重なりし雲に 雷は走り
鍛えし刃に 風は応う
鬼道衆の子が、俺の座る場所を少し後ろへ変えた。
平らな岩を見つけたので、ここでいいかいと聞いたのだけど、結界を通すところだったらしい。俺が退くと、その足元へ細い光が伸びる。向こうの岩へ渡り、さらに隣へ繋がっていく。よく揃えてあるねぇ。何人かで張っているのに、継ぎ目へ霊力が溜まっていない。
「この辺りなら、座っていていい?」
「はい。ただ、結界の内側へはお入りにならないようお願いいたします」
「分かってるよ。今日は見るだけだからねぇ」
先生にも言われている。両手を膝へ置くと、その子は少し安心した顔で持ち場へ戻った。隣では京楽が笑っている。朝から呼ばれた割に機嫌がいいので、そっちを見る。
「お前さん、何か言った?」
「山爺が、君にも念を押すようにって」
「俺も鬼道くらい分かるよ」
「分かるから、自分で直しに行きそうなんでしょう」
そんなに信用がないのかい。けれど、あそこをもう少し低く結べばどうだろうと思ったところだったので、俺もそれ以上は言わなかった。浮竹が隣へ腰を下ろし、向こうから槇島と榛名が来る。あいつらも今日は紙を持っていない。二人の手が空いているところを見るのも、久しぶりだった。
瀞霊廷を離れ、家のない岩地まで来た。長次郎が選んでくれた場所で、向こうには低い山が続いている。鬼道衆の子たちが最後の結界を張る間、佐伯は真ん中で待っていた。新しい袖が風に揺れる。昨日はあれだけ服を見られたのに、今日は皆、腰の刀へ目を向けている。
「随分、変わったな」
「五十年で、ここまでか」
浮竹に続いて京楽も言ったので、俺は少し胸を張った。
「ちゃんと付き合ったからねぇ」
「昨日、本人からも聞いたよ。三途の川の話まで」
もうそこまで届いたのかい。大袈裟なんだよと返したら、二人ともこちらを見た。山で飯を食っていた時には、佐伯だってよく笑っていたでしょう。そっちの話もしてくれたのか、後で聞いてみようか。
長次郎が羽織っていたものを外し、一番隊の子へ預ける。佐伯の前へ出ると、二人が向かい合って礼をした。先生は少し高いところに立ったまま、杖を地面へつく。
「始めよ」
佐伯の刀が抜ける。俺も膝へ置いた手を少し開いた。
*
「参ります」
長次郎の刀が佐伯の胸へ伸びた。佐伯は右へ半歩ずれ、突きを外へ払う。そのまま肩へ斬り返すと、長次郎も刀を戻して受けた。二度、三度と刃が合い、最後の一振りで二人が離れる。
佐伯の足が地面へ着いた。
次には、長次郎の背後にいた。
「っ!」
長次郎が振り返りながら刀を上げる。頭上から来た佐伯の刃を受け、押し返したところへ肘を入れた。けれど佐伯はもう脇へ抜けている。長次郎の肘が袖を掠め、その横から刀が胴へ走った。
榛名が顔を動かした。さっき佐伯が立っていたところを一度見てから、ようやく二人へ目を戻す。俺も、あいつが昔の速さで動いてくれるのを待ったことがあったねぇ。覚えたところから先へ進むと、教える方まで癖を直すことになる。
「今の二歩目、見えた?」
「ああ。だが、随分と速い」
京楽と浮竹の声が低くなる。長次郎は胴へ来た刀を受け、佐伯の右腕を左手で押した。肩が後ろへ流れる。佐伯はその勢いに合わせて腰を回し、下から刀を振り上げた。
「はっ!」
長次郎の袖が裂ける。避けた足が岩を踏み、佐伯もそこで刀を止めた。前なら押された肩を直してから、もう一度構えていた。今日は長次郎の袖へ目をやる暇もなく、次に入る足を決めている。
俺の袖だけが切れる稽古じゃなかったんだよ。そう言いたくなって、膝へ手を戻した。
「縛道の六十一、
長次郎の指先が光る。佐伯の胴へ六枚の光が集まり、身体を挟んだ。長次郎は唱え終える前から踏み込んでいる。佐伯が力を込め、光へ亀裂を走らせた時には、もう切っ先が胸の前にあった。
