        *

 

「先輩。来ましたよ」

 

 隣に袖を引かれて、門の方を見る。

 

 隊長が来た。いつもの顔で副隊長へ声を掛け、槇島三席たちにも何か話している。前にいた連中が少し動いて、ようやく俺たちのところからもよく見えるようになった。

 

「副隊長、嬉しそうですね」

「そうだな」

「俺だったら、あんなふうに返事できるか分からないです」

「五十年も修行するって?」

「はい。隊長と二人きりですし」

 

 分かるよ。

 

 俺だって、朝から晩まで隊長に見られていたら落ち着かない。ちょっと休もうとしたところで、もう一回やってみるかいって言われたら、はいって答えそうだ。その後で後悔するんだろうな。先に水くらい飲めばよかったって。

 

 副隊長は違う。こっちから見ても、早く始めたい顔をしていた。いつも俺たちの稽古を見ている人が、これから教わるんだと思っている。あんな顔をするんだなぁ。

 

「帰ってきたら、また稽古をお願いしたいですね」

「お前、本人に言っとけよ」

「今ですか?」

「今だよ。もう出るんだから」

 

 若いのが前へ声を掛ける。

 

 副隊長がこっちを向いて、分かりましたと答えた。ほらな。言ってみるもんだろ。隣の顔が明るくなったので、俺もついでに手を上げた。

 

「俺もお願いします!」

「はい。戻りましたら、ぜひ」

「少しは手加減してくださいね!」

 

 そこは言っておかないとな。

 

 周りが笑って、副隊長も笑った。隊長までこっちを見ている。見えるって言っただろ、という顔を隣へ向けたら、若いのも頷いた。

 

 隊長が道を開くと、その向こうに山が見えた。

 

 何度見ても慣れないな、あれ。俺がせっせと歩いている間に、あの人はこんな道を通ってるんだ。そりゃ、ふらっといなくなるわけだよ。これで戻ってきた時に珍しい菓子を持ってなかったら、一つくらい文句を言ってもいい気がする。

 

 副隊長が皆へ頭を下げた。

 

 留守を頼まれ、あちこちから返事が上がる。俺も声を出した。任せてくださいって。槇島三席たちの後ろで言うことじゃないかもしれないが、俺だってここで働く一人だからな。

 

 隊長が手を上げる。

 

 俺たちも振り返した。副隊長は道へ入ってからもう一度こちらを見て、俺の隣の若いのが、今度は遠慮せずに大きく手を振った。

 

 やがて、向こうの山が見えなくなった。

 

 隊長も副隊長もいなくなって、門の向こうはいつもの道に戻る。あっさりしたもんだな。五十年も会わないのに、明日にはまた、何食ってるのって声を掛けられそうな気がする。

 

「行っちゃいましたね」

「ああ」

「先輩は、隊長を何回見送ったんですか」

「覚えてねぇな。見送らないうちに出てたことも多いし」

「じゃあ、迎える方が多いんですね」

「そうなるな」

 

 戻ってきた時に、俺が門の辺りにいることもある。

 

 ただいまって言われて、お帰りなさいって返す。それから、いつ帰ったんですかと聞かれて、今だよって隊長が答える。あのやり取りを、今まで何度しただろうな。

 

 五十年後も、できれば俺が最初に言いたい。

 

 その日は朝飯のおかわりを我慢するか。いや、帰ってくる時刻まで聞いてないから、どうしようもないな。

 

「俺、隊長の卍解もいつか見てみたいです」

「そうか」

「先輩は見たことあります?」

 

 おいおい。

 

 それを聞くのか。

 

 こんなに長く待ってた質問を、見送った後でしてくるとはな。俺は少し顎を上げた。気づいてもらえただろうか。今、随分と得意な顔をしてるぞ。

 

「あるぜ」

「本当ですか?」

「ああ。昔の戦争でな」

「どんな卍解なんです?」

 

 何ができるかを聞いてるんだろうな。

 

 困った。俺が一番ちゃんと話せるのは、綺麗だったってことなんだ。空を見上げた時のことも、白い髪が揺れたところも、まだ覚えてる。あれだけ昔のことなのに、そこは忘れない。

 

「空に星が出るんだよ」

「星、ですか?」

「そう。見たことないくらい、綺麗な夜空になる」

 

 若いのが上を見る。

 

 今は朝だから、当然、星なんか出ていない。俺もつられて見上げた。あの人がもういない空を二人で見ていたら、後ろから稽古へ行くぞと呼ばれた。

 

「続き、後で聞かせてください」

「おう。長くなるぞ」

「先輩の話、いつも長いじゃないですか」

 

 言うようになったな、こいつ。

 

 俺が笑うと、あちらも笑った。先に皆のところへ走っていくので、俺は腰の刀を直して後を追う。今日は稽古だ。五十年後に副隊長へ相手を頼んだばかりだから、俺も少しくらいは頑張らないとな。

 

 門を離れる前に、もう一度だけ空を見た。

 

 白い髪も衣も、今はどこにも見えない。でも、思い出すと綺麗なんだ。あの夜、俺が見上げたところに、あの人がいてくれた。

 

 あぁ、隊長の卍解で広がるあの綺麗な夜空、また見てぇなぁ。

 

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