積み重ねし紙に 問いは増え
開かれし戸に 袖は寄る
喜助が持ってきた箱は、俺の菓子入れより大きくなっていた。
最初に見せてもらったものは、懐へ二つとも収まっていたねぇ。それが今は、机へ置く時に佐伯が紙を退けている。喜助は礼を言いながら蓋を開けた。中には金具が幾つも並び、それぞれに違う線が刻まれていた。
「増えたねぇ」
「一つ直すと、ほかも試したくなっちゃいまして。今日は、こちらから見ていただけます?」
「いいよ。音のは、もうずれない?」
「そっちは夜一さんに持っていかれました。今のところ、苦情は来てないっス」
「本人は、よく来るけどね」
「じゃあ、返していただくようお願いしておいてください」
俺が言っても、喜助へ取りに来させろと返されるんじゃないかい。
箱の中から一つ取る。丸い金具の裏へ、薄い紙が挟んであった。前にはなかったものだ。喜助を見ると、そのまま指で触れていいと言う。
「霊力を、少しだけ」
「このくらい?」
「……もう少し、少なくてもいいんスけど」
指を離す。
喜助が金具を受け取り、溝へ目を寄せた。壊れた音はしなかったよ。けれど、あいつはしばらく確かめてから、よかったと笑った。
「どれくらい入れても大丈夫か、まだ試してないんだねぇ」
「ええ。烏有隊長に持っていただくことも、考えておくべきでしたね」
佐伯が隣で笑う。
帰ってきて、五年が過ぎた。喜助は今も、こうして箱や帳面を持ってくる。最初は俺へ断っていた佐伯も、最近は先に庭へ誘うようになった。
この前は二人で半日使って、刀を置いたまま戻ってきたねぇ。
俺が取りに行くと、木へ掛けた糸の傍に二本とも揃っていた。刀まで忘れて何をしていたのかと思ったけれど、話を聞いたら俺も続きを見たくなってしまった。
「今日は、何をするの?」
「手を離した後に、どれくらい鬼道を保てるか試したいんです。術を使った本人が動けない時でも、少し持たせられないかと思いまして」
喜助が金具へ指を当てる。
その先に、小さな光が浮いた。手を離しても消えない。机の上を淡く照らしている。佐伯が窓を少し閉めると、紙へ描かれた線まで見やすくなった。
「灯りなら、随分と持つようになったんスけどね」
「白縫は?」
「締め直すと、すぐ切れます。佐伯さんに試していただいた時も、持ち上げた石を落としちゃいまして」
佐伯の足へ目を向ける。
あいつはすぐに、避けましたと答えた。うん。それならいいよ。喜助は箱から別の金具を出し、今度は裏の紙を外してみせる。
端が、焦げていた。
「ここへ溜めておいた分を使うんスけど、急に多く流そうとすると、この辺りが先に駄目になります」
「お前さんの指は?」
「そっちは無事です。さすがに、手で持ったまま試したりはしませんよ」
「そう。俺は昔、それで袖まで燃えたからねぇ」
喜助の顔が上がる。
笑うのかと思ったら、どんな鬼道を使ったんですかと聞かれた。そっちが気になるんだねぇ。俺も覚えているところから話し始めたが、佐伯が先に焦げた紙へ目を落とした。
「そのお話は、後でも伺えます。今日のものを、先に」
「うん。そうだったね」
「いやぁ。僕は、そちらも聞きたいところなんスけど」
「後ほど、お願いいたしましょう」
佐伯が紙を机へ戻す。
俺も灯りへ顔を近づけた。まだ消えていない。傷の手当てをする時に、傍へ置いておけたら助かるねぇ。火だと近すぎれば熱いし、離すと手元が暗くなる。
これを作った本人は、もう次の金具を探していた。
「喜助」
「はい?」
「この灯り、持っていってもいい?」
「構いませんけど。どちらへ?」
「十二番隊。曳舟にも見てもらおうか」
*
「持ってくるなら、もう少し早く持っておいでよ」
曳舟は金具を見て、そう言った。
俺へではない。喜助へ向けた言葉だった。あいつが少し頭を掻き、まだ人に見せられるほどではありませんのでと返す。
「烏有には見せてるじゃないか」
「ええ。隊長なら、壊れても避けてくださいますから」
「俺、避けるために見てたの?」
「治すことも、おできになりますし」
「曳舟もできるよ」
「……では、もっと早く伺えばよかったですね」