「縛道の八、
佐伯の左手へ青い光が浮かぶ。長次郎の刀を横へ弾き、その間に六杖光牢を砕いた。右手の刀が肩へ落ちる。長次郎は受けながら後ろへ跳んだが、佐伯の左手は下がらなかった。
「
白い光線が長次郎を追った。顔を傾けて避けた頬へ細い傷がつき、背後の岩に穴が開く。佐伯も同じ方へ踏み込んでいた。光が消える頃には二人の刀がまた合い、今度は長次郎の方から強く押し返す。
「よく繋がりますね」
「隊長には、そこで止めるなと教わりましたので!」
返事をしながら佐伯が斬る。長次郎は一度受けると、その刃を外へ流し、空いた襟元へ突きを返した。佐伯も身を捻って肩へ斬り返す。襟と袖が同時に切れ、二人はそこで間を空けた。
俺は膝へ置いた手を見る。いつの間にか、指が服を掴んでいた。
「見てる方が、肩に力が入るねぇ」
京楽に言われて手を開く。口を挟むつもりはないよ。けれど、あいつがもう一歩入れそうなところへ来ると、こちらまで足を出したくなる。
爺さんも、こんな顔で見ていたのかい。
長次郎が刀を胸の前へ上げた。
〈穿て、
細い洋剣へ変わった刃を、佐伯が見ている。長次郎が先端を向けると、こちらも刀を前へ出した。
〈吹き荒れろ、
佐伯の足元から砂が浮く。刀身へ風が巻きつき、その周りに細かな雨粒が寄った。晴れていた岩地にも雨が降り始める。京楽が笠を下げ、俺は指へ落ちた一粒を見てから顔を上げた。
静かだねぇ。初めて見せてもらった時には、俺の飯まで砂まみれになったものだけど。
「これなら、どうです!
横に振った刀から風の刃が飛ぶ。長次郎は身を沈め、その下を抜けて佐伯へ入った。振り切った刀の内側へ厳霊丸が伸び、佐伯の脇を掠める。
速いねぇ、長次郎。こちらも刀を下げるところまで、よく見ている。
「
佐伯が刀を低く返した。雨粒を巻いた風が地面を走り、長次郎の足元へ入る。踏んでいた砂が横へ流れ、長次郎の身体が僅かに傾いた。その肩へ佐伯の刀が来た。
長次郎が受ける。佐伯は刀を離すと、続けてもう一度振った。
「
刃を受けた長次郎の横へ、遅れて風の刃が届く。長次郎は身体を捻って避けたが、袖の端が裂けた。退いた先へ佐伯が瞬歩で追いつき、今度は胸を狙って斬り込む。
「そこも、来ますか」
長次郎が刀を合わせた。佐伯の刃を押さえると、左手をその胸へ向ける。
「破道の三十三、
青い炎が二人の間で膨らんだ。佐伯が後ろへ跳び、炎がその足元を焼く。長次郎もすぐに追っていた。厳霊丸が佐伯の肩へ伸びるところで、白い糸がその手首へ巻きつく。
「
佐伯が左手を引いた。長次郎の突きが外へ逸れる。けれど長次郎は腕を引き戻さず、糸の張る方へ一歩入った。佐伯が引いた手より先に刀が戻り、その襟元へ迫る。
ああ、そこまで付き合ってくれるんだねぇ。
佐伯が糸を解く。刀を引きつけて突きを受け、長次郎の胸へ短く斬り返した。長次郎もすぐに離れたが、胸元には赤い線が残っていた。
二人が雨の中で向かい合う。槇島が長く息を吐いた。俺もつられて肩を下げたが、佐伯の刀はまだ上がっている。
「烏有隊長」
「うん?」
「よく、鍛えられましたね」
長次郎の声に、佐伯まで少しこちらを見た。俺が頷くと、あいつの目はすぐ相手へ戻る。今の白縫を、もう一度どう使おうか考えているのだろう。山でも、上手くいかなかったところほど何度も頼んできた。
「お前さんにも、そう言ってもらえたら嬉しいねぇ」
先生が杖から片手を離した。
「長次郎。お主の方も、見せてやれ」
長次郎が頭を下げる。鬼道衆の子たちが構え直すのを見て、佐伯は間を少し広く取った。京楽も笠を上げ、浮竹が背を起こす。
「では、こちらも」
長次郎が刀を上げた。
「卍解。
*
金色の光が空へ広がった。
