卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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積み重ねし紙に 問いは増え
開かれし戸に 袖は寄る




114.探究の隣席

 

 

 喜助が持ってきた箱は、俺の菓子入れより大きくなっていた。

 

 最初に見せてもらったものは、懐へ二つとも収まっていたねぇ。それが今は、机へ置く時に佐伯が紙を退けている。喜助は礼を言いながら蓋を開けた。中には金具が幾つも並び、それぞれに違う線が刻まれていた。

 

「増えたねぇ」

「一つ直すと、ほかも試したくなっちゃいまして。今日は、こちらから見ていただけます?」

「いいよ。音のは、もうずれない?」

「そっちは夜一さんに持っていかれました。今のところ、苦情は来てないっス」

「本人は、よく来るけどね」

「じゃあ、返していただくようお願いしておいてください」

 

 俺が言っても、喜助へ取りに来させろと返されるんじゃないかい。

 

 箱の中から一つ取る。丸い金具の裏へ、薄い紙が挟んであった。前にはなかったものだ。喜助を見ると、そのまま指で触れていいと言う。

 

「霊力を、少しだけ」

「このくらい?」

「……もう少し、少なくてもいいんスけど」

 

 指を離す。

 

 喜助が金具を受け取り、溝へ目を寄せた。壊れた音はしなかったよ。けれど、あいつはしばらく確かめてから、よかったと笑った。

 

「どれくらい入れても大丈夫か、まだ試してないんだねぇ」

「ええ。烏有隊長に持っていただくことも、考えておくべきでしたね」

 

 佐伯が隣で笑う。

 

 帰ってきて、五年が過ぎた。喜助は今も、こうして箱や帳面を持ってくる。最初は俺へ断っていた佐伯も、最近は先に庭へ誘うようになった。

 

 この前は二人で半日使って、刀を置いたまま戻ってきたねぇ。

 

 俺が取りに行くと、木へ掛けた糸の傍に二本とも揃っていた。刀まで忘れて何をしていたのかと思ったけれど、話を聞いたら俺も続きを見たくなってしまった。

 

「今日は、何をするの?」

「手を離した後に、どれくらい鬼道を保てるか試したいんです。術を使った本人が動けない時でも、少し持たせられないかと思いまして」

 

 喜助が金具へ指を当てる。

 

 その先に、小さな光が浮いた。手を離しても消えない。机の上を淡く照らしている。佐伯が窓を少し閉めると、紙へ描かれた線まで見やすくなった。

 

「灯りなら、随分と持つようになったんスけどね」

「白縫は?」

「締め直すと、すぐ切れます。佐伯さんに試していただいた時も、持ち上げた石を落としちゃいまして」

 

 佐伯の足へ目を向ける。

 

 あいつはすぐに、避けましたと答えた。うん。それならいいよ。喜助は箱から別の金具を出し、今度は裏の紙を外してみせる。

 

 端が、焦げていた。

 

「ここへ溜めておいた分を使うんスけど、急に多く流そうとすると、この辺りが先に駄目になります」

「お前さんの指は?」

「そっちは無事です。さすがに、手で持ったまま試したりはしませんよ」

「そう。俺は昔、それで袖まで燃えたからねぇ」

 

 喜助の顔が上がる。

 

 笑うのかと思ったら、どんな鬼道を使ったんですかと聞かれた。そっちが気になるんだねぇ。俺も覚えているところから話し始めたが、佐伯が先に焦げた紙へ目を落とした。

 

「そのお話は、後でも伺えます。今日のものを、先に」

「うん。そうだったね」

「いやぁ。僕は、そちらも聞きたいところなんスけど」

「後ほど、お願いいたしましょう」

 

 佐伯が紙を机へ戻す。

 

 俺も灯りへ顔を近づけた。まだ消えていない。傷の手当てをする時に、傍へ置いておけたら助かるねぇ。火だと近すぎれば熱いし、離すと手元が暗くなる。

 

 これを作った本人は、もう次の金具を探していた。

 

「喜助」

「はい?」

「この灯り、持っていってもいい?」

「構いませんけど。どちらへ?」

「十二番隊。曳舟にも見てもらおうか」

 

        *

 

「持ってくるなら、もう少し早く持っておいでよ」

 

 曳舟は金具を見て、そう言った。

 

 俺へではない。喜助へ向けた言葉だった。あいつが少し頭を掻き、まだ人に見せられるほどではありませんのでと返す。

 

「烏有には見せてるじゃないか」

「ええ。隊長なら、壊れても避けてくださいますから」

「俺、避けるために見てたの?」

「治すことも、おできになりますし」

「曳舟もできるよ」

「……では、もっと早く伺えばよかったですね」

 

 曳舟が声を上げて笑った。

 