曳舟が声を上げて笑った。
喜助も笑っている。最初は少し遠慮していたのに、もう金具を机へ置いていた。曳舟が向かいへ座り、俺たちにも椅子を勧める。
十二番隊へ来ると、机の上まで毎回違うねぇ。
前には細い管が並んでいた。今日は紙と、小さな皿が幾つも置いてある。食べるものかと思って目を向けたら、曳舟にそっちは駄目だよと言われた。
「まだ、何もしてないよ」
「しそうな顔だったからね」
「分かるの?」
「お前さん、食べられそうだと思うと、すぐ近くへ寄るだろう」
そうだったかい。
俺が椅子を少し引くと、喜助まで皿から手を離した。お前さんは食べようとしたんじゃないでしょう。曳舟も気づき、そちらは後で見せるよと笑った。
「まずは、こっちだね。中へ霊力を溜めてあるのかい」
「はい。ただ、今のものでは少なくて。多くしようとすると、紙が先に焼けてしまいます」
「溜める時に?」
「使う時です。灯りなら保てるんですが、捕縛したものを引こうとすると」
喜助が焦げた紙を広げる。
曳舟は指で端を押さえ、裏返した。俺も横から覗く。線が何本も重なっている。どこを直したのか、本人以外には少し分かりにくいねぇ。
「これは、溜めておく方?」
「ええ。こちらが、鬼道へ流す方です」
「両方、同じ紙へ?」
「今のところは。分けたものもございますが、繋ぐところで漏れてしまいまして」
喜助が帳面を開く。
あら。そっちも持ってきてたんだね。俺は灯りを見せるつもりだったけれど、あいつは途中で失敗したものまで、ちゃんと箱へ入れていたらしい。
曳舟が帳面を寄せる。喜助も椅子を動かし、その隣へ座り直した。俺の前から紙がなくなってしまったので、そちらへ回ろうとする。
「烏有は、そこにいておくれ」
「何かするの?」
「後で、少し借りたいものがあるからね。今、こっちへ来られると、三人とも覗き込むことになる」
机が狭くなるんだねぇ。
俺は座り直し、灯りを眺めた。佐伯が隣へ腰を下ろす。二人で待っていると、向こうでは喜助が別の紙まで広げていた。
「こちらは、もう少し持ったんです。ただ、途中から霊力が流れなくなって」
「止まった後も、中には残ってた?」
「はい。開けてみたところ、こちら側へ」
「じゃあ、足りなかったんじゃないね。出したい時に出せなかったんだ」
喜助が頷く。
曳舟は紙へ何か書き、そいつの前へ戻した。喜助も筆を取り、すぐ横へ線を足す。
話が早いねぇ。
俺は使った時にどこが切れたか見ていた。曳舟は、使う前にどこへ溜めたか聞いている。喜助が箱から出すものも、さっきまで俺へ見せていたものとは違ってきた。
連れてきてよかったよ。
「隊長」
佐伯に小さく呼ばれる。
そちらを見ると、あいつも二人を眺めていた。
「私たちは、少し離れていた方がよろしいのでは」
「お前さんも、そう思う?」
「はい。ですが、隊長には御用があるようですので」
「うん。何を借りるんだろうねぇ」
刀かな。
腰へ手をやると、ゆめが笑った。
『お前様。何でもすぐ、お渡しなさるものではありんせん』
「曳舟だよ」
『ええ。ですから、わっちも聞いておりんす』
楽しそうな声だった。俺も少し笑って刀から手を離す。向こうでは、喜助が椅子から立ちかけていた。
「でしたら、一度分けて試しても?」
「いいよ。こっちの机を使いな」
曳舟が部屋の端を示した。
喜助が箱を抱えて移る。途中で俺の前へ来たので、何か聞かれるのかと思ったら、灯りの金具を持ち上げた。
「すみません。そちらも使います」
「うん。まだ、ちゃんとついてるよ」
「ええ。戻ってから切れるまで見ておこうと思ってたんですけど、先に試したくなっちゃいまして」
そのまま向こうへ行ってしまう。
俺は空いた机を見る。今日は、随分と待つ方へ回るねぇ。そう思っていたら、曳舟がこちらへ手を差し出した。
「じゃあ、烏有。少しだけ霊力をもらえるかい」
*
「入れすぎないでおくれよ」
先に言われてしまった。
曳舟が持ってきた器へ手を添える。言われた分だけ通すと、器の底に敷かれた紙へ光が浮いた。俺が手を離しても、そのまま残っている。
「これでいい?」
「ああ。十分だよ」