上空で幾本もの光が繋がり、雲の中を雷が走る。佐伯の降らせていた雨まで明るく染まった。俺は空を見上げてから、先生の横顔へ目を向けた。
額の傷が見える。先生に教わっていた頃から、そこにあった傷だ。今日はその傷をつけた刀を、俺の弟子が受ける。
「参りますよ」
「お願いいたします!」
長次郎が刀を振る。佐伯はその場から消え、右手の岩の脇へ出た。雷が元いた場所を砕く。次の光が岩へ落ちる頃には、佐伯はもう長次郎の左へ回っていた。
京楽の顔がそちらへ向く。佐伯が刀を振り上げたところで、長次郎も振り返った。厳霊丸の先に雷が集まる。
「縛道の八十一、
佐伯の前へ透明な壁が立った。雷がぶつかり、白い光が二人を隠す。鬼道衆の持ち場から、短い声が漏れた。佐伯は壁の向こうへ刀を構えたまま、左手だけを前へ伸ばしている。
唱える時間も、よく惜しむようになったねぇ。前は術を使おうとすると、刀まで止めていたのに。
断空へ亀裂が走った。佐伯は壁が砕ける前に左へ抜ける。長次郎もその先へ刀を向けた。空から落ちた雷を避け、佐伯がさらに踏み替える。背後の岩が砕け、その欠片を足元の風で払いながら近づいた。
「まだです!」
佐伯が斬りつける。長次郎は厳霊丸で受け、その刃へ雷を走らせた。佐伯の右手が跳ねる。刀を離さず横へ流したが、上から来た次の雷までは避けきれなかった。
左肩が打たれ、佐伯の身体が地面へ落ちる。焼けた袖が雨を吸った。榛名が立ちかけ、槇島がその腕へ触れる。俺も座ったままでいた。佐伯は落ちる途中で身体を回し、足から地面を踏んでいる。
まだ、立てるね。
そう思った時には、あいつも前を見ていた。
「佐伯副隊長は、卍解をなさらないのですか」
「今は、あいつがそう決めてる」
榛名へ返しながら刀を見る。右手は握れている。左手も肩から下ろしたまま、指を開いた。佐伯が地面を蹴ると、長次郎の刀がすぐそちらを追う。
雷が先へ落ちた。佐伯はその手前で足をつき、左の掌を長次郎へ向けた。
「破道の八十八、
青白い光が岩地を渡った。長次郎も刀を突き出し、雷を迎え撃たせる。ぶつかった光が膨らみ、雨が蒸気になって広がった。結界が大きく揺れ、鬼道衆の子たちが隣へ声を掛ける。
佐伯はもう、その左を走っていた。長次郎が迎え撃った光の横へ抜け、腰の高さで刀を振る。
「風切!」
長次郎が身を翻す。風の刃が背後の岩を割った。佐伯は追って刀を上げたが、長次郎も左手をこちらへ向けている。
「縛道の六十三、
太い鎖が佐伯の腕へ巻きついた。肩から胴まで絡み、右手の刀が途中で止まる。上空が光った。長次郎は佐伯を見据えたまま、厳霊丸を振り下ろす。
「っ、崩天!」
佐伯の左の掌から白い光が膨らんだ。身体へ巻きついた鎖を吹き飛ばし、その先まで光の塊が走る。長次郎が横へ避け、背後の地面が大きく抉れた。
佐伯も瞬歩で抜けた。落ちてきた雷が、ほどけた鎖ごと岩を砕く。結界へ飛びそうになった欠片を佐伯の風が下へ落とし、あいつ自身は長次郎の右へ出ていた。
俺の膝が岩から少し浮いた。
座ってるよ。ちゃんと見てる。
そう思い直している間にも、佐伯は刀を合わせる。長次郎が押し返すと一度離れ、空いた左手から穿月を放った。長次郎は刀を傾け、白い光を外へ弾く。その向きが戻るところへ佐伯が入り、刃を重ねた。
「はあっ!」
押された長次郎の足が砂を削った。佐伯の刀から追風が伸びる。長次郎は肩を引いて避け、そのまま後ろへ跳んだ。佐伯も追うが、長次郎は着地を待たずに厳霊丸を向けている。
刀の先が、金色に光った。
佐伯が上へ逃げるなら、長次郎はきっとそこにも落とす。右へ回れば、今度はまた距離が開く。俺は服を掴みかけた手を開いた。
「これで⸺どうです!」
佐伯が嵐天を振り下ろす。風切が長次郎へ飛んだ。厳霊丸から放たれた雷とぶつかり、目の前の地面を裂く。佐伯はその右へ瞬歩で抜けた。