 喜助も笑っている。最初は少し遠慮していたのに、もう金具を机へ置いていた。曳舟が向かいへ座り、俺たちにも椅子を勧める。

 

 十二番隊へ来ると、机の上まで毎回違うねぇ。

 

 前には細い管が並んでいた。今日は紙と、小さな皿が幾つも置いてある。食べるものかと思って目を向けたら、曳舟にそっちは駄目だよと言われた。

 

「まだ、何もしてないよ」

「しそうな顔だったからね」

「分かるの?」

「お前さん、食べられそうだと思うと、すぐ近くへ寄るだろう」

 

 そうだったかい。

 

 俺が椅子を少し引くと、喜助まで皿から手を離した。お前さんは食べようとしたんじゃないでしょう。曳舟も気づき、そちらは後で見せるよと笑った。

 

「まずは、こっちだね。中へ霊力を溜めてあるのかい」

「はい。ただ、今のものでは少なくて。多くしようとすると、紙が先に焼けてしまいます」

「溜める時に?」

「使う時です。灯りなら保てるんですが、捕縛したものを引こうとすると」

 

 喜助が焦げた紙を広げる。

 

 曳舟は指で端を押さえ、裏返した。俺も横から覗く。線が何本も重なっている。どこを直したのか、本人以外には少し分かりにくいねぇ。

 

「これは、溜めておく方?」

「ええ。こちらが、鬼道へ流す方です」

「両方、同じ紙へ?」

「今のところは。分けたものもございますが、繋ぐところで漏れてしまいまして」

 

 喜助が帳面を開く。

 

 あら。そっちも持ってきてたんだね。俺は灯りを見せるつもりだったけれど、あいつは途中で失敗したものまで、ちゃんと箱へ入れていたらしい。

 

 曳舟が帳面を寄せる。喜助も椅子を動かし、その隣へ座り直した。俺の前から紙がなくなってしまったので、そちらへ回ろうとする。

 

「烏有は、そこにいておくれ」

「何かするの?」

「後で、少し借りたいものがあるからね。今、こっちへ来られると、三人とも覗き込むことになる」

 

 机が狭くなるんだねぇ。

 

 俺は座り直し、灯りを眺めた。佐伯が隣へ腰を下ろす。二人で待っていると、向こうでは喜助が別の紙まで広げていた。

 

「こちらは、もう少し持ったんです。ただ、途中から霊力が流れなくなって」

「止まった後も、中には残ってた?」

「はい。開けてみたところ、こちら側へ」

「じゃあ、足りなかったんじゃないね。出したい時に出せなかったんだ」

 

 喜助が頷く。

 

 曳舟は紙へ何か書き、そいつの前へ戻した。喜助も筆を取り、すぐ横へ線を足す。

 

 話が早いねぇ。

 

 俺は使った時にどこが切れたか見ていた。曳舟は、使う前にどこへ溜めたか聞いている。喜助が箱から出すものも、さっきまで俺へ見せていたものとは違ってきた。

 

 連れてきてよかったよ。

 

「隊長」

 

 佐伯に小さく呼ばれる。

 

 そちらを見ると、あいつも二人を眺めていた。

 

「私たちは、少し離れていた方がよろしいのでは」

「お前さんも、そう思う?」

「はい。ですが、隊長には御用があるようですので」

「うん。何を借りるんだろうねぇ」

 

 刀かな。

 

 腰へ手をやると、ゆめが笑った。

 

『お前様。何でもすぐ、お渡しなさるものではありんせん』

「曳舟だよ」

『ええ。ですから、わっちも聞いておりんす』

 

 楽しそうな声だった。俺も少し笑って刀から手を離す。向こうでは、喜助が椅子から立ちかけていた。

 

「でしたら、一度分けて試しても?」

「いいよ。こっちの机を使いな」

 

 曳舟が部屋の端を示した。

 

 喜助が箱を抱えて移る。途中で俺の前へ来たので、何か聞かれるのかと思ったら、灯りの金具を持ち上げた。

 

「すみません。そちらも使います」

「うん。まだ、ちゃんとついてるよ」

「ええ。戻ってから切れるまで見ておこうと思ってたんですけど、先に試したくなっちゃいまして」

 

 そのまま向こうへ行ってしまう。

 

 俺は空いた机を見る。今日は、随分と待つ方へ回るねぇ。そう思っていたら、曳舟がこちらへ手を差し出した。

 

「じゃあ、烏有。少しだけ霊力をもらえるかい」

 

        *

 

「入れすぎないでおくれよ」

 

 先に言われてしまった。

 

 曳舟が持ってきた器へ手を添える。言われた分だけ通すと、器の底に敷かれた紙へ光が浮いた。俺が手を離しても、そのまま残っている。

 

「これでいい?」

「ああ。十分だよ」

 

 曳舟が器を喜助のところへ運ぶ。

 