曳舟が器を喜助のところへ運ぶ。
あいつはもう蓋を開け、金具を幾つか外していた。そんなところまで分けられるんだねぇ。いつも持ってくる時には閉じているから、中へ何が詰まっているのか、全部は見たことがなかった。
「こっちを使ってごらん」
「よろしいんですか?」
「何を使うか、一度に全部変えたら、どれで上手くいったか分からないだろう。今日は溜める方を、あたしのものに替えてみな」
喜助が器と金具を並べる。
俺も今度は傍へ寄せてもらった。佐伯は少し後ろから見ている。喜助が二つを繋ぎ、指を離すと、机の上へ灯りが浮いた。
前より明るい。
曳舟が手で覆ってみせる。光は揺れたが、消えなかった。喜助は帳面へ何か書き、それから別の金具へ替えた。
「佐伯さん。小石を一つ、お願いできます?」
「こちらでよろしければ」
佐伯が庭から持ってきた石を置く。喜助が白縫を掛け、端を金具へ繋いだ。自分の手を離してから、溝へ指を当てる。
石が、少し浮いた。
そのまま持ち上がる。俺の目の高さまで来たところで喜助が指を動かすと、今度はゆっくり下りた。
「……切れませんね」
「もう一度、上げてみな」
「はい」
喜助が試す。二度目も上がった。三度目の途中で石が傾き、糸がほどける。佐伯が下へ手を出したが、喜助も同時に掌を伸ばしていた。
石を受け止め、糸の残った方を見る。
「今度は、こっちでしたか」
「霊力は、まだ残ってるよ」
曳舟が器を覗く。
喜助は頷き、金具を外した。すぐにもう一度繋ぐのかと思ったが、帳面を開いて、さっきの線へ印をつける。
どこまでできたか、先に残しておくんだねぇ。
「烏有隊長。今、糸が崩れたところ、見えました?」
「うん。石へ巻いた方から緩んだよ。こっちの端は、まだ繋がってたね」
「では、持ち上げた後の締め方かな……」
指が、紙の上で止まる。
俺は石を受け取り、同じところへ白縫を回した。喜助が顔を近づける。曳舟も隣へ来て、俺の手元を見た。
「ここで少し緩めてるんだね」
「うん。重さが掛かるから、締めるところだけ固くすると切れちゃう」
「喜助。今の、もう一度見せてもらいな」
「ええ。お願いできます?」
俺は頷いた。
ようやく、こちらも手を動かせるねぇ。
石を持ち上げ、二人へ見えるようゆっくり回す。喜助が金具へ触れようとしたので、一度下ろした。今度はあいつの糸を掛けてもらい、その隣へ俺のを並べる。
曳舟が向こうから紙を持ってきた。
「これ、形を写してもいいかい」
「いいよ。お前さんも使う?」
「あたしが使う方は、後でいい。今は、こいつが何をしたいか確かめよう」
喜助が少し顔を上げる。
曳舟はその前へ紙を置き、石の下から手を退けた。
「ほら。使う者にどう動かしてほしいんだい。指を当てるだけか。それとも、何か持たせるのか。そこも教えておくれ」
喜助が金具を見る。
しばらくして、紙へ指を置いた。さっき書いた線の隣へ、今度は手の形を描き始める。
「できれば、片手は空けておきたいんです。捕らえた後に、刀を抜くこともあるでしょうし」
曳舟が頷く。
俺も石を机へ戻した。白縫を作った時には、自分の指からどう伸ばすかばかり考えていた。喜助はそれを、別の子にも持たせようとしている。
どんな顔で使うのだろうねぇ。
鬼道が苦手だと言っていたうちの子も、これなら試したがるかもしれない。榛名はきっと、先に自分で引いて切れるか確かめるだろう。
「喜助。それができたら、うちでも使わせてね」
「もちろん。ただ、もう少し掛かりますよ?」
「待つよ。お前さん、まだ直したいところがあるんでしょう」
「ええ。見つかっちゃいましたからねぇ」
喜助が笑う。
曳舟も笑って、次に来る時は今までの紙も持っておいでと言った。あいつはすぐ頷き、どのくらいあっても構いませんかと聞き返す。
あら。
俺の部屋へ持ってくるので、全部ではなかったんだねぇ。
佐伯と顔が合う。あいつも同じことを思ったらしく、少し笑っていた。
俺は机の上へ残っていた金具を、箱の端へ寄せた。紙を広げるなら、もう少し空けておいた方がいい。
喜助はまだ、椅子へ座ったまま喋っている。
曳舟も、その隣へ座り直した。