長次郎の刀が追う。
佐伯はもう一度踏み替えた。
今度は左。長次郎の刀が戻りきる前に、懐へ入る。足元の砂が遅れて跳ね上がり、佐伯の袖へ白い光が残った。
「白縫!」
糸が長次郎の右手首へ巻きつく。長次郎が腕を引こうとしたところで、佐伯が左手を短く引いた。厳霊丸の先が脇へ逸れる。その腕の下へ佐伯が肩を入れ、左足を長次郎の踵の後ろへ滑らせた。
長次郎の身体が傾く。踏み直そうとした足元を、雨を巻いた風が払った。佐伯は糸を張ったまま嵐天を返し、切っ先を喉元へ向ける。
そこで、止まった。
佐伯の右腕から血が落ちる。左の袖は焼け、肩も下がっていた。それでも長次郎の喉元へ向けた刃は動かなかった。上空で鳴っていた雷を聞きながら、俺も二人の顔を見る。
「……参りました」
長次郎が言う。
先生の杖が地面へついた。
「そこまで。勝者、佐伯直久」
俺はようやく、長く息を吐いた。隣で京楽も同じことをしている。顔が合って、少し笑ってしまった。
見てるだけでも、疲れるものだねぇ。
雲の中の光が消えていく。佐伯は刀を下げ、白縫を解いた。深く礼をしようとして肩が痛んだらしく、一度顔をしかめる。それから改めて、長次郎へ頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。最後は、追いきれませんでした」
佐伯が顔を上げる。長次郎は自分の手首を一度開いてから、腰へ戻した。
「同じ技でも、随分と違う使い方をなさる」
「一度目で止めていただけるとは、思っておりませんでしたので」
長次郎の口元が緩む。俺は立ち上がりかけたが、先生が先に二人へ歩いていった。傷は早く見たい。けれど、袖を引いた浮竹へ顔を向けると、少し待ってやれと言われた。
ああ、そうか。先生にも見てもらうために、連れて帰ったんだったねぇ。
「長次郎。どう見た」
先生の前で二人が刀を納める。佐伯の右手はまだ動いていた。長次郎がこちらを一度見てから、先生へ答える。
「私の卍解を前に、最後まで始解で。斬術も歩法も、以前とは比べられません。高位の鬼道をあれだけ織り交ぜても、足が止まりませんでした」
「うむ」
先生の目が佐伯へ向く。あいつは焼けた袖を直そうとして、途中で手を下ろした。昨日なら、新しい服を用意してもらえるまで待っていただろう。今日はそれを忘れるくらい、先生の言葉を待っている。
「佐伯。よう鍛えた」
「……ありがとうございます」
深く頭が下がる。俺はその背を見て、膝へ置いていた手を擦った。五十年前には、まだ教わってもいないことへ礼をしてくれた。今日は長次郎へ刀を届かせ、自分でここに立っている。
よかったねぇ、佐伯。
「これは、僕らも相手を頼まないとね」
「ああ。俺も、ぜひ頼みたい」
京楽と浮竹の声が聞こえる。佐伯が頭を上げたところへ、先生がこちらを向いた。今度こそ岩から降り、二人の傍へ行く。
「烏有」
「うん」
「よく、育てたな」
佐伯の腕へ伸ばしかけた手が、少し止まった。あいつもこちらを見ている。出る前には、爺さんの真似事かと言われた。その時はそうなれたらいいと思っていたけれど、今、先生に言われると、すぐには返せない。
「……よく、ついてきてくれたんだよ」
それだけ答える。先生は何も足さず、杖へ両手を戻した。
*
「佐伯。腕、見せて」
岩へ座らせ、焼けた袖を開く。肩から腕へ回道を通すと、あいつの息が緩んだ。さっきまで刀を握っていた指も、ゆっくり開いていく。骨は大丈夫だ。手へ力を戻してもらい、握れるところまで確かめた。
「痛かったねぇ」
「はい」
「長次郎の雷は、あんなに強いんだよ」
「よく分かりました」
そこで笑うので、俺も少し笑ってしまった。五十年かけて鍛えたけれど、相手は長次郎だ。何ももらわずに済むとは思っていなかった。それでも目の前で焼けた袖を見ると、もう少し避けさせてやれなかったかと考える。