 あいつはもう蓋を開け、金具を幾つか外していた。そんなところまで分けられるんだねぇ。いつも持ってくる時には閉じているから、中へ何が詰まっているのか、全部は見たことがなかった。

 

「こっちを使ってごらん」

「よろしいんですか?」

「何を使うか、一度に全部変えたら、どれで上手くいったか分からないだろう。今日は溜める方を、あたしのものに替えてみな」

 

 喜助が器と金具を並べる。

 

 俺も今度は傍へ寄せてもらった。佐伯は少し後ろから見ている。喜助が二つを繋ぎ、指を離すと、机の上へ灯りが浮いた。

 

 前より明るい。

 

 曳舟が手で覆ってみせる。光は揺れたが、消えなかった。喜助は帳面へ何か書き、それから別の金具へ替えた。

 

「佐伯さん。小石を一つ、お願いできます?」

「こちらでよろしければ」

 

 佐伯が庭から持ってきた石を置く。喜助が白縫を掛け、端を金具へ繋いだ。自分の手を離してから、溝へ指を当てる。

 

 石が、少し浮いた。

 

 そのまま持ち上がる。俺の目の高さまで来たところで喜助が指を動かすと、今度はゆっくり下りた。

 

「……切れませんね」

「もう一度、上げてみな」

「はい」

 

 喜助が試す。二度目も上がった。三度目の途中で石が傾き、糸がほどける。佐伯が下へ手を出したが、喜助も同時に掌を伸ばしていた。

 

 石を受け止め、糸の残った方を見る。

 

「今度は、こっちでしたか」

「霊力は、まだ残ってるよ」

 

 曳舟が器を覗く。

 

 喜助は頷き、金具を外した。すぐにもう一度繋ぐのかと思ったが、帳面を開いて、さっきの線へ印をつける。

 

 どこまでできたか、先に残しておくんだねぇ。

 

「烏有隊長。今、糸が崩れたところ、見えました?」

「うん。石へ巻いた方から緩んだよ。こっちの端は、まだ繋がってたね」

「では、持ち上げた後の締め方かな……」

 

 指が、紙の上で止まる。

 

 俺は石を受け取り、同じところへ白縫を回した。喜助が顔を近づける。曳舟も隣へ来て、俺の手元を見た。

 

「ここで少し緩めてるんだね」

「うん。重さが掛かるから、締めるところだけ固くすると切れちゃう」

「喜助。今の、もう一度見せてもらいな」

「ええ。お願いできます?」

 

 俺は頷いた。

 

 ようやく、こちらも手を動かせるねぇ。

 

 石を持ち上げ、二人へ見えるようゆっくり回す。喜助が金具へ触れようとしたので、一度下ろした。今度はあいつの糸を掛けてもらい、その隣へ俺のを並べる。

 

 曳舟が向こうから紙を持ってきた。

 

「これ、形を写してもいいかい」

「いいよ。お前さんも使う?」

「あたしが使う方は、後でいい。今は、こいつが何をしたいか確かめよう」

 

 喜助が少し顔を上げる。

 

 曳舟はその前へ紙を置き、石の下から手を退けた。

 

「ほら。使う者にどう動かしてほしいんだい。指を当てるだけか。それとも、何か持たせるのか。そこも教えておくれ」

 

 喜助が金具を見る。

 

 しばらくして、紙へ指を置いた。さっき書いた線の隣へ、今度は手の形を描き始める。

 

「できれば、片手は空けておきたいんです。捕らえた後に、刀を抜くこともあるでしょうし」

 

 曳舟が頷く。

 

 俺も石を机へ戻した。白縫を作った時には、自分の指からどう伸ばすかばかり考えていた。喜助はそれを、別の子にも持たせようとしている。

 

 どんな顔で使うのだろうねぇ。

 

 鬼道が苦手だと言っていたうちの子も、これなら試したがるかもしれない。榛名はきっと、先に自分で引いて切れるか確かめるだろう。

 

「喜助。それができたら、うちでも使わせてね」

「もちろん。ただ、もう少し掛かりますよ?」

「待つよ。お前さん、まだ直したいところがあるんでしょう」

「ええ。見つかっちゃいましたからねぇ」

 

 喜助が笑う。

 

 曳舟も笑って、次に来る時は今までの紙も持っておいでと言った。あいつはすぐ頷き、どのくらいあっても構いませんかと聞き返す。

 

 あら。

 

 俺の部屋へ持ってくるので、全部ではなかったんだねぇ。

 

 佐伯と顔が合う。あいつも同じことを思ったらしく、少し笑っていた。

 

 俺は机の上へ残っていた金具を、箱の端へ寄せた。紙を広げるなら、もう少し空けておいた方がいい。

 

 喜助はまだ、椅子へ座ったまま喋っている。

 

 曳舟も、その隣へ座り直した。

 

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