「隊長」
「うん?」
「勝てました」
手が止まりかけた。佐伯は治しかけの腕を見ている。刀を握った時のことを、もう一度思い出しているのだろうか。開いていた指を軽く曲げ、それからこちらへ笑った。
「うん。ちゃんと見てたよ」
俺も答えて、回道を続ける。山で何度も刀を止めてやった手だ。今日はあいつが、長次郎の喉元へ自分で止めた。
爺さんにも、見せたかったねぇ。
長次郎が隣へ来たので、そちらの胸元にも手を当てる。佐伯が済まなそうな顔になったが、長次郎はそれを見て首を振った。
「私も、よい手合わせをさせていただきました」
「ありがとうねぇ。お前さんがあそこまで見せてくれたから、先生にも見てもらえたよ」
「次は、私も同じようには参りません」
佐伯の顔が上がる。治したばかりの左手を握り、開いてから、またお願いいたしますと答えた。長次郎も頷くので、俺は二人へ、まず今日の傷を治そうねぇと頼んだ。
槇島と榛名が来る頃には、佐伯の腕も動くようになった。二人はすぐ傍まで来たが、何から聞こうか迷っているらしい。佐伯が顔を上げて待つと、榛名が先に口を開いた。
「最後の瞬歩ですが。長次郎殿の右へ出た後、さらに左へ」
「はい」
「その二度目を、見失いました」
佐伯が俺を見る。俺に答えてほしいのかと思ったら、少し笑った。
「私も、隊長には何度も同じことをされました」
「見えるようになったでしょう」
「見えても、間に合わないことはございましたが」
そこまで言わなくてもいいじゃないか。槇島まで笑うので、俺は長次郎の傷へ目を戻した。治すところがあってよかったよ。佐伯に喋ってもらっている間、こちらは手を動かしていられる。
「烏有隊長。少々、お時間をいただけますか」
鬼道衆の男が近づいてきた。結界を張っていた者の一人だ。ほかの子たちは術を解き、持ってきたものを片づけている。俺が顔を上げると、男は佐伯の方へも頭を下げた。
「副隊長殿がお使いになった、白い糸の術について。御指導されたのは、烏有隊長と伺いました」
「白縫だねぇ」
「はい。あれは、捕縛した後からも張り方を変えられるのでしょうか」
俺が返す前に、佐伯の左手が少し動いた。細い糸が一本伸び、足元の小石へ巻きつく。持ち上げたところで男も屈み、結び目を見た。
「はい。引く強さも、巻く場所も。最後は手首を引く時だけ強く張り、あとは刀へ合わせて緩めております」
「術を解かずに、ですか」
「ええ。締めたままですと、私の方まで腕を持っていかれますので」
男が佐伯を見る。槇島と榛名も、その手元へ身を寄せた。俺は長次郎の傷から手を退け、少し後ろへ下がる。
俺へ来た話が、あいつのところで続いていた。
「ほかの二つも、隊長のお作りになった術でしょうか」
「穿月と崩天ですね。私も教わりました。ですが、今のは⸺」
佐伯が一度こちらを見たので、自分で話していいよと頷いた。あいつは小石を下ろし、今度は指先へ小さな光を灯す。男が傍の者も呼んだ。片づけを終えた子たちまで寄ってきて、槇島が皆に少し場所を空けるよう頼んでいる。
俺も、聞いていようか。
山では二人で確かめていたことを、今度はあいつが皆へ話している。俺と同じ言い方をするところもあれば、佐伯の方が分かりやすそうなところもあった。
「君、嬉しそうだねぇ」
京楽が隣へ来る。俺は佐伯を見たまま頷いた。
「うん。嬉しいよ」
今日は、それくらい言ってもいいでしょう。
あいつがこちらを振り返る。さっきより人が増えていることに、少し困っている顔だった。俺が片手を上げると、佐伯は笑って、もう一度皆へ向き直る。
帰ってきたら、教わったことを見せる。
出る前に頼まれた通り、あいつはもう始めてくれていた。